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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
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 先鋒隊はもともと戦闘能力が高い者ばかりで構成されていたうえに、敵側が恐慌状態に陥ったおかげで、流れは一気にゲミノールムに傾いた。まとめて『枷の法』をかけようとしていた敵の動きを察知したリリーが『嵐の法』まで用いて倒したことで、相手側もついに撤退を決めたのだ。しかも殿(しんがり)を押し付け合いながら本陣のあるスクルプトーリスへと逃走していくぶざまな姿に、シュイたちはあきれた。

「いやー、面白いほど取り乱してくれたな」

 駆けつけた援軍の隊長に道すがら事情を説明し、一緒に大笑いをしてから、シュイが皆をかえりみた。

「戦況をひっくり返すほどの心理的衝撃だ。ばれるまでこのままでいこうぜ」

 ザオムに情報統制の指示を出してもらおうと、三回生たちは浮かれたさまで話している。同時にリリーの警護の強化も提案された。おそらく敵はできるだけ早くリリーを潰そうと狙ってくるだろうからと。

 シュイがわざと誤解させるような言い方をしたせいで、勝手に冷静さを欠いた敵軍が自滅したようなものだ。落ち着いて考えれば、『神々の寵児』は血で受け継がれるわけではないとわかるのに。

 味方は真実を知っているとはいえ、思いがけず重い噂を背負うことになってしまったとリリーは嘆息した。

「警護役を募るなら俺も立候補する」

 頭の上から届いたやわらかな声になぐさめられ、リリーは「うん」と答えてもたれかかった。本隊への合流までの間、休憩がてらソールの馬に相乗りさせてもらうことにしたのだ。

 指定馬になるほどソールと良好な関係を築いている馬だったので、最初はリリーを乗せることに抵抗を示したが、ソールがなだめになだめて何とか許してもらった。それでもソールがいないときに近づけば蹴られてしまうかもしれない。

「お父さんやお母さんの頃は、馬で移動する神法学科生がいたんだって。私も来年までに訓練しようかな」

 リリーの話に、フォルマの馬に乗っていたレオンが「それいいね」と賛成した。リリーたちが助けに行くまで、一回生の逃亡集団の司令役を担っていたレオンだが、今回のセムノテース川攻防戦では多くの同期生の護符が発動する様子を目の当たりにし、悔しい思いをしたのだという。 

 来年はもっと強くなっているはずだから、もう少し余力のもてる戦い方をしたいと語るレオンに、他の一回生たちもうなずく。そしてリリーたちは本隊に着くまで、馬上で議論に熱を入れた。



 最終決戦の場となったスクルプトーリス学院側は、やはりリリーを優先的に排除する方針をかためていたらしい。総大将より多く敵を引き寄せているリリーを見て、ザオムは最初に確保していた護衛兵に加え、先鋒隊をそのままリリーにつけて囮にした。彼らが派手に立ち回るすきにザオムはオルトを連れて奥へ奥へと突き進み、ついに本陣のある闘技場の前へとたどり着いた。

「やっと来たわね、オルト・カエリ―」

 防戦に必死のスクルプトーリス兵の中で、際立った美貌の持ち主が剣を手に微笑む。彼女の周りもリリーに負けず劣らず護衛兵だらけだった。

「お前、『紅玉』なのに戦に出ていたのか」

 あきれ顔のオルトに、「それはお互い様でしょう」と返すのは、ウィオラ・ピスタシオ。スクルプトーリス学院剣専攻一回生代表にして『紅玉の戦乙女』に選出された女生徒だ。

『黄玉の騎士』として招待されたスクルプトーリスの学院祭で代表戦を観戦したものの、彼女の実力をはかることはできなかった。槍専攻代表が弱すぎて、試合はあまりにもお粗末な展開だったのだ。

「俺は『戦利品』になるようなへまはしない」

「私だってそのつもりよ」

 剣先をオルトに突きつけ、ウィオラは浅緋色の瞳をきらめかせた。

「ピスタシオの名にかけて、私と勝負しましょう」

「ウィオラ、待て!」

 護衛の生徒たちが慌てたさまでとめようとしたが、ウィオラは聞かなかった。

「彼とは絶対に戦いたかったの。邪魔をしないで」

「しかし、ロンキードが……!」

「ここまで敵に押し込まれておいてまだ戦うなと言うの? 私はもう十分待ったわ」

「とにかくだめだ。頼むから安全な場所へ移ってくれっ」

「あの人に伝えてちょうだい。スクルプトーリスが負ければ()()()()()()、と」 

 説得していた護衛兵が真っ青になって、闘技場にいる総大将への伝言を下級生に託す。

「さあ、オルト・カエリ―。準備はいい?」

 ウィオラが好戦的な笑みを浮かべただけで、ゲミノールム兵までが息をのむ。策略か、自然体か、周囲を魅了するウィオラにオルトも口角を上げた。

「ああ、いいぞ」

 そして二人は同時に地を蹴った。

 幼い頃からシータを知っていたので、女生徒だからと侮るまねはしなかったが、それでもウィオラの強さにオルトは驚嘆した。ソールとの対戦に匹敵する高揚感にいつしか周りが見えなくなり、夢中で相手の剣筋を読み、武器を振るう。

