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それだけじゃない

作者: 平沼小国

 ――――――――これを読めば、僕がどうしてこうなったのか、みんなにも分かってもらえると思う。



 僕は、別に生活に困ってもなければ、人間関係にトラブルがあったわけでもない。



 大学で何か事件を起こしたわけでもない。



 特別大きな病気をしたわけでもないし、失恋したわけでもない。



 この世界に疲れたんだ。考えれば考えるほど、分からなくなったんだ。



 でも、考えてるうちに、見えてしまったんだ。そこには行きつくものなどないっていうことが。



 考えて、考えた先のことなんだ。だから、納得してくれると思う。


 

 というわけでさようなら。――――――――



30分後、つまり21:00に親しかった友人にこのメールが届くように設定した。



服は、自分が今できる一番のおしゃれを決めてきたつもりだ。



死に装束にはぴったりじゃないか。



靴だって、普段は使っていない、綺麗なのを履いてきた。



最後の晩餐だって、自分の一番好きな物を食べてきた。



しっかり死のうと考えてるんだ。



高層ビルの屋上から見る街は、普段見るものと全く違った。



・・・ああ、この街はこんなところだったんだな。



最期にみる景色がこれで、よかった。



――立ち入り禁止と書かれたフェンスを乗り越える。



心臓が高鳴る。高いところは苦手だが、それも気にならない。



「最期だからね。」



―それが彼の最後の言葉だった・・・


________________________________________




はずだった。



「・・・つまらないですね。」



急に背後から声がした。



「そんなんで死のうだなんて、本気なんですか?」



自分より年下らしき女の子が話しかけてきた。



「まったく、最近は死のうとしてる人が多すぎます。」



おもむろにこっちに近づいてきた。



「もうちょっと、生きてみませんか?」



なんだこの子・・・?でも見覚えがあるような、無いような・・・



「・・・誰?君。」



「私のことより、今はあなたのことですよ! そんな理由で本当に死ぬつもりなんですか?」



「だから、名前は?」



「名前は後!それより、そんな理由じゃ後悔しますよ?」



「そんな理由って・・・僕は何も口に出してませんが?」



「私・・・読めるんです。」



「は?」



「だから、読めるんです。心が。



・・・といっても、凄く強い感情だけですが・・・」



こいつは・・・まさかこんな所でこんな奴に出会うとは・・・



いや、むしろこんな所だからこそこんな奴なのか?



こっちが怪しんでも、気にせずその子は続けた。



「だけど、街の中でもよく『死にたい』って気持ちが伝わってくるんです。



つまり、みんな凄く凄く死にたがってるってことなんです。分かります?」



分かるも何も・・・ 意味が分からない。



「あのね、名前は?年齢は? 一体君は何をしてるの?」僕は尋ねた。



「私はここで死のうとしてる人を止めに来てるんですよ。



あなたもここで死のうとしてたんでしょ? だから私が止めたんです。



よかったですね! 死ななくて。 まだやりたいことあるでしょう。



私に感謝して下さいね。



・・・あと、女性に年齢を訊くのは失礼ですよ?」



・・・意味がさっぱり分からん。これは、関わらない方がよさそうだ。



とりあえず、ここでは死ねないから別の場所に行こう。



そう思って、ここまで上がるのに使った非常階段へ向かった。



「あ! ちょっと待って! 話は終わってないですよ!」



女の子が叫んだが、僕は無視して階段を降り、ビルから出た。


________________________________________




・・・さて、ビルの下に戻ってきたけども、



どこに行こうか。



フェンスが越えられそうなビルは他にあっただろうか・・・



そもそも、屋上に入れるビルがあっただろうか・・・



これ以上遅い時間ではビルの入り口も閉まってしまうからさっきのところには戻れないな・・・



そんなことを考えながら歩いた。



「待って下さい!」



後ろの方から、聞き覚えのある声がした・・・というか、



またあの子だった。



「まだ話は終わってないですってば!」



無論、無視して歩き続けた。



「死のうとするなんて駄目ですって!」



そんなこと、大声で言うなよ。



「私の話を聞かなきゃだめですよ!」



しつこいな・・・でも関わると面倒だし、放っておこう。



「もう・・・!」



彼女は走り始めたようだけど、また無視した。



「福原さん!」



ふくはら・・・・・・? 



!?



なんで僕の名前を?



