表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彩りの月・番外編  作者: 本堂可奈子
3/3

真澄鏡

〜其の参〜

街を一望する丘の上には、西欧諸国の一角かと見まごうばかりの洋館が並び建って

いる。

それらは文明開化の折に政治家や財閥が己の財力やステイタスを誇るかの如く、

金にあかせて建築した邸宅や別荘で、戦災や破産の憂き目に遭わず、現代まで

残った貴重な屋敷だった。

中でも、最も目立つ豪奢な館に「有栖川」という表札が掛けられている。



有栖川家は、元・華族の家柄で、皇族とも繋がりがあるらしいと噂される由緒ある

家系であり、莫大な資産を有する主は政財界の黒幕として恐れられているという

評判だが、実質的には老齢の当主ではなく、わずか10代でありながら、頭脳明晰な

天才少年の孫息子がすべての実権を握っている。

その有栖川家に、一人の来客があった。


時の流れが止まったような雅趣に溢れた客間に通された白虎城樹は、対面に座す

女を睨むように見ている。

樹は有栖川家の当主や孫息子ではなく、少年の作法指導役として住み込んでいる

龍王院咲桜里を訪ねて来ていた。

二人の間に漂う空気は静謐で、薄氷のような緊張感を伴っている。


「―――オレの推測は、どこか間違っているか?」

「おっしゃっている意味がわかりませんわ」

「生きているのだろう?」

「何の事でしょう?」

「今、どこにいる」

「存じません」

「正直に答えろ」

「私は何も知りません」

徹底して知らぬ存ぜぬの姿勢を通す咲桜里に、樹は息を吐く。

手弱女に見えても実は頑固なこの女は、嘘などついていないだろう。

おそらく追及される事を予測して、あえて行き先を聞かなかったと思われる。

知らなければ、誰にどれだけ詰問されても、答えようがないから。

かつて彩花が恋した男が、咲桜里の弟だという事は知っていた。

どんなに隠蔽しても、プロが念入りに調べれば 証拠など いくらでも出て来る。


"龍王院冬夜。彩花の幼馴染で主治医、鍼針の使い手。享年15歳。(存命の場合

現在21歳)"


写真を入手し、姿も知った。

純日本人らしい黒髪に黒い瞳。和装の似合う端正な顔立ち。

彩花に向ける視線は、明らかに自分と同じ恋する男のまなざし。

そして彼を見つめる彩花の表情。自分には決して見せてくれなかった幸せそうな

笑顔。

まごうことなく、相思相愛の二人だと一目でわかった。


―――― 彩花は、彼の元へ行ったに違いない。

彩花が死んだという証拠は、鳳凰堂家の証言のみ。自分は婚約者なのに遺体と

対面できず、葬儀すら身内だけの密葬だからと参列させてもらえなかった。


彩花は生きている。今となっては、その可能性を信じて疑わない。

龍王院冬夜も、死んだ事になっているが、実は生きているのだろう。

ならば彩花は、彼と共に行ったのだ。己の真実以外、何もかも捨てて。


最後に会った夜、彩花は「生涯 悔いる事なく生きてゆきたい」と言っていた。

あの決意のまなざしは、すべてを捨てる決意の現われ。

見惚れるほどに美しかった真実の表情。


「彩花は…」

樹は、もはや見苦しく後追いする気など無かったが、それでも気にかかる事が口を

つく。


「……幸せでいるだろうか」

その言葉に、咲桜里の敵視にも似た瞳がわずかに揺れた。

「今この瞬間、どこかで幸せでいると思うか?」

樹が知りたいのは、彩花の居所や真相よりも、ただその一点。

気づいた咲桜里は、張っていた気を緩め、フワリと微笑する。

「――― おそらく」


それは、初めて告げた“同意”の言葉。

安堵したように、樹もかすかな笑みを浮かべる。

「ならば…良い」


最初から、片恋でしかなかったのだ。

いつも寂しげに憂いをたたえていた彩花。

彼女が笑っているのなら。

どこかで生きて、幸せになっているというのなら、それでいい。

自分は、この想いだけを抱えて生きてゆく。

――― そう決めた。


「長居したな。そろそろ失礼する」

「良かったら、また訪ねていらしてね」

立ち上がる樹に、咲桜里は優しげな口調で言葉をかけた。

「こちらの御子息は病がちで、あまり外出できないので、屋敷外の色々なお話を

聞かせて下されば、きっと お喜びになりますわ」

「…そうだな。いずれ改めて訪ねるとしよう」

つい先程まで睨み合っていたとは思えぬ穏やかさで会話が流れる。

なぜか二人共、それを不思議とは思わなかった。


「もう一つ、お伺いしてもいいかしら」

「何だ?」

咲桜里は言葉を選びながら、しげしげと樹を見つめる。

「そのお姿ですけど―――……」

彼女が問わんとする事は容易に悟れた。

樹は振り向き、淡い水色の瞳で笑う。

「――― オレも、真実に忠実に生きる事にしたまでだ」


彩花が言ったように、嘘で覆い隠すことなく。

彩花が美しいと讃えてくれた、本来の姿で。

誰にも隠さず、何にも恥じず、正々堂々と。


苦手だった和装ではなく、動きやすいシンプルな洋服をまとい、金色の髪を揺らせて

樹は有栖川家を出る。

彼の戻る先も既に、異端を認めぬ白虎城本家ではなかった。


頃は初冬。

水鏡の如く澄み、清廉な光を放つ満月の夜。



完了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