虫取り
これは、田舎に遊びにやってきた、小学生の男の子の話。
その小学生の男の子は、両親に連れられて、父親の田舎にやってきた。
都市部から車で数時間のその田舎は、自然が豊かな所だった。
家の縁側で、父親がその男の子に話しかける。
「パパとママは、おじいちゃんと話があるから、お庭で遊んでおいで。」
「はーい。」
その男の子は、両親の用事が終わるまで、庭でひとりで遊ぶことにした。
家から持ってきた虫捕り網と虫捕りカゴを持って、庭を駆け回る。
木や茂みがあるだけで、特別なにもない庭だったが、
都会育ちのその男の子にとっては、退屈することは無かった。
「うわぁ~。家の近くに木が生えてる。
この茂みにいる虫、今までに見たこと無いや。
うちのマンションのベランダとは、全然違う!」
その男の子は、大はしゃぎで遊んでいるうちに、
庭を外れてどんどん遠くへ行ってしまい、
いつの間にか、家から離れた森の中に入ってしまっていた。
その森には、背の高い木がたくさん生えていて、
その下では近所の子供達が集まって遊んでいた。
集まっていた子供たちが、その男の子に気がついて話しかける。
「君、この辺の子じゃないね。どこから来たの?」
「家はこの辺じゃなくて、都会にあるんだけど、
向こうのおじいちゃんの家に、遊びに来たんだ。」
「向こうの家からこの森に?ひとりでずいぶん遠くまで来たんだね。」
「木とか虫とか、いっぱいあって、楽しくて。
いつの間にかここまで来ちゃった。」
「そっか。僕たちも虫取りをしてる最中だったんだ。
よかったら一緒に遊ばない?」
「いいの?うん!一緒に遊ぼう!」
そうして、その男の子と近所の子供たちは、
一緒に森で虫取りをすることになった。
都会育ちのその男の子にとって、田舎の子供たちの遊びは驚きの連続だった。
大人の身長よりもずっと高い木に登っていったり、
見たこともない種類の虫を、素手で捕まえたり。
それを見ていて、あることに気がついたその男の子は、近所の子供たちに尋ねた。
「この辺の子は、虫取り網を使わないの?」
すると、近所の子供たちは、キョトンとした顔になって聞き返した。
「虫取り網?それは何のこと?」
聞き返されたその男の子は、持っていた虫取り網を差し出してみせる。
「これが虫取り網。知らないの?」
その男の子が差し出した虫取り網を見て、
近所の子供たちは気味が悪そうにしている。
「それ、森で採ってきたんじゃなかったんだ。」
「森で採ってくる?虫取り網を?」
その男の子が不思議そうな顔をするのを見て、
近所の子供達はバツが悪そうに応える。
「いや、違うならいいんだ。だけど、僕はそれ、苦手だな。」
「僕も、あんまり好きじゃないな。」
「俺、それで怖い目に遭ったことがあるんだ。お前も気をつけろよ。」
近所の子供達にいっぺんに言われて、その男の子は首をひねる。
「苦手?怖い?虫取り網が?怖い虫がいるってこと?」
「いや、そうじゃなくて・・。気にしないで。僕、そろそろ帰らないと。」
近所の子供達がそう言うのを聞いて、その男の子は父親の言いつけを思い出した。
「そういえば、パパに庭から出ちゃいけないって言われてたんだった。
そろそろ僕も帰るね。」
「さよなら。もし明日も会えたら、またみんなで遊ぼう。」
そうしてその男の子は、近所の子供達と別れて、家に戻ることにした。
その男の子は、近所の子供達と別れて、森の中をひとりで歩いていた。
来るときには気が付かなかったが、
森は地面だけではなく、頭上にも面白いものがたくさんあった。
木々の間を抜ける木漏れ日。
枝を這い回る小動物。
木に絡みつくツタ。
その男の子は、頭上を見上げながら森の中を歩いた。
すると、自然に溢れた森の中で、異質なものがあるのに気がついた。
「あれは・・・なんだろ。」
その男の子は、立ち止まって頭上を見た。