思わず立ち止まって振り向いてしまった。



彼女が追いついてきた。



「やっと話を聞いてくれる気になりました?」



「いや・・・なんで僕の名前を?」



「そんなことより、人は死んでしまえば終わりなのです。



何もできなくなってしまうのです。



動かなくなってしまうのです。



分かってますか?それでも死のうとするんですか?」



「あのね、そんなことは当たり前でしょう? というか、君は一体何なんですか?



僕の名前を何で知ってるんですか?」



「そんなのは後です!もっとゆっくり話ができる所に行きましょう!来てください!」



「はい? ゆっくり話って・・・君ね、わけが分からないよ?」



「いいからいいから!こっちです!」



やっぱり面倒なことになった。でも名前がなぜか知られている以上、その理由を聞かないことには



死ぬにも死ねない。



仕方なく、僕はついていった。


________________________________________




「で、ゆっくり話ができる所って?」



「喫茶店です。ほら、そこ!」



もっと怪しい店にでも連れて行かれるのかと思いきや、



普通のチェーン店のカフェだった。



中に入ると、人はあまり居なかった。もうこんな時間だし、当たり前か。



とりあえず席に着いた。



「何か飲みます?」



「飲みません、というか、僕は死のうとしてたんです。邪魔をしないでくれますか?」



「もう邪魔されてますよ? 私についてきたってことは、話を聞く気になってくれたんでしょう?」



「それは、なんで僕の名前を知ってるのか聞くためで、それだけ聞いたら戻りたいんですが?」



「じゃあ、教えません。」



「調子に乗ってると、いい加減怒りますよ。」



「怒らないで下さい。死ぬって言うのは、怖いんですよ?



もうどうしようもないんですよ?分かってるんですか?」



「分かってます。そこまで考えて死のうと思ってます。



真面目に、死にたいんです。」僕は答えた。



「ほんとに?心から死にたいと思いますか?心残りはない?」



「そうですね。ありませんね。」僕は答えた。



「絶対にですか?後悔しませんか?・・・泣きませんか?」



「はい。」僕はまた答えた。知らない相手になんでこんなことを言われなければいけないんだ?



彼女は少しうつむいたと思うと、またこっちを向いた。



「・・・やっぱり、本気なんですね。」



彼女の顔色が変わっていた。



「・・・え?」



「お店で見たときからそう思ってました。」



「お店・・・・・・・・・・・・? 



・・・・・・・・・・・・・・・あ!」



思い出した。 やっぱり僕は彼女に会ったことがあった。



「ちょっと、君、『次郎屋』の店員?」



「・・・・・・そうです。」



自分のお気に入りのラーメン屋、次郎屋の店員だった。よくレジに立っていた。



「私分かるんです。 死のうとしてる人が分かるんです。」



会ったことのある人だと分かると、急に彼女の話を信じる気になった。



「まさか、ほんとに読めるんですか?人の心が?」



「ちょっと、だけです。」



「本当に・・・?嘘だろ・・・ そんな人がいるなんて。」



こんなことが世の中にあるもんなんだなと思いながら彼女を見た。



まるで漫画みたいだ。こんなこと。



「ふふっ。」



不意に彼女が笑った。



「そうですよ。」



「は?」



「嘘です。 心が読めるなんて。



私、心なんて読めません。」



「じゃあ、なんで僕が死にたがってるって分かったんですか?」



「服と、靴と、・・・頼んだ品物です。」



「どういうこと・・・」



「福原さん、今すごくおしゃれしてるでしょ。靴もきれいです。



それに、お店で一番高いラーメンと、餃子、頼みましたよね?



