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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
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(8)

 夕食に睡眠薬を盛られることは事前にブレイから聞いていた。食べるまで給仕係は帰らない可能性が高いからと、あらかじめ用意された眠気覚ましの薬を先に飲んでいたリリーとオルトは、出された食事をきれいにたいらげてから倒れた。二人が眠ったと判断して給仕係が引き上げていくのを待ち、むくりと起き上がる。

 ブレイが渡してくれた武器は短剣一つ。長剣は目立つので持ってくるのは無理だと言われたため、逃走中に調達するしかない。

 何日もまともに動いていないから体は少しばかりなまっているが、敵が手練れでなければ簡単にはやられない。やられてたまるかと、すみに投げていたベストの下に隠していた短剣を腰にさし、オルトは両肩と首を回した。

「リリー、これ」

 短剣と一緒に置いていた天空神の紋章の首飾りをオルトが差し出すと、リリーはかぶりを振った。


 ――戦うオルトが持っていたほうがいいよ


 確かに自分が倒れたら、リリーを守る人間はいなくなってしまう。しかしリリーが無防備なのはやはり心配だ。迷う自分の気持ちを察したのか、リリーがにこりと笑った。


 ――頼りにしてるよ


 そこまで言われると張り切るしかないじゃないかと苦笑し、オルトはリリーを見つめた。


 ――どうかした?


 不思議そうな顔のリリーの頬にそっと触れる。わずかに身をかたくしたもののはねのけることまではしないリリーを引き寄せ、オルトはささやいた。

「任せろ。絶対にお前を逃がすから」

 ぽんぽんとリリーの背中を軽くたたき、オルトはリリーを解放した。何か言いたげなリリーから目をそらし、ズボンの左ポケットに首飾りを突っ込む。次に右ポケットをさぐり、ブレイから預かった牢の鍵をにぎった。

 一度深呼吸をして、よしと気合を入れたとき、上のほうで扉の開く音がした。驚いたさまのリリーに合図を送り、オルトは再び寝たふりをした。

 儀式は深夜に始まるのではなかったのか。

 信者がほぼ祭場へ入り屋敷が手薄になったところで脱出するつもりだったが、これでは……。

「急げ。また奴らに邪魔されるわけにはいかない」

「くそっ、『献身の日』まであと四時間ほどだったのに」

 あせり口調で文句を垂れながら下りてくる足音は二つ。

 どうやら向こうも予定が狂ったらしい。もしかしたらソールたちの動きを察知し、儀式の開始時間を早めたのかもしれない。

 やっかいなことになった。でもやるしかない。この機をのがせば、リリーの心臓がえぐられてしまうのだから。

「大丈夫、まだしっかり眠っている」

「睡眠薬を提案したのはブレイ様なんだって? これなら運びやすいな」

 鍵の開く音が響き、牢内に靴音が侵入してくる。薄目で確認すると、リリーのそばに一人いる。もう一人は牢の外側にいた。

「うん? 何だか重いな。おい、ちょっと手伝ってくれ」

 リリーをかかえようとした男が呼びかける。失礼な奴だとオルトはむっとした。いい大人がリリー一人かかえられないなんて、どれだけひ弱なんだと心の中でののしる。

「お前、何をやってるんだよ。たかが小娘だろうが」

 それとも見た目より肉付きがいいのかとからかいながら、外で待っていた男も入ってくる。

「へえー、かわいい顔じゃないか。心臓だけじゃなく、首から上も保存すればいいのにな……って、おい、こいつ起きてるぞっ」

 二人がかりで持ち上げようとして上がった叫び声に、オルトはばっと身を起こした。毛布にしがみつく形で横になっていたリリーはわざと体に力を入れていたのだ。

 気配を察したのか二人がオルトをふり返り、瞠目する。オルトは一人の顔面にこぶしをたたき込み、もう一人の腹に蹴りを放った。その場にくずおれる二人が武器を持っていないことに舌打ちしつつ錠前を奪い、リリーを連れて牢から出る。

 二人を逆に閉じ込めたところで、リリーがオルトを見上げた。首をかしげたオルトは、リリーが確認したがっている問いを理解して笑った。

「心配するな。俺はお前が全力で抵抗して体重をかけても軽く運べる」

 きっとソールもなと胸内でつぶやく。

「リリーが二人とも引きつけてくれたおかげで助かった。ありがとな」

 オルトの返事にリリーは満足したのか、両のこぶしを胸の前でにぎった。得意げな笑顔がおかしくて、かわいくて、オルトは瞳を細めた。

 先に階段をのぼったオルトは、少しだけ扉を開けて外の様子をうかがった。黒い外套をまとった集団が武器を手に、バタバタと眼前を走っていく。ソールたちを迎え撃つつもりなのだろう。

