タニシ狩り 後編
なぜか硫酸が出ない。それならばと、アセトンを出そうとすると、アセトンは普通に出せた。しかし、この巨体に対して、効くようなアセトンの量を出せたとしても、アセトンの蒸気で、僕らの方が先にやられてしまうだろう。
「オーラム!何か手はある?私のダガーも、もう尽きそうだわ。」ウィットもかなり追い込まれているようだった。
「僕の魔法は、諸刃の剣みたいなものなんですよ!タニシより僕らのほうが、か弱いんですから、僕の魔法でこいつを倒すのは難しそうです。」
「弱気なこと言ってんじゃないわよ!こんなでっかいだけのタニシに負けるようじゃ、一流の冒険者になれないじゃない!私がしばらくタニシを引きつけるから、早く解決策を見つけなさい!」
そんな無茶な!そうは言っても、こいつにだけ効いて、僕らに無害なものなんて・・・
「もう、カタツムリじゃないんだから、陸上で這い回らないでよ!」ウィットがギガントタニシに追い回されている。
確かに、陸上を這い回るタニシなんて聞いたことが無い。カタツムリとしての性質も持っているのかもしれない。
ん?カタツムリの仲間ならもしや?
「ウィットさん!そのタニシ、こっちに連れてきてください!」追いかけられているウィットを自分のいるところまで、誘導させる。
「ちゃんと倒せるんでしょうね!」
「ぶっつけ本番ですけどね。」
向かってくるタニシに対して、僕はとある化合物を想像する。
そう、その化合物は誰もが毎日口にしていると言っても過言ではないものだ。人体への安全性は折り紙付きだ。僕は残る全ての魔力を注ぎこんで、この白色の化合物を生成する。
「これでも、くらえ!!」手のひらから放たれた大量の白色の結晶はタニシの体にどんどん吸収されていく。そして、タニシの体から大量の水分がみるみるうちに放出されていく。その勢いは止まることなく、どんどんタニシの体は乾燥していく。
そして、もとの大きさの10分の1以下に縮んだところで、タニシの体は崩れ去り、げんこつ大の魔石となった。
「はぁ、はぁ、なんとかなりましたね。」
「オーラム!あなたは本当にすごいのね!それにしても、あの白い粉を大量にかけただけで、あのギガントタニシを倒しちゃうなんて!いったい、あれはどんなすごい化合物なの??」
「そんな、すごいものじゃないですよ。」
「またまた、謙遜しちゃってー。で、何なの?もったいぶらずに教えてよ。」
「塩です。塩。」
「え?どういうこと?なんで、塩かけたの?あっ!もしかして、あのタニシは怨霊の仲間で、塩で清められたってこと!?」急にオカルティックになるな。
「全然、違います。正確に言うのであれば、生成したのはNaCl:塩化ナトリウムですね。塩という名前の方が、馴染みがあるでしょうけど。それで、なぜギガントタニシを倒せたのかですが、タニシとかカタツムリって、体のほとんどが水分なんですよね。だから、塩を体内に吸収すると浸透圧によって体内の水分をすべて放出してしまい、脱水症状になり絶命するという訳です。」
「なるほどねー。ふんふん。全くわからん。」
「だろうと思いました。じゃあ、戻りましょうか。」ギガントタニシの魔石を拾い、ギルド本部に戻った。
「はい、確かにこれはギガントタニシから採れる魔石ですね。確かに受け取りました。かなりの大きさですので、換金は明日になります。ご了承ください。」
魔物によって、落とす魔石の形や模様が決まっているらしく、魔石を見ることでどんな魔物を倒したかが分かるらしい。
「今日は一段と疲れましたね。よく眠れそうです。」
「何、今日はもう終わりみたいな雰囲気だしてるのよ?」
「え?今から何かするんですか?」もう陽も沈む時間だ。
「大変なクエストを終えた夜と言えば、もうすることは一つでしょ!!」
「え?なんですか?」
「お酒を飲むことでしょ!!!!」
・・ ・ は?
「じゃあ、早速行きましょう!私のお気に入りの場所を紹介しますわ!」
ウィットに手を取られ、街道を走る。見た目だけで言えば12歳くらいの女の子が男を引っ張って飲み屋街を走るというのは、案の定奇異の目が向けられる。
ウィットに連れられて来たのは、目には着きづらい裏通りの酒場だった。中はこぢんまりとしていて、カウンターだけだったが、良い雰囲気のバーだと思った。
「マスター、こんばんは。今日は珍しく、連れがいるわ。」
「おう、ウィットちゃん。珍しくって、あんたが自分から他の人を連れてくるなんて初めてじゃねえか。なんだ、コレか?」白いひげを貯えたマスターが小指を立てる。
「そんなんじゃないです。今、一緒にパーティを組んでくれてる人で、オーラムって言うの。」
「初めまして、オーラムです。ウィットさんはよく来るんですか?」
「少なくとも週に4,5回は来る常連だな。」めっちゃ入り浸ってるじゃん。
「今、顔に似合わずお酒大好きなんだなって思ったでしょ?」思考を読まれた。
「まぁそうですね。でも、好きなんですよね?」
「まぁね、とりあえず私はラガーで、つまみは適当にお願いするわ。」
「僕は、ミードでお願いします。」
今日のクエストの達成感からか、ウィットはすぐに酔っぱらった。
「あんたのおかげで、変な奴が付き纏ってこなくてほんとに助かるわ!ありがとね。」
「いえいえ、これからも一緒に頑張りましょう。」
「まぁ、その代わりこの前の決闘の一件で、あんたは体内から異臭を放つ男として有名になったけど。」
初耳だった。僕が臭いみたいな触れ込みは本当にやめてほしい。
飲みすぎたウィットさんの介抱も含め、とにかくこの日は長い一日になった。
・解説コーナー
NaClの化学式で示される塩化ナトリウム、すなわち塩は塩の一種です。この時点でとても分かりづらいですね笑。塩というのは、プラスを持つもの(カチオン)とマイナスを持つもの(アニオン)がイオン結合している化合物です。塩以外の有名な塩には、重曹こと炭酸水素ナトリウム、レントゲン撮影に使われる硫酸バリウムなどが挙げられます。因みに英語では塩も塩もsaltです。区別つかないですね。
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