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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
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(4)

 あれは、セピアと一緒にリリーの家に向かっていたときだった。耳に届いた短い悲鳴がリリーのものだと気づいた瞬間には、もうセピアを置いて駆け出していた。

(またあいつか!)

 家の前でリリーがしゃがみ込んでいる。長くてきれいな青銀色の髪を乱暴に引っ張っているのは、しばしばリリーに嫌がらせをしている近所の男子だった。

「やめろ! リリーを放せ!」

 相手の腕をつかんでひねると、自分と違って鍛えていない相手はひどく痛がって泣いた。その声が大きすぎたせいで、シータが何事かと家から出てくる。

 シータが事情を聞く間、自分はずっとリリーを背にかばって男子をねめつけていた。

 今日は男子の誕生日だったらしい。家で誕生会をひらくから、リリーを誘いに来たのだと。でもリリーは今日自分たちと遊ぶ約束をしていたので断ったら、相手は怒って無理にリリーを連れていこうとしたのだ。

「じゃあ、リリーだけじゃなくオルトとセピアもお邪魔していいかしら? 大勢でお祝いするほうが楽しいと思うの」

 基本的にいつでも誰でも歓迎するシータがとんでもないことを言ったのでぎょっとしたが、それは向こうも同じだったようで、「リリーしか呼びたくない」と駄々をこねた。

「俺だってこいつの誕生会なんか行きたくない。そもそも約束してないんだから帰れよ」

 リリーは俺たちと遊ぶんだからと文句を言うと、相手がまた泣いた。そこへあちらの母親がやってきて、騒ぎを起こした息子のことをあやまった。

「ごめんなさいね。この子、リリーちゃんのことが大好きで、もっと早くに誘いたかったのに恥ずかしくてなかなか言えなかったの」

 そして母親は自分の顔と腰にさしている剣を見て、納得顔になった。

「ほら、帰るわよ」

「だって……!」

「馬鹿ね。あんたじゃ勝ち目がないわ」

 粘ろうとする息子を強引に引きずり、母親は軽く頭を下げて去っていった。

 男子の姿が見えなくなるまで牽制のにらみを突きつけていた自分の上着がつままれる気配にかえりみると、背後に隠れていたリリーと視線があった。

「大丈夫か、リリー? 怖かっただろ」

「うん、でもオルトが助けてくれたから」

 ありがとう、と言うはにかんだ笑顔に、とくんと心臓が鳴る。

 それまでもずっと保護欲はあった。自分は男だから、リリーやセピアを守らなければという使命感のようなものが。

 でも、町や鍛錬所でかわいいと噂されていたリリーをはっきり意識したのは、そのときだった。

 リリーはシータに連れられて、よく鍛錬所にも顔を出した。指導中は邪魔にならないよう、壁際に座って鍛錬の様子を静かに見学するリリーに、みんな次から次に話しかけたりからかったりして気を引こうとしていた。特にひどかったのがザオムやシュイで、いたずらが過ぎてよくリリーを困らせ、そのたびに自分はあの二人と喧嘩になった。

 リリーに頼られるのは嬉しかった。自分目当てで来る女子の多さを認識するようになってからも、どれだけ周りにちやほやされても心に響かない。「格好いい」とほめられてぽっと胸が熱くなるのは、リリーだけだった。

 ある年の鍛錬所の勝ち抜き試合で、優勝者にリリーが花冠をかぶせるということがあった。カラモスとシータの間にちょこんと座ったリリーは女神の衣装をまとっていて、その手ににぎられている花冠欲しさに皆がむきになって戦った。

 年齢ごとに優勝者を決めたので、ザオムとシュイが必死にせめぎあうのを横目に、自分は余裕で優勝を飾った。好評だったので来年もやろうということになったが、翌年はリリーではない複数の少女が女神役を担い、前年より盛り上がりに欠けてしまった。その次の年はまたリリーが女神を務めたが、同性から悪口を言われるのがつらいとかで、結局その後数年は別の褒賞に変わった。

 ゲミノールム学院に入学する前の年、勝ち抜き戦の優勝賞品にリリーからの花冠が欲しいと頼み込んだ。リリーは最初渋っていたものの、鍛錬所に通うのも最後ということで承知してくれた。

“優勝おめでとう、オルト”

