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3. 共生

 それからすぐに救援部隊が駆けつけ、倒れた隊員たちは無事に結界の中に搬送されていった。パーバートの群れが全滅した知らせが入ったのは、その二時間後にあった。


 モニカに再会した時、彼女は「なんで生きてるんすか〜!」と涙を流しながら叫んでいた。悪意はなく、単純に喜びのあまり漏れた言葉らしいが、もう少し言い方を考えて欲しい。


 そして、一番の問題点であった、強力なパーバートとの遭遇についての聴取。それに関しては、気絶していたから何も知らないと弁明した。

 戦闘能力のない支援部隊の言葉だ。それに疑いを持つ者などいなかった。


 その後、メルは早々に騎士団の退団を申し出た。誰にも知られず、ひっそりと。


「おい、なぜ厚着をする。これでは外の景色が見えないではないか。服を脱げ、人間。我と共に上裸になれ」


 大通りを歩いている途中のこと。メルの左胸がモゴモゴと動き、なにやら女の声を発し始めた。


「こら、無視をするな。我にこのような仕打ち…… ただではおかんぞ? 力のない今でも、お前の乳首をつねることくらい造作もない。ふふふ…… お前の苦しむ姿が目に浮かぶな!」

「はあ…… もう一度整理しよう」


 メルは左胸に向かって話しかける。


「お前はあの時、俺の精神に干渉し、食おうとした。だが、逆に俺の精神に食われた。そう言ったな?」

「ああ、言った、何度も。まったく、記憶力のない奴め。お前の脳みそは陰部にでもあるのか?」

「…… そもそも食われるとはなんだ? 俺の精神はその…… 生きているのか?」


 苛立ちをぐっと堪え、メルは質問を続ける。


「あの時、我が油断しきっていたというのもあるが…… それ以上に、貴様の精神の奥底に潜む力が強大であった。精神とは魔力の根源。不用意にも我がそれを解放し、その力の渦に飲まれてしまったという訳だ」

「では、なぜお前はまだこうして形を保っていられる?」

「それはあれだ。飲み込まれたのは、いわば我の下半身。上半身はどうにか渦の縁に掴まっている状態だ」


 確かに、精神こそ魔力を引き出す根源とされている。

 精神統一であったり、不純な感情を捨て去ること。これらはセイレーン王国において、魔力向上の重要なファクターであるとみなされている。だが、その精神に飲まれるという状態はいまいちピンとこない。


「全く、いつまでも我の下半身に吸い付きおって。何という執着。変態極まりないな」

「お前は…… !」


 変態とは、この国で一番の侮辱の言葉。

 本来ならば怒るべき所なはずだ。しかし、心のどこかで、その言葉に高揚を覚えている自分もいた。この心の異常も、パーバートと関係あるのだろうか。


「それで? なぜ騎士をやめた? 我は不覚にもお前の力を解き放った。今のお前なら、上を目指すのも簡単なはずだぞ?」


 今度はパーバートからの質問。


「それは無理だ。騎士は定期的に精神回復の処置がなされるからな」

「なんだそれは?」

「精神にこびり付いた不純を取り除く魔法だよ。パーバートとの戦いで、大抵の奴は精神に不純物がつく。それを放置しておくと、最終的にはお前たちと同じ姿になるらしい」


 そのため、パーバートは元々人間だという説もある。しかし、その真相は未だに解明されていない。


「ならば、なおさら適切な処置を受けるべきだろう? 我を取り除けるかもしれないんだぞ? …… そうか。さてはお前、左胸から上裸の美女が生えているこの状況に興奮しているな? この変態ーー」

「それについては、ちょっと個人的な理由があってな。もう少しこの状態で様子を見たい」


 そうだ。これはメルの野望が叶う一手になるかもしれない。

 

(俺は…… 今の清廉思想に変革を起こす)


