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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
3/18

(3)

 用意された二人分の昼食を運んでいると、廊下でモスカの父親に会った。

「まだあの娘の障害は取り除けないのか」

 小馬鹿にした目でじろりと見られ、グラノは歯がみした。

 リリーを連れてきたのは自分なのだから称賛されてもいいはずなのに、皆の態度は変わらない。それどころか給仕のようなまねまでやらされて、いらいらが募るばかりだ。

 自分だって始祖の血の流れをくむ者だ。『狩人』の資格をもっているのに。

「儀式までには対処しろ。万が一にもブレイ様に何かあったら大変だ……何だ、その態度は」

 視線をそらしながら舌打ちしたグラノは、モスカの父親に叱られてますますむくれた。

「別に」

「おい!」

 そのまま素通りしようとしたら腕をつかまれた。はずみで汁がこぼれ、盆に広がる。手の甲にも飛んで、熱さにグラノはかっとなった。

「ブレイ様、ブレイ様、ブレイ様! あいつは何もしてないじゃないか。今回の計画だって一番に素性がばれて逃走したくせに、今もふんぞり返ってのんびりしてやがる」

「お前、何てことを言うんだ! 失礼にもほどがあるぞ!」

 二人の怒鳴り合いに、何事かと数人が集まってくる。揉めているのがグラノだとわかったとたん、一様にあきれ顔になる彼らに、グラノはますます自尊心を傷つけられた。

「俺だって始祖につながる血筋だぞ。しかもリリーを捕まえたんだ。もっと感謝しろよっ」

「はっ、偉そうに。そもそもお前の祖父があのような失態を犯さなければ、始祖様の心臓が奪われることはなかったんだ」

 モスカの父親の文句に、周囲の者たちもうんうんとうなずく。

「だから主神が望まれた心臓の持ち主を俺が手に入れたんだ! ブレイなんか始祖の足元にも及ばない。自分の心臓も差し出せない半端な『継承者』じゃないか!」

 バシッと頬をはたかれ、グラノはよろめいた。それでも汁椀の乗った盆を落とさなかったのは奇跡かもしれない。

「ブレイ様を侮辱するのは許さんっ」

「主神は我々の導き手としてブレイ様を生かされるのだ。だからこそ始祖様の心臓に代わる者が同じ年に生まれた。お前はそんなことも理解できないのか」

「本当に低能だな。大口をたたく暇があるなら、ブレイ様の落ち着きを少しは見習ったらどうだ」

 寄ってたかってグラノを責め立てる大人たちに、グラノは唇をかんだ。  

「お前は贖罪のために生を受けた。生涯、ブレイ様の手足となって働くことで祖父の犯した罪を許されるんだ。ブレイ様と同列に扱われるべきだなど思い上がりもはなはだしい。身の程をわきまえろ」

 最後に蔑視を投げつけて、モスカの父親たちが去る。静かになった廊下で、グラノはふっと短く息をついた。

「思い上がってるのはどっちだよ。娘がブレイの結婚相手だの子供ができただのって得意げに吹聴しやがって」

 ただの色水じゃないかというくらい血の薄い傍系の分際でと吐き捨て、グラノはよろよろと歩きだした。

 長い地下牢への階段を下りていくと、住人のいる牢が視界に入る。どれだけ険悪な雰囲気になっているかと楽しみにして来たのに、二人は壁にもたれて座り、寄り添っていた。

 オルトが小声で話し、リリーはオルトの手に文字を書いて答えている。場違いなほど穏やかな空気に驚き、むかむかと腹が立った。

「ずいぶん仲がいいことで。オルトをひっぱたくなりかなぐるなりしてるかと思ったんだがな」

 グラノの登場に二人が警戒の目を向ける。見ると、今までいっさい手をつけることのなかった食事が減っていた。新しい食事を格子の隙間から差し入れると、「俺が確認する」とオルトがリリーに声をかけた。