頭上の木の枝に、何かが引っかかっているように見える。
よく見ると、それは虫取り網のようだ。
その男の子の頭上の木の枝に、虫取り網が引っかかっていた。
「あんなところに虫取り網があるなんて、
誰かが間違えて引っ掛けちゃったのかな。」
その男の子の身長から見て、頭上の木の枝に引っかかっている虫取り網は、
それ程高くない場所にぶら下がっているように見えた。
背伸びでは届かないが、何か道具を使えば取ることが出来そうに見える。
「そんなに高い所じゃないし、木の棒でもあれば届きそうなんだけどな。」
その男の子は、辺りの地面をキョロキョロと見回す。
そして、近くに手頃な木の枝が落ちているのを見つけた。
「この枝の長さだったら届きそう。」
その男の子は、落ちている木の枝を拾って、頭上の虫取り網を落とそうとした。
しかし、何故かその木の枝では、頭上の虫取り網には届かなかった。
「うーん、おかしいな。この木の枝で届くと思ったんだけど。
他に代わりになりそうなものはないし、どうしよう。」
その男の子は、頭を捻って考え込んだ。
頭上の木の枝に引っかかっている虫取り網から、木の枝を逆にたどって見る。
虫取り網が引っかかっている枝は、
すぐそこにある木の幹から生えているものだと分かった。
その木の幹は細身で、大人なら抱えてしまえそうな程度の太さだった。
「あれくらいの太さの木だったら、揺すれば落とせるかも。」
その男の子は、持っていた木の枝を離すと、木の幹を掴んで揺すり始めた。
そうしてしばらく木を揺すっていると、
やがて頭上の木の枝に引っかかっていた虫取り網は、木の枝から外れた。
「よし、外れた。
・・・あれ?中々落ちてこないな。」
頭上の木の枝から外れた虫取り網は、
落ちてこないで、ふわふわと浮いてるように見える。
そして、だんだん大きくなっていくようにも見えた。
「あれ?なんか変だぞ・・・。」
その男の子は、まだ幼いこともあって、何が起きているのか分からなかった。
実は、頭上の虫取り網は、
頭上遥か高くにある木の枝に引っかかっていたのだった。
しかし、大きさからそれを判断することが出来なかった。
なぜなら、頭上遥か高くにある虫取り網が、
自分の虫取り網より遥かに大きなものだったから。
大きな物が遠くにあったので、大きさから距離を測ることが出来ず、
自分が持っている虫取り網と同じ大きさで、
頭上のすぐ近くに引っかかっていると誤解していたのだった。
頭上の木の枝から外れた虫取り網は、どんどん大きくなっていく。
大きな虫取り網が段々と近づいてきて、
見かけの大きさも本来の大きさに近づいていく。
そして、地面に落ちてくる頃にその虫取り網は、
人間の大人を捕まえられそうな程の大きさになっていた。
その大きな虫取り網は、下に立っていたその男の子に覆いかぶさった。
大きな虫取り網の網の部分が、大きな口のようにその男の子を飲み込む。
「・・・!」
その男の子は、声を上げることも出来ず、
大きな虫取り網に飲み込まれてしまった。
ボリッ。ボリッ。
大きな虫取り網の網がグニャグニャと動き、
中から何かを噛み砕くような音が聞こえる。
そして、ゴクッと喉を鳴らして飲み込む音がして、
大きな何かが、大きな虫取り網の棒の部分を伝って、
その先に繋がっている木の幹に入っていった。
虫取り網に見えたそれは、木の一部だった。
木の一部が、虫取り網に擬態して、獲物を待ち構えていたのだった。
そうして獲物を飲み込んだ虫取り網のようなものは、
また頭上高くに戻っていった。
その場に残ったのは、その男の子が持っていた虫取り網だけだった。
終わり。
いつもは人間が虫取り網を使って虫を取っているけれど、
逆に虫や植物がそれを真似して人間を狩るとしたら、どのようにやるだろう。
ということをイメージして、この話を書きました。
お読み頂きありがとうございました。