何か、分かったんです。急にこんなことするってことは、死のうとしてるんだって。」



「・・・・・・」



「それで、私、止めようと思って、こっそり後をつけました。



ビルの屋上で、何か言わなきゃと思って、夢みたいな話なんですが、



心が読めるなんて言えば、ちょっと不思議に思って話を聞いてくれると思ったんです。



街の人が死にたいだなんて思ってるかなんて、分かりません。



ちょっと心が読める演技をしてみたんですが・・・」



「むしろ、変だと思いました。」僕は思った通りのことを口に出した。



「やっぱり、そうですよね。」彼女は照れたように笑った。



・・・でも、僕が死のうとしてるのを、そこまでして止めようとするなんて・・・



ちょっと疑問に思ったが、そのことには触れずに、彼女は続けた。



「正直、最初につまらないって言った時も不安だったんです。



福原さんが凄く深刻に悩んでいて死のうと思っているなら、それをつまらないって言うのは・・・



ううん。そんな深刻なわけないんです! とっても単純なことなんです。



死のうと思う理由は。 簡単なんです。 



ほら、福原さん、どうして死のうと思ったんですか?」



「それは・・・」



思い出せなかった。 なんで死のうとしていたのだろう。



何かすごく思いつめてたような気がするが・・・



「やっぱり、理由なんてなかったんですね。」



「・・・そうみたいです。」



僕はそう答えるしかなった。本当に、なぜ飛び降りようとしたのか・・・



「なんでなんですかね。」



「そういうものなんです。死にたいって思うのは。」



そういうものなのか・・・? でも、そういうものみたいだ。



「・・・でも、なんで死のうとしてる人を止めようと思ったんですか?」気になったことを尋ねた。



「それは・・・ ええと、



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



実は・・・私も死のうとしたことがあるんです。」



「え?」 



「突然、何もかも空しく思えて、もう死んじゃおうって思ったんです。



ちょうど、やりたいことも何も見つかりませんでしたし。



死ぬために、私はおしゃれしました。おいしいケーキをたくさん食べました。



見てない録画を全部見ました。死のうと思った場所に向かって、友達に宛てるメールを準備しました。



そのメールを準備してるときに、涙が止まらなくなったんです。



ビルの、屋上でした。」



「・・・・・・・・・・・・」



「ビルの上は風が強かったんです。肌が冷たくなりました。



その冷たさにはっとしたんです。



その後、この喫茶店でココアフロートを飲んで、帰りました。



・・・人は、簡単に死んじゃ駄目なんです。その日から、私は、そう思ったんです。



当たり前のことなんですけど・・・



だから、福原さんも、死なないでください。」



不思議なことだ。普通なら知る由もなかったはずの話を、こんな形で聞くことになるとは・・・



「・・・そういえば、なんで僕の名前を?」重苦しくなった空気を紛らわそうとしてみた。



「いくら僕が次郎屋の常連といっても、簡単に名前は分からないはずじゃ・・・?」



彼女はすぐに答えてくれた。



「あ、それは、混んでるとき、順番待ちの時に名前を書きますよね?



そこで覚えんたんです。」



「ああ・・・そうでしたか。店員さんって、そんなんで常連の名前覚えるもんなんですね。」



「そうですね。」彼女は微笑んだ。



「でも、それだけじゃないんですけどね。」



「え?」小声をよく聞き取れなかった僕は聞き返した。



「な、何でもないです!」



彼女は慌てていた。



あっという間に重苦しさは消えた。


________________________________________




気が付いたら、僕はもう死にたいだなんて思っていなかった。



帰ろう。うん。そうしよう。



「じゃあ、・・・店員さん、いろいろありがとうございました。」



「井川です。」



「?」



「井川、美沙です。」



なるほど。



「井川さん、ありがとうございました。」



「どういたしまして。お役にたててうれしいです。」



なんだか変な感じだった。



彼女は笑っていた・・・



喫茶店の外に出て、家へ向かおうとした・・・その時、



「広樹! ・・・え!? ちょっと、まさか、心中でもする気か!?」



不意に聞き覚えのある声がした。 



「え? 何だ!?」



卓弥だった。同じ大学の。



彼は息を切らせていた。



「あんなメール来たから、外に探しに来たけど・・・良かった。まだ生きてた・・・



でもまさか彼女ととは・・・」



「まだ生きてた? あんなメール・・・って・・・あ!!!」



時計を見た。もう21時20分だった。



あのメールは21時きっかりに送信されたのだ。



「死ぬなよ!広樹! そんなバカなこと考えるんじゃないよ!」



「・・・大丈夫。もうやめたから。」



変な答えかもしれないが、そう言うほかない。



「え? 本当か!? 良かった・・・」



他のみんなにも迷惑かけてしまっているだろう。



多分怒られもするだろう。 こんなの冗談じゃ済まされないだろうし。



「それにしても・・・お前いつの間に彼女できてたんだ?」



「え? 彼女って・・・ ああ、この人は・・・」



「今日です!」井川さんがはっきり言った。



「はい?」と、卓弥。と同時に僕も。



「今日からです。」



「井川さん・・・? え? どういうこと?」



彼女はとても嬉しそうだった。



昔書いて、小説家になろうに投稿したこともあるものを改稿したものです。

いろいろ都合が良すぎますが、とにかくタイトルのセリフと、最後のほうのセリフを書きたかったのです。

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