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祖父の山歩き  作者:
1/2

ベニシダ

 家を出て少し歩くと、山の上の神社へと続く登拝口(とはいぐち)がある。


 そこから神社まで舗装された参道があり、誰でも登りやすい。


 息子は3歳のときに私と一緒に登った。


 残念ながら彼は最後の急な階段を見てギブアップしたので、そこから私が肩車した。


 肩車すると息子は大喜びした。


 私も嬉しくなり、鳥居の連なる階段を一気に登った。


 途中で木々のてっぺんを超えると街並みが見え始め、急速に視野が広がり、自分達のいる山の斜面も見下ろせるようになる。


 登りきるとそれら全てが一望できるとっておきの場所、神社へ到着である。


 その眺望に親子で感動した後、お手水で手を清め、お参りをした。


 そして来た道を引き返す。



 登りと比べ、下りは楽だ。


 息子も自分の足で()りてゆく。



 麓に近づくと、妻が待っているのが見えた。


 息子はそれまでずっと普通に歩いていたが、妻の姿を見つけると急に大きな声で泣きながら妻のもとへ駆けていった。


 そのまま妻に抱えられ、私達は家に帰った。



 ―― § ――



 息子はそれきり、一緒に来てくれなくなった。飽きたのだろう。


 私は週末のたびに登っている。


 麓の広い道以外は車は入れず、少し登れば街の音は無くなる。


 立ち止まると音が消え、その静けさに驚かされる。


 花を見つけたり、虫を見つけたり、秋に葉が色づき、落葉(らくよう)の後はいつもより沢山、空が見えるようになる。


 そうした時間が子供のころのままに残っている、山に登るのが好きだ。



 何度も同じ道を歩くうち、そこにある木々や花、道端(みちばた)に多いササやシダに詳しくなってみたいと思うようになった。


 花や葉の写真を撮って、帰ってから図鑑で調べる。


 最初に分かったのはアラカシだったと思う。


 アラカシはドングリがなるので、その時期なら簡単に識別できる。


 しかしドングリの季節ではなかったので、葉っぱを見比べて、かなり時間がかかったと思う。



 山道は谷の斜面を削った道で始まる。


 谷なので日の当たる時間は短く、頭上を木々が覆ってあまり明るくない。


 そうした場所の地面には、ベニシダ、ヤブソテツ類、イノデなどのシダが目立つ。


 ヤブソテツ類は石垣や斜面に多く、イノデは雨天時だけ水が流れていそうな低い場所に多い。


 ベニシダは足元から斜面の高いところまで、沢山生えている。


 形の似たものが多く、私が今までベニシダと思っていたものには、ベニシダではないシダも含まれていそうだ。


 最近は根元に一番近い羽片の小羽片が短いのがベニシダと知り、それで見分けることにしている。


 ベニシダは格好いい。


 全体の幅が広く長さは短めで、先がキュッと細くなっている。


 羽片の先もキュッと細長くなり、小羽片は葉軸まで深く切れ込んだ繊細な造形である。


 そうした葉全体が細い軸で地面から斜めに支えられ、重力に沿って緩やかにたわむ。


 山裾(やますそ)から暫くは、こうしたベニシダ達に囲まれながら登っていく。



 谷が途絶え、日があたり始めると、ササが目立ち始める。


 道端を覆うように生えているササは、ネザサである。


 関西はネザサ、関東は東のネザサを意味するアズマネザサが多いらしい。


 ササ属の学名は少し面白く、日本語通りSasaである。


 例えばクマザサはSasa veitchii、高い山に多いミヤコザサはSasa nipponicaといった具合だ。


 ただしネザサはササ属(genus Sasa)ではなく、メダケ属(genus Pleioblastus)である。


 ササ属は枝分かれしないが、ネザサは節で盛大に枝分かれする。


 ではなぜササの名を持つかと言えば、元々は竹の葉や、クマザサ、ネザサのような丈の低い竹類をササと呼んでいたのを、学名を付けるときに一部のササにササ属の名前を与えたからだろう。


 クマザサ属とネザサ属と名付けてあれば、両方ササの一種という関係は、損なわれなかったと思われる。


 ネザサは2メートルほどの高さに育つが、道端のそれらは視界を(さえぎ)らない高さで止まっている。


 時折、短く刈っているのかもしれない。

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