第二話 授業の始まり
私が布団から出ると、周りを見渡した。ジュリゼーナになりニ日が経ち、少しずつここの常識もわかってきた。
あの金髪少女はゼルラーヴァで、丁寧な言葉を使う緑髪の子がファスレート。ぺらぺらと話すスカイブルー髪の子がカローラピスというらしい。
ゼルラーヴァとファスレートと私・ジュリゼーナでつるんでいることが多くて、カローラピスは違うグループに属しているそうだ。ジュリゼーナとはまあまあ仲がいい。
そして、なんとジュリゼーナは魔法学校の教師だったらしい。そういえば女神様がそんなことを言っていた気がする。
魔法使いは人から尊敬され、誰しも一度は憧れる仕事だそうだ。日本でいうパティシエや俳優などそのあたりだろうか。
採用試験が難しく、お金持ちしか魔法使いになるためには通うのが必須な魔法学校に通えず、魔法使いがいないと国が成り立たないので、魔法使いは優秀なものしかなれない。
(なんて大変そうな世界に転移しちゃったんだろ、私? ここでやっていける気がしないんだけど)
はあ、と転移してから何十回目のため息を吐いた。
「ジュリゼーナ! 早く支度しなよー。授業に教師が遅刻してどうすんの?」
「ゼルラーヴァ、定期的に遅刻するあなたにだけはジュリゼーナも言われたくないと思いますよ」
今日は週の始まりの一の日、ということで私の教師人生が始まる。一の日は、まあ月曜日と思ってくれればいい。
手よりも口が動くゼルラーヴァに、もうすでに準備を終えたファスレートが優雅に椅子に座って軽口を叩く。
「ジュリゼーナ、あなたまだ髪も結んでいませんし、服も寝間着のままではありませんか。早くなさって」
「ファスレートはジュリゼーナに注意できるんだぁ。ふうん、そうなんだぁ〜。私にはぁ、まだ、できないのに? しちゃだめって、言うのにぃ?」
「ゼルラーヴァ、手が止まっていますわよ。準備ができない方に注意はできませんもの。ゼルラーヴァには、百年早いのではなくて?」
油断をするとすぐにファスレートや私に絡んでくるゼルラーヴァに釘を差しつつ、ファスレートは私に近づいてそっと薄紫の髪を触った。
「時間がありませんから、本日は私が結いますわ」
「ありがと、ファスレート」
私は微笑みつつ今日着る服を考える。
(な、なかなか決まらないよ〜)
別に、服が日本と全然違うわけでもない。クローゼットに入っているのは無地のTシャツや色とりどりのセットアップだ。かわいいし、どれを選んでも外れはなさそうなのだ。
でも、こんな土下座体制で食事をとる世界で、日本の常識が通用するわけがない。油断禁物だ。
こういうときは他の人を参考にするといいと友達から言われたことがあるけれど、今はできない。
(ファスレートとゼルラーヴァは、私の服とは質が違うんだよ!)
ファスレートは言葉遣いからしてお金持ちのお嬢様だ。故に、服にはレースがたっぷりついているし、刺繍も髪飾りも豪華だ。
それに比べてゼルラーヴァは言葉も日本とあまり変わらないし、髪も結んでいないから私との違いがわかりにくかった。
でも所詮、魔法学校の教師なのだ。魔法使いはなるまでに莫大なお金がかかるので、日本では有名会社の社長一家並みの経済力でないと入れないらしい。私の解釈が合っていれば、の話だけれど。
とりあえず、ピンクのTシャツに白いスカートを合わせた。これだけ聞くと、わりと豪華だと思うが、違う。Tシャツは首元がよろよろだし、スカートは何度も洗ったことがわかるくらいぺらんぺらんだった。しかも、アイロンがないのでしわしわだ。
「ジュリゼーナ、出来ましてよ」
「ありがと、わあ〜! かわい〜」
私の髪はファスレートによって後ろでお団子にされていた。顔周りはおくれ毛が引き出されて上品な感じになっているし、お団子も丁寧でファスレートの性格が出ていた。
そして、私の顔、というよりジュリゼーナの顔を初めて見た。結構可愛い。まつげは長く、瞳は紫のグラデーションだ。肌は白いし、髪は少しウェーブがかかっているし、すっぴんでも華やかな顔だ。もし日本に生まれていたら、街でスカウトされるかもしれないレベルで可愛い顔だ。自分の顔なのに褒め過ぎかもしれないけれど。
(でもほんとに、私の好きな顔なんだよね〜)
私がうんうんと頷いていると、鏡越しに見えるファスレートがきょとんとしていた。
「ファスレート、どうかしたの?」
「ジュリゼーナは可愛いと言いましたけれど、いつもジュリゼーナが自分でしている髪型ではありませんか。ご自分でできる程度でしょう?」
「え」
(ジュリゼーナ、いつもこれしてたの? つまり、これから、わ、私がしなきゃいけないんじゃ?)
