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風の少女と呪いの絆8  作者: たき
14/18

(14)

 虹の森については言葉に制限がかかる。それはキルクルスの村にも適用されるらしく、リリーたちは話せなくなった。村への道筋すら記憶があいまいになり、このままキルクルスと過ごした日々がなかったことにされてしまうのかとリリーは恐れたが、天空神の情けか、思い出までは消えなかったのでほっとした。

 ただ自分たちは例外だったらしく、周囲はキルクルスを忘れていった。あれほど人目をひいていたのに、転校生がまたすぐどこかへ引っ越していったという認識に変わったのだ。

 仲間内だけでしか話題にできない悲しさをかかえながら、リリーは別れ際に告げられなかったことを手紙の形で綴った。書いているうちにまた涙がこぼれたが、それでも想いをしたためることで、沈んでいた気持ちをほんの少しやわらげることができた。

 ヘリオトロープ学院長はキルクルスに関する記憶を失くしていたので、幸いにも覚えていた父に手紙を出せないか相談すると、神法学院からの便でオーリオーニスの学院長宛に送ってみようと父は引き受けてくれた。

 そわそわして待った数日後、オーリオーニス学院長から父に返信があった。そんな生徒は存在しないと突き返されることも覚悟していたが、手紙の受け取り手が大切そうに何度も読み返していたという報告に、リリーは安堵するとともに胸が熱くなった。

 キルクルスからの返事を期待していなかったと言えば嘘になる。でも、楽しかった毎日を懐かしみ感謝していることだけはきちんと伝えることができた。

 今はこれで満足しなければと、リリーは自分に言い聞かせた。もしかしたらまたいつか会えるかもしれないという淡い願いとともに――。

 キルクルスがいない寂しさを紛らわせるため、それからのリリーは交流戦に意識を向けた。武闘学科生と神法学科生はすべて配属先が決定し、各隊の初顔合わせの日、リリーはソールに連れられて野営学教室の扉を開いた。

 教室内にいた武闘学科生が一斉にふり返る。その場の威圧感に立ちすくんだリリーは次の瞬間、盛大な拍手で迎えられた。

「リリー、待ってたぞ」

 会議用に並べられた机の一番奥側にいた剣専攻副代表のシュイ・レーベンが笑顔で手を振る。

 精鋭ぞろいと聞いた先鋒隊は二十名くらいだろうか。隊長と副隊長に一番近い場所には弓専攻生が二人いるものの、そこからは剣専攻と槍専攻に分かれて座っている。ぺこりとお辞儀をしたリリーは、「こっちこっち」とシュイに手招きされた。

 あいているのはシュイの右隣で、生徒たちを見渡せる位置だ。さすがにそんなところに行く勇気はないとおののいたリリーに、シュイと並んで座っている女生徒が口をはさんだ。

「あんたの横よりソールのそばにいたほうが安心するに決まってるでしょ。ねえ?」

 小麦色の短髪でくせ毛の女生徒は、二つあいている自分の左隣を指さした。

「リリー、ソールと一緒に私のほうにおいで」

 女生徒の誘いにシュイが反論した。 

「いやいや、なんでだよ。リリーは俺が苦労して引き入れたんだぞ」

 そうだそうだと剣専攻三回生たちも加勢する。

「何言ってんの。リリーの恋人は槍専攻生なんだから、当然こっち側でしょ」

 女生徒の意見に今度は槍専攻側が勢いづいた。紛糾する両専攻にリリーがおろおろしている間に、ソールがあいていた末席を二つ素早くシュイと女生徒の正面になるよう移動させ、リリーを座らせた。自身もちゃっかりリリーの隣に腰を落ち着ける。もめていた三回生たちが気づき、あっと口を開けた。

「さすがソールね。いい判断だわ」

 隊長たちと向き合いながらどちらにも属しているように見える場所を選んだソールに、女生徒が感心したさまで笑う。確かに、これから共闘するのにささいなことで喧嘩している場合ではない。リリーを当たり前のように槍専攻に誘導するのではなく剣専攻にも配慮し、かつ一回生である自分たちが一番扉に近いところに着席するというソールの迅速な行動に、リリーも内心で手をたたいた。

