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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
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(18)

 八年後。温かい日の午後、リリーは馬車に揺られながら、隣でしゃべるセピアの話を聞いていた。

「オルトのところもついに決着がついたそうよ」

 ウィオラが父親の引きとめを振り切ったのだという。

 彼女の父親であるレイブン・ピスタシオは、家格の釣り合う貴族の次男を婿に取った長女より、自分と同じ剣術に秀でた次女と婚約者に家督を継がせることを望んだ。二人を手元に置いておきたかったのだ。しかし下等学院時代からレイブンの執着ぶりにうんざりしていたオルトの両親――特にイオタが猛反対した。絶対に婿にはやらないと。

 オルトには弟がいるから跡継ぎには困らないだろう、こちらは娘ばかりだから譲れと押しに押すピスタシオ家に、長女夫婦をないがしろにしては禍根を残すぞとカエリ―家が脅してつっぱねる。オルトが真面目に相手をするから粘着されるのだとイオタが訪問をとめれば、俺の楽しみを奪うなとレイブンがオルトを拉致、軟禁に持ち込む。親同士の攻防戦は苛烈を極めたが、破談に進むことはなかった。オルトの両親はレイブンのことは苦手でも、ウィオラに対しては好意的だったからだ。

 父親に似て人との距離感が少々個性的なウィオラだが、どれだけ武器を振り回していても淑女教育はきちんと受けており、恋人の両親への礼儀はわきまえていた。そのため最初はほぼ毛嫌いに近い状態で警戒していたイオタも、自分たちを立てるウィオラをしだいにかわいがるようになったのだ。そしてうちには娘がいないから娘が欲しい、いやその前に息子を寄越せ……と、いっこうにまとまらない話し合いを強制終了させたのは、ウィオラがきっぱり口にした「ピスタシオ家を出てカエリー家に嫁ぎます」宣言だった。

 一番気が合う娘に捨てられるのかと、レイブンは人目もはばからずだばだば泣いたが、駄々をこねるなら完全に決別するとウィオラに叱られ、ついに折れた。ただし毎週末には夫婦で里帰りしろと言う父に、せめて二週間に一度にしてくれと娘が言い返せば、それなら二週間に一度俺も会いに行こう、毎週会うのと変わらないじゃないかと今度は親子で揉めた。

 オルト自身はウィオラと交際する間にレイブンへの耐性ができていたし、学生時代に父と実力が拮抗していたレイブンと打ち合うのは楽しかったのだが、一度勝負を始めると長くなる。オルトが勝てばレイブンが再戦を要求するので、自分たちだけで過ごす時間がなくなるとウィオラが嫌がったのだ。

 オルトの弟のフレッドとピスタシオ家の三女も同い年だが、フレッドは見た目も素質も母親譲りの炎の法専攻生で、三女のほうは政治にも武術にも興味がないお茶会大好きな教養学科生だったため、交流戦で運命の交わりをはたすことはなく、舞踏会でもお互い視界に入らなかった。そして現在神法学院に通うフレッドは、武具屋の店主ジェソの愛娘と熱愛中である。

 またペイアはセピアの弟ボラスと同じ年にゲミノールム学院に入学した。母の血が濃く出たのか炎の法専攻生になったペイアはまずボラスと親しくなり、幼い頃からラムダの営む槍鍛錬所でボラスと競い合ってきた彼の親友と恋に落ちた。

「今度は子供たちが冒険集団を結成できるといいね」

 つい先日新しい命が宿ったとわかったセピアが、自分のお腹にそっと手を当てる。夫の収入でもゆとりのある生活はできるけれど、セピアは助産師になりたいと言って勉強している。

 セピアが自分の子や孫を取り上げてくれるなら安心だ。そう思いながら目的地に到着した馬車を下りたところで、急にお腹が張った。

「リリー、大丈夫!?」

 前のめりでお腹を押さえたリリーの背中に触れるセピアに、リリーは返事ができなかった。

 痛いと言う言葉が出ないほど苦しい。今までこんなことはなかったのに。

 不安も加わり冷や汗が出たリリーを、セピアは二軒隣の茶店へと連れていった。座って、まずは様子を見ようと。

 まもなく落ち着いてきたことにほっとして、リリーは丁寧にお腹をなでた。ついでだから買い物の前に何か飲んでいこうとセピアが店員に手を挙げたとき、窓外を走っていく影があり、複数の悲鳴が響き渡った。



「予定日はもうすぐだったか?」

 警師団の詰め所で報告書を作成していたソールは、声をかけてきた団長に「はい」とうなずいた。シアン・フォルナーキス団長やアルス・ゼーテイン補佐官はリリーの母親と面識があり、時折昔話を聞かせてもらう。誰からも「活発だった」と評されるシータは今、カラモスの剣鍛錬所を引き継いで、未来の剣士を育てるべく精力的に活動している。

 そしてシータを知る者は皆、生まれてくる子の性質が祖母に似ていると面白いと口をそろえて言うのだ。

 何かと騒ぎを起こしながら好かれるというのは案外難しい。生まれつき『求心力』という得がたい武器が備わるのは大きな強みだが、「お母さんそっくりだと私の手には負えない」と妻は苦笑いしている。

 自分たちの子なら、幼い頃はそこそこやんちゃでもあまり突飛な行動はとらないと思うが、食べることは好きかもしれない。つわりも比較的軽かった妻が最近二人分の量をせっせと口に入れている姿を想い、口元がゆるんだとき、昼食に出ていた団員が駆け戻ってきた。

