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08話  『もう一つの世界にて②』



 放たれた弓や魔弾の標的である魔獣ハンティングウルフ。その五メートル手前。

 青年が吠える。


「撃った……。撃ったよ、今。あいつおれの目ぇ見て撃ったよ!!」

「お願いだから早く走ってください!」


 抱えられている少女は青年に訴える。


 降り注ぐ数百の弓矢。五色に光る魔弾の数々。

 それらが地面に突き刺されば、爆炎と爆風に変わり、地を揺らす。

 強烈な衝撃音に、魔獣の(たけ)りと響く悲鳴。

 砂埃に黒煙が立ちのぼり、辺りをあっという間に戦場へと変える。


 そんな中――。

 こういう者のことを〝死に損ない〟と言うのだろう――煙の中から姿を現す青年と少女。


「てッめぇッ! 今撃った奴、マジで覚えとけよ! 今度絶対こっち側に立たせてやる!」


 無事生還した青年は(わめ)く。


「いいから、走って!!」

「顔覚えたからな! マジで許さねぇから!」


 けれど、戦場に返る言葉は――。

 無情にも。


『第二射、撃て――――――――!』


 青年、瞋恚(しんい)に燃えた形相で。


「ぶっころ――」


 ――着弾。

 衝撃波と魔獣の叫喚が耳を(つんざ)くなか。再び――。


「――おい、てめぇら見えてねぇのか!? アアッ! ここに人いんだろっ!!」


 今にも襲い掛かってやると――青年は魔獣に追われていることは忘却して。


「あっ! うしろ!!」

「なっ――――!!」


 爆撃の雨の中を掻い潜ってきた魔獣の一体が青年らに襲い掛かる。

 どう見ても九死一生、否万事休す。

 魔獣の強烈な突撃が青年を、抱えられた少女を、数メートル先へ突き飛ばした。


「うぐっ……!」

「――――ッ!」


 悲鳴と苦悶の声が胸の中の少女から聞こえ、青年もまた、あまりの痛みに(あえ)ぐ。


 不幸中の幸いは、魔獣に突き飛ばされたお陰で要塞から放たれた攻撃が当たらなかったことと、魔獣が被弾し重症を負ったこと。

 けれど怪我の具合で言えば、青年の傷も浅くはない。

 それに距離が開いたとは言え魔獣だってまだ何匹も生き残っている。


「うわっ、怪我が……!」


 青年の背中から流れ出る血。

 少女の悲嘆に、青年は。


「もういい……」


 色々吹っ切れて――そう声をこぼす。

 淡々とした声音で呟いて、続いた言葉は真逆のありとあらゆる感情が声音に帯びていた。


「両手に女神さん抱えてたから撃てなかっただけで、こちとら準備は出来てんだよ!!」


 そして――――。

 そこかしこで燃える炎で生熱くなった戦場に、どこからか肌を射す寒風が吹く。

 初めは気がつかないほどの微々たる変化であったが、次第に青年の周囲は闇色に(きらめ)いて。

 冷酷に満ちたその空気は何もかもを包み込む。


「……喜べ。魔王に使った邪術だ――」


 薄ら笑って青年が言った刹那。

 その物恐ろしげな空気が強烈な耳鳴りと共に一瞬強く(ひらめ)いた。


 ――――――――……………………。

 ――――…………。

 ――……。


 収まるとそこにあったのは。

 音が消え、時が止まったのかの如く何もかもが静止した世界だった。




 その光景を呆然と眺める隊長。

 呆然としているのは何も隊長だけではない。その光景を見た者は皆、等しく驚愕と恐怖の色を顔に浮かべる。


 何せ、立ちのぼる煙も燃え上がる炎も消え、荒れ地に立つ魔獣らは死んだわけではないのだろうが生きている様子もない。石像のように全く動かないのだ。


 隊長は思う――。

 何が起こった――と。


 それに――。

 彼らは何者だ――と。


 おおよそ、その疑問を浮かべるのは隊長だけではない。

 一先ず体の震えは収まったので、声が出るのを確認するように隊長は言う。


「私が様子を見てくる。まだ警戒態勢は解くな」


 兵士の数名が声に出さず返答したのを確認して、隊長はその地へと足を踏み入れた。


 …………――――。


 閑散とした戦後の戦場。

 けれどその静けさが普段より遥かに深閑(しんかん)としていると感じるのは――やはり。


 隊長は一歩、一歩と土の感触を確かめるように大地を踏みしめて、そこへ向かう。

 そしてそこに近付けば近づくほど徐々に青年らの声が聞こえてきた。


「――このおれを三十分以上ストーキングするとかお前ら重いんだよ!」

「別に好意を持って付いて来ていたわけではないと思いますが……」

「うるさい。女神さんうるさい」

「す、すみません。そうですよね、せっかくのモテ期ですもんね……」

「いや……魔獣にモテてどうすんだよ。ってなんでそんな可哀そうな目で見るんですか!?」


 魔獣を指差して言い合う青年と少女。


 ――なんだろう。このクッソしょうもない会話は。

 しばらく躊躇(ためら)って、その躊躇いが馬鹿馬鹿しく感じて――隊長は声をかける。


「すまん。今いいか?」


