1. 強敵との遭遇
セイレーン王国、王宮内。
大きな広間には、五百を超える騎士たちが整然と並んでいた。重厚な鎧に身を包んだ彼らの視線は一様に、壇上に立つ騎士団団長の下に向けられていた。
「よく聞け! 現在、変態生物の群れは結界より一キロの距離まで迫っている! 数はおよそ千! 一時間後にはここに到達する見込みだ!」
団長が威厳のある声で言う。
パーバート。それは人類の宿敵。人間の精神を歪め、捕食するおぞましい生物の総称である。
それは約百年前に急に世界に出現し、今では結界の内以外、安全な場所がない程に溢れかえっている。そして、その結界も、パーバートの群れには耐えきれない。
群れは定期的に押し寄せ、その度に騎士がそれを迎え撃っている。だが、千という規模は珍しい。さすがに周囲には軽い動揺が広がっていた。
そんな周囲の反応をよそに、メル・ドマーゾは不敵な笑みを浮かべる。
「千か。ふっ、中々の数だが…… この程度他愛もないな」
中肉中背。黒い髪の間から覗く赤い瞳は、餓狼の如き鋭い光を放っている。弱冠十七歳にして、既に肝が据わっている。
「我々人類は百年前の魔王との大戦により、この国を除いて全てが奪われた! この地こそが我々の最後の希望! 清廉、清楚、高潔! この純なる精神を、歪んだ性癖に侵されてはならない! 敵の数など関係ない!」
団長は一拍置いて、騎士たちを見回す。
「いつも通りだ! この戦い、必ず我々が勝つ!」
団長の言葉に鼓舞されたらしく、周りからは勇ましい声が次々に上がっていく。
「第一から第六部隊! お前たちには最前線だ! お前たちが敗れること、それ即ちこの国の敗北を意味する! 心してかかれ!」
団長がすかさず指示を出す。呼ばれた部隊は回れ右をして、出口へと向かい始める。
主にこの六つの部隊が、パーバートと戦うことになる。構成は一部隊につき六名。一人一人がその手のエリートだ。
そして、先ほど余裕そうな発言をしていたメルも、当然この部隊にーー
「ほんの一瞬の気の緩みが死へ直結する。実戦は練習とは全く別物だ。それを決して忘れるな」
いなかった!
メルは隣を通り過ぎていく騎士たちを尻目に、偉そうにそんな言葉をかける。超上から目線だ。そして、誰一人彼の言葉には見向きもしない。
いや、行進する列の中から一人が、彼の前で足を止めた。背の高い、金色の髪にクールな顔立ちの男。第五部隊の副隊長、クリフ・フォスターだ。
「いつまでも底辺に這いつくばっている雑魚が。調子に乗るなよ。死ぬのはお前だ」
いきなりの辛辣な言葉。その碧の瞳は、嫌悪に満ちたように細められている。
しかし、メルは少しも怯まない。
「ふっ、クリフ・フォスター。いや、今は鉄壁のクリフと呼ぶべきか。随分言うようになったな。だが、俺はーー」
「いつまで一人で話してんだよ。行っちまったぞ、フォスターさん」
いつの間にか、メルの前に並ぶローグがこちらを見ていた。彼はメルの所属する部隊の隊長だ。
「え?」
振り向いてみると、クリフの姿はもう出口の方にあった。
「おいおい。これからパーバートとの戦い方の極意を伝授しようと思っていたのに。後で知りたいとか言っても、教えてあげないからな」
「なあ。騎士団の中でも一番下っ端の支援部隊の、それも晩年能力最下位のお前が何言ってんだよ。目つけられて、部隊全員に罰でも出たらどうすんだ?」
「安心しろローグさん。あいつは俺の弟子だ。そんな事にはならないーー」
メルが言い切る前に、ローグは面倒臭そうに前に向き直る。
「あのさ、俺たちは非戦闘員だ。あの人たちとは住む世界が違う。過去にどんな仲だったが知らねえが、頼むから分をわきまえてくれ」
「…… わかっている」
メルは再び後ろを向いた。クリフの姿はもう見えなくなっていた。代わりに、こちらに背を向けて立つ三つの黒い影が視界に映る。
『俺、いつか王様になって、この国を変えるよ! それで師匠のやってることは正しいって、みんなに教えてやる!』
気づけば、彼は強く拳を握りしめていた。
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「今回も第十支援部隊がやることは変わらねえ。結界外周辺の哨戒、資材の確保、緊急時には前線への加勢。まあ、最後のは絶対に有り得ないだろうけどな」
ローグが簡単な説明を終える。
