過去を思う
あれは、今から3年ほど前の事。
【Patisserie flan】
俺の店は全国的にもそれなりに有名になって雑誌とかのインタビューなんかも受けたりしてた。そんなこれからという時にあいつは現れた。いや、あいつという呼び方は間違いか。あの女狐が現れた。
「あら、ここがキミの店なのか」
「……どちら様ですか?」
「あら、この業界にいて私の名前を知らないというの?」
「パティスリー業界の方なんですか?」
「そうよ。【ドリーミーシュガーズ】って言えばわかるかしら?」
俺は、その名前には心当たりが1つあった。
「あんた、あの会社の人間なのか?」
「ええ、そうよ。私はね、ドリーミーシュガーズ焼菓子部門総管理官の甘宮 心愛よ。今日はね、あなたをヘッドハンティングしに来たってわけ」
「は?何言ってるか全然話が見えないんだけど」
「簡潔に言うわね? この店を閉めてうちの主任調理人になりなさい?」
突然押しかけて来たそいつの暴論に、俺は当たり前だが拒否した。
「そんなことするわけ無いだろ?何言ってんだ?」
「はー、いいんですかぁ?」
「あ?」
「私のこの誘いを断ったこと、後悔することになるわよぉ?」
そう言ってあっさりと引き下がったこいつに少しの違和感を覚えながらもいつもと同じように営業を開始した。でも、いつもどおりの日常はすぐに終わりを迎えたんだ。
「え?砂糖の納品ができない?ど、どうしてですか!?」
「本当に申し訳ないとは思っているんだが、この業界であそこに目を付けられてしまっては生きていけないんだ……許してくれ」
「あそこって……まさか、ドリーミーですか?」
「そ、そうだ。だから本当に申しわけない」
そう言って、砂糖を卸してもらっている業者の担当者に電話を切られた。
(くそ、あの時一度断っただけだってのにここまでするのか……)
そして、その状況がわかっていたかのようにまたあいつがやってきた。
「あらー?今日は営業してないのかしら?」
「……なんだよ、今日は何しに来たんだ」
「んー?そうねぇ、いうなれば最後通告といったところかしら」
「は?」
「今日、この場で店を閉めてうちに入社すると決めなければもっと悲惨なことになるわよ?」
「……何回言われようと答えは変わらん。俺はお前らの下にはつかない」
「そう、じゃあ交渉決裂ね…?」
その一ヶ月後、ドリーミーシュガーズの工作によって砂糖以外の材料も仕入れることができなくなり、挙げ句の果てにはSNSにまでデマを拡散され営業を続けていくことができなくなった俺は、やっとの思いで創り上げた店、【Patisserie flan】を閉めることを余儀なくされた。
「ふふっ、私のもとに来ないからこうなるのよ?凛、これであなたはもう私のもとに来るしか無くなったでしょう?」
あいつは憎たらしい笑顔でそう言ってきた。馬鹿じゃないのか…?
「……お前ら、お前らだけは絶対に許さないからな」
こうして、俺は日本を去りパティシエとしてのレールから降りた。俺はもう、人を笑顔にするためにお菓子を作ることはない。もう、そんな気持ちは微塵も無くなってしまったのだから。
そして、あの事件から3年の時が経った今……
「……ようやくだ。あの時の復讐を果たす時が来た。もう、俺に失うものなんてない。さあ、ここから始めよう」
『Succulent Le banquet』