 その声でようやく隊長のことに気付いたのか、若干の驚きを見せる青年と少女。けれどすぐに平然を取り戻した青年が愁眉(しゅうび)を寄せた。


「お前、あれか。おれを殺そうとしたやつか!?」

「そんなことはしていない」


 ゴロツキの形相の青年に。隊長はもちろん間髪入れず即答する。


「まぁそう言うよな。じゃあ聞き方を変える。おれたちの存在を認知した上で、攻撃したよな?」

「…………」

「そうか、よくわかった」


 先程の高圧的な表情は一変して、満面の笑みの青年。

 これが一番恐ろしいやつだと――刹那の間に悟った隊長。

 けれど隊長が先手を打つ前に、青年は眼差しだけ(わら)わず咎めて。


「おい、今すぐそこの魔獣食え! 全部食え! 生で食え!」

「なっ!!」


 危惧した通り、否それ以上に残虐なことを宣う青年。隊長は自身の体から血の気が失せるところを自覚した。


「ちょっと流石にそれは……」

「拒否権は無いからな。十秒以内に丸呑みしろ。ほら、はやく。十、九、八――……」

「もうそのへんにしてあげましょうよ」


 川のせせらぎのような柔らかく透きとおる声音で青年を宥める少女。

 この場において、隊長にとって正しく女神である。

 そんな少女を捨て置いて青年。


「言っておくがおれは今すごく怒ってんだ! 慈悲とか慈愛なんてかけねぇからな! ほら、五、四、三――……」


 ――そんなことわかっている。この青年に慈愛なんてもの一縷(いちる)も感じられない。

 はっきり言って鬼だ。魔獣より、魔王軍より恐ろしい。


「ちなみにこいつらまだ生きてるからな。食って生殺しにしろ」


 なんたる非道、隊長は思う。

 射撃命令を即断し、この男だけヤッておくべきだった――と。

 しかし、いくら過去を回顧(かいこ)したところでその過去が変わることはない。よって。


「言っておくが、私は要塞延いては王都を守護する衛兵だ。王都の外側にいる者を守る義理は無く、粛々(しゅくしゅく)と敵を攻撃したまで。故に貴様にそれを咎められる(いわ)れはない!」


 己の正義をぶつけ、自分の正当性を主張する。

 隊長が立ち上がり堂々と告げると、青年は。


「何だと!? こっちが下手に出てやっていたらいい気になりやがって!」


 どこが下手に出てるのか――耳を疑う発言をする青年。そんな青年の額に隣で頬を膨らませていた少女が軽いチョップを当てた。


「ちょっと! この方々は王都を守るために心を痛めて攻撃していたんですよ。ここは寛大な心を持ちましょう」


 文字通り牙を()き食い下がる青年に、少女は大きなため息をついて続ける。


「そもそも魔獣から逃げてきた私たちを助けてようとして下さったじゃないですか」


 そう言って深々とお辞儀する少女。

 一時、魔獣に殺されろ――と願ったことを恥じる隊長は負い目を感じた。


「いえいえ、こちらも別の手段をとっていれば貴女様にお怪我を負わすことは無かったでしょう。それはこちらの落ち度です。申し訳ありません」

「おい。お前、おれと女神さんとじゃ全然態度が違うじゃねぇか。喧嘩売ってんのか!?」

「一度、鏡を見て下さい」


 隊長は思う――この青年の対処は少女に任せよう、と。

 とりあえず青年には喧嘩を売らず、喧嘩を買わず、隊長は本題に入る。


「この魔獣はどうなっているのですか。先ほど彼がまだ生きていると言っていましたが」

「どうなんですか?」


 少女はよくわかっていないとのこと。

 首を傾げる少女に、青年は嫌な含み笑いを浮かべて答えた。


「一時的に身動きを封じているんだよ。そんなに知りたいんなら全身ボディチェックしたらどうだ。安心しろ、その時は術を解いてやるから」

「「…………」」


 …………――――。


「私の中で貴方への評価がどんどん下がっていくのですが……」

「……。もちろん冗談です……」


 しゅんと項垂青年を一瞥して隊長は話を戻す。


「わかりました。では今のうちに倒しておいた方がいいですね」

「そうですね。その方がいいと思います」

「あの、よろしければこの現象について詳しくお話を聞きたいのですが、お時間頂けるでしょうか?」


 尋ねると、少女は愛想良く答える。


「はい。構いません」


 隣の青年は(しか)め面で。


「拒否したら怒られそうなので、拒否しないと言うことを拒否しません」


 つまり――〝いいえ〟の〝いいえ〟で〝はい〟とは言っていない、と。

 面倒くさいので放っておいて隊長。


「そう言えば貴女様のお名前を伺っておりませんでした。失礼、私はジーク・ウルードと申します」


 隊長が――ジークが名乗ると、少女は胸に手を添え答えた。銀鈴の調べのような流麗(りゅうれい)な声音。


「私はイベリスと申します」


 そしてこちらは――と、隣に手を差し向ける。

 それから青年が答えた。自信に満ち溢れた面相で――。


「おれの名前はトキタ・ジン。見ての通り勇者だ!」


 ――と。


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