Tarte aux fraises 1
今話から数話で一つの事件として事件ごとに章でまとめていきます。よろしくお願いいたしますm(_ _)m
月が天に煌めく午後11時過ぎ。俺の今日の目的はドリーミーシュガーズ現焼菓子責任者、夏目 胡桃を殺害すること。もちろん、正攻法で殺るわけじゃない。俺は、一人で地下にある厨房に立って準備を始めた。
「俺は、お菓子で人を笑顔にするという願いは捨てた。だけど、俺が作ったお菓子に不純物なんて混ぜたくはない」
そう一人呟き、俺は作業を開始した。
「あの女に効くのは……ベリー系か。なるほど、じゃあ今日のメニューは決まったな」
俺が、今日の凶器として用いるのは【Tarte aux fraises】 苺のタルトだ。これは俺が、【Patisserie flan】時代に得意としていた焼菓子だ。俺は店を畳んだあとも本場で研鑽を積んでいた。だから、あの頃よりもいいタルトが作れると確信していた。
「今日はどの苺を使おうか……あまおうか、とちおとめか。いや、あの女はこれが最後の食べ物になるんだ。珍しい白苺にしよう」
俺は、そんなところに甘さを見せながらも一食入魂の気持ちで心を込めてタルトを作っていく。もちろん込めるのは負の感情だが。こうして俺はタルトを完成させ、夏目のもとへと向かった。
私は、若き天才と呼ばれていた神城 凛さんに憧れてパティシエを目指した。そして、お菓子業界で最大手であるここ、ドリーミーシュガーズに入社したのが3年半前の事。
入社の時に上司となった甘宮管理官の言葉に、私は心を踊らせていた。
「焼菓子部門への配属おめでとう。と、言いたいところだけどあなた達が目指せるのはこの部門ではナンバー2まで。なぜならトップにはあのPatisserie flanから神城凛を引き抜くから。まあでも期待はしているわ?頑張ってちょうだい」
他の新入社員が上に行くことに限界があるという情報に若干落胆していたみたいだけど、私はそんな事はもともと頭に無かったので憧れていた神城さんと一緒に仕事ができるかもしれないという喜びでいっぱいだった。けれど、私は1つの違和感を覚えていた。
(確か、神城さんは今人気上昇中でflanは私も時々並ぶけど、大人気店。そんな状態の神城さんが店を閉めてまでこの会社に来るのかな……)
そして、私が抱いていた違和感は現実のものとなります。
夜も更けたドリーミーシュガーズ本社の一室、私は試作を終えて帰ろうとしていました。そこで耳を疑うような会話を聞いてしまったのです。
「……あの男、この私の勧誘をあろうことか断るなんて。うちに逆らったらどうなるか、あの男の身に知らしめてやるわ」
それは、甘宮管理官の言葉でした。このままでは神城さんが危ない、そう思ったものの新入社員の私にどうこうできる問題ではなく見て見ぬふりをすることしかできなかったのです。そして、その言葉を聞いた1ヶ月後、甘宮管理官の指示による理不尽な嫌がらせによって【Patisserie flan】は、その短い営業に幕を下ろしてしまったのです。
「夏目さんはいるかしら?」
「は、はい!」
「今から出かけるから、あなたにも付いてきてほしいの」
「私が…ですか?」
「ええ、そうよ?あなたにはこの部門でナンバー2になってもらいたいの。その一環としてね?」
「わ、わかりました」
私は甘宮管理官に促されるまま、共にある場所へと赴きました。それは……
「な、なぜここへ?」
「もう店も無くなったのよ?これで彼はうちに来るしか無いでしょう?」
そう言って笑顔を見せる甘宮管理官に、私は恐怖のあまり何も言葉を返せませんでした。そしてここで、私は憧れていた神城さんと望まない対面を果たすのです。
「お前ら……お前らだけは絶対に許さないからな」
鬼のような形相でこちらを睨みつけながら絞り出すように発せられた神城さんの言葉にも、私は何も言うことができずにただ立ちすくむだけでした。
「はぁ、ここまですればもう日本で活動なんてできないのにうちにこないなんて、凛は馬鹿ねぇ」
彼の気持ちを何も考えず、ただ一方的に潰した甘宮管理官に激しい憤りを覚えたものの、このタイミングでここを辞めてしまえば私の未来も潰えると考えた私は、のうのうとドリーミーでの仕事を続けて焼菓子部門の責任者にまでなった。けれど、私の中の時間はあの時から止まったまま。
そして日付も変わった午前1時前、私は会社での試作品の製作を終えて家への帰路につきました。これが私の最後になる事など知る由もないままに……