はじめての戦闘
しばらく、研究所で自分の荷物の片づけをする。とは言っても実験ノートをまとめたり、使った器具を片付けたりする程度で、特に時間はかからなかった。ただ、5年も過ごしてきたこの実験室をもう離れると思うと寂しい気持ちになった。僕が来る前のまっさらな状態にして、教授らに最後の挨拶をする。
「本当に今までお世話になりました。また、戻ってくるときはよろしくお願いします。」
「おう、冒険者のことで聞きたいことあったら、また顔見せに来い。」
次の日、遂に冒険者ギルドへと向かった。ひとまず、この魔法で本当に魔物が倒せるのかどうかを試したかった所だが、教授の話では勝手に魔物を倒したことがバレると面倒らしく、ギルドで簡単なクエストを受ける中で、たまたま魔物と出会ってしまって戦ったというようにすればよいとのことだった。
そんなこんなでギルドに着き、受付嬢に話しかける。
「すみません。冒険者になりたいんですけど。」
「狩猟手形の発行でよろしかったですか?」
「えーっと、それがあれば、クエストが受けられるんですよね?」
「はい。その通りです。狩猟手形には、下からヘーリオス、ネオス、アーゴン、クリプトス、ゼノンというランクがあって、難解なクエストを成功することで、ランクが上がっていきます。ランクによって受けられるクエストが決まっていることが多いです。」
「なるほど。じゃあ発行お願いします。」
諸々の手続きを終え、手形を手に入れた。ヘーリオス級でも受けられるクエストの中でも簡単そうな、アマトキシンタケというキノコを採取するクエストを選び受けてみることにした。
難しいクエストの場合、パーティを組んで挑むことも多いらしいが、現状だと僕とパーティを組んでくれるような人はいないだろうし、一人でクエストを受けることにした。
ベルセリウの南門を出たところにあるバラールの森に、アマトキシンタケは自生しているらしく、森に入っていくことにした。この森では比較的、弱い魔物しか出ないらしく、ヘーリオス級の冒険者はまずここで、経験を積むらしい。
「おっ、あれは。」遠くに茶色の体に白い斑点をもつイノシシを見つけた。アマニチンボアーと呼ばれるそのイノシシは、アマトキシンタケを主食としており、近くに目的のキノコがあることを示しているだろう。
「ちょうどいいかな、あのイノシシで魔法を試してみるか。」
原子を生み出す魔法が攻撃に使えることを確信したのは、手から原子を出す際に、実際には手に触れていないということが分かった時だった。なぜなら、ダメージになるような毒物を仮に生み出すことが出来ても、それが手に触れてしまっては、僕の手が最も大きな被害を受けることが目に見えていたからだ。
アマニチンボアーが僕のすがたを見つけ、じりじりと迫ってきた。それに対し、僕は右手を突き出し、
「出でよ、硫酸!」H2SO4の化学式で表される硫酸を手から放った。放たれた硫酸はアマニチンボアーの顔に直撃した。
ヴェオォォオォォオォォォオオオォオォォォ!!
硫酸に触れた顔面は焼け爛れ、アマニチンボアーは恐ろしいうめき声を上げた。しかし、アマニチンボアーは怯むことなく、こちらに突進してきた。硫酸の水和熱と脱水作用からなる火傷によって、想像を絶する痛みがあるはずだが、それだけで倒せる相手では。無いらしい
ギリギリのところでアマニチンボアーの突進を躱した。しかし、まだ迫ってくる。
硫酸は、魔物目掛けて放つことで、重度の火傷を引き起こせると考えていたが、接近戦ではとてもじゃないが、使う事は難しい。放った硫酸が僕に跳ね返ってきたら、僕もただではすまないからだ。
近接戦闘のことを全く考えておらず、アマニチンボアーから逃げ回るしかなくなっていた。しかし、尚も迫ってきており、もう駄目かと思ったその時だった。どこからか投擲されたダガーがアマニチンボアーの横っ腹に当たり、その衝撃で吹っ飛ばされていった。
「あなた、大丈夫?一般人はこんな森の中に入らない方が良いわよ。」
そこには、長くてきれいな金髪、人形のようなかわいい顔の女の子がいた。可愛いけど・・・
「なんか小さくな「誰がチビだって?それ以上言うとあなたにもダガー投げつけるよ?」
「なんでもないです。とにかく助けていただいてありがとうございました。」可愛いけど、小さい女の子に感謝を述べた。
「それで、どうしてこの森にいるの?あまり強い魔物は出ないけど、あなたみたいな慣れていない人が来るには危険だわ。」
「一応、冒険者なんですけど・・・。」貰ったばかりの狩猟手形を見せる。
「へぇ、まだ冒険者になって日が無い感じね。ここは先輩冒険者の私が色々手伝ってあげてもいいわ。私の名前はウィットゴード、ネオス級で22歳。ウィットでいいわ。」
「えええええええ、22歳!?絶対14歳く「それ以上言うとあなたの体にも、あの豚みたいに穴が開くことになるけどいいかしら?」
「よくないです。ほんとうにすみませんでした。」
「それで、あなたは?何者?」
「えっと、今日冒険者になったばかりのオーラムと言います。歳は23です。」
「嘘っ?年上だったの?それにしては童顔ね。まぁいいわ。お姉さんが色々教えてあげるわ。」どこがお姉さんだとか、君に童顔とは言われたくないなど、言いたいことはあったが、さすがにまた怒られるだけなので、胸の内にしまっておいた。
「じゃあ、よろしくお願います。」冒険者のことを教えてくれるというので、甘えることにした。
「記念すべき初の私のパーティメンバーとしてよろしくね。」
勝手にパーティに入れられたことについては何もツッコまないでおこう。
・解説コーナー
硫酸:H2SO4は現在主要な化学薬品として生産されている酸の一つで、濃度によって希硫酸と濃硫酸に分けられます。希硫酸でも濃硫酸でも、服や身体には絶対触れないようにしましょう。やけどになります。ジーンズに硫酸を掛けてダメージ加工しようと思わないでください笑。
もし、衣服や手についてしまった場合は、すぐに大量の水で30分程度洗い続けましょう。その後、絶対病院に行きましょう。まぁ普通、硫酸に触れる機会なんてそうそうないですけど。(化学者や工場で触れる機会がある人は十分注意してください。)
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