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02-1.女公爵の祖父、メルヴィンの思惑

「アリアを物のように扱うのは止めていただけませんか。先代女公爵の血を継いでいないといえ、彼女は私の異母妹です」


 他人だと言い切る祖父の気持ちを知らないわけではない。


 まるで子どもがお気に入りの玩具を手放さないと同じだと言いたげな顔をしている祖母の言いたいこともわからなくはない。


 公爵令嬢を名乗らせているとはいえ、正しくは、元公爵代理人の娘だ。公爵家の血を継いでいないのならば、他人を囲って養っていると非難されてもおかしくはない。


 危ない趣味があると悪質な噂を流される前に、なんとかしろと思っているのかもしれない。それはそうだろう。わかっている。


 それでも一緒に生きていきたいと願うのはいけないことだろうか。


 家族として接することはいけないことだろうか。


 ……どちらも公爵として不要なものだと、母ならば切り捨ててしまっただろう。


「公爵家との血縁関係もなく、両親はどちらも貴族ではないのでしょう。それなのにもかかわらず、お気に入りとして公爵邸に住まわせるのを黙認したのです。それだけでも充分でしょう。それ以上を求めるのならば、そのお気に入りを捨ててしまいますよ」


「おばあ様。そのような話はアリアには聞かせたくありません」


「そうですか。あなたのお気に入りですから、これ以上のことを言うのは止めておきましょう。また拗ねて話を聞いていただけなくなったら大変ですから」


 祖母になにを言っても無駄だ。知っていたことだが。


 貴族の血を持たないアリアのことを同じ人間だとは思っていないだろう。


 陰では差別主義だと非難をされるかもしれないが、その思考はおかしいものではない。


 皇帝陛下が皇国に住まう人々の頂点に君臨し、貴族が皇帝陛下及びその親族である皇族の方々を支える。その下に、宗教家や貴族階級の持たない軍人などがいる。


 そして、罪を犯していない人々の中で、最下層に位置するのが平民階級、庶民階級と呼ばれている人々だ。呼び方すらも統一されていない。それほどに見下されていることが多い人々だ。


 第五皇女として甘やかされて育ったらしい祖母も同じだろう。


 当然のように生まれで判断をする。それが正しいことだと教えられた覚えもある。身近な存在にアリアがいなければ、私も祖母と同じような考えだったかもしれない。


「ウェイド公爵子息との婚約は乗り気になれないのならば、彼はどうですか? 魔法は不得意とのことでしたが、剣術はあなた以上の実力者ですよ。伯爵家の生まれであり、上司部下ともに好かれている人柄と聞いています。イザベラの相手には相応しい条件でしょう? もちろん、彼のことは知っていますね?」


「皇国第一騎士団の団長オリヴァー・ブルースターでしょう。噂を耳にしたことはあります」


「知っているのならばいいのです。メルヴィンは是非とも彼をイザベラの相手にと言っておりましたのよ。彼ならばイザベラを大切にしてくださるでしょう」


 皇国第一騎士団の団長、オリヴァー・ブルースターの姿は遠目で見たことがあるだけだ。


 彼ほどに綺麗な剣術の使い手はいないと聞いたことがある。


 ブラッド皇太子殿下の剣術に関する師匠であるのも、彼が有名な理由の一つだろう。後は彼自身の実力だというのだから素晴らしいものである。


 そのような相手を傍に置きたいと思う人も多いだろう。


 それならばそういった相手のところに、婚約話を持ちかければいいのだ。


 私には必要ない。


 一体、なにを見て、他人を大切にする人間だと判断をしたのだろうか。


 慈善活動にでも打ち込んでいるとでもいうのか。バカバカしい。そのようなことに時間を費やす余裕もないだろう。



* * *



 イザベラは不憫な子だと思ってしまっていた。


 愛を知らない子に育ててしまったのは、私たちだ。それを今になって、訂正しようとするのはなんて非常なことなのだろう。


 この孫娘は幸せになるべきだ。


 まるで自分が愛されていないと思っているかのようだ。


 なぜ、自分の母親を捨てた男と卑しい女の間にできた娘を憎むのではなく、家族として愛しているというのだろうか。溺愛しているかのような素振りをし続けるのだろうか。理解することができない。


 もしかしたら、愛情に飢えて育てられたからの反動だろうか。


 そうだというのならば、私たちはイザベラの眼を覚ましてやらなければならない。祖父母である私たちが救ってやらなくてはならない。


 私たちにとっての孫娘はイザベラだけだ。


 イザベラが溺愛しているのは他人だ。無関心ではいられない他人だ。


 この忌々しい娘に向ける感情は怒りか、恨みか、憎しみか。その交じり合ったものかも知れない。この娘と娘の両親だけは許すわけにはいかない。


 私たちの愛娘を死に追いやったのは、この一家だ。忌々しい一家だ。


 娘も私たちの決めた婚約者と結ばれていれば、あのような死に方はしなかっただろう。


 愛しているのだと口ばかりの幸せを騙らなくてもよかっただろう。


 愛の結晶だと口にしながらも、イザベラに対して虐待と区別のつかない教育を施さなかっただろう。少しはイザベラに愛情を向けてやることができただろう。


 それができなかったのは、愛娘を誑かした男が悪い。


 気にかけてやったというのに主人だった私を裏切り、愛娘を誑かしたイザベラの父親。あの男、公爵代理人として居座り続け、ようやく恨みを晴らせると思っていたのに。


 どこにいるのか足取りがつかめない。


 キャメロンはその男など放っておけばいいと言うが、可愛い愛娘を誑かした男だ。痛い目に遭わせなければ気が晴れない。


 そもそも、イザベラが異母妹だと言い張るこの娘はその男の子どもだ。


 母親が苦しめられたというのに、なぜ、イザベラはこの娘を庇い続けるのか。


 私には理解ができない。


 しかし、そうでもしなければ、イザベラは正気を保っていられなかったのではないだろうか。


 母親から受け取ることのできなかった愛情も、家族に向ける愛情も行き先を間違えたのではないだろうか。


 だからこそ、私たちは祖父母としてイザベラの眼を覚ましてやるのだ。


 祖父母の余計なお世話だと煙たがられることは覚悟の上だ。


 嫌がられるのも覚悟の上だ。


 それでも、娘がイザベラを愛せなかった分も、イザベラには幸せになってもらいたい。


 私たちは孫娘の幸せな姿が見たい。それだけなのだ。



* * *



「キャメロン、イザベラ、そこまでしなさい」


 黙っていた祖父が呆れたような顔をしながら声をあげた。


 無意味な話をしているのならば聞く必要がないと判断したのだろう。


「無理に決断をさせるつもりはない。婚約者候補の二人には、一年の猶予を与えている。その間にイザベラが心を許したどちらかと婚約を結べばいい話だ」


 祖父が珍しいことを言った。


 いつもならば、早急に話を進めようとするのに。どこか、体が悪いのだろうか? いや、それならば早く結婚をするように口煩く言うだろうから、体調が悪いわけではないだろう。おそらく、頭をぶつけたのに違いない。

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