「なるほど、ランセが気に入るわけだ。それじゃあまずは自己紹介だな」

 切り替えが早いのはシュイのいいところだ。他の生徒も同じような気質なのか、無駄口がぴたりとやむ。

「このたび先鋒隊隊長を拝命した、剣専攻三回生副代表シュイ・レーベンだ。よろしく頼む」

 続いて女生徒が口をひらいた。

「副隊長、ランセ・キュール。槍専攻三回生副代表。よろしく」

 歯切れのいい女生徒は男子生徒にもひけを取らない大柄だった。溌剌な雰囲気の中に茶目っ気がちらついている点は、シュイと似ている。きっと普段からお互い気兼ねなく言いたいことを言い合っているのだろうなという予想は当たり、全員が名乗ってからすぐ始まった議論は二人の意見の応酬が最も激しかった。

 皆の勢いにのまれて完全にかたまっていたリリーを助けたのはソールだった。聞いたことのない用語に理解が追いつかない様子のリリーを見て、持ってきた紙に文字や図で説明していく。おかげで作戦内容がよくわかり、ぱっと笑顔になったリリーは、いつの間にか場が静まっていたことに気づいた。

 槍専攻生はにやけ、剣専攻生は悔しげにしている。視線が自分たちに集まっていることに動揺するリリーの前で、シュイがため息をついた。

「くそう、俺が懇切丁寧に教えるはずだったのに」

 これを機に距離を縮める計画が台無しじゃないかとぼやくシュイに、ランセがあきれ顔になった。

「あきらめなよ。どう見たって割り込むすきまなんてないでしょ?」

「だってなあ、せっかくオルトの鉄壁の囲い込みが解除されたってのに、よけい強固になるってどういうことだよ」

 シュイがじとっと恨めしげなまなざしをソールに投げる。しかしソールはびくつきもせず、平然としていた。

「規律違反をでっちあげてよそへ飛ばすか」

 ソールを欲しがってる奴は多いしとつぶやくシュイに、ランセが冷笑した。

「その前に、私利私欲に溺れた隊長(あんた)を追放してやるわ」

 ザオムに訴えればすぐよねと言われ、さすがにシュイも反論できなかったらしい。そうこうしているうちに時間となり、第一回の隊別作戦会議は終了した。

「ソールがついていたから心配ないとは思ったけど、疑問点とかなかった?」

 みんなで机をもとの場所に戻してから、ランセが話しかけてきた。

「今日のところは大丈夫です」

 間近で見ると鼻のまわりに薄いそばかすがある。そして思った以上に背が高かったが、自分を見る目が優しいからか怖くはなかった。

「ソールは槍専攻の合同野外研修のときにいい働きをしてくれてね。隊長が()()だし、頼りになる人材が欲しくて引っ張ったの」

「あれとは何だ」

 失礼だなと文句を垂れながらシュイが輪に加わる。

「そもそも、この隊はみんな腕の立つ連中ばかりだぞ」

 ソールだけ贔屓するなとむくれるシュイに「わかってるよ。あんたが交渉を頑張ってくれたからね」とランセは笑った。

「本当はフォルマも入れたかったんだけど、さすがに取りすぎだと他の隊に反対されちゃって」

「風の神を守護神にもつ者は優秀な奴が多いからな」

「なんであんたがそこで威張るのよ」

 ほめたり叱ったり忙しいが、ランセはシュイが人員獲得に力をつくしたことを認めている。口論が絶えないようでいて仲がいい二人だなとリリーは思った。

「ところでリリー、この後何か予定ある?」

「いえ、特には……」

 リリーが答えると、ランセは視線をさまよわせた。

「あの……今日シータ様はご在宅かしら」

 急に品のいい口調になるランセに、リリーは目を丸くした。

(シータ『様』……?)

