08:00 午前
私の名前は安倍尊。人前で名乗るときは安倍暦と名乗っている。今日で齢13、数えで14になった。実家は今時珍しい陰陽師の家系で、分家にあたる。序列も末席に近い家であるが、何故か本家との繋がりは強い。
そんな家系故に、通う学校も通常とは異なる。小中高一貫の山奥にある私塾のような所だ。国に認可されているので、体裁上も問題はない。
土御門家(本家)と賀茂家が運営するそこは通称、繚乱と呼ばれている。陰陽寮の卵を略して寮卵。陰陽師の卵が数多入り乱れている様の意味をかけ、字を変えて繚乱にしたらしい。
そんな繚乱の特徴と言えば、通常の学科以外に陰陽師になるための授業があることだ。暦学、天文学、漏刻、陰陽道、この四科目である。通常の必須科目のように、堂々と時間割りに鎮座している。
その中でも今日は、陰陽道の授業が午前を占めている。担当の教師は土御門家の後継者である清晴様だ。粗相のないように真剣に取り組まねば、末端に近いとはいえ、分家としての面目がたたないだろう。
「おはよう、暦。」
私に声をかけてきたのは賀茂実。賀茂本家の第一子である。本当の名前は、もちろん知らない。陰陽師の卵が集まるこの場所で真名を名乗ることは誰もしない。後々命に関わる可能性があるからだ。
実に挨拶を返し、一限目の準備をする。朝のHRは特別な日にしかやらないため、すぐに授業が始まってしまう。
「あんた今日、物忌みしてるの?」
怪訝そうに言う実に、うん。と適当に頷いた。彼女は私に対して何故か過保護なところがある。そのせいか私に変化があるとすぐに気付き、何かしら行動を起こす。それも清晴様と一緒に。婚約者である二人の仲が良いことは結構だが、そこに私を関わらせないで欲しいのが本音である。
どう誤魔化そうかと思案していると、狙ったかのように絶妙なタイミングで清晴様が教室に顔を出した。
「さて、準備はできているかな?授業を始めるよ。」
私と実に対し、お茶目に片目を瞑ったことから、わざと話を遮ったことがわかる。相変わらず私に甘いようだ。そんな清晴様に対して、実は不満を隠そうともせずに鼻息荒く自分の席に着席した。
クラスには私と実を含めて六名の生徒がいる。賀茂分家の賀茂哲と、賀茂寿。この二人は陰陽師には珍しく、双子である。そして土御門分家の安倍榊と安倍欅。榊は母方の、欅は父方の従姉妹でもある。
「今日は身固めについて勉強する。」
身固めという術は、安倍晴明が蔵人の少将を助けたという話で有名だ。元は密教の術ではあるが、現代では密教の術も陰陽術として組み込まれている為、今回の授業の題材となったのだろう。
午前の授業は身固めの術の由緒の説明、使い時、使い方、そして練習の時間になった。
私は実と、哲は寿と、榊は欅と二人一組になる。一方が正座をし手を合わせて目を閉じる。もう一方が正座した相手を抱き込み、耳元で必要とされる言葉を紡いでいく。
本来であれば、それを相手が諦めるまで、もしくは術を返すまで続ける必要があるが、練習ということで一通り言葉を紡げば終了となる。
立ち位置を交換し、何度か練習を重ねたところで授業終了の時間となった。
各々が昼食をとるために席を立つなか、私は清晴様と実に捕まってしまった。予想していたとはいえ、毎度飽きないものだなとため息を吐きたくなる。
「暦、何故物忌みをしているのか教えてくれるね?」
有無を言わせない笑顔で清晴様は言った。
■人物紹介
安倍尊(偽名:暦)
・土御門家の分家の第一子。分家の序列は末席に近い。何故か実と清晴に過保護にされている。
賀茂実
賀茂本家の第一子。尊の同級生。清晴の婚約者。
土御門清晴
土御門家の後継者。繚乱の教員。実の婚約者。
賀茂哲
賀茂の分家。寿の双子の兄。尊の同級生。
賀茂寿
賀茂の分家。哲の双子の弟。尊の同級生。
安倍榊
土御門家の分家。尊の母方の従姉妹。尊の同級生。
安倍欅
土御門家の分家。尊の父方の従姉妹。尊の同級生。
■用語
物忌み
一定期間、飲食・情交などを慎み、身を清めること。
本来は部屋に閉じ籠ったりするが、今回は飲食・情交を慎んでいる状態を指しています。