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03-4.女公爵は婚約をするつもりがない

「お前こそどうしたのだ。いつもよりも堅苦しい言葉遣いをするのは疲れるだろう? 慣れない振る舞いをするから汗をかいているのではないか?」


「見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございません」


 祖父母がいるからだろうか。


 それとも、他の使用人たちと同じようなつまらない態度をとるように言われたのだろうか。祖父母ならば余計なことにも口出しをするだろう。


 私がそれでいいとしていることにまで口を出さないでほしい。


 セバスチャンはいつも通りでいいのだ。


 軽口には軽口で返せばいい。いつも通り、私が口にする冗談には嫌味で返せばいい。


 それを許しているのはセバスチャンだけだ。


 私がそれを望んでいるのだから、それに従っていればいいのに。


「アリアお嬢様。イザベラ様の逃走を阻止していただき、ありがとうございます」


「わたくしは、そのようなことをしたつもりはありませんわ」


「そうでしたか。それは失礼いたしました」


 私は仕事を放り出して逃走したわけではない。


 堅苦しい執務室にいるだけの日々に嫌気が差しただけだ。少しだけ外の空気を吸いたかった。



 ――かつて友だったエイダの死を聞いても、なにも変わらない日々に嫌気が差したわけではない。


 アリアを守る為に犠牲にしたと後悔をしているわけではない。


 エイダの死は必然だったのだろう。そう思わなければやっていけない。これが現実逃避だということはわかっている。


 どこかで生きているのではないかと思ってしまう。不安が拭えない。


 大切な人たちを守り抜くのは不可能だ。その中でも優先順位をつけて選ばなければすべてを失ってしまう。私の手で救うことができる命など限られている。


 今回の選択は正しかった。アリアを守る為には、アリアを失わない未来を手に入れる為には、それ以外の方法はなかった。


 叶うことならばエイダのことを放っておきたかった。


 それでも、それは不可能だった。彼女が皇国の敵となる可能性を見過ごすわけにもいかず、それが後世で無能な公爵の失策だと言われることになったとしても、生きたまま苦しめるのならば、一思いに死んでしまえばいいと口にしていた。


 それで私たちの関係を一方的に断ち切ったつもりだった。


 友でもない。仇でもない。領主と領民、公爵と庶民。その関係が適切だろうと判断をした。


 皇国に仇を成そうとしなければ、私は彼女を見逃しただろう。アリアに危害を加えようとしなければそれでよかったのだから。


 私の選択は間違っていなかった。これで良かったのだ。


 それを再認識したかっただけだった。前世では救うことすらできなかったアリアが眠ることになった忌々しい墓がない。それだけで私のしたことは正しかったのだと肯定される気がしたのだ。


「お姉様。お仕事を抜け出してしまいましたの?」


「いいや、抜け出したわけではない。ただ、息抜きも必要だろう?」


「そうですわね。わたくしとしたことが疑ってしまいましたわ。セバスチャンの言い方だとお姉様が仕事から逃げ出したみたいなのですもの」


「まさか。そのようなことをするわけがないだろう」


 セバスチャンになにを言われても心が痛まないが、アリアに言われると痛むのはなぜだろう。


 異母姉としての威厳を損なうわけではないだろうが、尊敬しているとでも言いたげな眼を向けられることがあるからだろうか。


 騙しているわけではないのに心が痛い。

 いや、私だって、毎回、仕事を抜け出しているわけではない。


 果たすべき義務は滞りなく行っている。近日中に行わなければならない書類仕事は終わっているし、後は、期日まで余裕があるものばかりだ。祖父は時間があるのならば、先に終わらせてしまえとうるさいだけで。


「お姉様は強い人ですわね。わたくしだったら逃げ出してしまいますわ」


 まるで好きな花のことを語るかのようにアリアは言った。


 その穏やかな口調と表情を見る限りでは、それが本音なのか本音ではないのかわからない。


「セバスチャンはそのように思わないのかしら。お姉様の傍にいても気付いていないわけではないのでしょう?」


 息をするのと同じように自然とアリアの背は伸びた。


 花を見る為に少しだけ前かがみになっていた姿勢を直す。


 私に向けて言ったのだろう言葉とは違い、視線はセバスチャンに向けられていた。セバスチャンを見る表情は二か月前とは違っていた。力強い眼をしている。確固とした意志を持つ眼だ。


「他人の視線を気にすることもなく、お姉様を寝台までお連れしたことだってあるのでしょう。それが執事としての仕事の一環だと神様に誓って言えますか?」


 情けない。


 どうやら、あの日のことをアリアに見られていたようだ。


「必要ならば神に誓いましょう。私はイザベラ様の為ならばどのようなこともいたします。心身ともにイザベラ様に捧げることが私の仕事、いえ、神に誓うのならば、神様から与えられた使命というべきかもしれませんが」


「それは言い訳でしょう。お姉様はそのような言い訳を求めてはいないわ」


 魔力を行使した疲れにより動けなくなった時は、寝台まで運ばせたことはあったが、それは仕事の一環としてのものだ。そこに他意はない。あってはならない。セバスチャンはそれをよく理解をしているからこそ、堂々と言い返しているのだろう。


「あなたはお姉様の専属の執事でしょう? お姉様の望まれていることを叶える努力をしてみてはいかがですの?」


「アリア。望みを叶えることだけが執事の仕事ではない。強要するような言い方はやめなさい」


「ですが、お姉様は嫌な思いをされているのではありませんの? 望まない婚約を止めようともしないセバスチャンには強く言い聞かせた方が――」


「アリア。憶測だけで発言をするのはやめなさい」


 貴族としての在り方を理解していながらも、彼女はそれを口にすることができるのはなぜだろうか。


 発言をする度に言いたいことが変わっている。


 その時々によって言い方を変えているのか、それとも感情に任せて口にしているだけなのか。


 なにを言い出すかわからないのは怖いとすら思う。


 憶測だけで発言をしてしまうのはアリアの悪い癖だ。それも彼女としては確信のようなものを持っているつもりなのだろう。


「お姉様! これはお姉様にとっても大事な問題でしょう!? お姉様がセバスチャンに言わないのならば、わたくしが言いますわ。お姉様の為になるのならば、わたくしはどのようなことでもいたします!」


「私がそれを望んでいないと言っているのだ」


「それは本心ではないのでしょう? お姉様。わたくしのような失敗をなさる前に素直になるべきですわ。わたくし、お姉様が望まれるのでしたら、婚約を邪魔する覚悟はできておりますのよ」


 確かに、婚約に賛成なのかと問えば、いいえと答えていたな。


 それも迷うこともなく答えていた。同時に貴族としては婚約をすることは義務であると理解もしていたはずなのだが。


「アリア。私のかわいいアリア。お前の気持ちは嬉しいよ。だが、その気持ちを押し付けてはいけない」


 逃げ場所はないのだ。私が甘えていただけで。


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