 ぶはあっとシュイが盛大に吹き出した。腹をかかえて笑いだすシュイを、「何よ」とランセがにらむ。

「だってお前、『様』なんて……リリーもびっくりしてるじゃないか」

「シータ様は私のあこがれよ。敬称をつけて何が悪いのよ?」

 むきになって怒るランセに唖然としていたリリーは、以前フォルマから聞いたことを思い出した。

 女性初の代表になったり総代表になったりと、学生時代に華々しい活躍をした母は、武闘学科女子に崇拝されているという。

 しかしまさかフォルマ以外にも出会うとは、と驚きを隠せないリリーの手を、ランセががしっと両手で包んだ。

「お願い、リリー。一度でいいからシータ様に会わせてくれない?」

 ぐぐっと迫るランセに、シュイが言った。

「そんなにシータさんが好きなら剣を習えばよかったのに」

「しょうがないでしょ。うちは代々槍の使い手なんだから」

 鍛錬所でシータ様に指導されるなんてどれほど光栄なことかわからないのか、大馬鹿かと、なかば八つ当たり気味にののしられ、シュイは肩をすくめた。

「えーっと……たぶんもう家にいると思うので、よかったら……」

「本当!? 嬉しい! ありがとう、リリー。恩に着るわ!」

 ランセが大喜びでぎゅううっとリリーを抱きしめる。あまりの浮かれように、フォルマと気が合いそうだなとリリーも笑った。

「じゃあ俺も行く」

 便乗するシュイに、ランセが嫌そうな顔をした。

「はあ? なんで? あんた、シータ様に何の用があるのよ?」

「いや、俺も久しぶりにシータさんに会いたいし。それに、狂喜乱舞したランセのはちゃめちゃな言動を見るのが面白そうだから」

「いいよな、リリー?」とシュイににんまりされ、リリーは引きつりながらも承知した。しかし自分一人でこの二人と下校するのは心許なくて、ついソールを見やると、リリーの心情を察したのか「俺も付き合う」とソールが苦笑した。

「夕食の準備は大丈夫?」

「リリーに関する用事なら何をおいても優先しろと、父さんとペイアから言われてるんだ」

 特にペイアは二人の交際を熱烈に応援しているという。

「ドムス先生の後押しもあるのかよ」

 それはずるいぞとシュイが顔をゆがめるそばで、「息子の恋を見守るドムス先生、格好いい」とランセが胸の前で指を組んでうっとりとした容相になる。ペイアはともかくドムス教官にまで付き合いを知られているのが気恥ずかしくはあったが、好意的に見てくれているならとリリーはほっとした。

 そしてリリーはありがたくソールに付き添ってもらい、上級生二人を連れて帰宅した。

 誰でも歓迎するシータは初対面のランセともすぐに打ち解け、二人が先鋒隊の隊長と副隊長だと知ると昔語りも混ぜて盛り上がった。あこがれの存在との会話をたっぷり楽しんだランセは涙を流す勢いでリリーに礼を言い、非常に幸せそうに帰っていった。 



 交流戦当日は、朝から気持ちがいいほどの青空が広がっていた。

 大会堂に集合した武闘学科生と神法学科生の前で、総大将である剣専攻代表ザオム・ニードが士気を高める。今年度で退職するヘリオトロープ学院長のためにも連敗を阻止し、勝利の旗を持ち帰ろうと皆がそろって声を張り上げた。

「その馬、ソールの指定馬だったんだって?」

 栗毛の馬にまたがるソールに、同じく自分の馬に騎乗したランセがふり返る。

「最近そいつが乗せてくれなくなったって何人か嘆いてたが、もしかしてソール以外拒んでるのか」

「足も速いし、いい馬だよな」

 他の三回生も感心したふうにソールと馬を見る。

 馬のことはよくわからないが、相性があるのだろうか。栗毛の馬を愛しそうになでるソールとどこか誇らしげな馬は確かに気持ちが通じ合っているようで、素敵だなとリリーは思った。

 今年の『黄玉の姫』である三回生は神法学科生だったが、ここ数年ゲミノールムが負けていることから、『戦利品』になるのを警戒して今回は見学を選択したらしい。一方『黄玉の騎士』のオルトは本隊で出陣の時を待っていた。一回生ながら三回生とも渡り合える実力の持ち主だし、オルト自身も参戦を望んだからだ。

