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彩りの月・番外編  作者: 本堂可奈子
1/3

真澄鏡

〜其の一〜

「…白虎城 樹だ」

「鳳凰堂彩花です」


それも、間違いなく『運命の出会い』だったのだ。


古流芸術界の最高峰・鳳凰堂流琴奏者の跡取り娘は滅多に人前へ姿を見せず、病弱らしいと噂されている。

ならば娶ったところで跡取りを期待できぬのではと危惧されていたが、本人を目にすれば、そのような事など構わなくなるだろう。どんな男も、きっと妻にと望むはず。

それほど彩花は美しかった。

清楚で、優雅で、礼儀正しく、これぞ現代のかぐや姫と言うべき立ち居振る舞いは、正に大和撫子の見本。

白虎城流鼓笛の第一人者である本家の父から正式に家を継承する条件として命じられ、渋々出向いた見合いだったが、樹は一目で彩花に恋をした。


「―――― 本当は、政略同然の縁組など不本意だった。甘い考えかも知れないが、人と人の繋がりは そんな計算で推し量ってよいものではないと思っているからな」

何度目かの対面の時、広い和風庭園を散策しながら、樹は彩花に語りかける。決して『命令だから』婚姻を結びたいわけではないのだと。

「彩花殿に会った時、この人ならと思ったんだ」

強い意志を秘めた茶色の瞳をまっすぐに向け、率直に愛を告げる樹に彩花は無言で俯いた。

それは傍から見れば、ただ恥じらっているように映ったかも知れない。

「だから、彩花殿には真実を知っていて欲しい」

そう言って、樹は少し離れた場所にしつらえられた人工の泉へ向かった。

水面に膝まづき、括っていた長めの髪を解くと、和装の襟や袖が濡れるのも構わず、いきなり頭を洗い始める。

「……!」

彼の様子を不思議そうに見ていた彩花はハッとした。

透明な泉水を染めるのは樹の髪から流れ落ちた黒い染料。その下から、輝くばかりの黄金の色彩が現れる。

暗から明に変わりゆく様は、まるで闇夜が終わる黎明の如く。

「見てくれ、彩花殿。これが本当のオレだ」

振り向いた樹の瞳は、澄んだ空のような鮮やかな水色だった。


―――――金髪碧眼。


彼は白虎城家当主の子息だが妾腹で、嫡男が早世した為に引き取られたというのが公然の秘密。

そして見る限り、彼の母親は確実に日本人ではない。

古流芸術の世界では、この容姿はさぞかし異質であろう。染髪やカラーコンタクトで隠さねばならなかった経緯も推して知れる。

「こんな異国人のような姿は嫌いか?」

「―――――いいえ、そんな事は無いわ」

彩花はやわらかな微笑と共に本心を告げた。

和の世界では確かに馴染みにくいかも知れないが、彼自身を判断するなら、洗練された美意識を持つ彩花でなくても、綺麗と認めるだろう。

「とても美しいと思います」

彩花の賞賛に、樹は嬉しそうに微笑んだ。

それから改めて彩花に歩み寄り、真剣なまなざしで見つめる。

「ならば、彩花殿。オレのもとへ来てくれ」

告げられたのは、なかば予期されていた求婚の言葉。

「家の意向など関係ない。オレはオレ自身の意志で、貴女と共に生きたいと思う」

「……樹様…」

彩花は改めて彼の名を呼び、意を決したように顔を上げた。

「貴方が本当の姿を見せてくれたように、私も真実を告げましょう」

不穏な予感に、樹は黙って彩花の言葉を待つ。


「私には、ずっと昔から愛している人がいます」


『愛していた』ではなく、『愛している』という現在形。

さすがに樹も表情をこわばらせた。

「…だから、貴方の妻にはなれません。その資格もありません。―――貴方の事は、嫌いではないけれど……」

むしろ好意を持っているから、罪悪感で胸が痛む。

愛してくれて、誠意を示し、心から望んでくれた彼を傷つけてしまう事が辛かった。

「彩花殿…」

罵倒も侮蔑も、甘んじて受けよう。彩花はそう覚悟していたのだが。

「死んだ人間をいつまでも想って何になる」

「!?」

樹の口から出て来た言葉に彩花は驚愕する。

ここ数年、誰の口の端にも上らなかった冬夜の事を、彼は知っているというのか。

「……どうして」

「…そのくらい、耳に入りますよ」

調べたりしたわけではないと樹は釈明する。

確かに、いくら禁戒にしたところで人の口に戸は立てられない。彩花が樹の噂を知っていたように、情報はどこからか漏れるものだ。

現時点で妊娠や流産の事まで知っているとは思えないが、もし縁続きになるのなら遅かれ早かれ、それも知れるだろう。

「傍仕えに恋心を抱くなど、珍しい事ではない。だがその男は既に死んだのだろう?ならば、いつまでも過去を引き摺らず、未来を見つめるべきではないか?」

樹の言葉が彩花の胸にズキリと沁みた。

確かに、彼の言う事は真理かも知れないけれど。

「オレなら、ずっと彩花殿の傍にいられる」

そこまで想ってくれる樹の気持ちは嬉しいけれど。

「必ず、幸せにします」


――――――その言葉は、冬夜に言われたかったと思ってしまうから。


「愛しています、彩花殿」

樹の熱い言葉を聞きながら、哀しさだけがつのった。

承諾しようが拒否しようが、縁談は進められるだろう。彩花の意志に関係無く。

それでも樹は心から望んでくれている。

虚しさと、樹に対する申し訳なさで涙が出そうになり、彩花は俯き瞳を閉じる。

そんな彩花を、樹は優しく抱き寄せた。


樹を愛せたら、幸せになれるのかも知れない。

だが彩花には、冬夜を忘れる事ができるとは思えなかった。


その後、鳳凰堂家の主治医宅で急な不幸があった為、しばしの遅延を余儀なくされたものの、両家の間では挙式に向かって順調に進行して行く。


樹の求婚に対する彩花からの明確な返答は無いままに。



続く

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