その男、二代目となる ~休日はまだ遠い編~
初短編!
人生とはままならないものだ、と俺は目の前に迫る軍勢をみてそう思った。自然と深いため息がこぼれてしまう。こんなはずじゃなかった。ただ俺は楽をして生きたかっただけなのに、いったいなにをどう間違えて、一万もの軍勢に襲われるハメになったのか。考えても分からない。
俺はチクショウと小声で呟きながら、自分の人生を襲った数々の不運を思いだすのであった·····
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ど田舎に生まれたせいで、俺は幼い頃から両親やその周りの大人達が、毎日畑で汗水流して仕事をするのを目にしてきた。それを見る度に俺はいつも『なぜこの人達は、こんなつらい仕事を毎日続けられるのだろうか。俺は絶対にやりたくない。俺は将来大人なったらもっと楽をして自由に生きるんだ!』と決心していた。
だから俺は勉強や両親の仕事の手伝いをサボり、どうすれば楽に生きてけるのか模索するのに時間を費やしていった。俺の願望は毎日好きな時間に起きて、好きなものを食べて、かわいいことデートをすること。この夢を叶えるには一体どんな職業につけばいいのか。それを探していく内に、ついに一つの答えにたどり着いた。
それが冒険者だった。
冒険者とは簡単に言えば魔物を倒すプロフェッショナルだ。魔物を倒すなんてとても危険じゃないかとみんな思いがちだが、それは大嘘だ。確かに命のリスクは常につきまとう。しかし、逆に言えば彼等は魔物と戦っている時以外は、特別なにかをしている訳ではない。精々、情報収集と称して昼間から酒場で酒を飲んでいるくらいのもの。
それでいて、週に1、2度魔物を倒せば暮らしていける。身の丈にあったモンスターをきちんと対策して挑めばリスクの大半は排除できるだろうし、最初こそ雑魚の魔物しか相手できなくて金銭的に苦しいだろうが、コツさえ掴めば中堅の冒険者くらいなら誰にだってなれる。
しかも、しかもだ。魔物を倒せば報酬はギルドを通して国から支払われる。もはや半公務員みたいなもので、報酬の未払いなんてこともないし、身分も保証される。そのうえ強い男は女にもモテる。最高じゃないか!!
世の中には、こんなにも素晴らしい仕事がある。
そのことに気がつくと、俺は今まで見てきたものが全てバカらしくなった。まわりの同年代の子供は、親に言われるがまま勉強して将来は立派な大人になるんだと都会の学校を目指して必死に勉強していたが、俺はそれを嘲笑うように好きなことをして毎日楽しく過ごした。
そして数年の年月が過ぎて、待ちに待った成人の日を迎えた。これで俺も一人の大人だ。もはやここにいる理由はないと、急いで王都に向かった。
その道中、多くの兵士や冒険者たちと何度もすれ違った。俺の胸は高鳴った。今まで一度も故郷から外にでたことがなかった為、実際のところ冒険者という仕事に本当に需要があるのか分からず不安だった。だが、この街道を歩く異様なまでの冒険者の数をみよ!
通行人の中に石を投げれば冒険者か、兵士に当たるんじゃないかってくらい人数が多い。まさに、世は大冒険時代なのだ。俺の選択は間違っていなかったと確信した。故郷の仲間達と一緒に勉強なんかしてたら絶対に後悔していたハズ。
ざまぁみろ!
俺は、華の王都で自堕落に、楽をして好きなことをして生きるんだ!!!!!