 この状況で逃げるのは困難だなと歯がみしたが、まもなく静かになった。戦闘員は誰一人こちらを気にせず行ってしまったのだ。

 賭けだったが、このままとどまっても無意味だと考え、オルトはリリーを連れて外へ出た。

 驚くほど視界が悪かった。霧が出ることは事前にブレイに聞いていたし、夜陰に紛れて逃げるつもりではあったが、ここまでひどいとは思わなかった。へたをすれば、気がついたときには目の前に敵がいる状態になりそうだ。

 リリーの手を引いて慎重に歩みを進める。点在する灯火に近づきすぎないようにしながら、武装集団が去ったほうへ向かった。

 方向感覚が狂いそうになるたびに立ちどまり、よく見極める。神経をとぎすまし、不審な音が聞こえないか注意していると、つないだ手を通してリリーがかすかに震えているのが伝わってきた。

 怖いのを必死にこらえ、リリーは黙ってついてきてくれている。

 大丈夫だと言葉の代わりににぎる手に力をこめ、オルトがまた歩きだしたとき、鐘の音が響いた。

 規則正しい間隔で打ち鳴らされている。時間を告げるものかと安堵しかけたオルトは、遠くのほうから届いた叫び声にぎくりとした。

「娘が逃げた! 娘が逃げたぞーっ!」

 声の主は先ほどリリーを運び出そうとした者に似ていた。なぜとうろたえ、オルトはしまったと歯がみした。あの二人も牢の鍵を持っていたのに、取り上げるのを忘れていたのだ。

 追っ手の気配が後方からなのを確認し、オルトは自分の勘を頼りに早足で動いた。隠れてやり過ごせば逆に屋敷から脱出できなくなる。警戒と緊張にのどの渇きを覚えながら出口を目指して急いでいたオルトは、前方に広がる明るさにはっと足をとめた。たくさんの灯りに照らされた先には鉄門がそびえている。

 あそこを抜けるためには、自分たちの姿をさらさなければならない。しかも鉄門を警護している者が数人、待ち構えていた。

 ただ、オルトにとっては幸いだった。連中が手にしているのは剣だったのだ。

「走るぞ。お前は門を抜けることだけ考えろ」

 オルトの指示にリリーは力強くうなずいた。武器さえ手に入ればオルトは負けないというリリーの信頼を感じ、オルトは微笑した。

「よし、行けっ」

 オルトが手を放したとたん、リリーは駆け出した。

 リリーは足が速い。監禁生活で少し衰えているかもしれないが、それでも自分についてこられるだけの脚力と根性があるのは、守る側としてもありがたい。

 二人の姿を視認したのか、鉄門のそばにいた男たちが向かってくる。オルトは一番に襲いかかってきた相手をのして剣を奪うと、一度ビュッと剣を払った。

 柄が自分の手の大きさにあっているとは言いがたいが、今ここにいる邪魔者を蹴散らすには十分だ。所詮子供だと侮っていたらしい敵は、オルトの正確な一閃を浴びて次々に倒れていった。

 その間もリリーは走り続け、もう鉄門は目の前だ。いける、とオルトも思ったとき、背後から矢が飛んできた。さらに地響きがし、鉄門が揺れる。門が閉じられる――はやる気持ちのまま、飛来する矢を剣で払い落としていたオルトは、鉄門の先の喧噪に気づいた。

 迎撃に出ていた信者がこちらへ引き返してこようとしている。それを父や仲間が妨害していた。ソールもいる。

 久しぶりに見たソールの雄姿に、オルトは感極まった。

 本当に生きていた。生きていてくれた。

 もうわずかしかない隙間に、オルトは剣を横向きにはさんだ。リリーの背中を押し、かろうじて動きのとまった門を抜けさせたところで剣が折れる。

 強引にいけば通れたかもしれない。だがオルトはあえて残った。

 リリーはもう大丈夫だ。自分の役目は終わった。

「オルト!」

 ソールが駆けてくる。期待を裏切らず来てくれたソールにオルトは安堵し、感謝し、少しだけ妬いた。

 後は任せた。そう胸の内でつぶやき、追手をかえりみる。完全に鉄門が閉まる音を聞きながら、オルトは腰にさしていた短剣を抜いた。

「あーあ、やりやがったな」

 信者たちがリリーを取り戻すべく別の出入口へ走るのを横目に、グラノが薄く笑う。その手には長剣がにぎられていた。

「ソールの奴、死んだとばかり思っていたのに、しぶといな」

「あいつは、あんな簡単に死んでいい人間じゃない」

「へえー、じゃあお前は?」

「……俺の務めははたした」

 グラノの長剣がうなりを上げてのびてきた。それを短剣で受け流したオルトは、手のしびれに歯がみした。やはり短剣で長剣に挑むのはきつい。

「つまり、お前は用済みってわけだ」

 次の一突きもどうにかかわす。

「そうだよな、あいつらはリリーさえ無事ならいい。仲間を裏切ったお前のことなんか捨て置いて、さっさと逃げ去るだろうよっ」

 鋭い突きに必死で応戦する。オルトの粘りに苛立ったのか、グラノの剣が太腿に向いた。

 ガッ、バキッ!