 今回総大将のザオムは学院に陣を置かず、本隊を指揮して敵本陣を目指すことを選んだ。そのため、斥候部隊に所属する風の法専攻生は特に緊張した面持ちだった。自分たちの偵察が遅れれば進軍半ばで総大将が討たれることもあり得るので、非常に責任重大だ。 

 準備が整い、まずセムノテース川の決戦を任された隊が出発する。その中にはフォルマとレオンもいる。目があったリリーは手を振って二人を見送った。

 一緒に冒険をしてきた七人でかたまって戦えれば心強かったが、こればかりはどうしようもない。仲間の武運を祈りつつ、リリーは自分の務めをもう一度胸に刻みなおした。

 先鋒隊と名付けられた『潰し屋』は、とにかく走り回る。さらに少しでも長く生きのびなければならない。

 シュイはみんな腕が立つ連中だと語っていた。その言葉を、開戦後まもなくリリーは実感した。

 何と言っても機動力が抜群だ。先頭を行くシュイの動きをよく見ていて、反応も早い。進軍先にいた敵一隊をあっさり壊滅させながら、誰一人誇らしげな顔を浮かべることもふり返ることもしないのは、自分たちにとって当然の結果だからだ。

 時折飛来してくる風の法専攻生の話を聞くときだけはシュイとランセが並走し、方向が定まればまた基本の隊列に戻る。専属で付き添う神法学科生はリリー一人だが、武闘学科生だけでも十分に切り抜けられるのではないかと思えるほどだった。

「敵の中軍、本隊に向かい進軍中! 敵小隊、セムノテース川下流を通過して北から本隊を崩す計画と思われます!」

 始末しろという総大将からの伝令を告げる風の法専攻生に、シュイが「了解」と応じたとき、爆発音が聞こえた。さっと上昇したリリーは、セムノテース川のあたりで炎の渦が巻き起こっているのを遠目に見た。

