01-2.穏やかな日々は長くは続かない
「イザベラ様。詳しいお話は屋敷の中でされると思いますが」
セバスチャンが、覚悟を決めたかのような顔をしている。
これほどに真剣な表情もできるのか。
ほとんど笑っている顔しか見ていないから忘れていた。真面目な顔をしていると仕事のできる執事のように見える。実際、嫌になるほどに仕事のできる奴だが。
「私共、公爵家の使用人はイザベラ様とアリアお嬢様にお仕えすることを誇りに思っております。当代の公爵となられたイザベラ様は若くても敏腕な領主と成長されるだろうと心から期待をしており、それを支えることこそが私共の役目だと思っております」
「急になんだ。お前たちがそう思っているのは知っている」
「それも存じております。だからこそ、私共は貴女様の為になることならば、どのようことでもいたします。それがイザベラ様の望まれないことであったとしても、いずれはイザベラ様の為になるのだと信じて行うこともあるでしょう」
話の流れがおかしいのではないだろうか?
第六感というやつだろうか。嫌な予感がする。
こういう時に限って馬車はもう片付けられている。
いつもならば私たちが屋敷に入るまでは片付けていないだろう! なぜ、今日に限って片付けているのだ。
逃げ道を塞がれているのは、嫌な予感が的中する証拠だ。
「結論を申し上げますと、先々代公爵閣下がお越しになられております」
反射的に屋敷から逃げ出そうと、背を向けたのは仕方がないだろう。
そうすることがわかっていたと言わんばかりの表情をするセバスチャンに、腕を掴まれる。仕事人間のセバスチャンは、なにがあっても私の逃走を阻止しようとすることは理解をしているのだ。
それと逃げようとするのは別の話だ。
「逃げようとなさらないでください」
「無理を言うな。あの人が来ているだと? なぜ、早く連絡を寄越さなかった! 私たちが戻ってくる前に追い返しておくようにと毎回言っているだろう!!」
「そう言われているからこそ黙っていたのですよ。いつまでも逃げているようでは立派な公爵にはなれませんよ」
「あの狸とやり取りするのは手紙だけで充分だ」
アリアの件では助言を求めることが多かったとはいえ、祖父には可能な限り会いたくはない。会うたびに母のことを言われ、アリアのことを言われ、それを私に言ってもどうしようもないだろうと何度も言い返しても同じ話をしてくる。
皇帝陛下は、まだまだ現役であるかのようにおっしゃられていたが、そんなことはないだろう。祖父と会えば毎回のように同じ話ばかりをされるのだ。
「アリアお嬢様も先々代公爵閣下とお会いになられているというのに、公爵であられるイザベラ様がそれではいけません。身内ならば堂々とお会いになられてはいかがですか?」
「偏見狸とアリアを会わせたのか!?」
「そのようにしてほしいと先々代公爵閣下のご要望でしたので」
「チッ」
「舌打ちはいけません」
「わかっている! セバスチャン。案内しろ」
大股で歩いてはいけない等と口煩くセバスチャンが言っているが、それに反論する気力もない。
感情的になってはいけないとわかってはいるものの、最近はそれができていない。
それに対するお叱りの意味も込めて祖父は来たのだろう。
祖父はアリアのことを毛嫌いしている。
領民たちは身内も同然といった寛大な条例を言い出した人とは思えない。
別人ではないのかと疑ってしまうほどに嫌っている。祖父からしたらアリアの顔を見るくらいならば、気色の悪い虫たちと一緒に生活をする方がいいのだろう。
以前、アリアの顔を見てしまった時は、遠回しにそう言っていた。
そこまで言うのならば本当に虫と生活をすればいいのだ。
アリアを虫と一緒にするとは信じられない。
これだから祖父のことは好きになれないのだ。
「イザベラ様も少しは大人になられてはいかがでしょうか? 最近の貴女様は見るのも辛くなるほどに子どものように振る舞われております」
「それは、今、言わないといけないことか?」
「はい。先々代公爵閣下からご指摘を受ける前に知っておいた方がよろしいかと思いまして。また顔に出ておりますよ」
「わかっている!」
色々なことが一度にあり過ぎたからだ。
アリアの婚約破棄から始まって、様々なことが一気に押し寄せてきた気がする。終わってみれば二か月しか経っていないなんて笑えない。
対処方法を模索している間に当の本人が命を絶つだなんて誰が思いついただろうか? とはいえ、それが真実だと信じられない。ローレンス様の言い分は正気とは思えなかった。
想定外の出来事のせいで散々な目に遭った。
……もしも、エイダが心を入れ替えて、心の底からアリアに謝罪をするようならば、私はなかったことにはできないが、それでも手を引こうと思っていたのだ。
その甘さも指摘する為に祖父は来たのだろう。
わかってはいる。
公爵を継ぐのが早すぎだと言いに来たのだろう。それでも、母の居場所を父に明け渡しているのには限界だった。
母が望んだ場所を義母が居座り続けているのにも我慢できなかった。
「おじい様! イザベラです。扉を開けてもよろしいでしょうか」
客間の扉を叩く。
執事であるセバスチャンがすることだろう。それすらも待てないほどに苛立っていた。
この先に祖父がいる。もしかしたら祖母もいるかもしれない。
そこにアリアがいるのならば、すぐにでも駆けつけなければならない。意地の悪いあの人たちに囲まれて泣いているかもしれない。
そう考えると身体の怠さを忘れられた。
「どうぞ」
「失礼します。……これはおばあ様もご一緒でしたか。挨拶が遅れまして失礼いたしました」
来客用のソファーに座っている祖父母の正面に座らされているアリアは震えている。離れていてもわかるくらいに震えていた。
ここまで怯えきっているアリアを見たのはいつ以来だろうか。
公爵令嬢らしくあれと義母に強要されていた時はしっかりしていたはずだ。
それとも怯えるようなことを言われたのだろうか。
祖父母ならばやりかねない。
「イザベラ。かわいらしくない話し方は止めなさいと、何度、言わせればわかるのですか? 女性らしく振る舞うことを覚えるべきではございませんの? それが成人の儀を終えた女性の姿ですか? 違うでしょう? 公爵だからいって女性らしさを失う必要はございませんわ。何度、言い聞かせれば、わかるのですか」
祖母の言い分もわからなくはない。
しかし、公爵であれと教育したのは祖父母だ。それを忘れたかのような言い草には、嫌気がする。
祖母は私と母を重ねている。
母のようにならないでほしいと思っているのだろう。
それはわかる。しかし、公爵としての母は常に正しかった。