 美しい金属音は、両者の力が互角だからこそ奏でられるものだ。

 打ち合うたびに浅緋色の双眸が輝く。おそらく自分の瞳もまた生き生きとしているだろう。

 代表戦でソールに敗れてから、長く胸に秘めてきた片恋に区切りをつけた。手をつなぎ仲良く寄り添い合う二人の姿を目にしても、何も感じなくなる日がいつか来る――早く来いと願う毎日に、本当は少し疲れていた。

 自分の手で幸せにできないつらさを隠し、理解を見せるのは想像以上にこたえたが、手放すと決めたのだから何としても貫き通したい。

 どちらもかけがえのない存在だから。この先も付き合っていきたい仲間だから。

 ウィオラの剣をはじいて反撃する。それをかわしたウィオラが再度攻めてくるのを受け流したとき、至近距離で視線がぶつかった。

 強さを追い求める貪欲な眼光にオルトは引きつけられた。

 今が踏ん張りどころだと自分をごまかして過ごす間にじわじわ積もった(おり)のような鬱憤が、一振りごとに、一突きごとに払われていく。

 楽しいと、純粋に思えた。

「総大将を討ち取った! ゲミノールムの勝利だ!」

 わあっと響く歓声に、しかし二人は手をとめなかった。目の前の強敵に気をとられ、交流戦の勝敗など頭から飛んでいた。

 好ましい手応えにのめりこみ、ますます集中力が冴えていく。ついにのぞいたわずかなすきにオルトは剣先をのばした。

 ぱあっとウィオラの護符が光る。大きく見開かれた浅緋色の眸子は驚きと悔しさ、そしてこの上ない喜びに満ちていた。

「……負けたわ」

 空へ向かって息をつき、ウィオラが頬をゆるめる。軽くとはいえ息切れを起こすほど戦ったことで心の充足を得られ、オルトも笑った。

「オルトの勝利だ!」

「『紅玉』を二人とも『戦利品』にしたぞっ」

 スクルプトーリスの総大将は『紅玉の騎士』も兼ねている。大騒ぎの味方に、剣を鞘へ戻しながらオルトはかぶりを振った。

「こいつは違う。総大将が討たれたとき、こいつはまだ()()()()()。だから『戦利品』にはならない」

「でもお前たちの勝負が始まったのは、勝敗が決する前じゃないか」

「戦い続けたのは俺とこいつの自己満足のためだ。ゲミノールムが勝った時点でやめていれば、こいつは戦闘不能にはなっていなかった」

「それはそうだけどさ」

 せっかくの『戦利品』を見逃すことにみんな納得がいかないらしい。数年ぶりの凱旋をできるだけ華やかに飾りたいのだ。

「まあ、それに……」

 オルトはちらりとウィオラを見て、ああやはりやってしまったと歯がみした。食いつかんばかりの熱烈なまなざしに、両親から受けていた忠告を思い出したのだ。 

「あー、つまり……そういうことだから、お前は解放する」

 これ以上関わってはまずいと本能が訴えている。さっさと逃げに転じたオルトの腕をウィオラががしっとつかんだ。

「次の戦場は舞踏会よ、オルト」

 楽しみにしているわと、一回生とは思えない艶めいた微笑を広げるウィオラに生徒たちは魅入ったようだが、オルトは寒気を覚えた。

 人生最大の危機的状況かもしれない。歓喜にわくゲミノールム兵の間に紛れながら、オルトは内心で頭をかかえた。



 今年の舞踏会はスクルプトーリス学院でおこなわれた。一度帰宅して着替えた生徒たちが続々と大会堂へ集まる中、リリーも同じ馬車で来たセピアやオルトとともに会場入りした。

 さすがにオルトは注目の的で、両学院の女生徒がきゃあきゃあと興奮している。

「三人とも、こっち」

 先に来ていたレオンが大きく手を振ったので、リリーたちはフォルマとルテウスもいる輪に加わった。

「リリーもセピアも綺麗」

「フォルマも素敵だよ。化粧をすると本当に大人っぽくなるよね」

 リリーのドレスは白みが強い薄青色だった。髪はまとめ上げ、両耳のあたりで一房垂らしている。髪飾りは宝石と模造の花の組み合わせにしたが、こっそり黄赤色を挿していた。

 セピアは青緑色のドレスで、品のよさとかわいらしさをうまく調和させた意匠が柔和な顔立ちを引き立てている。髪に挿した花でさりげなく主張しているのは黄色だ。

 そしてフォルマは、柔らかな黄色いドレスをまとっていた。むだな派手さを控えた涼やかな装いは、少しでも目立とうと飾り立てる女生徒たちの中に混ざれば、かえって印象を強めそうだ。何より、すらりとした長身と姿勢のよさが大人びた色気をほんのり匂わせている。短い髪はそのままで、耳飾りにこげ茶色の小さな玉がついていた。

