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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
16/18

(16)

 最初のダンスという大役を果たしたオルトが一息つくのを見て、隣の『黄玉の姫』がくすりと笑った。

「私はもう行くわね。あなたのそばにいたら女の子たちの波に押されて、せっかくのおしゃれが台無しになりそうだから」

 ダンスのお礼を告げて『黄玉の姫』が去っていく。その髪に飾られている『色』から、オルトは彼女の意中の男子生徒に見当をつけた。おそらく『黄玉』の投票で二位だった三回生だ。

 望んだ結果ではないとはいえ僅差で自分が勝ってしまったことを、オルトは申し訳なく思った。きっとゲミノールム学院最後の今年、二人で『黄玉』として並びたかったはずだ。その不満を表に出さない配慮をしてくれた『黄玉の姫』の背に向けてお辞儀をしたところで、我先にと駆け寄ってくる女生徒の集団が迫った。

 今日ばかりはできるかぎり手を取らなければならない。ほどほどのところで休憩させてもらえるだろうかと早くもうんざりしかけたオルトは、小気味よい靴音を耳にした。かかとの高い靴を履き慣れている歩き方だ。

「踊ってくださらない?」

 気迫を込めて群がる女生徒にさえ道を譲らせる存在感を見せつけて現れたのは、ウィオラだった。よく手入れされた艶のある褐色の髪はまとめずにそのまま下ろしている。ごてごてに飾らず、明らかに高級感漂う髪飾りを一点のみ着け、化粧にも違和感がないのは、普段から使い慣れている証拠だろう。髪飾りの横に小ぶりの赤い生花が添えられているのは――見なかったことにする。

「ピスタシオ家とは距離をとるよう、親に懇願されているんだが」

 オルトの返答に、スクルプトーリスの生徒たちが驚愕の容相になった。あり得ないという非難まで飛ぶ。

「あらそうなの? 私はカエリ―の姓をもつ剣専攻生に出会ったらぜひとも親交を深めるよう、父から言われて育ったのだけれど。特にそれが男子なら、絶対に逃がすなと」

 まったく動じていないウィオラの発言がさらに波紋を広げた。

「たとえ父の勧めがなくても、私はあなたと仲良くなりたいわ。あなたはどうなの?」

「俺は……お前の剣技には興味がある」

 実際、今日の勝負は本当に面白かったのだ。

「つまり私自身に興味があるということね。嬉しいわ」

「曲解だ。あっ、おい!」

 ウィオラに腕をつかまれて引きずられ、オルトはつまずきそうになった。

「まだ踊るとは言ってない」

「オルト、女性の手を振り払うのは失礼よ」

 いさめられ、オルトはぐっと言葉をのみ込んだ。ウィオラと踊りたい大勢の男子生徒から突きつけられるぎらぎらした嫉妬に、はあとため息をつく。

「わかった。一回だけ付き合う。それでいいよな?」

「もちろんよ。この一曲が終わったら、最後のダンスの時間までゆっくり語り合いましょう」

「お前、それは――」

 ずっと誰とも踊らないつもりか。ぎょっとするオルトの抵抗を優雅に封じ込めて連行するウィオラの底知れない力に、周囲はただざわつくばかりだ。 

「何あれ……代々続く因縁の関係?」

 レオンのつぶやきが聞こえたらしく、ウィオラがふり返った。

「違うわ。運命の相手よ」

 未来の武闘館剣専攻総代表最有力候補をいとも簡単に捕獲したとは思えない完璧な淑女の微笑で応じるウィオラに、レオンも皮肉を吐く気概を奪われたようだ。同情顔でひらひらと手を振って見送るレオンを目の当たりにし、完全に逃げ道を失ったことをオルトは悟った。

