8. 力の秘密
「だから、何度も言っているだろう。我は何もしていない」
「だが、あの色は完全にパーバートのそれだった。お前が何か関わっているとしか思えない」
「うるさい奴だな。結果的にあの雄を退けられたのだから、いいではないか」
「それとこれとは話が別だ」
メルはベッドに横たわりながら、パーバートと話し合いをしていた。無論、先程の戦闘の件だ。
左腕の緑化現象は、実際は左胸にまで広がっていた。そして、その時はパーバートの姿がなくなっていた。しばらく休息を取ると、現象は治まり、パーバートも再び生えてきたのだが。
「はぁ…… 確かに、我はあわよくばお前の体を乗っ取ろうとした。お前の自我が曖昧になっていたあの時なら、可能性は十分にあったからな。それは認めてやる」
やや不貞腐れたように白状するパーバート。
やはり、そういう魂胆だったのか。胸に付いているものが、敵対生物である事を完全に失念していた。そして、同時に少しガッカリしている自分がいた。
「だが、無理だった」
「なぜだ?」
「それは、お前が真性の超ど淫乱どM野郎だったからだ」
「褒め言葉か?」
「違う」
即答。相変わらず難しい言葉を使う。
「つまり、お前は苦痛を受けると快感を覚える人間なのだ。もはやドMの域を超えている。普通にドン引きした」
まるで汚い物でも見るかのような目で、パーバートはこちらを見る。変態生物にこの言われよう。そんなに酷いのか。
だが、確かに苦痛を受けた分だけ、高揚感が増していったのは事実だ。最後の方は、ほとんど意識が飛びかけていた。
「そして、その欲求が一気に膨張し、我を飲み込んだ。今度は全身をな。死ぬかと思った。おそらく、それがお前の体に起こった異変の正体だろう」
「一時的に俺とお前が一体化したということか?」
「よく真顔でそんな事を言えるな。もっと恥というものを持て」
なぜかパーバートに説教されている……
「とにかく、当分この力を使うのは控えた方がいい」
「なぜだ? 力の習得には、何度も練習を繰り返す方が効率的だろ?」
「その陰部脳的発想はやめろ。まだこの手の快感に慣れていない状態で反復運動をすれば、快感に溺れ、自分を見失うことになるぞ?」
「どういう意味だ?」
「口で説明してもわからんだろうからな……」
何やら考えているらしく、唸り声が聞こえてくる。何をする気だろう。
と、不意に「ほれ」という声と共に、乳首に強い刺激が走る。
「あふんっ!!!??」
メルは反射的に体をのけぞらせる。
何が起こったのか。一瞬頭が真っ白になった。
「はぁはぁ…… お、お前…… ! 何をした…… !」
「なるほど、摘んだ程度でこの反応…… ほれ」
また乳首に刺激。
「あひぃん!!!!!!?」
だめだ。体が勝手に動いてしまう。そして、なんだこの気色の悪い声は。本当に自分の口から出ているのか。
「ははははは! 愉快愉快! まさか、手の届く位置にお前の弱点があったとはな!」
「お、お前…… 俺は一応重傷者なんだぞ……」
家にあったもので応急処置はしたが、まだ体中がズキズキと痛んでいる。本来はらば、直ちに治療室に行くレベルの怪我だ。
「そんな事を言って。本当はもっとして欲しいのだろう? ほら、正直に言ってみろ。次は口で説明してやってもいいぞ?」
「そ、そんなことは……」
なぜ否定の言葉が出てこない。パーバートに弄ばれているのだぞ。こんな屈辱的な事があるか。
だが、その一方で、苦痛を受けた時と同様の快感が、心の奥底から湧き上がっていた。
「じゃ、じゃあ後一回だけーー」
「これが人間の弱さだ」
「に、人間の弱さ…… ?」
「徹底した性的思考の抑制。それによって、人間は完璧に近い純なる精神を創造しているようだな。それは我々にとっては天敵になり得る」
さすがは長年人間と抗争を繰り広げていただけあって、こちら側の事情は把握しているようだ。
清廉な心から放たれる魔法は、パーバートに効果抜群。この魔法の考え方は、約百年前から続いている。
「しかし、その反面。一度こちら側に引き摺り込めば、簡単に精神は汚れ、二度と元に戻らなくなる。それだけこの欲求は強力で、依存性がある」
「そうか…… じゃあ、後一回頼んでもーー」
「お前の力は、発動するごとに自らの精神を汚しているのだ。そして、今まで真っ白であった精神は、その魅力的な汚れを渇望するようになる。最終的には、本当に我々と同じようになるかもな」
自分がパーバートに。それだけはあってはならない。
「だから、まずは弱い刺激から慣れていく。急がば回れというやつだ」
「お前…… 結局、俺に協力してくれるのか?」
「まあ、考えが変わった。やはり、このままお前に飲み込まれるのはごめんだ。お前の力になってやろう」
これも本心かどうかはわからない。警戒を怠るな。
「それに、お前といると案外退屈しない。我はお前が気に入った、本気で」
「ぐっ……」
メルは口をつぐんだ。
まさか、情に訴えてくる作戦だろうか。自分に友達が少なく、そういう存在を欲している事に気づかれたのか。抜け目のない奴だ。
と、パーバートは手を真横に伸ばした。
「どうだ? 共闘…… いや共生という言うべきか。お前は我を楽しませる。我はお前に有益な情報を与える。悪くないだろう?」
握手しろということか。
メルはしばし黙考した後、その小さな手に自分の指を重ねた。
「いいだろう。だが、下手な真似をするようなら、即座にお前を殺す」
「威勢の良いことだ。我がいなくなったら、誰が貴様の乳首を摘むというんだ?」
嘲りを含んだ流し目でこちらを見るパーバート。
これは罠だ。乳首に意識を集中させてはならない。落ち着け。
「そ、それよりもだ! 今はこんな呑気にしている場合じゃない!」
「あの雄のことか?」
「雄…… ? あ、いや、あいつはまだ大丈夫なはずだ。意外と顔に出やすいからな。それに、確信がないことは周りに漏らさない」
「よく知っているな」
「まあな」と、メルは少し視線を落として言う。
「では、あの雌か」
「せめて男、女と言え……」
どうにか自宅に辿り着き、魔法陣の部屋を確認したところ、あの少女の姿はなくなっていた。逃亡してしまったようだ。ますます怪しい。
「あいつは何か知っている…… 絶対に捕まえてやる」