 女子同士でお互いにほめあっていると、レオンが周囲を見回して顔をしかめた。

「うわあ、一気に包囲網がせばまってきた」

 しかも増員してるとぼやく。

「仕方ないよ。リリーとオルトがいるんだもん」

 肩をすくめるセピアに、「お前を狙ってる奴も少なくないぞ」と面白くなさそうにルテウスが言った。

「そ、そう?」

 照れ臭そうにもじもじするセピアのそばで周りに警戒の目を向けるルテウスに、リリーが引っかかりを感じたとき、カルパと連れ立ってソールが現れた。

 ソールはカルパに何か告げ、オルトと同じく女生徒からの熱い視線をまとわりつかせながら一人で近づいてきた。カルパは槍専攻一回生の集団に合流するつもりらしい。

「よく似合っている」

 まぶしそうに細められた黄赤色の双眸に、リリーは「ありがとう」と答えてうつむいた。ソールに言われると、嬉しさと恥ずかしさがあふれて冷静でいられなくなる。

 まもなく開会するという呼びかけに場内が反応した。代表者たちが並んでいく中、エラルドが迎えに来たので、フォルマがその手を取って歩きだす。それを見送り、リリーもソールと腕を組んだ。

 ダンスの練習も後半になった頃、相手を交換しようかと話をもちかけたのはフォルマだった。二人とも一緒に踊りたいって顔をしてると笑われ、リリーはソールと見合った。

 フォルマはこだわりがなく誰でもかまわないと言ったので、リリーはありがたく提案に乗った。ソールは以前一度断っていただけにエラルドに頭を下げたが、もちろんエラルドは快く承諾し、後でこっそりリリーにお礼まで口にしたくらいだ。

 まず『黄玉』と『紅玉』が中央へと進む。オルトと『黄玉の姫』はいたって普通の表情だったが、『紅玉の騎士』で総大将でもあった剣専攻三回生代表ロンキード・バレは、『紅玉の戦乙女』のウィオラをひどく気にした様子だった。そのウィオラは傍らの男子には目もくれず、オルトを凝視している。

 四人の立ち位置が定まったので、リリーたちも動いた。大勢の視線を浴びて踊ることに緊張が押し寄せてきたが、向き合ったソールの穏やかなまなざしに励まされ、少しだけ落ち着いた。

 演奏にあわせ、ゆったりと滑り出す。手の添え方も、腰への触れ方も、何もかもが優しい。練習のときと変わらないソールにリリーは安心した。もしうっかり間違ってもうまく対応してくれそうな頼もしさが伝わってくるので、逆に足取りがなめらかになる。

 ダンスの練習が始まったときから、ずっと夢見ていた光景だった。そして思い描いていたとおりの気づかいを見せてくれるソールに、ますます心惹かれる。

 苦しみも恐怖もすべて洗い流された今、身を置いたのは安らかであたたかい場所だ。

 自然と笑みを浮かべて見つめ合う自分たちに羨望がそそがれていることにも気づかず、最初のダンスを無事に終えてほっとしたリリーは、もう離れなければならないことを残念がりながらまた腕を組んだところで、ソールにささやかれた。

「『色』に託した想いを受け取りたい」

 ぱっと目を上げると、はにかみつつも真剣なまなざしがそこにあった。

 ここ数年の間に流行りだした本気の『遊び』――舞踏会に、女生徒は好きな人の瞳の色を装身具につけて参加する。相手が気づいて声をかければ成功だ。時には思い違いが生じたり、あるいは応じてもらえなかったりという場合もある。両想いだと自信がなければ口にしにくいため、男子側にも勇気がいるが、うまくいけば最後のダンスの予約が成立する。

「どうぞ、お取りください」

 形式に乗っ取ったソールの言葉に形式で返すと、ソールが嬉しそうに笑ってそっと黄赤色の花を引き抜いた。他にも同様のやり取りをした二人が複数いたらしく、会場内にどよめきが起きる。そこからは本格的に両学院の生徒が交流を始めた。

 気持ちが通じ合っても連続で踊るわけにはいかないので、リリーはいったんソールと別れた。というより、二人ともダンスの申し込みをしようと殺到してきた生徒たちにもまれ、また後でと伝える余裕もなく引き離された。

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