 それでもダンスは楽だった。自分が誘導しなくてもウィオラの所作は美しく、途中で踊るのをやめて見物する生徒がはたで増えていく。

「学院祭の代表戦、とても見応えのあるいい試合だったわ」

「ソールとはいつも互角だったんだ。今回初めて負けた」

「相手がむきになるような賭けでもしたの? 勝ちにこだわる気迫に少し差があったようだけれど」

「わかるのか」

「私を誰だと思っているの」

 話しながらでも、ウィオラは目線も動きもまったくぶれなかった。

「そっちの槍専攻生代表はソールと同じ鍛錬所に通っていたそうだが、ひどかったな」

 あれで代表かと苦笑してしまう。セピアの父親が営む槍鍛錬所の生徒ですら、入学前でももっとましだ。

「残念だけれど、スクルプトーリスには強い槍専攻生がほとんどいないの」

 おかげで合同演習は退屈で仕方ないわとウィオラがぼやく。

「いっそのことゲミノールムに転校しようかしら」

「交流戦に絡まない学院になら越境入学は可能だろうが、ゲミノールムだと許可が下りないんじゃないか?」

 しかも、ピスタシオ家はスクルプトーリスに通う貴族の中でもかなり上位に位置すると聞いている。学院が手放すとは思えない。

「そこは愛の力で何とかしてやると言ってくださらない?」

「悪いが、何とかしてやれるほどの『愛』とやらは持ち合わせていない」

「つれないわね。でもじらされるのも悪くないわ」

「押しが強いのは血筋か? 家訓か?」

 オルトはあきれた。

 なぜ両親がくどいほど言い聞かせようとしたのか、今ならわかる。これは相当に手強い。

 そうこうしているうちに曲が終わり、オルトはウィオラに一礼した。そのまま逃走をはかろうとしたが、ピスタシオ家はしつこかった。

「疲れたわ。少し休みましょう、オルト」

 またもやがっちり腕に絡みつかれ、「嘘をつくな」とオルトは額に手を当てた。

「まったく……飲み物を取ってくるから、適当なところに座ってろ」

「私も行くわ。あなたを一人にすると奪還が難しくなるもの」

 あきらめの悪い方たちが多くて嫌だわと嘆息するウィオラに、「お前が言うな」と突っ込む。貴族の令嬢に対してかなり無作法な態度で接しているはずなのに、ウィオラは顔をしかめるどころか楽しそうだ。

 どうも調子が狂う。鼻につくほど高圧的なちょっかいをかけられているわけではなく、単にすり寄られているだけと言えるが、非常にやりにくい。しかもどう動いてもたくさんの視線が追ってくる。見られることにいいかげん耐性がついている自分でさえ居心地が悪くなるほどの注目度に、オルトは困り果てた。

 一緒に飲み物を選び、ひとまず空いている――いや、先客が飛びのくように空けてくれた席に腰かける。

 飲み方まで洗練されているなと横目に見やると、目があった。ゆっくりと上向きに弧を描く美しい微笑みに、周りからほうと恍惚の吐息が漏れた。

 貴族とかみあう話題などない。黙っていればそのうち飽きていなくなるかもしれないという期待は良くも悪くも裏切られた。

 いつ剣をにぎったか、誰に教わったか、どこの武具屋を利用しているか、手入れは、素材は――気がつけば、とても長い時間を過ごしていた。



 途切れることのない誘いに頭を下げ続けてどうにか回避し、リリーは飲み物が置かれている場所へよろよろと近づいた。

 料理も用意されていたが、疲れすぎて食欲がわかない。もったいないなと思いつつ少し甘めの果汁の杯を手に取ったとき、横から声をかけられた。

「やっと見つけたよ、リリー。踊らないか?」

 ざっと複数人に囲まれる。中心に立つディックに、リリーはこわばった。

「ごめんなさい、ちょっと疲れたので休憩したいの」

「リリー、大人気だもんな。スクルプトーリスでも早くから目をつけられていたよ。すごくかわいい子がいるって」

 人のよさそうな笑顔でディックが距離を詰めてくる。

「それに『神々の寵児』だとは。やっぱり役立たずの風の法専攻生とは違うね。あの法術、本当に見事だったよ」

「風の法専攻生は役立たずじゃないわ。学び方が他とは違うから上達が遅れやすいだけよ」

 自分は『神々の寵児』ではない。のどまで出かかった訂正の言葉をのみ込む代わりに、蔑まれた同専攻生のための憤りを口にした。

「君の風の法は威力も速さも抜群だ。そこらの風の法専攻生との差は明らかだよ」

 ほめられても全然嬉しいと思えない。むしろ嫌悪感が募るばかりだ。 

「リリー、君が警戒する気持ちはわかるよ。俺たちはソールとうまく付き合えなかった。君はソールからいろいろ聞かされたはずだから、どうしても俺たちのことを悪く見てしまうはずだ。悲しいけど、挽回には時間がかかる」

