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02-2.イザベラと母親の思い出

 私は母の手を振り払ってしまった。


 どうしようもなく怖ったのだ。


 母は私に別れを告げようとしているのではないかと思ってしまって、怖かった。


 厳しい人だった。笑った顔を見たことのない人だった。


 それでも、私にとって大切な家族だ。


 それなのに、どうして母は変わってしまったのだろうか。


「やめてください。母上」


 私は怖くて仕方がなかった。


 だから、母から少しずつ距離をとる。


 そうしなければ、母の温もりを凍らせてしまいそうで恐ろしかった。


「私は怪物です。母上とは比べようもない、恐ろしい力があるのです。だから、私に優しくすることはできないのだと母上がおっしゃっていたではないですか!」


 私の力は恐ろしい。


 常に気を張っていなければいけない。


 なにが起きても動揺をしてはいけない。


 私の支配下に魔力を置き続けなければならない。


 そうしなければ、私は私の大切な家族も使用人も領民たちも、すべてを氷の世界に閉じ込めてしまうかもしれない。


 私の魔力は強すぎる。


 強すぎる魔力は人々の生活を脅かす。私は怪物でしかない。


「私は怪物なのでしょう!?」


 落ち着かなければいけないと頭ではわかっている。


 それなのに、感情的に声をあげてしまった。


 呪文の一つも唱えていないのに。それなのにもかかわらず、靴が触れている床が凍り付いた。範囲を抑えなければならない。


 母の病状の悪化をさせてはいけない。


 その為には、私は、もう母に会うことはできない。


「……母上」


 覚悟を決めなければならない。


 病状の母を気遣うのは娘として当たり前のことだ。不治の病だというのならば、それを悪化させて症状が進行することだけは防がなくてはならない。


 その為には私は母の傍にはいられない。


 母が恋しくても、母を思えば、耐えなくてはいけない。


「私は公爵になります。母上の理想通りの立派な公爵になってみせます」


 その姿を母に見てほしいと思ってしまう。


 その時には母の笑った顔が見てみたいと思ってしまう。


 その思いを隠し通さなければいけない。


「私は母上の娘に生まれて幸せです。これから先も母上の娘として、立派な公爵になってみせます」


 私の言葉を聞いて、母は泣いていた。


 あの厳しくて、どうしようもないくらいに私を追い詰めてきた母とは思えない。なぜ、泣くのか、理解ができなかった。


「母上の」


 言いたくない。


 言ってしまえば、母の死を諦めるようなものだ。


「母上の最期に立ち会えないことを、どうか、お恨みくださいませ」


 私は母の最期に立ち会わない。


 きっと、なにもかも凍らせてしまうだろうから。


 母をゆっくりと眠らせてあげることができないだろうから。


 だから、私は、母にはもう会えない。


「イザベラ」


 母は怒っていなかった。


 ただ泣いていた。


 まるで私にその選択肢を選ばせてしまったことを悔やんでいるようだった。


「最後に貴女を抱きしめてみたかったわ」


「……ごめんなさい。母上。私は母上には触れることができません」


「わかっているわ。努力家の貴女が、懸命に魔力を抑えようとしているのもわかっているの。でもね、最後に我儘を言ってみたくなっただけよ」


 母の我儘さえも叶えてあげられない。


 なんて、親不孝な娘だろう。

 なんて、かわいそうな母だろう。


 私は生まれて来なければよかったのかもしれない。


 そうすれば、母は女手一つで育てる奇特な公爵として笑われることもなく、私のような怪物を育てなければいけなくなることもなかった。


 私は母の人生を台無しにした。


 私には母を慕う資格などないのだろう。


「いつか、貴女の氷を怯えない人に出会えるわ」


 母の根拠のない言葉が辛い。


 そのような人がいないことは私が一番知っている。


「さようなら。イザベラ。私の愛おしい子。どうか、母の亡き後も、貴女だけは立派な公爵になって愛されてちょうだいね」


 母の言葉は呪いのようだった。


 私の心を解放しない為の呪いだ。


「……さようなら。母上。せめて、安らかな眠りをお祈りしています」


 これ以上、母の部屋にはいられなかった。


 言葉を交わせば離れがたくなる。


 だから、私は母の許可もとらずに部屋を出ようとした。


「愛しているわ。イザベラ。私のたった一人の娘」


 母の声は震えていた。


 これから母は死と向き合うことになる。


 私は母に請われても、母の部屋に入ることはできない。


 きっと、死を間際にして母は死を乞うだろう。


 いっそこと、楽にしてほしいと口にするだろう。


 私にそれはできない。


 


 ――最後の会話から五日後。


 母は息を引き取った。傍にいたのは母の治療を続けていた医者だけだった。








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