現在、メルを含む第十支援部隊は結界の外周を歩いていた。この部隊は六人編成。他の戦闘員たちは、既にパーバートの群れに向け進行中である。
辺りにはうっそうと生える木々。人がこの辺りまで出歩くことは稀なため、ほとんど舗装がなされていないのだ。
「え〜、加勢しないんすか〜?」
ローグに軽口をたたくのは、同じ隊員のモニカだ。最近入団した新人である。
「あたりまえだ。前線にはあの氷華の乙女も参戦なさってる。あの方が負けることはない。それに、今回は鉄壁のクリフに、蹂躙のアリアの新人ツートップがヤバいらしいしな」
先ほどのクリフの顔が思い出される。なんだか胃が痛い。
「あと、会話は控えろ。必要時を除いて、男女の会話は禁じられてる。前回はお前のせいで、危うく牢獄送りだったからな……」
「うい〜」
モニカは悪びれた様子もない。
「それより、メルくんはクリフくんとアリアちゃんとお知り合いって、本当っすか?」
今度はメルに話を振る。本当に少しも反省していない。
だが、話を聞きたいというなら仕方ない。
「ああ。俺が一から育てた」
あのヘラヘラしたモニカの表情が一瞬固まり、こちらを凝視する。
「…… ハハハ、メルくんオモシロイ」
「力の使い方とか戦闘の心得も俺が教えたんだ。あいつらに何度感謝されたことか」
「ヘエ、ソウナンスカ。スゲエ」
「そういえば、クリフなんかはかなり臆病な奴だったな。事あるごとに師匠である俺を頼ってーー」
「メルくん」
モニカがメルの顔を覗き込む。ひどく苦々しい表情で。
「いつまでこのネタ続ける気っすか…… ? ぶっちゃけ、キツイっす……」
「いや、今のはネタとかじゃーー」
「なあ、お前ら! 私語は慎めって! こんな任務でも命がかかってんだからよ! お前も弱えからここにいるんだろ!? いつまでも過去に縋り付いてんじゃねえよ!」
ローグが激しく叱責する。顔は紅潮し、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
「うい〜」
「ああ……」
水を差され、そこから会話はピタリと止んだ。
「過去に縋り付くか……」
確かにそうかもしれないと、メルは思った。
昔は自分を尊敬してくれる人もいた。だが、今はどうだ。騎士の中での位置付けは最低。自分を慕ってくれる人など誰もいない。
どうしてこうなってしまったのだろう。昔の自分が想像していたのは、こんな惨めな自分ではーー
「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」
突如男の悲鳴が響き渡った。
すぐさま視線を向けると、そこには倒れた隊員の姿。白目を剥き、体がピクピクと痙攣している。
「なっ、どうした!?」
ローグが聞くが、男は既に答えられる状態ではない。
そんな彼の向いている先の茂み。そこから何かが近づいてるのがわかる。
「何か来るな……」
メルは平静を装って言う。が、鼓動がどんどん大きくなっていくのに気づいた。他の隊員は言葉も発さずに、音の方を注視している。
茂みの中から、何かがゆっくりと姿を現す。
「え、人っすか…… ?」
拍子抜けしたようなモニカの声。
確かに、目に映るのはすらりとした体の女の上半身。髪の長い、美しい女だ。
いや、おかしい。その体の至る所から緑色の触手のようなものが伸びていたのだ。そして、裸体。それの琥珀色の目が、こちらを捉える。
間違いない、あれはーー
「パーバート…… !?」
「な、なんでこんな所に!? 先行部隊が通った直後だぞ!?」
他の隊員たちからどよめきが広がる。
「やけに美味そうな匂いがして来てみたが…… たったの六つか」
色っぽい声を発したのは、パーバート。
「人語を介するパーバートだと…… ? 明らかにA級以上じゃねえか…… !」
ローグの言う通りだ。
パーバートはその危険度に応じて、G級からS級に分類される。だが、あれはどう見てもA級以上。到底、支援部隊で対処できる相手ではない。
「まあ、ちょうどいい。腹も減っていたことだし、全部骨の髄までしゃぶり尽くしてやろう」
舌なめずりをした後、パーバートの目つきが変わる。狩を始める、獰猛な獣の目だ。
「まずい! 視覚変換だ! 急げ!」
メルが叫ぶ。
しかし、時すでに遅し。パーバートの胸部が徐々に形を変えていっていた。
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