「別に何も入れてねえよ。ここまできて今更だろう」

「お前のことは信用できない」

 冷ややかな軽蔑と怒りのまなざしに、グラノは瞳をすがめた。

「お前、自分の立場がわかってないようだな」

 食事の乗った盆を引き寄せようとしたオルトの手がとまる。グラノは腰にくくりつけていた鞭を取り、牢内に踏み込んだ。

「リリーも捕らわれの身のくせに反抗的だし。そんな奴らにはお仕置きが必要だな」

 グラノの意図を察し、オルトがリリーの前にさっと立った。

「リリーには指一本触れさせない」

「へえー、じゃあお前がリリーの分も受けるのか」

 目の前で一度床を鞭打つと、リリーはびくついたが、オルトはこわばりつつも逃げなかった。

 こいつならそうするだろうという納得の態度だ。いつもどんなときもリリーを守る覚悟をもっている。その男気が嫌いだった。

 自分の恋敵をどうすれば排除できるか悩んでいたくせに。

 相手(ソール)の優しさに付け込んで牽制するような卑怯者のくせに。 

 とにかくむかついた。自分は一族のためにすばらしいことを成し遂げたにもかかわらずいまだ認められず、それどころか蔑まれているというのに、オルトはたやすくリリーとの関係を修復している。 

 この違いは何なのか。なぜオルトは許され、自分は許されないのか。

「ほんっとうに、気に入らねえ」

 力一杯振るった鞭が、オルトの肩から胸にかけてを打った。とめようとしたのか立ち上がりかけたリリーを、「だめだ。出るな、リリー!」とオルトが抱きしめる。背を向けたオルトを、グラノは容赦なく立て続けに鞭ではたいた。