 絶対に勝つという約束をはたしてひざまずく自分に、リリーはまぶしい笑顔で花冠をかぶせた。その花冠は箱に入れ、今も大切に保管している。

 この先もずっと、リリーを守るのは自分の役目だと思っていた。

 リリーを泣かせるような意地の悪い奴は許さない。

 その気合はいつしか、リリーに近づく男すべてに対する苛立ちに変わっていった。

 リリーは人見知りするのだからぐいぐい絡もうとするな。とまどわせるな。

 俺の幼馴染だ。宝物だ。 

 だめだ、リリーにさわるな。

 誰かと向き合っているリリーを救おうと手をのばす。しかしリリーは自分の抱擁をすり抜けて、相手に抱き着いた。

 柔らかな、安心しきった笑みを浮かべるリリーを優しく迎え入れるのは――。


 はっと目が覚め、飛び起きようとして、背中に走る激痛にオルトはうめいた。縮こまり痛みに耐えるうち、そっと髪をなでられる。

「……リリー」

 膝枕をしてくれていたのか。心配そうに自分を見下ろすリリーの薄緑色の瞳が自分だけをとらえていることに、オルトはほっとした。

 夢の中のリリーがまっすぐ見つめていたのは、ソールだったから。

 考えたとたん、ソールを刺した感覚もよみがえり、罪悪感が胸いっぱいに広がる。

 生きていたと知って、本気で喜んだ。あやまらなければと思った。

 自分のしたことは最低だ。武闘学科生として、人として、やってはいけないことをした。

 それなのに、自分はまだみっともなくもしがみついている。

 望みはないとわかっているのに、想いを捨てきれないでいる。

 今リリーを困らせているのは、間違いなく自分だ。

「俺、気を失ったのか」

 リリーを守ると言いながら情けない。ため息をつくと、また背中が引きつった。

 ぬくもりが心地いい。このまま永遠にまどろみたいという誘惑をどうにか払いのけ、オルトはのろのろと体を起こした。肩越しに傷を確かめ、ひどい状態に顔をしかめながらも治療の跡があることに気づく。

「薬? 誰がくれたんだ?」

 リリーがそばに置いている小瓶を見やり、オルトはいぶかった。嬉々として鞭を打っていたグラノが与えてくれるとは思えない。


 ――ブレイ


 リリーがてのひらに名を記したとき、階段を下りてくる靴音がした。

「よう、剣専攻一回生代表殿。具合はどうだ?」

 にやにやするグラノをオルトはにらんだ。

「ブレイの奴、ずいぶんいい薬をやったんだな」

 そいつはここで一番高くてよく効くんだと、面白くなさそうにグラノが言う。

「まあ、それならそれで俺も遠慮なくできるってもんだ」

 鞭を両手で引っ張ってパシッと音を立てるグラノに、オルトは硬直した。

「何だ? 今日は偉そうに逆らわないのか。そうだよなあ、鞭打ちは一回目より二回目のほうが怖いんだ。どれだけ痛いか知っているからな」

 さすがのお前でもきついよなと、思ってもいないだろう同情を口にするグラノに、オルトは歯ぎしりした。

 言い返せないのが腹立たしい。

 グラノの指摘どおり、昨日の痛みを思い出すだけで体が震えてきた。しかもまだ傷口はふさがっていない。その傷をグラノはさらに広げる気なのだ。

 そのとき、リリーがオルトの前に出た。

「オルトをかばうのか? そいつはお前の想い人を殺したろくでもない男だぞ」

 それとも、ソールが死んだからオルトに乗り換えるのかとグラノが嗤う。

「あの噂は本当か。ソールに振られてすぐキルクルスを誘惑したっていう。リリーって見た目は清楚なのに、けっこう尻軽だな」

 侮辱にオルトはかっとなった。立ち上がろうとしたところで、ふり返ったリリーにとめられる。

 リリーがてのひらに書いた文字をオルトは読み、グラノを見据えた。

「キルはリリーにとって大事な友達だ。誘惑なんてしていない」

「へえー、大事な友達ね……そのキルクルスも俺たちと同じようにリリーを狙ってるんだとしたら?」

「――何だと?」

 まさかとオルトは驚いた。リリーも瞠目している。

「ああ、やっぱり気づいてなかったのか。あいつがなんでリリーにべたべたくっついて仲良しごっこをしてたと思う? あいつはリリーを利用しようとしてるんだ。お前らはあの愛想のよさにだまされてるんだよ」