「ジュリゼーナ、ファスレート、準備ができたなら行こうよ! ん、どうしたの?」
「ぜ、ゼルラーヴァっ! 早く、行こ!」
私がゼルラーヴァの腕をぐいっと引っ張ると、ゼルラーヴァは少しよろけた。
ゼルラーヴァを支えつつ、ファスレートはゼルラーヴァのハーフアップにされた髪を触る。
「ゼルラーヴァ、いつもとは違う髪型ですのね? 可愛いではありませんか」
「んっふふ、ファスレート、絶対私のことなめてたよね? 私だって、これくらいはできるよ。大体、魔法学校で習うんだからみんなできるでしょ。ね、ジュリゼーナ?」
私はうひっと息を呑んだ。魔法教師は全員器用なのか。
(それって、私ができなきゃおかしいってことじゃ? きゃー! やばいかもっ!)
冷や汗をかきつつ笑顔を保っていると、ファスレートが扉を開けた。それに私も続く。
二人のおしゃべりを聞くふりをしつつ、ばくばくと心臓が早鐘を打つのを感じていると、ある部屋の前についた。
「ほら、ジュリゼーナ、いってらっしゃ〜い」
「頑張ってくださいね」
どうやら私の担当するクラスらしい。行ってくるね、と二人に告げて、震える手で扉を横に押す。
そのまま開くのかと思えば、違った。がしゃがしゃと音をたてる。全然開かない。
壊れたの? と首をひねっていると、誰かが近づいてきた。
「ジュリゼーナ先生、おはよ!」
はきはきした挨拶とともに桜色の鮮やかな髪が視界に入ってきた。先生、と私のことを呼んだから、生徒なのだろう。
「わっ! お、おはよう」
「先生、どうしたの? 扉、開けられないの?」
「あっ、えっ、その……」
(さすがに、扉が開けられないとは言えないよ。不自然すぎるもんね)
なんとなくで言葉を濁すと、その生徒が笑顔で扉を開けてくれた。怪しまれなくて何よりだけれど、また異世界ならではの常識を発見してしまった。
(扉は、縦に開けるんだって!)
真ん中あたりについている棒を上に引っ張るらしい。
(扉というより、窓じゃん!)
しかも、身をかがめて入るのが非常に面倒くさい。
なんとも言えずに黙っていると、彼女がこそっとつぶやいた。
「あの、先生、この前はすみませんでした」
「え?」
ジュリゼーナはなにかされたのだろうか。謝られても、「この前」を知らないので対応が難しい。
「えっと」
「ほんとに、反省してます。あ、あの、用意してくるんで」
うろたえているうちに彼女は教室へ入っていった。
私も中へ進む。
教室の地面には、食堂のときと同じようなレジャーシートがひかれていた。レジャーシートの中では正座をしている人が多い。そして、一人だけ土下座体制でなにか教科書に書き込んでいた。
(わあお、ここでは食事も勉強も土下座体制でするんだ)
驚いたけれど、異世界ならではのことをすでにたくさん知っているので、日本と違うショックはあまり受けない。
「ミッみんな、おはよう。ジュリゼーナです、よろしくね」
教卓の前に立ち挨拶をする。
最初の声が裏返ったけれど、なんとか言い切れた。ほっとしていると、生徒たちがみんなきょとんとしているのがわかった。
「せ、先生……?」
「どっ、どうしました……?」
(ぎゃ〜! 私、自己紹介しちゃったよ! 今新学期じゃないのに! この担任頭おかしいって思われるじゃん!)