 とてもつらそうにうつむくディックの声は沈んでいる。ソールとの絆が深まっていなければ、自分もだまされてしまったかもしれない。

 やり直したいと考える人がいるのはたしかだ。マイカともそうしてまた関わるようになったから。

 でも目の前の彼は信用できない。嘘で塗り固められた反省を堂々と語ることに、たぶん何の罪悪感ももっていない。

 リリーは集団の端にいる一人の少年を見た。初めて出会った日、最後尾で何度もソールをふり返っていた彼は、リリーのまなざしを受けてうつむいた。

「踊り疲れたなら、座って話をしよう。どうすればソールと和解できるか、相談に乗ってもらいたいんだ。君が間に入ってくれれば、きっと俺たちはソールと前のような関係に戻れると思う」

 さらに一歩、ディックが迫る。

 リリーは助けを求めて周囲を見回した。離れたところにソールがいるが、女生徒に囲まれている。ダンスは順番が回ってくるまで時間がかかるため、女の子たちは無理に独占するよりみんなで話をする作戦に出たようだ。

 オルトはウィオラと踊った後、二人で話し込んでいる。身振り手振りからどうやら武器のことを話題にしているらしく、割り込めない大勢の生徒がじれた様子で遠巻きにしている。

 セピアたちも見当たらない。あせったリリーはふと、不審げにこちらを凝視している人物に気づいた。

「最後のダンス、ソールが予約しているんだろう? それまでには解放してあげるから」

 ディックがにたりと笑う。言葉とは裏腹にソールとのダンスを妨害するつもりだと察し、リリーは杯を置いた。

「次の相手が決まってるから行くわ」

「またまた、嘘が下手だね、リリー」

 ディックが仲間に目くばせをする。せばまりかけた包囲網の、ただ一つだけ空いているすきまをリリーは走り抜けた。過ぎざまに、さりげなく道を譲ってくれた少年と視線を交える。

「待て!」

 捕まったら終わりだと必死に逃げた。それでもかかとの高い靴は走りにくく、すぐ背後にディックの気配を感じたとき、リリーは叫んだ。

「先生!」

 ディックがひるんだのを背に感じながら、リリーは自分の行動を見つめていたドムス教官に飛びついた。

「ドムス先生と踊る約束をしているので!」

 教官の腕にぶら下がってディックをふり返る。ドムス教官だけでなく、そばにいたロードン教官とカルタ教官も目をみはった。

「ドムス……?」

「まさか、ソールの父親?」

 仲間が動揺したさまでささやきあう中、ディックも明らかに震えていた。

「誰だ?」

 尋ねるドムス教官に、「おい、ディック、まずい」「退こうぜ」とうながす声が上がる。

「ディック? ……ああ、ソールと同じ鍛錬所に通っていた子だな。ずいぶんソールが迷惑をかけたそうだな」

 ドムス教官が深緑色の双眸を鋭く細める。ソールへの仕打ちがばれているとわかったのだろう、ディックたちは返事もそこそこに慌てて去っていった。

「すみません。巻き込んでしまって……」

 ようやく安全を確保でき、リリーは大きく息をついた。

「ソールはどうした?」

 リリーは、途方に暮れた顔つきで女生徒たちと話しているソールを指さした。

「まったく、何をやっているんだあいつは」

 眉間にしわを寄せ、ドムス教官が舌打ちした。

「最後のダンスは約束しているのか?」

「はい。そのときが来たら遠慮なく取り戻しにいきます」

 腕を振り上げてリリーがにっこりすると、「たくましいな」とドムス教官は発笑した。そこへ男子生徒がドムス教官の顔色をうかがうようにして集まってきた。次の曲が始まるのでリリーを誘いに来たのだ。