「痛みは我が主への貢ぎ物だ。俺たちは小さい頃からこの身を捧げてきた。お前に耐えられるか?」

 何度も打つうちに服が破れ、素肌が見えた。そこを狙って執拗に攻めれば、血がにじみ、腫れ上がってくる。

 よく鍛えているのが背中からでもわかる。傷のないきれいな体に赤い筋が一つ刻まれるたびにぎゅっと縮こまるオルトに、グラノは嗤った。

「……い……丈夫だ、リリー」

 合間に漏れ聞こえたのは苦しげな言葉。こんなときでさえ幼馴染を気づかうオルトに嗜虐を刺激され、グラノはいっそう力を込めた。

「哀れなもんだなあ。リリーはお前のことなんてどうでもいいんだぜ? かばったって何の得にもならないのによ」

 馬鹿にしても、オルトは動かない。たとえ自分の背中が裂けようとリリーを守り通すつもりなのだ。

 長年の懸想に気づかず他の男を追いかける女を、なぜ見返りもなく大事にするのか。それとも、ここでいい格好をしてふり向いてもらう算段か。

 ひときわ強い一撃に、ついに背中が割れた。オルトの体が傾いている。そろそろ限界が近いのだろう。

 このまま骨が見えるまで削り取ってやる。口角を上げて怒涛の連続攻撃をしかけようとしたとき、不意に腕をつかまれた。

「そのへんにしておくんだ。洗礼を受けていない状態で死ねば、彼の魂は主ではなく天空神のもとへ行ってしまう」

「何しに来たんだよ」

 グラノがにらみつけても、ブレイはまったく動じず涼しい顔で答えた。

「君に任せていては永久に解決できないと皆が心配して、おじい様に相談してきたんだ」

 だからしばらくは僕がここへ来ることになったと言うブレイに、グラノは渋面した。

「俺の手には負えないっていうのかよ。冗談じゃねえ。どこまで俺を見くびれば気がすむんだ!?」 

 派手に舌打ちし、グラノは鞭の先を床にたたきつけてからきびすを返した。

「食事運びをやりたきゃやれよ。でも鞭打ちはやめない。従順になるまで徹底的に痛めつけてやる」

 最後にオルトとリリーを一瞥し、グラノは地上へ通じる階段をのぼっていった。それを見送り、ブレイはそっと二人に近づいた。

 責め苦が中止されてほっとしたのか、すでに意識を失いかけていたのか、ブレイが片膝をついてのぞき込むと同時にオルトはずるりとリリーに体重を乗せた。

 つぶされそうになったリリーからオルトを引き離して横向きに転がし、ブレイは傷口を確かめた。

「ここでは特別なとき以外、『治癒の法』は使わない。痛みに耐える時間が長ければ長いほど尊敬を集めるんだ」

 すぐに癒すことができないと知り、リリーが涙目になる。ブレイは腰を上げた。

「傷薬ならかまわないから取ってくる。さすがの武闘学科生でも鞭打ちはこたえるだろう」

 他に欲しいものはあるかと聞くブレイに、リリーはかたい表情でかぶりを振った。それに対してブレイは目を細め、牢を出た。

 先程グラノがドスドス上がっていった階段をのぼっていくと、出口でグラノが待っていた。

「お前、何を考えてるんだ?」

 壁に寄りかかって腕組をしたグラノの問いに、ブレイは「別に何も」とそっけなく応じた。

「グラノのやり方では、意志の強い彼らは反発するだけで服従はしないよ。リリーにさわると衝撃が起きる理由をさぐって取り除くために、まずは信用させる必要がある。あれだけひどいことをした君には無理だろうから、僕がその務めをはたす」

「うまいことを言って、あいつらを逃がすつもりじゃないだろうな」

「『継承者』の僕がそんなまねをするとでも? 始祖の心臓に代わるものを見つけるのは悲願だった。この好機をのがすはずがないだろう」

 それに、とブレイはつぶやいた。

「うまくやれば、他の連中もおびき寄せることができる」

「まさか、まだフォルマのことをあきらめてないのか?」

 モスカがいるのにとグラノがあきれ顔になる。

「おじい様にも妾がいた。僕はだめということはないだろう?」とブレイは微笑した。

「フォルマを手に入れるために、リリーを利用させてもらう。心臓を取り出せばリリーは用済みだ。あとは切り刻もうが犯そうが、君の好きなようにすればいい」

「死体を抱く趣味はねえんだがな。まあでも、オルトの目の前でやるのもいいな」

 どうせなら生きているうちにやりたいところだがと舌なめずりをして、グラノは去っていった。ブレイも場を離れかけたとき、グラノと入れ違いにモスカが現れた。

「動き回って大丈夫なのか」

「今日は調子がいいから。ブレイがあの二人の世話をするの?」

 少し非難の響きが混ざった問いかけをブレイは聞き流した。歩きだすとモスカはついてきた。

「ブレイ、どこかへ出かけるつもりなの?」

「オルトに薬を届けたら、ちょっと()()に行ってくる。彼らの御使いの目はうまくすり抜けているが、昨日ハヤブサが飛んでいたらしい」

「私も行くわ」

 ブレイはモスカを肩越しに見た。

「君は今、大事な時期だろう」

「心配してくれるの? 嬉しいわ。でもブレイも私にとって……私たちにとってなくてはならない存在よ」

 いざとなれば盾になる気構えがあると言うモスカに小さくため息をつき、ブレイはまず薬を取りに向かった。



 鳥たちがねぐらへ帰る夕刻、メンブルムの町をぐるりと回ってフォーンの町へ戻りつつあったハヤブサは、飛来してきた矢を食らって墜落した。

 バシャッと水音がする。真下にあった川は流れが速く、ハヤブサは浮沈しながらあっという間に下流へと運ばれていった。

「回収と確認はしないの?」

 乗ってきた愛馬にさっさとまたがるブレイにモスカが尋ねる。貴重な『狩人』の矢をそのままにしておくことに抵抗があるのだろう。

「見た目より深い川だし、時間的にも入るのは危ない。どうせこの先にある浮草の密集地帯に引っかかるはずだから、明日の早朝にでも取りに行くよ」

 夜にわざわざ死んだ鳥を拾う物好きもいないだろうと言い、ブレイが本拠地への道をたどる。モスカは何度か川をかえりみたが、結局黙ってブレイを追った。

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