「えと……な、な~んちゃってっ! 冗談冗談〜!」
思いっきり声を張り、わざとらしく手を頭にあてた。
空気が一瞬凍りかけ、私が悲しみの海に落とされたとき。
「あっ、あはははは……」
「や、やだ〜先生ったら〜……」
全く面白くない冗談に、何人かが空気を読んで笑ってくれた。中には冷ややかな目で見つめてくる子もいるが、気にしない。気にしていたら生きていけない。
「え、ええと、では出席を取ります。あ、アニラさん」
「はい」
「え、エヌレラさん」
「はあい」
「か、カナペツィアさん」
「は~い」
私が名前を呼んでいく。出席簿にはみたことのないーーつまりは日本語ではない文字が並んでいるのだが、その上に小さく日本語でふりがなが振ってある。
(どういうこと?)
おかげでなんとか怪しまれていないのだが、不思議だ。まあとにかく、進めていく。
「き、キーダルトさん」
「キーダルトいないよ〜?」
「休みかな?」
「先生〜キーダルト休みだって言ってた〜」
「そうなのね。では、コルハラさん」
「はい」
「しぇ、シェニーさん」
「は〜いっ」
「ナードさん」
「はい」
「マニレオンさん」
「はい」
「や、ヤマテさん」
「はい」
「レオティシャルさん」
「……はい」
全員呼び終わった。
(名前が覚えられないよ〜!)
「ではじゅぎょ……」
授業を始めますね、と言おうとしたら、茶髪の子がいきなり立ち上がった。
そのまま靴を履き、すたすたと歩いてどこかへ行ってしまった。
「えっ」
私が混乱で茶髪ちゃんーー名簿順で一番最後の美人、レオティシャルさんが出ていった扉を凝視した。
レジャーシートのど真ん中を陣取っていたエヌレラさんがレオティシャルさんを一瞥し、ため息を吐く。ちなみに、エヌレラさんは髪の色がネオングリーンでとても目立っているので覚えた。
「先生〜、そろそろレオティシャルやばくない? 最近調子乗りすぎだよ。テストの点は悪いし、いっつも睨んでくるし、授業はさぼるし」
「エヌレラ〜レオティシャルのこと悪く言いすぎだって」
「ヤマテはレオティシャルの害を受けてないから言えるんだよ」
エヌレラさんと仲のいい(らしい)ヤマテさんがたしなめるも、エヌレラさんによる悪口はとまらない。
「レオティシャルのお母様もお父様も優秀な魔法使いなのに、なんでああなるんだろうね? ほんと意味分かんない。そういえばさ、昨日だって……」
「エヌレラ、ストップ。授業しよ?」
このつらつら出てくる言葉をすぱっと遮ってくれたのは、朝挨拶をしてくれたシェニーさんだった。
(シェニーさん、ありがと!)
エヌレラさんの言葉が一瞬止まり、私は急いで声を出す。
「はい、テスト範囲説明するよ〜!」
テスト範囲を説明した後はテスト勉強の時間だ。明日が確認テストだそうだ。
(もう教えることがないから私でもなんとかなるけど、この先大変だよね。勉強しなきゃ……)
名前と顔を一致させるために一人ひとりを見つめながら、勉強計画を立てる。今更基礎の勉強をするのは少し不自然だから、言い訳まで考えておく。
(ん〜教えるにあたって不安になった? 記憶喪失? さすがに記憶喪失はだめか。でも実際、記憶喪失みたいなものだよね)
転移して記憶がないなんて、ハードすぎると思う。
そんな感じで、授業は特筆すべきことなく終わった。
こんにちは、神宮寺 麗鈴です。
「ある日目覚めたら魔法教師に転生していた件について。」の第二話、書き終わりました!
忙しくてなかなか投稿ができないのですが、頑張っていきます。よろしくお願いします!
(タイトル「ある日目覚めたら魔法教師に『転生』していた件について。」の『転生』は『転移』の間違いでした。タイトルを決めたときは転移と転生の違いがよくわかっていなくて……申し訳ございません。第一話の後書きでも書いたのですが、一応載せておきます。)