 男女の接近すら制限される、今の制度を変える事。それが彼の野望である。ここでそれが頓挫するのは避けたい。


 確かに、この判断にはいくつかの危険を伴う。

 A級以上のパーバートをみすみす結界内に招いてしまったことが、その一つだ。先程までの話も、パーバートがこの国に潜入するための嘘かもしれない。

 ただ、結界の内側では、パーバートの力は大きく抑制される。仮に相手にそういう魂胆があろうと、結界がある限りこのパーバートが暴れることはできないはずだ。


「というか、やけに親切だな? 最悪の場合、精神回復でお前自身が浄化されるかもしれないんだぞ?」

「今我は男の胸から生えているのだぞ! こんな意味不明な状況があるか! こんな辱めを受けるくらいなら、浄化された方がマシだろう! お前に我の気持ちがわかるか!?」


 怒鳴り声と共に、衣服の左胸部分がボコボコと膨れ上がる。意外とそういう事を気にしているらしい。人間らしい所もあるようだ。

 いや…… そもそもこちらが被害者ではないか。なぜ自分が怒られているのだろう。


「まあ、色々と積もる話はあるが、今はとりあえず家に戻ろう。ここは人目につく」

「なるほどな。早く我の身体を堪能したいという訳か。さすが、我を飲み込んだ程の性癖の持ち主だ」


 メルは一度頭を傾げただけで、特に怒ることもなく家路についた。

 大通りを抜け、人の往来のほとんどないデコボコ道を進む。すると見えてくる、小高い丘にぽつんと建つぼろ家。あれこそが彼の家だ。


「戻ったぞ」


 中に入って挨拶をするが、返事はない。


「おい、もういいだろう? さっさと服を脱げ。ここは息苦しくて仕方ない。少しは我を労れ」


 パーバートがうるさいので、とりあえずシャツをそこらに脱ぎ捨てる。

 左胸に目をやる。そこには数時間前と変わらず、艶やかな長い髪の女の上半身。歳は二十代前半といったところだろうか。ここからは白く透き通った背中と、美しい横顔が見える。


「はあ…… やはり、夢じゃないんだな……」

「まったく、なんだその反応は。美しい女の体だぞ? 本当は頭からしゃぶりつきたいのだろう? まったく、下半身を吸うだけでは満足できないというのか。このど変態め」

「勝手に変態扱いするな。下半身に関しては自分から飲まれにいったんだろ」


 パーバートはメルの反論など無視して、家の中を軽く見回す。


「それにしても、なんだこの倒壊寸前の住処は。こんな陰気臭い場所を好むとは。人間の趣味はわからんな」

「別に、この家に機能面や快適性は求めていない。ここには色々と思い出がある。要は感情的な問題だ。まあ、パーバートにわからないか」

「はあ? わかるが?」


 パーバートの鋭い視線がこちらに向く。


「ふっ、なら具体的に説明してみるがいい」

「人間風情が馬鹿にしおって。感情ということは…… そういう性的趣向…… このボロ屋と性的趣向の関連性を考えると……」


 顎に手を当て、何やら黙考するパーバート。

 絶対的外れなことを考えている。


「わかった! あれだ! 貧乏人設定のイメプだな! お前は金がなく、相手の言う通りにするしかない! 相手の言いなり! 明確な主従関係! お前は精神的に劣勢であることに興奮を覚えているのだろう!? この変態め!」


 早口でまくし立てた後、パーバートはふんっと鼻を鳴らし、得意そうに腕を組んだ。横目で、こちらの様子をチラチラと窺っている。


「え、ごめん、何それ…… ?」

「は…… ?」

「なんというか、聞いたことない言葉が多すぎて…… まあ、どうせ変態的な言葉だというのは想像つくが…… やはり、お前は変態生物(パーバート)なんだな…… あ、自信たっぷりだったのは、少し面白かったぞ。ははは」


 不意に訪れる沈黙。


「あ"ぁ"〜〜〜〜〜!! 小癪ぅ"〜〜〜!!」


 上半身をブンブン振り始めるパーバート。そんなに頭を振って大丈夫なのだろうか。

 そう思っていると、今度はそれの動きがピタリと止まる。そして、こちらを向く憎しみと羞恥のこもった瞳。


「おのれ…… ! 人間如きが、我にこの仕打ち…… ! 許さんぞ…… ! お前の片乳首、数日の内に超敏感にしてやるからな…… ! 服の擦れに苦しみ興奮する姿が目に浮かぶわ…… !」

「よくわからんが、危なそうだからお前の体を縛っておく」

「ごめんなさい」


 意外と素直だ。

 と、メルの耳は何かの異音を拾った。


「ん、何の音だ?」


 耳を澄ます。

 すると、床板の軋む音。大きめの何かが、床を歩いているような。音は奥の扉の向こう側から。


「なんだ。お前同棲してる奴がいたのか」

「いや、一人暮らしだ……」


 また、音。


「おい、誰かいるのか…… ?」


 扉の前まで行き、声をかける。が、反応はない。

 なんだか嫌な予感がする。だが、中身を確認しなければ。

 メルは一度呼吸を整えた後、思い切り扉を開けた。


「な…… !?」


 

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