01-2.
アイザックやマーヴィンとは違う。
真っすぐな黒髪がよく似合う。きっと、子どもらしい子どもなのだろう。貴族とは縁のない場所で育てられたのがよくわかる。
「お嬢様。見苦しい姿で失礼いたしました」
父親は本当にそう思っているのだろう。
考えが顔に出る人だった。母が恋い慕っていた相手とは思えない。使用人として働いていても違和感を抱くこともないだろう。
最低限の礼儀作法を教えてくる余裕すらなかったのだろうか。
母の死を聞き、急に呼び出されたのだろう。
遺言状に名を書かれているなどと、父親は夢にも思っていなかったことだろう。
「構わない。彼女は私の母親違いの妹になるのだろう?」
貴族の血は引いていない。
本来ならば、公爵家で引き取る価値のない子だ。
しかし、彼女の母親の後ろに隠れながら、私を見てくる彼女の愛らしい姿を見られなくなるのは惜しい。
「はい。血縁関係だけを考えれば、お嬢様の異母妹ということになります。しかし、アリアは貴族の血を持たない平民です。使用人として置いていただけないかと思い、お連れしました」
家族と離れたくなかったのだろうか。
代理人となれば、父親は公爵邸に住まなくてはならない。その間、妻や子とは離れ離れになる。それが耐えられないのだろうか。
私にはわからない。
しかし、彼らを通して、家族という形を知ることができる気がした。
「……なるほど」
代理人の期間は八年だ。
私が魔法学園を卒業するまでの間だ。公爵領の運営に関わる重要なやり取りは、私も関わることになるだろう。代理人の主たる仕事は、私の代わりに社交界に顔を出し、仕事が円滑に進んでいるのか確認することである。
それはおじいさまでもよかった話だ。
母の遺言がなければ、私は父親の顔を見ないまま、死んでいっただろう。
「八年の期限を設ける。その間、アリア嬢は公爵家の令嬢としての待遇を、ミーシャ様には公爵代理人の妻として権限を与えることにする」
「破格の対応をありがとうございます。しかし、お嬢様、妻と子は平民にすぎません。お嬢様が気に掛ける必要などございません」
父親はそれを求めていたのではないのだろうか?
破格の待遇を受ける為に、わざわざ、私に挨拶をさせたのだと思ったのだが、それは私の勘違いだったのだろうか。
「そういうわけにはいかない」
父親は、母の願いを知っているのだろうか。
遺言状が暴かれ、公爵邸に呼び出された際に説明を受けているだろうか。
「貴方が私の父親なのだろう?」
父親らしい振る舞いをしてほしいと、口が裂けても言えない。
それを口にすることも願うことも許さない。
「はい。公爵家の名に傷をつけた男にございます。どうか、私のことはアーロンか代理人とお呼びください。お嬢様の父を名乗る価値のない存在でございますので」
顔を見て、理解をした。
この人も母と同じだ。
私のことを娘として認識しようとしない。事実を受け入れてはいるものの、私のことを娘ではなく、化け物として認識をしている。
この人は母と似ている。
だからこそ、母はこの人に恋をしたのだろう。
自分を慰めてくれる相手になると心の底から信じたのだろう。
「……それでも、貴方は私の父親だ」
同じ青色の目をしている。
母が褒めてくれた色だ。祖父母が忌々しいと嫌う色だ。
それだけが父親との共通点だ。
「お姉ちゃん、お名前は?」
女の背に隠れていた異母妹の声が雰囲気を変える。
刺々しい空気感はない。
この場で質問するようなことではない。なにより、異母妹であり、母の血を継いでいない彼女は許可もなく口を開いてはいけない。
それがわかるような子ではないのだろう。
純粋な子どもの視線が痛々しい。
「イザベラ・スプリングフィールドだ。貴女の母親違いの姉になる。これから、八年間、共に生活をすることになるだろう」
手を差し伸ばしそうになったが、思いとどまった。
母の葬儀時の惨劇を思い出す。あれは酷いものだった。母が口癖のように、魔力を支配下に置き続け、感情的にならない習慣を身に付けるように言っていた意味が嫌になるほどにわかった。
公爵家代々の墓地を氷漬けにするところだった。
私の魔法はすべてを氷に変える。生きている者も、そうではない物も、魔法の対象外になるものは存在しない。
スプリングフィールド公爵家に代々受け継がれている体質だ。
それは歴代の公爵たちよりも、遥かに強い魔力として私に引き継がれている。
「握手しないの?」
彼女は迷うことなく、私に手を伸ばしてきた。
八歳の彼女はなにも知らないのだろう。
氷のように冷たい体温に驚くかもしれない。氷漬けにされるのではないかと、大泣きをするかもしれない。それとも、多くの領民たちと同じように怪物公女だと恐れを抱くのだろうか。
「してほしいのかい?」
「うん!」
「変わっているね。私と握手をしたいと言った平民は、君が初めてだよ」
隠し通せるものではない。
隠し通そうとするのならば、父親たちが止めるだろう。困惑した顔のまま、様子を見ているだけでなにもしようとはしない。
それならば、私の好きにさせてもらおう。
私は、ずっと、家族の触れ合いに憧れを抱いていた。それが叶う日はないのだと、諦めなければいけないと自分自身に言い聞かせるのは、少しだけ疲れた。
「これからよろしく、アリア。私の可愛い異母妹」
差し出された手を掴む。
氷のような手が温かくなる。私の手に触れている彼女の体温は下がってしまっているのではないかと、心配になるほどだ。
「えへへ。よろしくね! お姉ちゃん!」
彼女――、アリアは笑っていた。
何が楽しいのか、私にはよくわからない。
しかし、アリアの笑顔を見ていると心の奥が温かくなるのを感じた。冷え切っていた心が温かみを感じることができるなど、知らなかった。
「お姉ちゃん! お家を案内してよ!」
「えっ。……もちろん、構わないよ。手を繋いでいこうか?」
「うん!」
手を繋いだまま、一緒に居てくれるようだ。
変わっている。こんな体験は初めてだった。
なぜだろうか。この手を離したくなくて、笑っているアリアが愛おしくて仕方がない。




