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10.終わりの知らない物語は始まったばかりである

 あの後、ブラッド皇太子殿下生誕の祝宴は、なにも問題がなかったかのように終わりを迎えた。公爵である私が祝宴の場から抜け出していたことも、バックス公爵令息であるアイザックがその場から抜け出していたことも無かったこととして振る舞われたのだ。それを当然のように受け入れる私を見るアリアの眼は非難しているようにも見えた。


 そのような眼を向けられるのは悲しい。だが、仕方がないだろう。


 皇族の方々が何もなかったというのならば、私たちもそれを肯定しなければならない。それが全身全霊を懸けて従っていたローレンス様の命を左右するものだと分かっていながらも、なにもすることができない。もしかしたら抜け道はあったのかもしれない。それをする資格はなくとも、彼が望むのならばこの命を捧げることが正しいのかもしれない。


 終わってしまったことを振り返っても、意味がないことは知っている。

 結局、どのような結末を迎えたとしても私は後悔をしていただろう。


 公爵領へと帰る為、用意されていた馬車に揺られながら考えが止まらない。


 それは後悔なのかもしれない。無言のまま隣に座っているアリアはなにを考えているのだろうか。彼女はローレンス様がどのような手段を取られたのか知らないものの、なにかを察しているのかもしれない。


 窓を覗き込めば、薄暗い森ばかりだった。

 木々の間を通り抜けるようにして作られている道を走り抜けているからだろう。景色は何も変わらない。


 公爵領までは数日はかかるだろう。


 馬車を飛ばせばもう少し早く到着するだろうが、アリアが乗っていることを配慮すればゆっくりと走らせなくてはならない。


「……アリア」


 名を呼ぶことが許されているのは幸せなことだと思っていた。


 二度とないと諦めていたことだった。

 奇跡のような機会を失ってはなるものかとアリアを守る為だけに足掻いてきた。前世と違うのはアリアが生きていることだけだ。その為に私がしたことは彼女を屋敷に連れて帰ったことくらいだ。


 たったそれだけでアリアは生きている。

 たったそれだけでエイダは命を絶つことになった。


 二人とも生きている未来はありえないものだったのだろうか。エイダが死を選んだ切っ掛けは私にある。私が彼女の身を騎士団に引き渡したことにより、死を選ぶことになったのだ。


 エイダのことを憎んでいた。死んでも構わないと思っていた。

 だが、その死を聞いた時、胸が痛んだのだ。それも事実には変わりはない。


「二度とお前が生きていることを責める者はいなくなった。他人に迷惑をかけなければ好きなように生きていても責める者はいないよ」


 誰かが死ななくてはならなかったのだろうか。


 どのような形であっても生き続けることは許されなかったのだろうか。その切っ掛けを作ったのが私の我儘によるものならば、私はそれを受け入れて意地汚く生きていくのだろう。自らの意思で命を絶つことも、自殺行為ととられてもおかしくはない行為に首を突っ込むことも許されない。これから先は何が起こるかわからない。その都度、誰かを犠牲にして生き延びていくのかもしれない。


 私は自分勝手な最低な人間なのだろう。


 誰かが犠牲となっても、アリアだけは生かそうと足掻くだろう。他人からそこまでして守る必要はあるのかと言葉を投げられても、耳を塞いでまでアリアだけは生かせる道を探すだろう。


 そこにはアリアの意思はないかもしれない。

 それでも構わないと自分勝手な考えで突き進んでしまうだろう。


「お姉様。それならば嬉しそうにお話をされてもいいのではないのかしら?」


「あぁ、嬉しいさ。お前の命を脅かす者がいなくなったのだから」


「感情のない言い方は止めてくださいませ。そのような言い方をされてもわたくしは嬉しくはないですわ」


 アリアの視線が私に向けられていることには気付いている。窓に映って見えるのだ。真っ直ぐな彼女の視線は迷うことなく向けられている。それを逃げるように顔を逸らしながら話をしている私の姿を見れば、セバスチャンは礼儀作法がなっていないと文句を言うことだろう。今はいないので構わない。


「お姉様、わたくしを甘やかすことだけが愛ではありませんのよ」


「それ以外の愛し方など私は知らないよ」


「存じ上げておりますわ。それならば、わたくしはお姉様からいただいた愛を倍以上にしてお返しいたします。愛には様々な形がありますのよ、お姉様。わたくしはそれをお父様とお母様、お姉様から教えていただきましたの」


 アリアはこれほどに強い子だっただろうか。

 泣いてばかりのか弱い異母妹が頼もしく感じてしまうのは、私の心が弱っているからなのだろう。そうでなければいけない。


「本来ならばお父様の姓を名乗らなくてはなりませんが、お姉様が、私のことを公爵令嬢として扱うようにと細工をしたのでしょう?」


「……知っていたのか」


「おじいさまが手紙で教えてくださりましたの。わたくしは、イザベラ・スプリングフィールド公爵閣下の異母妹として様々な面倒事に巻き込まれる覚悟はできておりますのよ。それが貴族の姉妹というものでしょう?」