そして、俺は意気揚々と初めての王都へと訪れた。
そこには、見たこともない高い建物が沢山建っていて、それにふさわしいほどの人々が大勢歩いていた。これが都会か、と俺は興奮しながら街の中央に位置する大きな広場まで移動すると、とある異変に気がついた。
なんと言えばいいのか、妙な熱気があたりを支配していた。
肌を這うようなねっとりとした熱い何が全身をつつむ。おかしいと思ってまわりの様子を伺えば、誰も彼もが血走ったような目で拳を固く握りしめていた。まるで、神に願い乞う信徒のような必死さが伝わってくる。
なんだ、なんだと混乱する俺をよそに、王宮に続く道の方から馬に乗った一人の騎士が王国旗を掲げて早足で大広場に現れた。すると、さっきまでの熱狂が嘘のように、シーンと広場の空気が冷たくなって全員が一人の騎士に注目した。
「王国の民よ!!」
騎士が馬上から大きな声を張り上げて広場にいる人達に語りかける。俺もこれを聞けば一体何が起きてるのか理解できると思って静かに耳を傾けた。
「すでに知っているとは思うが、我らが王、マギノ陛下は三年前、この世界を苦しめる魔王を打倒しようと伝説の勇者シリウスと共に魔境平野へ軍を率いていった。そして、つい先ほど戦場より伝令が届いた!!」
すると、騎士は手に持っていた旗を高く掲げて、力強い声で言い放った。
「民よ、喜べ!!魔王は勇者シリウスと我らが王マギノ陛下が見事討ち取った!!!!この戦争、勝利である!!!!」
騎士の言葉が広場に届いた瞬間、怒号のような歓声が鳴り響いた。多くの人がむせびなき、王や勇者に感謝の言葉を並べて叫んでいる。突然のことで理解が及ばず、俺が固まっていると、後ろから人並みが押し寄せてもみくちゃにされた。
こりゃたまらんと俺はなんとか、広場の端のほうまで逃げて一体何が起きてるのか知るため、顔を赤らめて酒を飲んでる太ったおっさんに話しかけた。
「あの、これはなんの騒ぎですか?」
「なにってそりゃ、戦争に勝ったんだよ」
「へぇ、本当に戦争なんてしてたんですね」
俺がそう言うと、おっさんは目をこれでもかってくらいあけて、ポカーンとしてしまった。
「あんた、いったいどこからきたんだ。魔王軍と戦争してるのを知らない奴なんて初めてみたぞ!」
「いや、もちろん知ってはいましたよ、そりゃね」
信じられないものを見る目でおっさんが俺をみてくる。
けれど、俺だって一応、国が戦争をしていることくらい噂で聞いて知っていた。勇者が魔王討伐するため王様と協力して戦っているとかなんとか。
けど、俺の田舎は戦争被害なんて何一つなかったし、魔王の手先である魔物も一度も現れたことがない。国の役人の人だって、あまりにも僻地だからという理由で数年に1度、税金を貰うためにくるくらいだった。まさき平和そのものだったから急に戦争と言われても実感がなかった。
「戦争に勝ったのは分かったんですが、それでみんなこんなに喜んでいるんですか?」
「そりゃ、そうさ、魔王が倒れたんだ、これで世界は平和になる!!」
「そうなんですか?、魔王が倒れても世界には沢山の魔物がいるんだから危険はいっぱいだと思うんですけど」
「········あんた、本当に何も知らないだな」
はぁー、と息をはいておっさんは両手をあげ呆れたような仕草をとる。単純に田舎者扱いされて馬鹿にされてるみたいで、流石の俺もムカッとしたが、おっさんの次の言葉を聞いた瞬間全てがぶっ飛んでしまった。
「あのな、魔物ってのは魔王から生まれた一種の分身体みたいなものなんだよ。だから魔王が消滅すれば、おのずと魔物を消滅するってわけさ」
「·······は?」
「分かったか?もう魔物はいないんだ。外を歩いて食い殺される心配はもうなくなったんだよ」
「いやいやいや、意味わからないでしょ、何で魔王が死ぬと魔物も消滅すんだよ!!不思議現象にもほどがあるでしょうよ!」
「そんなの俺に言われたってわかるわけないだろ。そんなに信じられないなら魔物探しでもしてくればすぐわかるはずさ。まぁ既に滅んでるから無駄足だと思うがな」
言われてみれば、確かに王都に来るまでの道中、一匹も魔物を見なかった。最初はそんなもんなんだなーとくらいにしか思ってなかったが、よくよく考えてみれば不自然だ。だって、あんなに沢山の冒険者がいたのに魔物がいないなんて···
あれはもしかして、勇者が魔王を倒したせいで魔物が一匹もいなくなり、外に出ていた冒険者が一斉にやることなくなって、街に帰ってきていたってことか!?
