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7. 帰還(クリフ視点)

 クリフは治療室を後にした。

 治療自体は一、ニ時間で終わった。が、顔面のいくつかの骨は折れ、身体中血まみれで、方々への説明に骨が折れた。お陰でもう日没。

 それにしても、階段から転げ落ちたという話は、中々機転のきいた考えだったと思う。皆信じたに違いない。

 そういえば、何か重要な事を忘れているような。何だっただろう。


「クリフくんが怪我をするなんて珍しいね」


 中庭に面する廊下を歩いている途中、後ろから声がかけられる。クリフは歩みを止めることなく、口を開く。


「蹂躙のアリアか。何のようだ?」

「も〜、クリフくんまでその呼び方するの〜? 私がそういう堅苦しい感じ、嫌いなの知ってるでしょ?」

「知らん。お前に興味はない」


 面倒だ。さっさと行ってしまおう。

 そう思った矢先、後ろからアリアに回り込まれた。

 ひらりと揺れるピンク色の短い髪に、十七歳にしては大人びた顔。だが、その悪戯っぽい笑顔には、年相応のあどけなさもある。正直、普通に彼女と接していると、"蹂躙"の名に結び付く要素は一つも見つけられない。

 彼女はこちらの顔を覗き込むように、必要以上に顔を近づける。


「距離が近い。セイレーン王国法の不純行為に当たる。最低一年以上の投獄がーー」

「はいはい、お堅いですね〜。立派立派〜」


 適当に流された。本当に重罪なのだが。


「それより、メルくんに会ったんだよね?」

「貴様には知らせていないはずだが?」

「鉄壁のクリフともあろうお方が、支援部隊の人の不始末の処理にわざわざ立候補したって。そこら中で噂になってるよ?」


「トイレに行くついでだ」と、上手い言い訳をしてきたのだが。何者かが事実を捻じ曲げて、そのようなことを言いふらしたのだろう。許せない。


「クリフくんがそんな嬉しそうな顔するの、久しぶりだね。メルくんと何かあった?」


 クリフはアリアから目を逸らす。彼女は昔から勘が鋭いから苦手だ。


「…… 別に。あんな雑魚に興味はない」

「クリフくん…… 相変わらずわかりやすいね。あ、大丈夫だよ! そこがクリフくんの良い所だから! 自信持って!」


 なんのフォローだ。なぜ肩を叩く。


「それで、本当は何があったの?」

「だから、別に何もない。あいつに自分の雑魚さを教えてやっただけだ」

 

「ふ〜ん」と、意味ありげな笑みを浮かべるアリア。

 もう嫌だ。別の話題に逃げたい。


「それで、わざわざ俺を呼び止めた理由はそれだけか?」

「あ、そうだった。クリフくんが戻ってくるちょっと前に、騎士全員に通達があったんだよね」

「なんだ?」

「結界の中に、パーバートが侵入したかもしれないって」


 クリフはギョッとする。


「パーバートが…… ?」

「うん。それも複数体。たぶんA級以上だろうって」

「あり得るのか、そんなことが? この結界はパーバートの力を抑制する力があるはずだが……」

「だから、まだ可能性の話。でも、あの氷華の乙女が感知したらしいから、間違いだったっていうことはないと思うけど」


 人類が結界に守られてから早百年以上。パーバートが中に侵入してくる事など、一度もなかった。一体何が起こったというのか。いや、思い当たる節はあった。

 クリフの頭には、先程の戦闘で見たメルの左腕が浮かんでいた。戦うことに夢中になっていたため、そこまで頭が回っていたかったが。あの色、まるでパーバートのようだった。

 だが、彼は人間だ。パーバートなはずかない。


「どうしたの? また何か隠しごと?」

「別に」

「ねえ、クリフくん」


 クリフは一瞬息を忘れた。

 細められたアリアの目には、何の光も宿っていない。ただ、瞳の奥にはゾッとする程暗い殺意が滾っていた。それでいて、その口元は穏やかな笑みが浮かんでいる。

 これが蹂躙のアリアの本性。

 

「私の夢は、この世からパーバートを一匹残らず蹂躙すること。知ってるよね? 何回も言ってるもんね?」

「ああ」


 クリフは平静を装って答える。


「じゃあ、一緒にパーバートを見つけて、やっつけちゃお」

「ああ」


 何という圧。並の人間であれば、堪え切れず泣き出してしまうだろう。長い付き合いのクリフでさえ、この瞬間は思わず身構えてしまう程だ。

「それはそうと」と、アリアの口調が元に戻る。


「次のお休みの日、一緒に出かけない? ちょっと行きたい所があるんだけど」

「悪いが、俺は用事があるからーー」

「じゃあ決定〜。詳しい話は当日に話すね?」


 また、面倒なことになった。

 まあ、とりあえず、アリアにメルの事がバレなくて一安心だ。そもそも、彼がパーバートだと決まった訳ではないが。だが、そうなるとあの異様な力は、どう説明を付ければいいのか。少し調べてみなければ。

 メル・ドマーゾ。彼の姿がありありと目に浮かぶ。あの緑色の左腕。そして、全身ボロボロになったーー


「あ」

「ん? どうしたの?」

「あいつ、俺よりも大怪我してたんだった……」

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