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04-1.女公爵と騎士団団長は初対面である

 結局、ドレスに着替えた方が良いとうるさく言っていたセバスチャンの言葉を無視して時間まで執務室に籠っていた。

 断固として着替えるつもりはない。

 女性らしさが足りないと相手が怒って婚約を拒否するのならばそれでいい。むしろ、そうなればいい。

 これはせめての抵抗だ。

 婚約者候補が来客すると聞いて逃げ出さなかっただけ良いと判断したのだろう。執務室の鍵を開けてまで連れ出そうとしなかったところには、セバスチャンの優しさを感じる。

 服装に関しては諦めたのだろう。


「イザベラ様は堂々とされている姿がお似合いですよ」


「そう思うのならば無理に着替えさせようとしなければ良かっただろう。お前も着いてくるのだろう?」


「ええ、お供させていただきます。その前に御髪を整えさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 来客の予定時刻まで残り二十分となったところで執務室の扉を開ければ、セバスチャンが頭を抱えていた。


「ヘアブラシは持っていないが」


「ご安心くださいませ。そのようこともあろうかと常に携帯をしております」


 執事服のポケットの中から携帯用のヘアブラシを取り出したセバスチャンに対して、冷めた目を向けてしまったのは仕方がないだろう。


 なぜ、そのようなものを携帯している。


 身だしなみを整えることも仕事の一部とはいえ、まさかセバスチャンが使用しているもので私の髪をとかすつもりではないだろうな。


「イザベラ様、なにか言いたげな目線を向けないでください。これは動き回ることが多いイザベラ様専用に用意しているものです。私用のものではありません」


「それならいい。応接間に着いたら整えてくれ」


「かしこまりました」


 玄関付近にある広間でも構わないと言ったのだが、祖母の独断により応接間で会うことになった。


 応接間よりも客間は狭いということで却下されたらしい。


 確かに比べてみれば狭いものの、大切な用事ではないのだから狭くても良いだろう。没落寸前ではないのかと変な思い込みをして逃げて貰った方が助かるというのに、その考えすらも先読みされてしまっているのか。公爵家として恥を掻くわけにはいかないという見栄だろうか。祖父母ならば後者な気がする。


 応接間に入ると、先に来ていた祖母に睨まれた。


 ドレスに着替えることもせず、普段着だからだろう。


「あなた、本当に婚約を台無しにするつもりですの?」


「そうなればいいと思っていますよ、おばあさま。ですが、約束の時間には応接間に来たのですからいいでしょう。元々、仕事の合間に時間を作らされたのですから、この格好でもおかしくはないでしょう?」


「そういう話ではありません。先方にどのような言い訳をしたらいいのでしょうか。おばあさまを困らせるようなことをしないでちょうだい。イザベラ、いい子だから大人しくしていてちょうだいね」


 時計を見てから祖母に大袈裟なため息を零された。


 礼儀がなっていないと怒られても仕方がない格好だとはわかっている。


 貴族の子女としてふさわしくないなどという相手ならば、それを理由に断ろうと企んでいることも否定できない。


 個人的には似合わない恰好はしていないのだから問題はないと思うが。


 私のような男勝りの女性が、アリアが好むようなレースがたくさん使われたドレスを着ている方が違和感を覚えるのではないだろうか。


 祖母の隣に座り、セバスチャンに髪をとかされる。美容関係はディアに任せていることもあり、セバスチャンに髪をとかされるのは珍しい。何年ぶりだろうか。


「イザベラ様。髪飾りはどちらにいたしましょうか?」


「持ってきていない」


「ご安心ください。そちらも私が持っております」


 どこから出した。


 背後から差し出されたセバスチャンの掌には、小さめの髪飾りが三個ほど乗せられている。ポケットに入る大きさではあるが、なぜ、それを持ち歩いていたのだろうか。どれも見たことがないものだ。まさか、わざわざこの為だけに購入したのだろうか?


「まあ、さすがセバスチャンですわね。イザベラの髪にはこの髪飾りが似合うと思いますわ。あなたも仕事のできる執事をもって幸せな子ですわ。主人のことをそこまで思いやれる子は貴重な人材ですわよ、大切にしなさい」


「お褒めの言葉、光栄でございます。……イザベラ様、こちらを付けさせていただきます」


 祖母が気に入ったものを指差すと、セバスチャンはそれを私の頭に飾り始めた。


 普段から身に付けないからだろう。髪飾りは違和感がある。しなくてもいいのではないだろうか。そこまでして女性らしさを出さなくてはいけない使命でもあるのだろうか。


「祖母上。オリヴァー・ブルースター卿はどのような方ですか? 第一騎士団の団長ということは存じておりますが、関わりをもったことがありませんので。参考までにお聞かせいただければと」


「まあまあ、あなたが少しでも関心を抱いてくれたなんて!」


「いえ。お会いするのに最低限の情報だけでは心許ないでしょう」


 王城で見かけたことはあるが、直接的な関わりをもったことはない。前世でも一度も会話をしたことがない。


 剣術の腕前と上司部下から絶大的な人気を誇っていると噂程度で耳にしたことがあるだけだ。


 それもブラッド皇太子殿下の剣術の師匠を務めていたという話を聞き、僅かな興味を抱いただけである。遠目では見たことがあるような気もするが、確かではない。


 そもそも、騎士団には前世で裏切られている。


 彼らは首都防衛を最優先としており、私たちがいた戦場には来なかった。


「ブルースター伯爵家の次男ではありますが、実力だけで騎士団の団長に選ばれる実力者ですよ。皇太子殿下の師匠に任命された時の令嬢たちからの人気は凄いものでしたが、仕事を理由に今まで婚約をされて来なかった方です。仕事熱心な方は素敵でしょう? あなたも一度くらいは騎士団の公開練習を見てみなさい。貴族の子女たちが熱中する理由がわかりますわよ」


「そういう情報はいらないです」


「まあ! そうですか。ブルースター伯爵家の話は知っているでしょう?」


「交渉に必要な程度には知っているつもりですが」


「そうでしょうねぇ。……おばあさまから言えるのは一つだけですわ。せっかく、メルヴィンが一年の猶予を与えてくださったのですから、ご自分の眼で見てみなさい。性格も好きなことも趣味も、付き合っていく中で知っていくのも楽しみの一つですよ」


 良いことを言ったかのような顔をされても困るのだが。


 祖父母に押し付けられたとはいえ、最低限の知識だけで乗り越える自信はない。可能ならば、今後もブルースター伯爵家とのつながりを維持したい。元々、領地が離れているのもあってほとんど関わりはない家だからこそ、新しいつながりを作るのにはちょうどいい機会だった。そうでなければ会うものか。


「それが面倒だから聞いたのですが……。わかりましたよ、祖母上、そんな目で見ないでください。面倒そうな顔をしなければいいのでしょう。ええ、仕事と同じようにしますのでそれ以上は期待しないでくださいよ」


「その返事が投げやりですよ、イザベラ。そろそろ、メルヴィンと一緒にオリヴァー卿が来ますわよ。しっかりしなさい」


「わかっていますよ。公爵として相応しい振る舞いをすれば納得していただけるのでしょう? 言われた通りにしますよ」


 これは公爵としての仕事だ。


 会合や会食、接待などと同じだ。同じように考えればいい。後は相手が引くように計算して振る舞えばいいだけだ。結婚相手に相応しくはないと相手が辞退するのには祖父母はなにも言えないだろう。私から言っても意味がないのならば、相手に言わせてしまえばいい。


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