「陛下と勇者様のおかげで街の外は安全になり、誰でも自由に好きな場所へ移動できるようになるぞ!商人も今まで以上に出入りができるようになる。つまり本当に自由の時代がついにきたってわけさ。はっはっはーー!」
「ああ、うそだろぉぉぉ」
おっさんの話を聞いて、俺は絶望の淵に立たされた気分になり、その場に膝から崩れ落ちてしまった。周りでは誰も彼もが歓喜の声をあげて、老若男女関係なく感動して泣いている。だが、俺にはその声すら届かない。なぜなら俺には自分の人生がガラガラと急速に転がり落ちていく音がハッキリと聞こえていたからだ。
それからのことはよく覚えていない。
お祭り騒ぎの街の中を呆然と歩いてボロボロの宿に帰り、安酒を浴びるほど飲んだ。途中何度も窓から顔を出して、胃の中のものをすべてリバースしては、そのたびに窓の下を歩いている人と口論になり、罵詈雑言を怒鳴り散らしていた気がする。
改めて思い出すだけでひどい話だが、俺がここまで荒ぶってしまうのも仕方がないことだ。なんたって、これで全ての計画が駄目になってしまったのだから。
魔物がいなくなったんじゃ、もう冒険者なんて必要ない。
つまり、毎日昼間から酒場でグータラしてたまに魔物を狩りにいけば贅沢に暮らせるあの夢のような職業はもうなくなってしまった。
もしかしたらと期待を込めて、翌朝、目を覚ますと俺はすぐに冒険者ギルドにでかけた。
すると、でかでかと大きな貼り紙が張られていて、こう書かれていた。
「冒険者ギルドはしばらく閉店させていただきます。緊急のご用がある場合はギルドマスターまでご連絡ください」
もう俺に、道なんか残されてなかった。
成人になるのを何年も待って、つい昨日、希望を胸に抱いて王都へやってきたばかりだというのに、たった1日で俺の夢は路上にぶちまけられたゲロのように、無惨に散ってしまった。
あまりにも精神的ダメージが多すぎて、もう故郷に帰ろうかなと思ったが、頭の中に同年代の奴らがよぎった。
毎日、毎日親にいわれて勉強ばかりしていたアイツらだ。
俺は高みからいつもあざ笑って馬鹿にしてきたが、ここにきて立場が逆転してしまった。
俺は勉強もせず、学校にも行ってなかったせいで、高等教育の学校に進学は出来ないし、まともな就職も無理だ。しかし、アイツらは違う。高等教育まで終われば都会のいい仕事にもつけるし、駄目だったとしても実家の農業を継げる。そんな余裕の奴らの前にのこのこと帰ってみろ、馬鹿にされるに決まってる。そんなのはごめんだ。
「いや、まだだぁぁ!諦めたら終わりだ、きっと冒険者じゃなくてもグータラできる仕事は他にもあるはず!」
俺は走り出した。
今ならまだ間に合うはず。現在、王都は戦争に勝利したことでお祭り騒ぎ、多くの人が酒を飲んで陽気にはしゃいでいる。
しかし、俺は理解していた。この熱が冷めた時、世は空前の失業ブームの時代がくると。
魔物がいなくなることで冒険者だったものは全員職を失う。
冒険者だけじゃない、魔物を解体する業者や冒険者に道具を売っていた者達など、多くの人が路頭に迷うことになる。
そうなれば、多くの優秀な人間がフリーとなって新しい業界へ飛び出すことになるだろう。こうなると、なんの実績もない俺みたいな男が不利になる。だからこそ、急がねばならない。
時間だ。時間だけが俺の味方となる。いま、みんながお祭り騒ぎで動いていないこの瞬間こそ、美味しい仕事を見つける最後のチャンスだ!
「たのもぉぉー!!!」
俺は職業安定所のドアを蹴りあけて、受付にいたハゲたおっさんの襟首を掴み、血走った目で心の声を叫んだ。
「働かなくても給料良くて楽できる仕事紹介してくださぁぁぁい!!!」
「んなもんねぇよ!!?」
「探す前からあきらめてんじゃねぇ、あるかもしれねぇだろ!こっちはな、人生かけてぇんだよ!!」
俺は渋る職員を言い聞かせて、募集中の案件を調べさせると、、、
「·······奇跡だ、ひとつだけあった」
「なに、どんな仕事だ!??」
「アルベルト公爵家専属、剣術指南役、求む。報酬は月100万ゼニー。仕事内容は息子に剣術の指導を成人するまでとある。公爵様の息子は先日生まれたばかりだから、実質最初の5年は遊びみたいなものだね。幼すぎて剣なんか握れないだろうから。それに剣を教えるといっても毎日じゃないだろう。給料を考えれば破格の待遇だね」
「·········」
「しかも、公爵家の指南役ともなれば地位も名誉も手にいれたも同然だ」
「···それだ」
「え?」
「俺はそこに就職するぞぉぉ!」
「いや、あなたどうみても剣士じゃないよね、ていうか剣すら持ってないよね、僕の説明ちゃんと聞いてた?、募集してるの指南役だから、君みたいな素人じゃないから」
「うるせぇぇ!!!」
俺はごちゃごちゃ抜かす職員を無視して、求人票を奪いとった。職員はあわてて取り替えそうとするが、遅すぎた。求人票は既に俺の懐の奥にしまってある。
「ちょっと返してくださいよ、それないと困るんですよ。あなたじゃそもそも応募できないですから」