「じゃあ、行くか」

 えっ、と驚くリリーに、「俺と踊る約束をしていたんだろう?」とドムス教官がにっと口の端を上げる。

 時間稼ぎに一曲だけ付き合おうと言われ、リリーが笑ってその手を取ると、ざわめきが広がった。ソールまでがこちらを見ている。

「学生の頃はほとんど踊らなかったのに」

 物珍しそうなロードン教官の隣で、カルタ教官も首をかしげた。

「ピュールさんってもしかして、ものすごい年下好みだったんですか」

 リリーに抱き着いた俺の頭をはたいて叱りつけたくせにと文句を吐くカルタ教官を、ドムス教官は睥睨した。

「馬鹿か、お前は。これは、息子の将来の嫁を外敵から守るための緊急措置だ」

「先生!」

 何てことを口にするんだと、リリーは真っ赤になった。

「リリー、次は俺と踊ろうな」

「いや、担当教官の僕が先だよね」

 順番を巡って揉める二人の教官を残し、ドムス教官と腕を組んで歩く。ダンスに参加する教官はめったにいないせいか、周りの関心をかなり引いている。

「ソールの奴、大急ぎでこっちに来そうだな」

 呆気にとられた様子のソールに、リリーも思わず吹き出した。

「先生ってけっこう挑発が好きですよね」

「あいつは人に気をつかいすぎて、本当に大切なものを手放そうとした阿呆だからな」

 どうやら自分のことを指しているらしい。ドムス教官の言葉にリリーは照れた。この親子がどんな顔で恋愛について語っているのか、想像がつかない。

 注目を一身に浴びながら曲にあわせて踊りだす。身長差はかなりあったが、不思議と苦ではなかった。

「母親よりはダンスがうまいな」

「お母さん、そんなに下手だったんですか?」

「ああ、ひどいものだった」

 頭上から降るドムス教官の声は優しい。

「先生、お母さんと仲良しだったんですね」

 伝わってくるなつかしそうな響きにそう言うと、ドムス教官の体が一瞬ぴくりとかたまった。

「俺とお前の母親が仲良しなら、世の中みんな親友だらけだ」

 今度はあきれた口調で返される。しかし皮肉めいた愚痴の奥にちらつくのは、やはり親しみだった。

 時折足運びを間違えそうになっても、そのたびにドムス教官が正しいほうへさらっと導く。昔話の際に、何をやっても器用にこなすからむかついたと母が冗談まじりにこぼしていたことをリリーは思い出した。

 母が恋に落ちたのは父だったけれど、ドムス教官ともまた特別なつながりがあったのかもしれない。

 若い頃の二人のやり取りが目に浮かぶようで、つい顔がほころんでしまったリリーに、ドムス教官がぽつりと呼びかけた。

「リリー」

「何ですか、先生?」

「ソールを好きになってくれて、ありがとう」

 心からの感謝とわかるささやきに、リリーは「はい」と破顔した。

 曲が終わってお互いに一礼すると、あちこちから拍手がわいた。教官のすばらしいダンスに、皆の目がきらきらと輝いている。

 元の場所に戻ったとたん、ドムス教官に女生徒が殺到した。誘いとお願いが飛びかうのを見て、カルタ教官がため息をつく。

「日頃生徒をがんがん怒鳴って震え上がらせている怖い教官なのに、なぜモテるんだ」

 俺のほうがとっつきやすいと思うのにとぼやくカルタ教官に、ドムス教官が失笑した。

「見回りに行ってくる。後は任せたぞ、トルノス」

 群がる女生徒をかき分けて去る姿すらさまになっている。学生の頃から人気だったのだろうなと感心しつつ見送っていたリリーは、ソールに肩をたたかれた。

「先生が言ったとおりだね」

「父さんが何て?」

「ソールが大急ぎで来るんじゃないかって」

 からかい混じりに教えると、ソールはきまり悪そうに頭をかいた。

「まさか父さんが踊るとは思わなかった」

「ドムス先生、すごく上手だったよ」

 傍らで今度はロードン教官の取り合いが起きているのを横目に、リリーは経緯を説明した。ディックのせいで休憩しそびれたので、飲み物と軽食を取って会場の隅へ移動する。さすがに最後のダンスが近い時間帯に、予約者がくつろぐ場に無理やり入るようなまねは皆しないようで、残念そうに遠くから眺めるだけでとどめていた。

 ディックたちに囲い込まれそうになったとき、逃げ道を用意してくれた人がいたことを報告すると、外見からたぶんアンデュレだとソールが答えた。カルパの話では彼は今、ディックの支配下に置かれて苦労しているらしい。

 軽く周囲を見回したが、ディックたちの姿はなかった。ディックの邪魔をしたことでアンデュレが責められないだろうかとリリーは心配した。うつむいていた彼が勇気を振りしぼって助けてくれたのは本当にありがたかったので、次に会う機会があればお礼を言いたかった。

 心細かったため来年はもう少し一緒にいたいと素直に気持ちを伝えると、「俺も」とソールがはにかみながら同調した。やはりソールのそばだと安らげる。食欲もわいてきたので、残りの時間をリリーはソールと歓談してゆったり過ごした。

 