「お前を面倒事に巻き込むつもりはない。そのような覚悟は必要ないものだよ」


「お姉様は過保護なところがございます。ですから、わたくしが口を出して差し上げるのですわよ。……お姉様。辛いことがあったのならば、わたくしの前では隠さなくてもよいのではないでしょうか」


 アリアはこれほどに強い子だっただろうか。


 違和感を抱いてしまうのは、幼い頃の泣き虫だったアリアの印象が強く残っているからだろうか。いつの間にか婚約破棄をされたことも彼女の中では過去の出来事として区切りがついていたのかもしれない。泣いてばかりではいられないと察してしまったのかもしれない。


「屋敷の者にそのように振る舞えと言われたのか」


「いいえ。わたくしはお姉様の為に言っているのですわ」


 アリアがそのようなことを口にするとは思えなかった。


 亡き母の血を受け継ぐ私だけが公爵家に相応しいと考える屋敷の使用人も少なくはない。母が当主を務めていた頃から屋敷で働いている執事やメイドにはその傾向が強い。彼らに強要でもされたのではないだろうか。


 元々、義母に強要されて公爵令嬢として我儘に振る舞っていたのだ。


 気が強く、嫉妬深く、独占欲が強い。

 そのような性格であるかのように振る舞っていたのは義母の影響が大きいだろう。元々、活発な子だった。すぐに泣いてしまうことも多かったが、数時間もすれば泣いていた理由を忘れてしまったかのように走り回るような子だった。……それならば婚約破棄をされた悲しみからも立ち直っていてもおかしくはないのかもしれない。


「話を聞いているのは、わたくしだけですわ。お姉様が望むのならば、屋敷に付く頃には忘れてしまいますわよ? ご存知でしょう? わたくし、記憶力がよくはありませんの」


「……それは自慢して言うことではないだろう」


「ふふふ、そうですわね。でも、それがお姉様の役に立つのならばいいのですわ」


 スプリングフィールド公爵とその異母妹は互いに依存をしている。


 不意に誰かに言われたことを思い出す。言われた当初はそのような見方も出来るのかと思っただけだった。仕事に影響を脅かすことがなければ問題はないだろうと判断したことだ。


 なにかの拍子に耳にした言葉が心の中に残っているだけだ。


 誰に言われたことだったのかさえ、うろ覚えである。

 くだらない世間話の最中に言われたような気もする。その程度のものだった。


「ありがとう、アリア。お前のその気持ちだけで気が楽になる」


 なぜ、今になって依存していると言われたことを思い出したのだろう。


 アリアが生きているのならばそれでいい。それ以外に生きる気力はなかった。二度とあのような思いをしたくない。ただそれだけで日々を駆け抜けた気がした。


「少しだけ疲れただけだ」


 ここまで来るまでの日々は、途方もなく、長いような気がした。

 それでもたった二か月しか経っていないのだ。二か月の間に全てが変わってしまった。それに対して喜ぶべきか、怯えるべきなのかわからない。


「眠ることにする。――アリア、宿に到着をした頃に起こしてくれないか?」


「ええ。ふふ、わたくしも眠ってしまったらごめんなさいね、お姉様」


「それならセバスチャンが起こしてくれるだろう。宿で待っていると連絡があった」


「それでしたら安心ですわね」


 荷物が置いてある前の座席からひざ掛けを取り出したアリアは、私の膝にそれを乗せる。ばれないようにと静かに動いていたつもりだろうが、窓に映ってしまっている。それに気づいてないのだろう。それならばそれを指摘せずにいよう。


「おやすみなさいませ、お姉様」


「あぁ、おやすみ。アリア」


 眼を瞑れば、またあの頃に戻っているのではないかと怯えていた。

 再び眼を覚ました時には、アリアがいないのではないかと怯えていた。それは前世の記憶があるからこそ引き起こされる現実味のない悪夢だ。痛々しい妄想だと分かっている。それでも恐ろしくて仕方がなかったのだ。


 それなのにどうしてだろう。

 アリアが隣にいると分かっているのならば、安心して眠れる気がした。


 眼が覚めればアリアは隣にいる。前世のようなことにはならない保障はないものの、失いたくないのならば立ち向かえば、未来は変えられるということは身をもって知っている。だから、ようやく、眠ることができる。


 この先、どうなるかはわからない。


 だが、それはそれで乗り越えていくのだろう。眼を瞑っていれば、左肩に重みを感じる。首に触れている擽ったい感覚から考えると、アリアの頭だろうか。起こして欲しいと頼んだのにも関わらず、アリアも眠りにつくことにしたのだろう。僅かに目を開けて、アリアの身体にもひざ掛けをかける。するとまだ起きていたのだろうか、小さな笑い声がアリアの口から洩れた。


「ありがとう、アリア。良い夢を」


 今度こそ眠りにつこう。

 アリアと寄り添いながら眠れば、久しぶりに悪夢を見ないかもしれない。                      


【第一部 完結】

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