「ふん、そんなの関係ねぇ、5年の間で修行して強くなればいいんだろ?、だから俺は修行してくる。公爵家には言っといてくれ、5年で王国最強の剣士となって帰ってくるからそれまで他の奴は雇わないでくれってな」
「···えっ、ちょっと待っていかないで!待てってこの野郎ぉぉー!!」
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楽をして生きるために、王都へと旅立ったはずの俺だったが、なぜか王国最強の剣士になるために流浪の旅をするという超絶ハードモードへと移行していた。
これも、魔王を討伐した勇者と王様のせいだが、文句を言ったところで現実は変わらないからしょうがない。
努力なんて言葉大嫌いだが、公爵家の剣術指南役の座を手にいれて楽をするため、ここは己を殺して努力するしかないようだ。
だが、俺は剣など握ったことなんてない、素人だ。
強くなる方法すら分からない。どうすればいいか、悩んでいるとき、風の噂であることを聞いた。
神樹の麓に世界最強の剣士、聖剣チャンバラ様がいると。そこでチャンバラ様はいつも神樹を守っていて、危害を加えようとする者を成敗しているらしい。何故そんなことをしているのか分からないが、神樹は昔からこの世界に欠かせないものと言われており、天まで伸びるその木がもし倒れてしまった場合、この世すべての植物が枯れてしまうと言い伝えられている。
一時期は魔王軍が神樹を倒そうと躍起になっていたが、聖剣チャンバラ様があまりにも強すぎて、ついぞ手を引いたとかなんとか。
この話を聞いた時は運命だと思ったね。師匠を探すなら強ければ強いほどいいに決まっている。相手は世界最強、そこで修行すれば5年で王国最強なんて余裕に決まっている。俺はその噂話を信じて、神樹を目指して旅を急いだ。
そして、その男はいた。
文字通り、天まで昇る巨大な樹の麓にたった一人座して佇んでいた。俺は弟子になりたいという思いだけで、他には特になにも考えずにここまできてしまったので、咄嗟に大声で叫んでしまった。
「聖剣チャンバラ様、俺を弟子にしてください!!」
俺の声が聞こえたのか、チャンバラ様はゆっくりと目をみひらいて立ち上がった。正直、こんなお願い無視されると思っていたから、予想外の反応にこっちが驚いてしまった。もしかて案外簡単にイケちゃうんじゃねと内心ほくそえむ。
しかし、それは一瞬で後悔へと変わることになった。
チャンバラは立ちあがると、おもむろに腰の剣に手を伸ばした。そして、あろうことか神樹に向かって目にも止まらぬ速さで一太刀浴びせやがったのだ!!!
「ええええええええええええ!!???」
俺はツッコミどころが、多すぎて開いた口が塞がらなかった。
なんで、神樹を守る聖剣様が普通に神樹斬っちゃってんの!?つーか、どうやったら幹だけで数キロメートルありそうな樹が半分まで斬れるんだよ!
意味わからない無茶苦茶じゃねえーか!
しかも、本人は今日も切れなかったか、とか小声でぼやいているぅぅぅ!まさかの常習犯だった。
目の前の現実に、俺の防衛本能が最大限に警鐘を鳴らす。
このジジイは危険すぎる。なにがヤバいって倒れたら世界が滅ぶと言われている神樹を躊躇いもなく斬っちゃてるところだ。あれか、我が剣に切れぬものはない的なやつをまじでやっちゃってる系剣士ですか!?
こんなやつの弟子になったら、神樹ごとぶった斬られるか、誰かに通報されて神樹を斬った罪で捕まえられ斬首刑だ。どっちに転んでも体が真っ二つになっちまう。
俺が即座に踵を返そうとすると、チャンバラとかいう変人がそれを制すように、ハッキリと明瞭な声で言った。
「お前を弟子にしよう」
「·················いや、チャンバラ様の剣技を目の当たりにしたら、自分が弟子入りなんて烏滸がましいなと身にしみてわかったんで結構です」
「いや、構わない。弟子にしよう」
「·····いやいや、自分なんぞじゃチャンバラ様の才能の足元にも及ばないのがよく分かったので結構です」
「いや、確かにお前からは才能をそこまで感じないが、俺様とて最初から剣を振るえたわけじゃない。長い修行の末にここまでこれたのだ。ゆえにやる前から諦める必要はない」
「いやいやいや、良く言うじゃないですか、自分の体のことは自分が一番わかってるって。それと一緒すよ、自分の才能は自分が一番わかってるんで」
「いや、そんなことはない。俺様はむしろお前からただならぬ気配をビンビンに感じてきたぞ。ぶっちゃけ俺様より才能あるかもしれない」
「いやいやいやいや、なんですかそのシックスセンスみたいなの。もうあれじゃないですか、老衰で五感が狂って暴走してるだけですよ。そもそも、聖剣ともあろう方が簡単に弟子とかとろうとしてんじゃねーですよ。こっちは1度も剣を握ったねぇーんだぞっすよ!?」
「いや、むしろその方が変なクセなくていいよね。てかそろそろ俺様も老衰でつい手が滑って見境いなく色々切っちゃいそうな気分だわ。相手が弟子とかだったら流石に切らないと思うだけどなぁ」
おいー!!!