 そろそろ最後のダンスの準備をとの呼びかけが会場内に響いたとき、スクルプトーリス学院総大将かつ『紅玉の騎士』であるロンキード・バレがつかつかと寄ってきた。柔らかそうな薄黄色の髪に灰青色の瞳の彼は華やかな顔立ちだ。その立ち居振る舞いから、ウィオラと同じく自分を魅力的に見せる方法を自覚しているふうに感じたが、何か決定的な違いがあった。

「ウィオラ、君と踊る栄誉をくれないか」 

「お断りするわ。私は今、オルトと大事な話をしているの」

 ばっさりと、ウィオラは愛想のない返答をした。

「スクルプトーリスが負ければあなたの求愛は受け入れないと、言づけたはずよ」

「聞いたさ。だから動揺してあんな一撃をくらってしまった」

 通常なら決して起こり得ない失敗だったと、ロンキードが悔しそうに歯がみする。

「総大将が口にする言い訳とは思えないわね」

 ウィオラの非難に、羞恥か怒りかロンキードは頬を朱に染めた。

「君の腹立ちはもっともだが、いいかげん機嫌を直してくれ。まさか本気じゃないだろう? こんな平民を君のお父上が認めるはずがない。お父上がどれほど君を大切にされているか……」

「いいえ、オルトはきっと父に好かれるわ」

「あり得ない。ただ見目がいいだけじゃないか。我がバレ家はピスタシオ家に十分貢献できる。どう考えても俺との結婚は利がある」

「私は父の意向に背いてはいないわ」

「だったら当てつけでそんな男をかまわず、俺と――」

「あなたは知らないでしょうけれど、父はオルトの父君に親愛の情をいだいているの。『我が永遠の好敵手にして最高の友』とよく語っていたのよ」

 ロンキードは目をみはった。

「え?」

「だからもしカエリー家の剣専攻生に出会ったら、何を置いても最優先で婚姻を結べと言われてきたわ」

 オルトは耳を疑った。飲んでいた果汁を吹きそうになり、激しくむせる。

「おま……交際をすっ飛ばしていきなり婚約か?」

「貴族ならよくあることよ。オルト、私たちは一線を越えてしまったの。もうなかったことにはできないわ」

「誤解を生みそうな言い方はやめろ。俺にはその一線とやらに心当たりがない」

 いったいどの線だと問いただすオルトに、ウィオラは「気づかなかったの?」と小首をかしげた。

「私がピスタシオの者としてあなたに勝負をしかけ、あなたは乗った。ピスタシオ家の口説きに応じたのよ、あなたは」

 ピスタシオの名にかけて、とウィオラは宣言していた。まさかそれかとオルトはようやく思い至った。

「先ほどから、ウィオラに対して何という口の利き方だ。ウィオラ、頼むから強がりはやめてくれ。そいつは君の飾りを取ろうともしない。そんな無粋な男を追っても君が傷つくだけだ」

「あなたのそういうところが好きになれないと、はっきり言わないとわかってもらえないことのほうがつらいわね。それとも、わざと私に恥をかかせようと騒ぎ立てているの?」

 浅緋色の瞳に剣呑な光が瞬く。両者の決定的な違いは生まれもっての矜持の格の差だと、オルトは気がついた。

「決してそんなつもりは……」

 たじろぐロンキードに、ウィオラはふいと顔をそむけた。

「ピスタシオ家の後ろ盾が欲しいなら、妹におもねってみてはどう? 期待に添えるかは保証できないけれど」

 周囲の半分はすでに最後のダンスの相手とともに中央へ集まっている。その中にはソールとリリー、レオンとチュリブ、そしてルテウスとセピアの姿があった。

 残り半分は三人の事の成り行きを見守っている。いや、醜聞とも言える事態を面白がっている。

「俺は君に惚れているんだ!」

 大声で訴えてますます衆目を集めてしまったロンキードに、ウィオラがため息を吐き出した。

「帰って父にあなたのことを伝えるわ」

「ウィオラ」

 やっとわかってくれたかと、ロンキードの表情がぱっと晴れる。

「カエリー家との仲を引き裂こうとする、思い上がった痴れ者がいると」

 さあっと青ざめたのは、ロンキードだけではなかった。

 振りかざした氷の刃で周辺を一気に凍りつかせながら、ウィオラはただロンキードを見据えている。知り合って間もないが、ウィオラの瞳に浮かんだ高慢な怒気を初めて見て取り、オルトは息をのんだ。