「街で事件が起きたみたいです。乳幼児用品の店で女が刃物を持って暴れ、死傷者が出たと」

 店の名を聞いたソールが椅子を倒して立ち上がったところで、窓から半透明の青白い鳥がすうっと現れた。

 ファイルフェンが自分のもとを去った後も、『オーキュスの青い羽根』は役に立った。リリーが召喚した風の神の使いに託された伝言を読み取ることができたのだ。こちらからは伝えられないので一方通行ではあったが、ないよりは断然いい。

「まさか、その店にいるのか?」

 フォルナーキス団長の問いが響き、詰め所内の空気が緊迫する。ソールは御使いが運んできた言葉に胸をなでおろした。

「馬車を下りてすぐお腹が痛くなったので、近くの茶店で休んでいたそうです。そこへ刃傷騒ぎがあったらしく……もしそのまま店に行っていれば、確実に巻き込まれていたと思います」

 すでに警兵が犯人を取り押さえたようだと聞き、団長も安堵の容相になった。

「だが、仕事どころではないな。彼女を安心させるためにも迎えに行ったほうがいい」

 早退を許すと言われ、ソールはありがたく帰り支度をした。

 詰め所を出て厩舎に向かっていると、名を呼ばれた。ふり返ると、ルテウスが走ってきた。彼も職場で情報を得てすぐ抜けてきたようで、法務官の制服が乱れている。

「ソール、聞いたか!?」

「ああ、さっきリリーから御使いが来た。一緒に行くか?」

「頼む」

 馬を引いてきて相乗りする。大人の男二人が乗るとさすがに速度は落ちるが、できるかぎりソールは馬を急がせた。

 店の周辺はまだざわついていた。逃げ出したのだろう妊婦があちこちで座り込み、呆けたり泣いたりしている。近くを通りかかった警兵に確認したところ、妊娠中の妻と連れ立って来店した男が愛人に刺されたのだという。

「あそこだ」

 リリーがいるはずの茶店に二人で駆け込むと、窓際に腰かけていたリリーが顔をほころばせて手を振った。

「あら、ルテウスも来てくれたの?」

 お茶を飲んでいたセピアに、ルテウスが「当たり前だろう。お前、まさか治療に駆け回ったりしてないだろうな?」と迫る。

「外の様子は気になったけど、ずっとリリーについてたわ。ルテウスがそうしろって出かける前に言ってたじゃない」

「きっちり念押ししておかないと、お前は自分が妊婦なのを忘れてすぐ人助けに走るからな」

 無事だったことで気が抜けたのか、ルテウスは大きく息をついてうつむきがちに額を押さえた。

「俺の家族はお前だけなんだから、あまり心配させないでくれ」

 早くに両親を亡くし、祖父母もすでにいないルテウスの言葉の重みに、セピアも真顔になる。隣に座らせてルテウスをなだめるセピアのそばで、ソールはリリーの顔をのぞき込んだ。

「お腹の痛みは?」

「もう大丈夫。事件に遭わずにすんだのはこの子のおかげよ」

 リリーがお腹をさすって微笑む。

「でも、つわりもほとんどなくてずっと静かだったのに、急にどかどか蹴りだしたからびっくりしたわ」

「たぶん、今までは母体に負担をかけないようにしていたんだろう」

 今度こそ絶対に生まれたいみたいだからと、天空の門の前で母に抱かれていた赤子を思い出しながら、ソールはリリーの前で膝をついた。

「おとなしいから女の子だと思ってたんだけど」

「そういえば性別までは聞いてなかったな………でもたぶん男だ」

 そしてソールもリリーのお腹に触れた。

「リリーを……お前の母さんを守ってくれてありがとな」

 ぽこん、と内側から反応がきた。ソールはリリーと顔を見合わせ、同時に笑った。

「お前が生まれるのを楽しみに待ってるから。慌てないで、ちゃんと元気な状態で出てくるんだぞ」

 ぽこぽこ、とまた合図がある。

 対面までもうすぐだ。

 呼んだ馬車にリリーとセピアとルテウスを乗せ、自身は馬で後を追いながら、ソールはこの先も続く未来に想いを馳せた。



 二週間後、ドムス夫妻の間に待望の第一子が誕生する。こげ茶色の髪に薄緑色の瞳の男児は父親似で、手足の大きさから予想したとおり、同い年の子供たちの中では比較的背が高く、また槍の扱いにも才があった。

 両親の愛情を十二分に受けて育った長男は、続けて生まれた弟や妹のことをよく可愛がりながら熱心に槍を習い、ゲミノールム学院の入学式で槍専攻生として代表戦にのぞみ、名を馳せる。

 めまぐるしさを伴った学院生活で彼が出会ったのは、個性豊かな仲間たちだった。

 何かに導かれるかのように集った七人で意気軒昂として冒険へ赴いていく我が子に対し、見送る夫婦のまなざしはなつかしさと励まし、そして慈しみに満ちていた。

                                 <完>

                                      

 閲覧ありがとうございます。上下に分けた5巻よりさらに長くなってしまいましたが、これでシリーズ本編は完結となります。

 この後は休憩ののち、過去作の誤字脱字等をちょこちょこ修正しながら、番外編『想い想われ』の執筆をのんびり進めていく予定です。登場人物たちのごくごく普通の1シーン的な恋愛話が主ですが、そうでないのもちらほらといった感じになるかと思います。

 同時進行で、現在1巻だけ書いている騎馬民族もの(ファンタジー)とか、まだ構想段階の半人獣もの(恋愛ファンタジー)とか、過去に賞に応募した児童書とかも少しずつ準備を始めようかなと……執筆時間がなかなかとれない状況なので更新は不定期かつかなり遅いですが、もしまたどこかで見かけたらお立ち寄りいただければ幸いです。

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