ふざけんなよ、クソジジイ!!
どんだけ弟子欲しがってんだよ!
弟子にならないと見境なく斬るってどういうことだよ、あんた既に見境なく神樹斬っちゃてるから!!!!!!!
後悔先に立たずとはこのことだろうか。
こんな馬鹿げたジジイでも実力は本物なのはハッキリしてる。いまさら逃げようとしても殺されるだけだろう。ならばと俺は腹に力を込めて自分の運命を呪いつつも覚悟をきめた。どうせ王国最強剣士になるんだ。その為の一番の近道に俺は立っている。このピンチを乗り越えれば最高のチャンスが開けるはず。どちらにせよ俺に残された道はもう1つしか残されていないのだ。
「なにとぞ、お手柔らかにお願いします、師匠」
師匠に弟子入りして、はや5年目、俺は卒業試験を受けることになった。
師匠との訓練は過酷を極めた。時には文字通り剣でぶったぎられたことだってある。最初からわかっていたことだが、師匠は頭がぶっ壊れた狂人だった。
神樹を守る番人なんて、大嘘で、むしろ毎日いかにすればこの神樹を斬れるか考えているサイコパスだ。
番人なんて呼ばれている理由は、魔王軍が神樹に近づこうとする度に、こいつは俺の獲物だと言って片っ端から切り伏せていたからに他ならない。ちなみに神樹はいまだに倒れていない。この木はどうやら自己再生機能を持ち合わせているらしく、中途半端に切ったところで、すぐに回復して元通りになってしまう。
とはいえ、倒れたら世界が滅びてしまうと言われている神樹を毎日毎日、剣を突き立てている師匠こそ本物の魔王なんじゃないかと、俺は常々思っている。はやく勇者様が現れて、我が師匠を正義の名の元に引きずり出し、盛大にぶち殺してくれないかと淡い期待を寄せているうちに、いつのまにか5年もの時が過ぎてしまった。
そして、俺はその悪の化身チャンバラに向かって剣を構えている。今日は修行の最終日、師匠と模擬試合をして一太刀でも入れられば俺は晴れて卒業となり、このつらい訓練から抜け出すことができる。
模擬試合とはいえ、つかう得物は真剣だ。
一歩間違えば命だって落としかねない。だからこそ、殺す気でいかなければこっちが殺される。
「さぁ、修行の成果をみせてみよ!」
「いくぞ、クソジジイイィィ··チェストォォォ!!」
俺は全力で最速の一撃を師匠に向かって放つ。
正直、まともにやれば100回戦って100回とも俺が負けるだろう。そのくらい俺と師匠の間には大きな壁がある。たが勝つ必要は最初からない。たった一太刀さえ、かすらせることが出来ればそれでいい。なら勝機はある。
師匠はもういつ死んでもおかしくないくらい歳だ。
全盛期に比べたらきっとその動きは半分にも満たないはず。スピードも力も圧倒的にこちらが上だ。ゆえに俺は最初の一撃にすべてを賭けた。
鍛えあげられて俺の足腰は爆発的な推進力を生み、一瞬で師匠に肉薄する。そして剣を振るった瞬間に俺は悟った。
スピードも、力もこちらがうえなのに、師匠の技術はそれらすべてを覆す。師匠の目は俺の動きを完璧にとらえており、カウンターを放つのに最適な位置へ剣を移動させている。
俺はもう動きを止めることなんて出来ない。
負けた·····俺がそう感じた時、目の前が真っ赤に染まった。
それはおびただしい量の血だった。
まじかよ、俺ってばこんなところで死んじまうのかよ、、
だんだんと意識が薄れ行くなかで俺は自分の人生を振り替えっていく。これが走馬灯ってやつか。こんなことなら、剣なんか持たないでずっと田舎で畑仕事してた方がずっと楽だったんじゃないかと思う。田舎で親の臑齧りながらグータラして生活する道もあったはずだ。なんだってこんな苦労して、あげくのはてにイカれたジジイに殺されなきゃならないんだ。
もしくは、折角魔王を倒して戦争が終わったのだから、世界各地を宛のない旅でもして気軽るに生きてればよかった。路銀なんて物乞いでも、大道芸でもしてればどうにかなるだろーし、ああ、そう思ったら後悔しかないな俺の人生。
もし、次の人生があったら俺は今度こそ楽をして生きよう。
王国最強の剣士なんてそもそも目指す必要なかったんだ。街で一番の剣士あたりを目指して頑張れば、地方貴族の剣術指南役くらい余裕でなれたはずなのに··········
てか、走馬灯長くね?いつ終るのこれ。
俺はいつまでも倒れない自分の体に気がついて恐る恐る目をあけた。するとそこには信じられない光景が広がっていた。
「ジ、ジジイ!!?」
「ふん、やっと目を覚ましたか、人のことを斬っておいて目の前で死んだふりをするとは、お前は相変わらず常識知らずよのぉ」
なんと、師匠が大量の血を流しながら、地面に倒れ伏していた。俺は咄嗟に自分の体を見下ろしたが、どこにも斬られた後はなかった。どうやら返り血を浴びただけのようだ。
「てっきり斬られたの俺の方だと···」
「······ふん、俺様も老いたよなぁ、こんな小童に斬られて死んじまうとは」
師匠はそう言うと、遠い目をしてなにもない綺麗な青空を見つめる。
「この世に斬れぬ物はないと信じ、邁進してきた我が剣の道だったが、結局このクソみたいな木を1度も斬ることができなかった。そればかりか、どうやら最後の最後に斬れないものをまたひとつ見つけちまったらしい。ふっ、剣士失格だなぁ」
そう言って師匠は俺をみつめた。
え、なにこれ。なにいってんのコイツ。
斬れないものって、もしかして俺のこといってんの?
