03-5.女公爵は婚約をするつもりがない
「お前は貴族の血筋ではないのだ。それを忘れてはいけないよ」
公爵家の血を継いでいない公爵令嬢など存在を許されるはずがない。
公爵家に仕えている者ならば誰もが知っていることだ。アリアには公爵家の血が流れていないことを知らない者はいないだろう。
執事やメイドを含める公爵家に仕える使用人たちは、公爵家の人間に対して反論をする真似は許されない。緊急事態を除き、主人に逆らうことは許されない。
しかし、アリアは特例だった。
婚約破棄をされた以降、その身分を剝奪されていないとはいえ、存在自体が異例なのだ。
本来、公爵令嬢を名乗ることは許されない身分だ。
当然だろう。アリアには公爵家の血が流れていないのだから。
それでも、運が良かったと表現するべきなのだろうか。アリアの婚約破棄により生じた損害を皇家が一切負わないことを受け入れる代わりに手にした特例なのだ。
スプリングフィールド公爵家が所持する権限、領土、資産などの一部を受け渡すことも許されない。
ただ公爵家に居続けるのには必要となる身分を証明するだけのものだ。
それもアリアが結婚をするまでの一時的な処置である。
だからこそ、使用人たちの中にはアリアの命令に背く者いる。
仕事の邪魔にならない範囲のがわままならば、応えるようにと言い付けをしてあるが、それを強要する気にはなれなかった。
婚約破棄をされた原因の一つとして、アリアのわがままな性格が含まれていないとは言い切れなかったからだ。今後、アリアにとって不利な状況になることを防ぐ為にも、わがままな性格は直した方が良い。
私に対してのわがままはかわいいものばかりだから、つい、許してしまうのだが。
使用人たちに対してのわがままは直さなくてはならない。
感情のままに解雇するなどと言葉にすれば、怯える者だって出るだろう。実際にはそのような権限はアリアにはない。ましてや公爵家が持つ権限を一つも持っていない。
「お前のことは私が守る。だが、公爵としてなにかをしてあげられるわけではない。アリア。少しずつでも構わない。以前とは違うことを受け入れていってくれないか?」
変わらないままでは、いずれ、死が迫ってくるかもしれない。
なぜ、お前が生きているのだと責められる日が来るかもしれない。
死を求められる日々が戻ってくるかもしれない。
今のアリアでは二度目は乗り越えられないだろう。
その為には変わらなくてはいけない。私もアリアも強くならなくてはならない。それがこの幸せな日々を守る為の手段なのだから。
「わかっていますわ、お姉様。でも、わたくし、急に変わるなんてできませんわ」
「知っているよ。ゆっくりでいい。それを強制するつもりはないから」
「でも……、お姉様、わたくし、お姉様の無理をする顔を見たくはありませんの。お姉様にふさわしいかを見極めるのは異母妹としてのわたくしの役目ですわ。だからこそ、お姉様が幸せになるのならば、どのようなことでもいたします」
アリアはどこまでもまっすぐだった。
まるで幼い子どもを相手にしているようだった。
まっすぐな眼を向けられると弱いのは私の悪い癖なのだろう。
私と同じ色をした青色の眼。その目で見られると甘やかしてしまいたくなる。
かわいい異母妹は私のたった一人の家族なのだと、周りに自慢して歩きたくなる。このかわいい異母妹の願いを叶えてしまいたくなる。
それではいけないのだ。
甘やかすことだけが愛することではないのだから。
「ありがとう。それなら、私の話を聞いてくれ」
好きな花を語るような優しいアリアで居続けてほしい。
私に向ける優しさを他人にも向けられるようになってほしい。
そうすれば、きっとアリアの優しい心に気付く人が現れるだろう。かわいい異母妹を私よりも愛してくれる人も現れるだろう。
そのような未来が訪れたらいいと思っている。
「お前も言っていただろう。貴族として婚約をすることは義務だ」
義務を放棄することは罪ではない。罪に問われるものではない。
皇国内を探せば一人くらいはいるのではないだろうか。
婚約、及び、結婚をして次の世代に血を継いでいく義務を放棄している変わり者がいてもいいのではないだろうか。
繁栄しているか没落寸前か、その家々によって事情は異なるだろう。
その中には一人くらい結婚をしたくないと口にする者がいてもおかしい話ではない。それが許されるのかは別問題ではあるが。
公爵として義務の放棄を認められないことは理解をしている。
それでも許される限りは拒みたい。婚約などしたくはない。
「私が婚約をしたくなくとも、義務として死を遂げるまでは付き纏うことになる。いずれは結婚しなければならないだろう」
これは残酷な話だろう。
アリアが義務の生じる貴族の子でなくなったことに安堵している自分自身がいる。
時には、その命すらも求められる立場ではなくなったことに安堵している。
それにより、守られるだけの存在でもなくなってしまったが、それは私が守ればいいだけの話だ。
「アリア。お前はやりたいことをするといい」
私は、貴族として生まれていなければ、やってみたいことがあった。
アリアとアイザックの三人で世界を見て周りたいと幼い頃の約束を叶えてみたかった。幼い頃のように三人で遊びたい。市街や森や洞窟、三人でいこうと約束をしたまま叶うことがなかったことは山のようになっている。
それが叶うことはないのだとわかっている。
諦めなければならない夢だということもわかっている。
きっと、私たちが貴族でなければ叶えることができたのだろう。いや、もしかしたら、三人が揃うことすらありえなかったのかもしれない。
それは少しだけ寂しいことのように思えた。
仲が良い幼馴染には戻れない。
たった二か月で関係はおかしくなってしまった。
私はそれをなかったことのように振る舞うことを選んだが、アリアがどのような選択をするのかはわからない。
それだって、私は友ではなく、公爵として選んでしまったことだ。
親友だからこそ許せないことだってある。
しかし、それを貫くことは許されなかった。
皇国を守る為に存在する三大公爵家の関係を崩すことは誰も望んでいない。私情でその関係を乱すことは望まれていない。
親友と喧嘩をすることすらも、公爵を継いだ私にはもうできないことだ。
「それが他人の迷惑になる行為でなければ、私はお前を支持しよう。異母姉としてお前を守ろう。だから、私の為になにかをする必要はない。お前はお前の生きたいように生きればいい」
可愛いアリア、私はお前が生きているのならば、どのようなことでもできる気がするよ。
お前が笑っていてくれるのならば、それだけでどのような試練も乗り越えられる気がする。それが気のせいだったとしてもかまわない。
「ミーヤ。アリアのやりたいことに付き合ってやれ」
「は、はい。かしこまりました、公爵様」
ミーヤには悪いことをしたと思っている。だが、アリアに付き合えるのは彼女くらいだ。




