01-3.穏やかな日々は長くは続かない
「まあまあ、キャメロン。話は座ってからでもいいだろう?」
「あなたがイザベラを甘やかすからいけないのです。イザベラ。なにを黙って立っているのですか! 早く座りなさい! あなた、また馬車の中で倒れかけたそうではありませんか。ローズに似て身体が弱いのですから、労わることも覚えなければ公爵は務まりませんよ!」
祖母の怒号が飛んだ。
言っていることは正しいのだから言い返せない。言えば、十倍になって返ってくることもわかっている。なにより私に対しては意地が悪くて言うわけではないのも知っているから、強くは出られない。
「……それで、お二人のご用件は?」
ソファーに腰をかければ、アリアが露骨に安堵の表情を浮かべていた。
気持ちはわかる。この二人を前にして心細かったことだろう。
これが終わったら思いっきり甘やかそう。きっと、怖かっただろう。
「言いたいことは山のようにありますわ。終わったことには口を出すつもりはありませんが、あなた、魔物の襲撃を受けている町に応援に出たそうですわね? それもその魔物を倒してしまったと耳にしましたわよ」
「そのようなこともありましたね」
魔物を生かして捕らえるべきだったと反省をしている。
感情的になりすぎた。
冷静になっていれば、事態は変わっていたはずなのに。
「あなたはバカなのですか? 領民の為に公爵が出向くことがありますか!! しかも使用人たちの反対を押し切って行ったと聞いた時には、倒れるかと思いましたよ!」
「実際、おばあ様は倒れていませんし、私も負傷していません。それでいいではないですか」
「よくありません!!」
祖母の用件はいつも通りの山のような非難だろう。
日頃の放任主義がどこにいってしまうのか、溜めていたものを吐き出すかのように勢いよく話をする。
それをしている間、祖父は関与しない。感情任せに声を荒げる祖母の性格をよくわかっているからだろう。
「まったく、すぐに感情的になって行ってしまったのでしょう。公爵たるもの冷静でなければなりません。母親に似なくてもいいところばかり似ているのですから、意識をして直していなければなりませんと何度も言っているでしょう」
祖母に言われても心に響かない。
感情的になりやすいのは祖母に似ているのだろう。
「申し訳なく思っています。おばあ様に似てしまったものですから」
「その減らず口はローズそっくりですわ。娘も孫娘もどうしてそういうところだけは私に似てしまうのですか? メルヴィンに似ていれば苦労もしなかったというのに」
六十歳を越えた祖母が直っていないのにもかかわらず、私にそれを求めるのは違うのではないだろうか。それを口にすると祖父母だけではなく、セバスチャンたちからも怒られるから口にはしないが。
文句が収まらない祖母を見て、祖父は笑っていた。
どうして笑っていられるのだろうか。祖父の反応が理解できない。
「キャメロン。そこまでしてやったらどうだ。本題を聞く余裕がなくなってはいけないだろう」
「むっ、……そうですわね」
「そうだろう。キャメロンと二人で考えたものだ。それをイザベラにしっかりと聞いて受け入れてもらわなくては困るのだからね」
話を聞くまでは帰る気はないのだろう。
受け入れなくては困るような案件を持って来ないでほしい。祖父母の考えることはどうせろくでもないことばかりだ。
「イザベラ。先月、十九歳の誕生日を迎えただろう。本来ならば公爵家が主催する祝宴をしなければいけなかったのにもかかわらず、別件で忙しいからと開催せずに終わってしまっただろう?」
「五月はなにかと忙しかったものですから」
「それは知っている。他人の面倒事に巻き込まれて誕生日を祝う余裕すらなかったのだろう。それに関しては使用人たちに厳しく注意をしておいたから安心しなさい。まだ若い女当主ということもあり舐められているところがある。今後は使用人たちに対しても公爵として接するようにするといい」
セバスチャンたちが疲れたような顔をしていたのは、やはり祖父のせいだったのだろう。
祖父は勘違いをしているが、使用人たちが私のことを下に見ているわけではない。一部の使用人には親しみを込めた態度をしているところを見たのだろう。それに対し、声を荒上げて文句を言ったのだろう。
先々代公爵からの指摘に逆らうことはできないだろう。
公爵としての権力は私が持っているとはいえ、発言力は祖父の方が強い。
特に公爵家に仕えている使用人たちに対しての発言力は祖父に負けている。
悔しく思うところもあるが、祖父母が帰宅するまでの我慢だ。
早く帰ってくれないだろうか。
「他人の面倒に巻き込まれたつもりはございません」
しかし、これだけは譲ることができなかった。
祖父が指摘したのはアリアが婚約破棄をされたことに関する出来事だ。アリアは私の異母妹だというのにもかかわらず、祖父は他人と言い切った。それもアリアのいる前で言い切ったのだ。これには黙っていられなかった。
「そこにいるのは他人だろう」
「他人ではありません。アリアは私の異母妹です。私の家族です」
「いいや、スプリングフィールド公爵家の血を引かない卑しい女の子どもだ。そんなものは公爵であるイザベラの傍におくのにはふさわしくない。今すぐ、その娘を公爵邸から追い出すべきだ」
祖父がアリアを毛嫌いしている理由はわかっている。
私がアリアを避けていた頃の理由と同じものだからだ。先代女公爵だった母と血のつながりをもっていない。
貴族の生まれではない父と、商家の生まれである義母の血を継いでいる。血筋だけを見れば、スプリングフィールド公爵家とはなにも関わりのない存在だ。
公爵家の一員であることを誇りとしている祖父にとっては汚点のようなものだろう。家名を名乗ることすらも不快に思っているのだろう。
「婚約破棄されて用済みとなったのならば早々に捨てればいいだろう。それなのに、いつまでも匿っていて恥ずかしいとは思わないのか!」
「異母妹を物のように扱わないでください。それを言う為だけに来たのならば、祖父上とは話をする気にはなれません。アリア、部屋に戻ろう」
「納得がいかないからと話し合いから逃げる者がいるか!!」
「無用な話し合いをするほどに暇ではありませんので。アリアのことを好いていないのならば、顔を見なければいい話でしょう。わざわざアリアの目の前でそれを言う必要はないと思いますが」
私の言葉が気に入らなかったのだろう。
祖父が文句を言う前に、祖母が机を叩いた。眼は座っている。なにかと祖母から注意を受けることが多いから怖くはないのだが、祖父が驚いている。そしてなにかを悟ったかのように口を閉じた。
「メルヴィン。今日の本題は違うでしょう。――イザベラ、あなたのお気に入りのことを貶す為に来たわけではありません」
「……そうだといいのですが」
「不審そうな眼をするのはお止めなさい。あなたにとってとても大切な話をする為に来たのですよ」
アリアを連れて部屋から出ようとしたが、仕方がないのでソファーに座り直す。祖母はアリアに対してなにも言わない。関心がないからだ。