いやいや、つい昨日普通に斬られたばかりなんだけど。
師匠、無理矢理いい空気感だそうとしているけど、俺達の間にはそんな師弟関係なんて、何もなかったよ?本気で毎日殺しあいしてただけだと思ってたんだけど····
俺はどことなく嫌な予感がして冷や汗が流れた。
どうにかこの空気を壊さないと、きっとろくでもないことがおこると直感で思ったが、流石に5年間剣を教わったジジイの死に際に、俺ができる抵抗なんてなにもなかった。
「オメェ、俺様がなんでこの木を斬ろうとしてたか知ってるか?」
「········いえ」
「だろーな、このことを知っているのは俺様を含めて世界で数人だろう」
「なるほど、そんな大切な機密は墓場まで持っていった方がよろしいのでは?」
「ふ、なぁにそんな大層なもんじゃねぇよ。世界を守ってると言われている神樹が、実は世界を破壊しようとしている凶悪なモンスターだってくらいで···」
「滅茶苦茶たいしたことあるじゃねぇぇぇか!」
宗教問題まで発展するぞクソジジイ!!
やべぇよ、俺そんな秘密知りたくなかった。もしかして、俺がこのヒミツ知ってるのバレたら命とか狙われるやつ!?
最後の最後でなんでこんな爆弾落とすのこいつ?殺そうか?
「まぁ、そんなに慌てるなよ。お前ならきっとこの神樹を切れるさ」
「いや、斬らねぇよ?、俺はこのまま王都に帰って悠々自適に過ごすんだから」
「いいか、こいつを斬るためには一撃じゃだめだ。回復する間も与えないほどの連続攻撃が必要だ。本来なら俺がやる役目だったが、もうこの歳ではそこまでの体力が残ってなかった。だから俺の跡を継ぐために、お前はここにきたんだ」
「あのー、話きいてます、斬りませんよ?」
「·················俺様にはな、かつて最愛の息子がいたんだ」
「いや、さっきから無理矢理いい話感だすのやめてくれますか?」
俺はなんとかジジイの暴走をとめようとしたが、止めるまもなくジジイは語りはじめてしまった。聞いちゃダメだ、聞いちゃダメだ、と本能が俺に言い聞かせてくるが、自分が切った相手の最後の言葉に耳を傾けないわけにもいかなった。
「俺様はもともと、しがない農家を営んでいた普通の男だった。剣だって握ったことのないどこにでもいる男で、愛する妻と息子のために、毎日畑をいじって暮らしていた。つらい仕事だったが幸せな時間だった。
こんな、時間が永遠に続くと馬鹿な俺は信じていたのさ。無理もねぇ、あの事件は突然起こったんだ。世界飢饉、おめーも聞いたことがあるだろ?世界中の作物が急に枯れて育たなくなってしまったあの悪魔の事件だ。そのせいで、食べるものがなくなり動物も含め、多くの人間が死んでしまった。
息子も妻もこの時死んでしまった。俺は泣き崩れてどうしたらいいか分からなかった。できることは全てした。肥料を変えて、作物を変えてありとあらゆることを試してみたが無駄だった。なにをやっても全部枯れてしまう。こんなことは初めてだったから俺は過去の文献をひたすら読み漁った。するととんでもない事実が発覚したのさ。
世界飢饉は、一定周期でおこってやがった。それもはるか太古からな。俺は必ずなにか要因があると踏んで必死に調べた。そして、答えを見つけた。世界飢饉の周期は神樹が実をつける周期と完全に一致していたんだ。
まさに青天の霹靂だった。神が使わした世界の守り手と崇められていた神樹が、よもや俺様の愛する者を奪った犯人だとはな。
それに気がついた俺は、握ったこともない剣を手に取り決意したのさ。なんがなんでもあの忌々しい樹をぶったぎってやるってな。
まぁ、それももう叶わぬ夢だがな。もうこの体じゃ剣を握れやしねぇ。願わくば自分の手で斬ってやりたがったが·········ふん、後悔はねぇさ。
俺がやらなくても、もうこの意思は託したんだからな。あとは頼むぞ、俺様の最初で最後の·······そして最愛の·······弟子よ···ぐは」