 一定の範囲内で誰も微動だにしない状況下、最後のダンスが始まった。

 想いを通わせた男女が幸せそうに手を取り合って舞う世界と、流れる音楽が白々しさを伴って沈んでいく世界。隣接する二つの領域のうち重苦しい側にいたオルトは果汁を飲み干して席を立った。

 仰ぎ見たものの、ウィオラは何も言わない。今しがたまで強気だったまなざしにかすかににじんだのは失望か。

 このまま捨て置くこともできた。しかし、彼女の花に見て見ぬふりをしたのは、こんな騒ぎを引き起こすためではない。

「飲み物を取りに行かないか? 空だろう」

 うつむきかけていた顔がまたはっと上がる。

「行かないのか?」

 自分が適当に選んでもよかったが、オルトはあえて問いかけた。きっとオルトが揉め事を嫌って離れると思っていたのだろう。驚きととまどいに揺れる浅緋色の双眸が、明るい輝きを取り戻した。

「行くわ」

 優雅な身のこなしで立ち上がったウィオラを連れ、オルトは料理の置かれている場所へ爪先を向けた。二人が動いたことで、とまっていた時間が進みはじめたかのように空気が変わる。

 最後のダンスは踊らなくても、ウィオラ自身を拒絶する気持ちがオルトにないことを知り、一部の生徒たちはつまらなそうに散っていった。

 誰かがみじめな思いをするのを――特に高貴な者がないがしろにされる場をそんなに見たいのかと、オルトは内心で舌打ちした。

 横目にとらえると、ウィオラはもう落ち着いた面持ちで新しい杯に口をつけている。

 普段は相手が誰であれ、かなり鷹揚な態度で接しているに違いない。ささいなことでいちいち感情をあらわにしていては貴族間の心理戦でしくじってしまうし、平民も通う学院内でむだに威張れば悪意を招く。

 一見好き勝手にごり押ししているようで、案外神経をすり減らしながら過ごしているのかもしれない――だからといって、変に媚びへつらって振り回されるつもりもないが。

 ロンキードはさすがに食い下がるのを断念したらしく、オルトをにらみつけて大会堂を出ていった。

 余計な嫉妬を買ってしまったが、あの男があそこまで粘らなければ、ウィオラも隠し持っている棘を人前で出すことはしなかったはずだ。その点についてはウィオラに同情するし、自分に原因がないとも言い切れない負い目があっただけに、これで相殺できたと思いたい。

 つとウィオラの視線が流れてきた。浅緋色の瞳がやわらぎ、口元がほころぶ。すっかり機嫌がなおったのを確認し、オルトもやれやれと安堵してダンスに興じる生徒たちを見やったとき、そういえばと思い出した。

 自分によく似た子とウィオラによく似た子が剣の稽古をする様子を、こんなふうに二人で肩を並べて見守っていた場面が、虹の森の池に映っていた。

 こちらの意思を無視した距離感には困惑するが、対等に戦える技量が心惹かれる相手ではある。親の代からの競い合いが我が子に受け継がれていくだろう未来に、オルトは感慨深い気持ちになった。



「おかげでとても楽しい時間を過ごせたわ」

 最後のダンスも終了し、舞踏会が閉会したところで、ウィオラがありがとうと微笑む。

「ああ、また来年の交流戦でな」

 答えながら、解放感の中にかすかに芽吹いた奇妙な感覚をオルトはいぶかしんだ。

 これは……名残惜しさか。

 まさかとかぶりを振りかけ、ちょいちょいと手招きされて「何だ?」と少しかがんだオルトは、ウィオラに後頭部をつかまれて引き寄せられた。

 きゃあと言うよりぎゃああっと、女生徒の悲鳴が爆発的に噴き上がる。触れ合った唇が離れても、オルトは目を見開いたままかたまっていた。

 何が起きたのか、ようやく理解が進んだとたん、一気に赤面する。

「……な……はあっ!?」

 狼狽するオルトに艶然とし、ウィオラは髪に飾っていた赤い生花を取ってオルトの胸ポケットに挿した。 

「再会はそう遠くないわ、オルト」

 カッカッカッカッと規則正しい靴音を響かせ、ウィオラが去っていく。呆然と見送るオルトの周辺は狂騒により大混乱となった。

 いらぬ好奇の目にさらされて傷ついたのではと少しでも思いやったのは、どうやら間違いだったらしい。しおらしい態度は敵を欺くための作戦だったのかと、オルトは脱力した。 


残り2話はまとめて火曜の午前中に投稿する予定です。

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