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09-1.違えた道は交わらない

「邪魔をするのならばお前でも容赦はしない。そこを退け」


 ローレンス様はアイザックに対して退くように命令をするが、アイザックはそれが聞こえていないのではないだろうか。なにも言わず、ただ力任せにローレンス様の剣を弾いた。


「アイザック・ウェイド、お前まで邪魔をするのか」


 私はアイザックがローレンス様に剣を向けるとは思っていなかった。


 そもそも、会場には来ていたものの、アイザックはチャーリーに振り回されているはずだ。嫉妬深いチャーリーがなにかと目立っていたアイザックを見下ろせる絶好の機会を手放すとも、ウェイド公爵がアイザックにこのことを教えるとも思えない。それならば、彼はどうしてここにいるのだろうか。


 これもウェイド公爵の策略によるものか。

 それとも招待客として紛れ込んでいたスプリングフィールド先々代公爵、祖父の策略か。祖父は昔からウェイド公爵のことを気に入っていた。今回の件を両家の関係向上へと役立てようとウェイド公爵に入れ知恵をしかねない。


 あの人はいつも私の行動を先読みし、私の間違いを強制的に正す。


 死ぬわけにはいかないと思いつつも、ローレンス様の剣を避けるようなこともしないだろうということは祖父にとっては想定内の出来事なのだろう。


「イザベラを庇うというのならば、お前も同罪だ。分かっているのか」


「こいつがなにをしたって言うんだよ」


「わかるだろう。イザベラがエイダを追い詰めた、命を絶った彼女は最後の最後までイザベラのことを信じていたというのにもかかわらず、その女はエイダを死んでも涙の一つも流すことはなかった! それだけで充分な罪だろう」


「理解できねえ。泣かなかったから罪に問われる? そうだっていうなら、皇国から貴族は一人もいなくなるってことじゃねえか!」


「話の規模を大きくする癖は相変わらずだな、アイザック・ウェイド。お前では話にならない。そこを退け」


 ローレンス様とアイザックのやり取りは聞き慣れたものだった。


 昔からこの二人の会話は噛み合わない。


 感情的な言い方を好む者同士だからなのか、それとも根本的なところが異なっているからなのか、私には理解をすることができなかったが、二人の会話を聞いているのは嫌いではなかった。幼馴染として育ってきたからなのか、公爵子爵と皇太子殿下という立場の違いがあった頃からアイザックはローレンス様に対して飾らない言葉を使っていた。誰もそれを止めなかったのはローレンス様にも本音で語れる友が必要だと思っていたからなのか、いずれはこのような結末を迎えるとわかっていたからなのか。


 この期に及んでもローレンス様に対しての親愛の情を抱いている私がおかしいのかもしれない。廃嫡された彼は皇族ではない。その身に流れる血こそ尊いものであっても、その価値は永久的に破棄された。彼に対して敬意を抱く事は皇帝陛下の命に背くことであるといってもおかしくはないだろう。


 それでも見逃されているのは、私がまだ利用価値があるからだ。


 スプリングフィールド公爵家の本家の血筋を絶やすべきではない。その考えがあるからこそ見逃されている。それに甘えるのは今宵限りとなるだろう。


「争う必要はねえだろ。なにがあったか知らねえけど、冷静になれよ」


 アイザックは再び振り下ろされたローレンス様の剣を弾く。


 今度は先ほどよりも大きな音が響く。そして埒が明かないと判断をしたのか、アイザックは容赦なくローレンス様の剣を叩き落す。失敗をすればアイザックの手首が怪我をするような力業だった。それを知っているからなのか、ローレンス様の手からは剣が落ちた。地面に落ちた剣をアイザックが蹴り飛ばす。


「これで武器はねえな。……わかるだろ、俺だって幼馴染のあんたを斬りつけたくねえよ。元は敬愛する主君だ、それを立場が変わったからって殺せるような出来た人間じゃねえことは知ってんだろ」


「それがどうした。そこを退けばいいだけの話だろう」


「この状況で退くわけにはいかねえだろ」


「はは、それならば冷静になるのはお前だよ、アイザック」


 初めてだった。


 アイザックの言葉を笑うローレンス様が怖いと感じたのは初めてだった。


 剣を向けられても仕方がないことだとどこか諦めていたのだろう。私はアリアを見殺しにしてエイダが生きていた可能性を知っている。なぜ、あの日、私は敵の手で散ったはずなのにもかかわらず人生をやり直せたのか、知らない。知りたくもないと思っていた。そのようなことを考えて原因を探す余裕はなかった。


 ただ、アリアを二度と失いたくはないという一心だけでここまで巡り着いたのだ。


 それが気持ち悪いと否定する人もいるだろう。


 公爵家の血が流れていないアリアに父の旧姓ではなく、スプリングフィールド公爵家の名を名乗らせ続けるのは私の狂った執着心だと言われてしまえばそれまでのことだ。養女にするわけでもない。ただ可愛い異母妹を傍に置くことにこだわっているだけだ。それがアリアの為にはならないと指摘されても、私は彼女を手放すことはできないだろう。


 ローレンス様がエイダを思う気持ちとそれはなにが違うのだろう。


 気持ちが悪い。

 私たちはどうしてこんなことになってしまったのだろう。


「何度だって言ってやろう。エイダが死んだ。愛する者が死んだのだ、それなのになにもせずにはいられないのは、当たり前のことだろう」


 愛する者がいなくなった時、なにもかもどうでもよくなってしまう気持ちはわかる。なにもできずに見殺しにしてしまったのだと自分を責めることだってあっただろう。


 元に戻らないのならば、せめて愛する者の遺言を果たしたい。


 そう思っているのではないだろうか。もしも、そうならば私はローレンス様の気持ちが痛いほどにわかってしまう。その立ち位置にいるべきだったのは私だ、アリアを亡くした前世の私だ。彼の苦しみは誰よりも私がわかってしまうのは、皮肉だろうか。アリアと一緒にいたいという欲を抑えられずに足掻いた私への罰だというのならば、それを甘んじて受け入れよう。


 それで彼らが救われるのならばなによりも正しい選択なのかもしれない。


「……それがどうしたっていうんだよ。エイダが死んだなんて聞いたこともねえ」


「それはそうだろう。彼女の死は極秘扱いになっているのだから」


「それならば、どうしてあんたが知っている」


「私は最後の時までエイダと共にいた。死を選んだエイダの傍にいることが許されたのは私だけだった。ただ、それだけの話だ」


「あんたは時計塔に幽閉されていたはずだろ」


「こうして抜け出しているのがなによりの証拠だと思わないか? アイザック、お前はいつもそうやって自分の都合の良いことばかりが起きると思っているのだろうけど、全てが思い通りになるなんて思わないことだ。私たちは自分の意思をもって生きているのだからね」


 ローレンス様には協力者がいる。

 その協力者により時計塔を抜け出したのだろう。


 もしも、その協力者によりエイダの元へと連れて行かれていたのだとしたら、それは、あの森で感じた術者と関係があるかもしれない。エイダを操り人形とした術者の手がかりがあるかもしれない。


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