「死ぬなぁぁ馬鹿ジジイィィ!!!なんちゅう死にかたしてんだよ!!?いまの話の流れからして、滅茶苦茶断りづらいやつだよねこれ?え、俺これやらなきゃダメなの!?神樹きるとか普通に打ち首ものなんだけど!?まじで?ぁぁうそだろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
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時は過ぎて····
俺は久しぶりの王都にやってきた。
いつの間にか胸元まで伸びた髭を丁寧に剃り、汚い所がないか体の隅々まで洗うと、気を引き締めて目的の場所にたどり着く。
俺は感慨深い気持ちで、懐の奥深くから、しわくちゃに汚れた求人票を取り出して、門番に渡した。門番が屋敷の方へいくと、入れ替わりに執事の男が出てきて値踏みするようにこちらを見渡す。
「アルベルト公爵様が貴方にお会いするようです。どうぞ屋敷へ」
通された部屋はとても豪勢で、ソファーに座ると自然と眠ってしまいそうになるほど座り心地がよかった。
「いやー、まさか本当に現れるとはおもってもなかったよ」
向かいに座り、軽快な声で笑う、金髪の男はアルベルト公爵その人だ。俺が会いたくてやまなかった男だ。
「職業安定所の職員に言われた時は、とてもビックリしたもんだよ。まさか、5年の間に王国最強剣士になって戻ってくるから誰も雇わず待っていてくれなんて」
「ははは、あの頃は私も若かったもんでつい勢いで言ってしまいました」
「誰だってそういう時期があるもんだよ君。恥じることはないさ、私は面白い男がいるもんだととても愉快な気持ちになれたよ」
「お恥ずかしいばかりです。ところで····えっと··その··約束の件ですが、その後どうなりましたでしょうか?」
「もちろん、私も興味があって、約束どおり剣術指南役の席は開けて待っておいたよ」
ガタン!!
俺はその言葉を聞いた途端、立ち上がって目の前に座る金髪キザデブおじさんの腹を抱きしめたい感情に駆られたが寸前の所で立ち止まった。
まさか本当に待っていてくれるとは!!!!!
良かった、諦めないで良かったぁぁ!
もう正直、面接しても無駄だと思ってここにくるのは辞めようとしてたけど、どうせ行く宛もないし、くればお茶ぐらいタダで啜れんだろ位の気持ちだったからマジ助かった。どうせなら格好つけてやろうと、丁寧な口調で喋ってたのも正解だったようだ!
ついに、ついにきたんだ。
俺が長年夢に描いたぐーたらライフを実現するときが!!
「まぁ、それも5年前までの話だがね、いまはもう腕の立つ剣士を雇ってしまったよ」
ガッタン!!
おーと、あぶない、あぶない。
どっかの馬鹿豚が、馬鹿なことを言った気がして危うくその柔らかい腹に手がでるところだった。なんとか寸前のところでとまったからよかった、よかった。
「お、おい、落ち着きたまえ、急に慌ててどうした」
「剣術指南役の席は空けて待っているという約束では?」
「だから、待っていたと言ってるだろ、約束どおり5年間きっちり開けて待っていたぞ」
「·········じゃなんで」
「なんでってそりゃ、その約束をしたのはもう10年も前の話じゃないか」
「じゅ、じゅうねんっっ!?」
まさか·······、いや、そんな馬鹿なことがあるだろうか?
俺が知らぬ間にいつのまにか、そんなにも時間がたっていたなんてこと、、、
「大丈夫か君?」
「·····」
どうやら神樹を倒すのに集中していたせいで、とんでもない時間を浪費していたらしい。せいぜい一年くらいのものだと思ってたのにまさか、師匠が死んでから五年もったっていたなんて····
楽をして生きようと心にきめて、田舎を飛び出したってのに、あの日から今日まで、一度たりとも休める日なんておくってこなかった。俺はいったいどこで道を違えてしまったんだ。
しかも、世界の守り手とされていた神樹までぶった斬ってしまった。もしバレたら大罪人として処刑コースだ。ハードすぎない?