 たくさんの旗が振られている。埋めつくしているのは――。

「リリー! 何があった!?」

 シュイの問いかけに、リリーは動揺を隠せないまま答えた。

「セムノテース川が落ちました! 旗の色は赤です!」

 自軍の敗戦情報に、先鋒隊が初めてざわっと揺れる。リリーの隣に来た伝令役も瞳をすがめた。

「風の法専攻生がこちらへ向かってきています。おそらく残兵が……」

「待て、それだと敵小隊と衝突しないか?」

 味方本隊に合流しようと逃げているのだろうが、このままでは敵小隊とセムノテース川からの追撃隊にはさまれてしまう。

 敵らしき風の法専攻生が下流のほうへ飛んでいく。そちらに敵小隊がいるに違いない。きっとあちらも好機とばかりに、ゲミノールムの撤退兵を囲む作戦に出るはずだ。

 やがて空中戦を繰り広げていた風の法専攻生の一人が猛然と飛行してきた。顔がはっきりわかり、リリーは叫んだ。

「エラルド!」

 風の法専攻一回生代表は、リリーたちを見つけて安堵の表情になった。エラルドを追ってきていたスクルプトーリスの風の法専攻生がくるりと身をひるがえす。

「生き残りの数は?」

 ランセが尋ねる。

「約二十。全員一回生です」

 敗退を覚悟した大将が少し早めに一回生を避難させたのだという。その後すぐに川で敵の法術が炸裂したらしい。

「フォルマたちを助けてください。お願いします!」

 エラルドが頭を下げる。一番戦力にならない一回生をわざわざ助けに行くのかと言う声はなかった。むしろここまで離脱することなく耐えたのだから強い証拠だ。

「俺たちは一回生を救出後、本隊に合流する」

 シュイの言葉を受けて伝令役が本隊へと発つ。その間にも追っ手と残兵の応酬は続いていた。中でも飛び抜けて術の発動が早い者がいる。

「レオンもいるの?」

「うん、僕が援軍を連れてくるまで何とかするって」

「あの双子は頼もしいな」

 シュイが笑って馬首をめぐらせた。

「よし、行くぞ」

 先鋒隊はいっせいに駆け出した。

「リリー、先に援護に行ってくれ。エラルドは俺たちの周辺を確認しろ」

「はい」

 エラルドと声をそろえ、リリーは爆炎が舞うほうへと飛んだ。

「リリー!」

 フォルマが空を仰ぎ見て笑顔になる。応戦中だったレオンたちもふり向いた。

「リリーがいるってことは、近くにいるのは先鋒隊か。助かった」

 二十名ほどのうち、何人かは知っていた。水の法専攻一回生副代表のトニー・ソワフ。大地の法専攻一回生副代表のセック・テュイル。グラノが抜けた後に剣専攻一回生副代表に昇格したホルツ・バリアー。弓専攻の女子の一人はフォルマと仲がいいメリ・ジュンゲルだ。

「みんな、無事でよかった」

 ほっとするリリーに、レオンが「セックの防御壁が恐ろしく頑丈でさ」と称賛する。

「交流戦の前に、ルテウスにめちゃくちゃしごかれたんだよ」 

 肩をすくめながらもセックは得意げだ。

「はいはい! 俺たちもすげえ活躍したんだぜ。なあ、レオン?」

 手を挙げたのはドゥーダ・レベルソとジュワン・パレット。以前レオンに意地悪をしていた二人だが、今ではいい意味で遠慮のない関係だと聞いている。

 本隊に人数を多めに割いたぶん、セムノテース川の軍はもともと不利と予想されていたものの、この顔ぶれなら今までもちこたえたのも納得だった。

「――っと、集中!」

 攻撃を受けて防御壁が激しくたわんだため、レオンがすかさず炎のかたまりを敵に投げ返す。ドゥーダとジュワン、フォルマたちも追撃隊の接近を阻止していると、右手から敵小隊が姿を現した。

「あっ、リリーじゃないか。へえー、風の法専攻生だったのか」

 馬上で手を振るのはディック・バランだ。あのときディックと一緒にいた生徒も数名いる。

「ずいぶんかわいい子だな。ディックの知り合いか? 一回生か?」

 ディックの前に出た鼻の大きな槍専攻生がリリーをじろじろ見る。徽章をつけているので、おそらく隊長だろう。

「来年には『黄玉の姫』に選ばれそうだな。今年でなくて残念だ」

「そういえば、今年は『黄玉の姫』は参加してないって聞いたぞ」

「そりゃそうだろう。負けるのがわかってるのに出るわけないさ」

 敵兵がげらげら笑う。そこへシュイ率いる先鋒隊も到着した。

「おー、いい連中が残ってるな。よく頑張った。偉いぞ」

 シュイのねぎらいに一回生たちが喜び涙ぐむ。もう大丈夫だという安心感を漂わせるゲミノールム側の雰囲気が気にさわったのか、敵隊長がいっそう下卑た笑みを広げた。

「この人数の差が見えないのか? お前らに勝ち目などない」

 敵の兵力はおそらくこちらの約二倍。しかもセムノテース川の残党狩りが落ち着いたのか、追っ手は増えてきている。小隊とともにゲミノールム本隊を北から責めるつもりなのだ。

「今年もスクルプトーリスの圧勝だな」

 敵隊長は目を細めてリリーを見た。

「まあでも、そこの彼女は見逃してやってもいいぞ。お礼は舞踏会で返してくれればな」

 悪い話じゃないだろうと誘う相手にぞっとしたリリーのそばに、ソールが馬を寄せた。隊長の後ろにいたディックが眉をひそめてソールをねめつけたが、ソールは無視して隊長を鋭く見据えている。

「はっ、その(つら)でリリーと踊ろうなんて図々しいにも程がある。スクルプトーリスには鏡がないのか?」

 シュイの嫌みに、今度はランセたちが吹き出した。

「ほざけっ」

 隊長は顔を赤くして歯ぎしりした。

「生意気な口がきけるのも今のうちだ。泣いてすがっても許しはしないぞ」

 そして隊長は剣先をリリーへと向けた。

「『黄玉』でもないのに守り手がいるとは、よほど学院で大事にされているようだな。お前を馬に乗せていけば、総大将はどんな反応をするんだ?」

「それはやめたほうがいいぞ」

 総大将どころか、あちこちから武器が飛んでくるとシュイがため息をつく。

「まさか総大将の血縁者か? ならばなおのこと、ここで捕まえてやろう。飛ぶことしか満足にできない、神法学科最弱の風の法専攻生にどれほどの価値があるのか、この目で確かめてみたい」

