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01-1.穏やかな日々は長くは続かない

 アリアは、父の後妻として公爵家に入り込んだ義母の娘だった。


 母の血を継いでいる私のことを恨んでいたのだろう義母と父の影響を受け、一時期は疎遠となっていた異母妹だったが、今では共に笑う合うことができるようになった。


 それは奇跡のようなものだったのだと今でも思っている。


 アリアは本来ならば命を落とすことになっていた。


 婚約破棄をされた数日後に弁明も許されないまま、公開処刑をされる運命の中にいた。


 私はそれを止めることもせず、彼女を守れなかった喪失感の中を漂いながら生きていた。そして彼女の後を追うことも許されず、三年後に勃発した戦争で憎き仇を庇って命を落とすのだ。


 それが運命だというのならば、それを受け入れなくてはならなかっただろう。


 それでも私は諦めたくはなかった。


 生前、アリアが語っていた夢物語への希望を死ぬ時まで捨てることができなかったのだ。その執着心が今に結びついているのかもしれない。


 私は二度目の人生を歩んでいる。


 それは、おそらく、エイダが生み出した奇跡のようなものだとわかっていながらも、私はエイダの手をとることができなかった。


 拒絶してしまった。


 かつての友人だと頭の中では理解をしている。


 しかし、エイダはアリアを死に追いやった。それだけでなにもかも許せなくなってしまった。


 私にとってアリアは最優先するべき異母妹だ。家族なのだ。


 そして、命を落とす運命の中にいたアリアと一緒に生きる為だけに、友人となれたかもしれない人の人生を台無しにした。


 神様がいるのならば、世界を回す為には誰かが死ななくてはならないのだと、綺麗事を口にされるだろう。


 そう思わなくてはやっていられないほどに、簡単に消えてしまった。――とはいえ、本当にローレンス様のおっしゃった通りにエイダが自ら死を選んだとは思えないが。


 多くの犠牲の上に立つことによって、私はアリアと一緒に生きていくことができる。これからもその罪悪感が付き纏うことだろう。


 それでも胸を張って言おう。


 アリアは生きていていいのだ。


 アリアが生きていけない理由などなにもない。


 私はアリアが幸せになって笑ってくれたらそれでいい。


 溺愛しているといっても過言ではない。――しかたがないだろう? これほどに愛らしくて優しくて一緒にいるだけで幸せになれる人間はいない。


 アリアは私にとってすべてなのだ。


 アリアは私にとって唯一の家族なのだ。


 だからこそ、私は彼女を溺愛している。そして、彼女が幸せになれるのならば喜んで彼女の手を放すだろう。


 それにより再び彼女が傷つくことになるのならば、私は、また剣を手に取るのだ。誰かの犠牲の上に立とうが構わない、アリアが生きていられるのならばそれでいいと、他人を犠牲にするだろう。


 私は心のない人間だ。


 非情な公爵であり続けなければならない。


 公爵として求められているのならばそうあり続けるだろう。


 アリアだけが知っている。


 アリアだけが私がどこにでもいる人間だと知っていてくれるのならば、それでいい。そうして諦めてしまえば、なにも苦痛に感じないのだから。



* * *



「――お姉様! お屋敷につきましたわよ!」


 馬車が止まったのだろう。


 興奮したかのような大声を耳元で出されて、反射的に目が開く。着いたら起こしてほしいとは言ったが、なにも、そんなに大声を出さなくてもよかっただろう。


 目が回っている気がする。心なしか頭も痛い。


 背中が痛いのは変な姿勢で眠っていたからだろう。


 アリアの隣で眠っている時だけは悪夢を見ずにすむからと、油断していたのかもしれない。身体中が痛い。頭が痛いのは横で大騒ぎをしているアリアの声も原因だろうが。


「お姉様? 頭を押さえてどうされましたの?」


「いや、なんでもないよ」


「なにもなくはありませんわ! 体調が優れませんの? すぐにお医者様に診てもらいましょう!? ああっ、お姉様! 馬車の中で横になっては体調が悪くなりますわよ!」


 お前が騒ぐからもっと酷くなっているというのに……!


 一人で騒ぎ始めたアリアを見かねたのだろうか。扉の先から手が伸びて来る。いつまでも降りてこない私たちの様子を見る為に誰かが覗き込んだのだろう。アリアの肩に手を当てて、騒いでいるアリアを慣れた手つきで強引に馬車から降ろしていた。けがをさせないのだから感心する。


「リリアーヌ! ちょうどよかったですわ! お姉様が体調を崩してしまわれましたの。すぐにお医者様を呼んできてちょうだい。今すぐに!」


「それはアリアお嬢様が騒がれたからではないでしょうか……」


「わたくしは何もしていませんわよ! リリアーヌでは話にならないわ! 他に――、ディアはいないのかしら!? お姉様が大変なのよ、すぐにお医者様を呼んでちょうだい!」


 馬車から降ろされても大騒ぎをしている。


 少しでも大人しくしていてくれたら良くなりそうなのだが、その前にアリアによって大事にされそうだ。


 まだ目が回っているが仕方がない。


 そろそろ馬車から降りなければいけない。


「イザベラ様、水を飲んでください。また水分を取らずにいたのでしょう」


「……助かった。アリアは?」


「屋敷の中に入るようにディアに伝えてあります。ご安心ください」


 数日、屋敷を空けていただけにもかかわらず、セバスチャンは疲れたような顔をしている。


 ブラッド皇太子殿下の生誕祭だったことは知っているだろう。


 その間、主だった貴族たちは首都に集まっているのだから、緊急の仕事が増えるとは思えない。


 差し出された水を一気に飲むと身体の怠さが和らいだ気がする。気のせいかもしれないが。


 セバスチャンにコップを渡してから馬車を降りる。


 エスコートをしようと差し出された手に触れずに飛び降りれば、また鋭い目線を向けられた。


 疲れたような顔をしていたから、仕事を減らしてやった主人に対する顔だろうか。それでもいつもみたい礼儀がなっていないなどと煩いことを言わないのは、気味が悪い。静かなセバスチャンは怖いくらいだ。


「なにかあったのか?」


 セバスチャンが大人しくなるほどのことが起きたのだろうか。


 いや、それならば、私に連絡が入らないのはおかしい。


「ずいぶんと大人しくて気味が悪いな」


 そういえば、一昨日、迎えに来られなくなったと連絡がはいっていたが、まだ忙しい状況が続いているのだろうか。


 それに関しても個人的な都合だとしか聞いていない。元々休みも返上して働くようなセバスチャンが自主的に休みを取る分にはいいことだとは思うが、ここまで疲れるようなことがあったのだろうか。

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