そもそも、あの神樹がもっとおとなしく斬られていればこんなことにならず、約束の5年で帰ってこれたのに。あのクソ植物、いざ斬り倒されるってところになると、急に蔓みたいなの伸ばしてきて攻撃してきたんだ。それが強いのなんのって、結局倒すまで時間がかかってしまった。
「なんだか心配になってきたぞ。十年もいったいどこでなにをしていたんだ?」
「えーと、神樹を···じゃなくて、山にしばかり行ってました」
「じゅ、じゅうねんもかっっ!?」
「はい、無我夢中で気がついたらそのようで·····」
くそっ、このままでは、俺は負け犬だ。
誰よりも働いて、誰よりも貧乏じゃないか。憎い、この世の全てが憎いぞ!
だが、天はそんな俺を見捨てていなかったらしい。
おれは公爵からの思いもよらない言葉で顔をあげた。
「しかし、いいタイミングできてくれた。実はいまの指南役がやめたいと言っていてな、ちょうど代わりの人間を探していたところだ」
「本当ですか!?」
「ああ、いまちょうどいるから案内しよう···」
それから話はトントン拍子ですすんだ。
現·指南役の人と、公爵家の嫡男と話をして、俺はついに念願の公爵家剣術指南役に座することとなった!
俺は嬉しさのあまり、その場で小躍りをしたくなったが、ぐっと堪え空に向かってガッツポーズをするだけにとどまれた。
俺は指南役の人に、引き継ぎとしていままでどんな修業をしていたか聞こうと話をしたが、彼はどこか暗い雰囲気を醸し出している人で、ボソボソしゃべるから正直なにを言ってるのかよくわからなかった。コミュニケーション能力が著しく欠如している男だった。
嫡男の方は絵にかいたような好青年で、ハキハキと返事をし、公爵様が現れるとは、父上!と言って嬉しそうにしていた。父を見つめるその瞳を見れば、心から父を尊敬していることがよくわかる。素晴らしい青年だ。
俺はついに、運がまわってきたなと興奮していると、指南役の人が俺達二人きりになった瞬間、近づいてきて小声で一方的に話しかけてきた。
「あんた···悪いことは言わねえ、今すぐこの街から出ていきな。あいつはろくでもねぇガキだ。方々で貴族のガキどもから恨みを買っている···噂じゃ次の戦争で伯爵家が手をまして···」
指南役が話をしていると、公爵様が現れて彼はすーっと離れていった。一体なんの話をしていたのだろうか?ずっと耳元でボソボソ言われてよく聞こえなかった。
まぁ別にいいか、きっと先輩としてのアドバイス的なやつだろう。もしかすると、印象以上にいい人だったのかもしれない。
もう一度話を聞こうとしたが、公爵様に今後の予定とかの話をしている内にどこかへ消えてしまった。
んー、またどこかで会ったら話を聞けばいいよね!
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そして、俺は念願の公爵家剣術指南役になれた。
これで、毎日ぐーたらして、たまに剣を振ってれば大金がもらえる。そのうえ俺の肩書きに惚れた女だって抱き放題だ。
金と地位を手に入れて、俺の人生はやっとこれから順風満帆になるはずだった。はずだったのに············
「どぉしてこおっなったぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の眼前には帝国兵が10000人、武器を構えてこちらに突撃してくる様子がハッキリと見えた。
そして、後ろには馬上で怯えて震える公爵家嫡男。
味方は公爵家の私兵100人のみ。普通だったらどうあがいても勝てない状況。選択肢は撤退の一択のみだが、後ろは断崖絶壁で逃げ場はない。完全にハメられていた。
俺は公爵に、息子の形だけの初陣で戦いなんてないから、道すがら剣術を教えてやってくれと言われてついてきたのに、気がつけば何故か大軍に囲まれている。
俺は慌てて味方を見渡すが、みんな戦意を喪失して震えていた。
ああ、何故だ、何故なのだ。
俺は楽をして生きていたいだけなのに、どうしていつもこうなる。楽をするために動けば動くほど、努力をするほど俺は運命に追い詰められていくようだ。神は俺に恨みでもあるのだろうか?
「はぁーーー」
俺があまりにも深いため息を吐いたせいで、味方全員が俺に注目してしまった。
非常にめんどくさいが、黙って切り殺されてはいままでの努力が全て泡となり消えてしまう。こんなことするのは、俺の流儀として本当に嫌だが、ここで終わってしまっては、なにも意味がない。
俺は仕方なく腰に差した剣を抜き、後ろに振り返らず前方を向いたまま叫ぶ。
「聞けぇぇ腰抜けども!我こそは聖剣チャンバラの最愛にして最初で最後の弟子、そして世界最強の剣士である!我が覇道を邪魔するものは神の使いだろうと、邪神の使いだろうとその運命ごと片っ端から切り伏せてくれる!かかってきやがれぇぇぇ!!!!!」
そして、俺は、目の前の大軍の中に一人突っ込んでいくのであった···
俺の休日はまだ遠い。