 顔だけなどとがっかりさせるなよとあからさまに馬鹿にする隊長に、敵兵もにやにやする。特にディックはソールへの対抗心もあってか愛想の良さを捨て、好色めいた視線をぶしつけにそそいでいた。

「あなたたちに捕まるほど弱くないから」

 苛立ちのあまりついこぼれたリリーの反論に、シュイが発笑した。

「そうだな、武闘学科生を振り切って走る俊足の持ち主だからな」

 シュイの補足にそっちかとリリーが眉尻を下げると、ソールたちまでが笑った。

「リリー」

 シュイがこそりと耳打ちする。リリーはうなずいた。

 両学院の武闘学科生全員が馬を下りて武器をかまえる。

「逃げ足が速いのか。それならそれで楽しませてもらおう」

 どこまでも余裕ぶっている隊長の隣に炎の法専攻生と風の法専攻生が並ぶ。彼らの前で、リリーは最初に『早駆けの法』を味方全体にかけた。

「迅雷の統括者たる風の神カーフ。王の眷属たる我と我に与する者たちに閃電の翼を!!」

「なっ……」

 本気で驚いた容相になったのは風の法専攻生だけだった。炎の法専攻生はいかにも少し遊んでやろうといった薄笑いで『(つるぎ)の法』を唱えはじめる。一番に炎の法術で敵を飲み込む定番すぎる戦法はしかし、先に踏み込んだシュイたちに妨げられた。

 慌てた炎の法専攻生が詠唱の途中で後退する。貴重な戦力を守ろうと敵兵が動いたが、実力者をそろえたゲミノールム先鋒隊に次々討たれた。

 リリーは風の神の使いを召喚して本隊へ援軍要請を送った。ちょうど敵から炎が投げられたので、今度は『砦の法』を発動させる。あっけなく法術を払われた炎の法専攻生が目をむいてかたまった。

「嘘だろ……」

 つぶやきが聞こえたのか、「あれえ?」とシュイがにやりとした。

「そこの炎の法専攻生、まさか一回生じゃないよな?」

「違う! 俺は三回生副代表だ!」

 シュイの挑発に、炎の法専攻生がもっと大きな火炎を生み出した。しかし渾身の一撃らしき炎はまたもやリリーの風に散らされた。

 さすがに異常な事態と気づいたようで、敵軍が騒然となる。隊長やディックたちも口を開けていた。

「本当に一回生なのか……?」

 ずっとリリーを観察していた風の法専攻生は、すっかり青ざめていた。

「『早駆けの法』も召喚術も、二、三回生で習うものだぞ。なんであんなにさくっと使ってるんだ」

「俺の『剣の法』をはじくなんて……」

 風の法専攻生の分際で、と炎の法専攻生がこぶしを震わせる。

「おい、あの子何者なんだ!?」

 炎の法専攻生の怒鳴り声に、ディックは困惑顔になった。

「いや、俺もよくは……リリー・キュグニーって名前くらいしか……」

 とたん、神法学科生たちがどよめいた。

「キュグニーって、神法学院の風の法担当教官じゃなかったか。たしか歴代最年少で教官に就任したっていう」

 去年視察に来た教官だとざわめきが広がる。

「あの教官、『神々の寵児』だって聞いたぞ」

「え、じゃああの子も……」

 敵兵の視線がいっせいにリリーに集まる。加速する恐怖心をさらにあおるように、「その通り」とシュイが笑みを深くした。

「最弱どころか、一回生にしてゲミノールム学院一の法術の使い手だ」

 あまりの誇張に唖然としたリリーが訂正するより先に、シュイの話に乗った自軍先鋒隊がそろって一歩前へ出た。

「さて、うちのかわいい一回生をなめくさった連中をたたきのめすとするか」

 シュイの言葉を合図に、ゲミノールム側の怒涛の攻撃が始まった。

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