「いったい何のために?」

「さあな、そこまで詳しいことは知らん。ただ、あいつの一族がリリーを連れ去るために動いているのは確かだ」

 最初からあれだけリリーに絡んでいれば嫌でもわかると、グラノは得意げに嘲笑した。

「先にリリーを俺たちに取られて、今頃はさぞ悔しがってるだろうな」

 オルトは返す言葉が見つからなかった。否定したいのに疑念がどんどんふくらんでいく。

 真実なのか。

 キルクルスは最初からリリーをさらう目的で近づいたのか。

 だとしたら許せない。怒りのあまりにぎったこぶしを震わせたオルトの腕を、リリーが軽くたたいた。

 リリーがかぶりを振る。その双眸は動揺の色を映していたが、同時に強くあろうとする意志も感じられた。


 ――グラノの話だけを信じてはだめ。ちゃんとキルに確かめないと


「……そうだな」

 たしなめられ、オルトはうなずいた。

 あやうくまたグラノの妄言にひっかかるところだった。

 ふうと息をつくと同時に、ちくりとした胸の痛みを覚える。

 リリーはキルクルスを信じているのだ。

 犯した罪の大きさに苦しみおののく自分をなだめたように、周囲の者への情をしっかりと(いだ)いている。

 リリーの目は、昔よりはるかに大勢へ向けられていた。自分とセピア、親たちだけに見せていた親愛を、他の者へと広げていっている。

 もう厳重に囲っておくのは無理なのかもしれない。必要以上に触れさせないよう、壁を張り巡らせることは。

「さあ、楽しい雑談は終わりだ。これからもっともっと楽しい時間を始めるぞ」

 グラノが鞭を見せびらかす。

「今日はどっちだ? リリーが受けるなら多少手加減してやってもいいぜ。ああ、服を破られたくなければ裸になるか? 俺は大歓迎だ」

 にやつくグラノに、「ふざけるな!」とオルトは怒鳴った。剣は取り上げられているが、体術でもグラノには負けたことがない。しかしつかみかかろうとしたとき、背中がうずいて動きがにぶったところをグラノに蹴られた。横に吹き飛ばされて壁に激突する。

「やっぱり今日もお前だな。まだ俺に逆らうとは、頭が悪いな」

 ぶつけた右肩から腕にかけての痛みに加え、グラノから放たれた鞭で顔の左側を打たれ、オルトは悲鳴をあげそうになった。

 目はどうにか避けたが耳が切れたらしく、血の垂れる熱い感覚がする。

「つらいか? つらいならまた洗脳してやるぞ。それともこれを機に正式に信者になるか?」

 何度もオルトを打ちながらグラノが誘う。そのたびにオルトは歯をくいしばり、揺らぎそうになる弱さを必死に心から追いやった。

 耐えろ。

 助けがくるまで、自分が盾となるんだ。

“リリーはお前のことなんてどうでもいいんだぜ? かばったって何の得にもならないのによ”

 昨日グラノから投げられた言葉が傷口をさらにえぐる。

 届かない。自分の想いはリリーに受けとめてもらえない。

 行き場のない恋情を背負ったまま、それでも自分は――オルトははっと目を見開いた。

 リリーがグラノに体当たりし、互いにバチバチッと火花が散るほどの衝撃を浴びてよろめいたのだ。

「くそっ、てめえ、何しやがる!」

 ぶつかったところを押さえながら、グラノがリリーをねめつける。

「どうやらお前も痛めつけないといけないようだな」

 鞭で石床をたたくグラノの前で、しかしリリーは両手を広げて立ちふさがった。先ほどよりもはっきりと、オルトをかばう意思表示をしている。

 手も足も震えているのに背筋はのばしている後ろ姿に、オルトの気概が再燃した。

「女だろうと容赦しねえ!」

 グラノが恫喝する。びくつきながらもどかないリリー目がけて振るわれた鞭の先を、オルトはぱっと駆けてつかんだ。ぐいっと引っ張るとグラノが前のめりになる。その腹に膝蹴りをくらわせたが、体の痛みのせいで完全に気絶させるほどの力を込められず、逆にグラノに払われて倒れ伏した。身を起そうとしたところでグラノに顔を蹴られる。骨の砕ける音が響き、オルトはうめき声すらあげられなくなった。

「まったく、妙な連携を取りやがって」

 オルトの顔を踏みつけ、グラノがリリーをにらんだ。

「下手なまねをするなよ。それともこいつをこのまま殺してほしいのか?」

 近づこうとしたリリーが足をとめる。床に唾を吐き、グラノは黄色い瞳を細めた。

「儀式の後にもてあそんでやろうと思ったが、気が変わった。今ここで視姦してやる」

 言葉の意味がわからなかったのだろうリリーがいぶかしげな顔をする。グラノは舌で唇を湿らせた。

「脱げよ」

 遠のきかけた意識の中で、オルトは耳を疑った。

「オルトを助けたいんだろ? 脱いで、素っ裸で土下座しろ。そして俺に向かって股を広げろよ」

 蒼白するリリーを見て、グラノの笑い声が高らかに、いっそう下卑ていく。

 だめだ。

 そんなことはさせない。

 呼吸すらままならない状態でオルトがどうにか身じろごうとしたとき、石段を下りてくる静かな靴音がした。

第1話前書きで述べました通り、ここからはまた3、4話書き進んでから投稿します。続きは1月に入ってからになると思います。

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