誰も手がつけられない喧嘩
登校してから自身の席を離れずに、頬杖をついて教室内を何気なく見ていた。
「凪ー、はよーっす!昨夜のあの——」
「……っ。はよう……」
唐突に横から呼ばれ、挨拶をされた私は身体をビクっと震わし、消え入りそうな挨拶を返す。
いつから横に立っていたのか分からず、身体が萎縮して、会話を続ける嶋田那央也の顔を見上げた。
「……観てない、です。その……」
彼に振られた話題は、私にとっては関心のないもので会話の弾むこともなく、ただただ困惑して、先ほどのような消え入りそうな返答をするので精一杯だった。
「そうなんだ。あーっと、じゃあ——」
彼は私の愛想のない返答に幾らかのショックな様子を見せるが、負けじと他の話題を話し始めた。
5月の終わり頃から、彼——嶋田那央也に絡まれ始め、7月にはいった現在も絡まれ続けている。
校内での彼について囁かれる噂は、聞こえてはいないが——どうにも好きになれない。
嶋田はどうしたって、内島智史と比較して劣るように感じる。
彼の顔は兄よりも整った顔だちでモテそうではある。身長も高い方ではある。
けれど——見慣れた兄には、彼の存在感は勝りはしない。
「ナオくん、なっちょが困ってんだろ。しっしっ!」
阿佐葱真依が彼の背後に立っており、注意してから振り返った彼に片手で追い払うように振った。
「えぇー、そんなぁ……うぅっ」
諦め切れなさそうに弱々しい声で狼狽え、教室を出ていく嶋田。
「あ、ありがとう……阿佐葱さん」
「どういたしまして、なっちょ。彼は断られたくらいで報復をしようなんてやつじゃないよ。そんなクズはまあ……なっちょにちょっかいはかけないよ」
彼女が後半の含んだ言葉を発しながら、教室の後方にむれる数人の男子生徒のグループに視線を向けた。
「んだよっ、阿佐葱ィ!」
「なんもないわよ、葛戸っ!女の敵なんかに誰がっ——」
「あアァんん、誰が女の敵だァァあっ!ブスのくせして生意気だな、いつもよぉ!」
「ブスはオマエだよっ、葛戸ッッ!!あの頃から汚ったねぇツラで何人も——」
「その汚ったねぇツラのやつに告ってきたのはどこのどいつだよ、あアァんん!!このブスがぁっっ!」
「ブスブス言ってんじゃねぇよ、テメェッッ!!」
阿佐葱と葛戸の罵り合いが激しさを増していった。
阿佐葱と葛戸の二人は、犬猿の仲でどちらかが喧嘩を吹っ掛ければたちまち胸ぐらを掴んだり髪を掴んだりといったほどの大喧嘩を始める。
担任が教室に脚を踏み入れ、直ちに二人の大喧嘩を仲裁して盛大なため息を吐き、一限目の授業が始まるまで二人に説教をした。