 貫かれたと思った太腿は無傷だった。逆にグラノの剣の切っ先が刃こぼれし、グラノが驚愕の様相になる。オルトも目をみはったものの、すぐ反撃に出た。

 短剣の振りと体術でグラノの剣をたたき落とそうとしたが、副代表として半年ほど自分の相手をしていたこともあり、グラノは鉄門にいた見張りより手強かった。むしろ、今のほうが勝ちへの執念を感じる。

 ただ、やはり自分を打ち負かすほどではない。グラノの剣筋を読んで蹴りを放ちかけたオルトは、不意に飛んできた矢に態勢を崩された。

 矢はぎりぎり回避したが、尻もちをついたところでグラノに蹴られてあおむけに倒れる。刃こぼれした剣を右の肩口にねじ込まれ、オルトはうめいた。

「ブレイ、余計な手出しをするなよ。こいつは俺の獲物だ」

 オルトの体にのしかかりながら、グラノが後方へ文句を投げる。オルトは黒い衣装をまとったブレイが悠然と近づいてくるのを見た。

 味方ではなかったのか――いや、リリーは逃げおおせたのだから、やはり協力してもらったと言うべきなのか。

「この状況で君の復讐をとめるつもりはないよ」

 感情のこもらない淡々とした口調でブレイが答える。

「復讐……?」

 何のことだといぶかるオルトに、グラノの黄色い瞳が暗い激情に燃えた。

「俺のじいさんはお前らのせいで死んだんだよ」

 驚くオルトの手から短剣をもぎ取り、グラノは刃をオルトの首に沿わせた。

「お前の父親たちに始祖の心臓を奪われて、じいさんは処刑された。導師……しかも首席導師なら、死後その体の部位は呪物として丁重に扱われるはずだったのに、じいさんは墓すらつくられず、ただのゴミとしてそのへんに捨てられたそうだ」

 衝撃で、オルトは言葉が出なかった。

 かつて学院に充満した闇の気を回収するため、父たちはアペイロンの心臓を取りにいったという。おかげでリリーの父親は器にならずにすんだと聞き、オルトは父たちの活躍を誇らしく思った。しかし裏で闇の下僕がどうなったかまでは知らなかったのだ。

 グラノの祖父はアペイロンの心臓を盗まれた咎で殺された?

 だからグラノは自分を恨んで……。

「長い間、始祖の心臓に代わるものは見つからなかった。やっと神託が下りたと思ったら、よりによってリリー・キュグニーだ。でも俺にとっては、お前をどん底へ突き落とすいい機会だった。今まで俺が受けてきた屈辱をそっくりお前に返してやれるってな」

 すっとグラノが剣を引き、オルトはひりつく痛みに顔をしかめた。首の皮を切られたのだ。

「なのに牢で仲良くしやがって。お前ら何なんだよ。なんでリリーはお前を責めない? あれだけのことをしておいて、どうしてリリーはお前なんかをかばうんだよ?」

 今度は左の肩を短剣で刺される。次は右胸、腹と、グラノは何度もオルトの体を突いた。

 最初の一撃は偶然にもズボンのポケットに入れていた首飾りが防いでくれたが、さすがに全身を守ることはできない。貫かれるたびにびくついていた体もしだいに動かなくなり、意識も朦朧としてきた。

 ああ、自分はここで死ぬのだとオルトは理解した。

「他の男に惚れた幼馴染を助けられて満足か? それで格好つけたつもりかよ? 本当にむかつくぜ。こんなきれいな終わり方は絶対にさせない。お前もじいさんと同じ目にあわせてやる」

 心臓のあるあたりを剣先でなぞり、グラノは嗤った。

「リリーの代わりにお前の心臓をえぐり取って、首も落とす。顔をめちゃくちゃに潰して、お前の家の前に転がせば、お前の親も自分のしたことを少しは後悔するかもな」

 ソールは戻ってきたが、自分はきっと天空の門をくぐることになるだろう。

(父さん、母さん……ごめん)

 でも、これで自分の罪を償えるなら――。

 次々に脳裏に浮かぶ家族と仲間の顔に重なるように、グラノが短剣を振りかぶる。ぼんやりと見ていたオルトがまぶたを閉じたとき、爆音が鳴り響いた。

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