二、時空の、おじ・・・お兄さん
私の、本当に最初の記憶の、母に抱かれて窓辺から見た、美しい夕日と側に昇る月。
多分、本当に幼く、その時の音とかは覚えていない。
でも、その時に、察していたんだと思う。
これからの日々が、とんでもない人生になるんだと。
その後、幼稚園に入って自我が形成されてくる頃、既に私は毎日疲弊していた。
疲れて眠る時間がとても多かった。
幼稚園では子供らしく友人と遊ばなければならない。
家に帰れば、父と母は自営業のため、私は華道の先生をしていた祖母に預けられ、そこで既に大人の世界の汚さを垣間見て学び、
夜は兄の習う空手道へ、一緒に参加して鍛練する。
休日は母にママ友との会合に連れ回されるか、空手の1日鍛練に参加するという、フリーな休みのない毎日。
それは、小学校卒業まで続いた事もあり、
お友だちのお家で遊ぶ、とか、お友達とお休みの日に遊びに行く、なんて普通の子供が行う事をする事もなく成長するのだった。
お陰さまで、表向きは手のかからない良い子でいながら中身は既におじさんな考えを持つようになり、中々に可愛くない子供だったと思う。
それはつまり、思った事を口に出しても、子供だからと言って一蹴されておしまい、という諦めを最初から持っていたという事で。
幼い頃から、私の本当の心を知るのは、ニンゲンでは父と、あとはニンゲン以外の子供好きな者たちだけだった。
その中でも、植物相手はとても安らいだ。
彼らは本当にポジティブで、そして野生的感覚もあるし弱肉強食な感覚もある。
色々と教えて貰う事も多かった。
しかし、植物や花は、いつか枯れる。
そして、種を残しまた命を繋ぐ。
私はその度に、死んだと悲しみ、そして死ぬ前に言われた『この次の子供たちも宜しくね』の通り、また芽吹いた時からお話する、という事を繰り返していた。
死ぬときに泣いていて、母にこの事を報告したら『お花はそういうものよ』とドライな反応されてショックを受け、その後父に報告したら理解してくれた上で『その力は他人には持ってない力だから、他の人に話しちゃダメだよ。お父さんと神社の人だけね。』とアドバイスをもらった事は今でも覚えている。
しかし、そんな日常を過ごしていたある日。
珍しく母親が、幼稚園のママ友たちと、そのママの住む神社の母屋で長時間お喋りする、と言うことで、暇をもて余した私は一人、神社側の公園で、ブランコを漕いでいた。
同級生の子供は、買い出しについて行ったらしい。
一人であてもなく、青い空の下、ただただブランコをこぎまくる。
ブランコをしながら私は、多分自分は母親のアクセサリーか何かなんだろうと、色々諦めていた。
その上で、この世界で生きていく意味がないんじゃないか、とか、ずっと一生母親の言いなりにならなければならないのか、と、子供ながらに悲観していた。
考える度にスピードをあげるブランコ。
そして、高さが限界を迎え、ガクッと座る場所が軋み、バランスを崩した私はブランコを必死で急停止させる。
ああ、ビックリした。
止まって、ドキドキする心が少し落ち着いてから、地面を見ていた視線を上へあげると。
空が、真っ赤になっていた。
夕日?
いや、それよりも赤い、空間。
場所は変わっていないはずなのに、音が、しない。
風も吹かない。
植物も、何も語らない。
全てが、止まって、いる?
あまりにも異質な状況に、私は、誰かいないかと、静かにブランコを離れて、公園の入り口へ向かった。
入り口に近づくと、公園の外で、何か話してる人がいる。
大人の人だ!!
私は、大人の人なら助けてくれるだろうと、その人のそばに何も言わず近づいた。
何かを耳に当ててお話しするのを、黙って見上げていれば。
「ああ、そうだろう?それで~・・・おわぁ!?」
その男の人は私を見て驚いたあと、直ぐに耳に当てていたモノに
「いや、何でもない!とりあえず、またあとで連絡する!」
と言って、その機械?をポケットにしまい、こちらを向いてかがんできた。
「おい、お嬢ちゃん、お前さん何処からきたんだ!?」
「わかんない、ブランコしてたの。落ちそうになったら、ここにいたの。」
必死で、そう説明する。
幼稚園児の説明なんて、こんなものだ。
そのおじさんは何かとても焦っていたが、その後深くため息をついて、何かブツブツ言っていたあと此方を向いて問いかけてきた。
「これから、どうしたい?」
「おうちに、かえる。おじさん、助けて。」
「そっか、わかった。お兄さんが、おうちに帰したる。」
そう、少し関西訛りの言葉で言って、頭をなでてくれて私をブランコまで連れてきた。
言われるがまま、そのおじさん・・・お兄さんの言う通りブランコに座り、見上げると。
「ちょっと待っとき。」
そう言ってポケットから、またあの機械を取り出して、何かお話ししていた。
それが終わると、此方を向いてニカッと笑う。
それに安心した私は、改めてお兄さんの姿をしっかりと覚えた。
茶色がかった黒髪、頭には白いタオルを巻き、くすんだ青色のツナギと黒いブーツを着た、健康的な30代~40代の青年の姿。
そのお兄さんが此方へ近寄り、口を開く。
「これから、元の場所に帰れるから、目を閉じて待ってな。
元の場所に帰っても、今日の事は誰にも話したらアカンで?
お嬢ちゃん可愛いから、お兄さんとの約束、な?」
「うん。」
私は、お兄さんに返事をすると、ブランコの上で目を閉じた。
「よし、良い子だ。ほな、気ぃつけてな。」
カカカと笑う声を聞きながら、私は目を瞑って待つ。
すると。
本当に脈絡もなく。
風と、音が、戻ってきた。
慌てて目を開ければ、少し日は傾いていたが、確かに青空の下で。
私は、あわてて立ち上がって、公園を走り出た。
だけど、母の邪魔をすると怒られるから、とりあえず、いつもいる家族、つまりは自営業の父のいるお店へと帰る事にした。
公園から、大人が歩いて15分位の道のりを、必死で、必死で走って、店へとたどり着く。
店頭に誰もいなくて、一人でアワアワしていると。
奥から父が出てきて、とても驚いていた。
私は父に駆け寄って、大泣きした。
よかった、きちんと生きている家族がいた。
泣いて、泣いて、そのまま眠ってしまったみたいだ。
翌朝、何があったのか聞かれたが、お兄さんとの約束があったから、とりあえず、寂しくて怖くなったから帰ったと話して、親には安心してもらった。
なお、母は何時までも戻って来ない私を心配して店に電話をかけ、私の所在を確認して安心したそうだ。
そして、それから25年も時が経ったある日、私はインターネット上で、同じくあのお兄さんに出会った人がいる、という話を目にする。
そして、この現代の風土を思い出し、やはり、私が出逢ったのは、私を助けてくれた人は、あの人に違いないと確信した。
その人は今、時空のおじさん、と呼ばれている。
時空のお兄さんも、歳を取るのだろうか?
また逢えたら、面白いのにね。