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05-3.女公爵はお疲れである

「……イザベラ様」


 セバスチャンの声は、珍しく悩んでいるような声だった。


 無理なものは無理だと躊躇なく言葉にするのに珍しいこともあるものだ。普段ならば私の我が儘を聞き流してしまうだろう。そのような態度は公爵として相応しくないと窘めることだってできるだろう。私に押し切られることだって少なくはないが、それでもしっかりと反論はするのだ。


 執事としても兄のような存在としても、セバスチャンは私のことを考えた上での答えを出す。それが私の望むことではなくとも彼は彼なりの正義感と義務感の上で答えを出せる人だ。


「公爵としての貴女様は他人に甘えてはなりません。公爵家の為ならば私情を隠し通す必要がございます。それが貴女様の心を押さえつけることになったとしても、貴女様はそれを選ぶことになるでしょう。それが貴女様の選んだ爵位を継承するというものです」


 知っている。わかっている。


 スプリングフィールド公爵家の為にも、私自身の為にも、アリアの為にも、私は公爵にならなくてはならなかった。女公爵としての人生を歩むことも、領主としての人生を歩むことも迷いはなかった。これは私が背負って生まれた使命だ。


 その使命に従うようにして生きることを選んだのは私だ。


「しかしながら、公爵としてではなく、個人としてならば、多少の甘えは必要ではないかと思います。貴女様は自分自身に厳しすぎるのです。気晴らしでも構いません。感情を押さえつける前にこのセバスチャンに八つ当たりをしてください。イザベラ様の為ならば、全身全霊で受け止めてみせましょう」


「お前はどうしていつも欲しい言葉を言ってくれるのだ。それほどに私は分かりやすいか」


「イザベラ様は感情的になりやすい気質ではございますが、公爵としてお仕事をされている際には、表情には出ておりませんよ」


「表情には、だろう。言葉にも魔力にも感情が表れてしまうようでは意味がない」


 今回の件も感情的になってしまった。


 分かっているのだ。公爵としては現場に赴くべきではなかった。冒険者や武に優れた使用人たちに任せるべきだった。生きたまま捕獲をしなくてはならなかったとはいえ、彼らの手に負えなかった魔物たちを全て凍らせてしまった。


 危険性を回避する為だったとはいえ、それは、彼らの自尊心を傷つけただろう。


 そして、自分たちの手に負えなかった魔物たちを討伐した私が化け物のように思えたことだろう。同じ人間だとは思えなかったかもしれない。


 私は魔女としての才能は優れている。

 騎士としての才能もある。


 魔力を込めれば、視界に収まる範囲にある物を全て凍らせることが出来る。だからこそ、この力は、家族からも恐れられていた。魔法を上手く扱うことが出来なかった幼少期には、魔力の暴走を引き起こし、私有地にある森を凍らせてしまったこともあった。


 感情的になってはならないと教育を受けるようになったのは、その事件もあったからだろう。


 私は他人から見れば、化け物なのだ。

 人間として生きているだけでも恐怖心を煽ることだろう。


 私は魔女として優秀ではあっても、人間としては恐怖の対象でしかない。


「お前も恐ろしいと思っただろう。師匠も手に負えなかった魔物たちを凍らせたのだ。魔物の抵抗がなかったとはいえ、優秀な冒険者たちや武に優れた使用人たちの目の前で殺した。それは恐ろしい光景だっただろうな。……ふふ、おかしい話だ。これでは私の方が化け物ではないか、そう思うだろう。セバスチャン」


 理解の出来ない作り話を真実のように語ったエイダよりも、魔物の命を一瞬で狩り尽した私の方が恐ろしい存在に見えた者もいるだろう。スプリングフィールド公爵領の領主が化け物だと知った領民たちは、どうするのだろうか。


 もしかしたら、化け物を討伐してほしいと皇帝陛下に訴えるかもしれない。


「化け物には他人を救うことなどできないのかもしれないな」


 死よりも苦しい思いをするのならば、死んでしまえばいいと思ってしまった。


 その告白には嫌悪感と恐怖感を抱いたが、彼女は私に愛を語った。アリアの命を執拗に狙った彼女からの告白は恐ろしいものだった。


 それでも、彼女の眼には、光があった。


 人形のように表情が抜け落ちてしまった彼女を見ても、私はなにもすることができなかった。事件を引き起こした犯人として裁きを下すことしかできなかった。それは私怨による暴走だと思われても仕方がないだろう。


「私は、化け物だよ。……友を追い詰めたのだ。アリアを救う為ならば、友を切り捨てた。公爵としても友人としてもしてはいけないことをしたのかもしれない。それでも、アリアを失いたくはない。ははは、笑ってしまうだろう? 情けないだろう? 手段を選ばない私はエイダとなにも変わらないのだから」


 涙の一つすらも流れないのだ。


 人形のように表情が抜け落ちてしまったエイダですらも涙を流したというのに、私には泣く資格もないのだろうか。それとも後悔をしているような言葉を並べても心のどこかでは彼女の不幸を笑っているのだろうか。


「イザベラ様、貴女様はお疲れになられているのです。だからこそ、そのようなことばかりを考えてしまうのですよ。――今日だけとは言わず、明日も仕事をお休みいただけるのならば、お部屋までお連れいたしましょう。ただし、明日は勝手な行動は慎んでいただきますよ。それを約束していただけるのならば、貴女様の我が儘を従者として叶えさせていただきます」


 セバスチャンに頭を撫ぜられたのは、何年ぶりだろうか。


 少なくとも学院に入学をする以前の話だ。優しい態度をするセバスチャンに褒められることは私の数少ない楽しみの一つだった。


「お前のその甘い考えは嫌いじゃないよ、セバスチャン。あぁ、そうだな。私は疲れているのだ。だからこそ、どうしようもないことばかりを考えてしまう」


「ご理解していただけたようで、なによりでございます」


「そうだな、緊急の仕事以外は明日以降にしよう。……わかった、わかった。セバスチャンを置いていったりしないよ」


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


 おかしな話ではあるが、私を抱えるのには迷いはないらしい。


 横抱きにして抱き抱えられるのは初めてだ。幼い頃は抱き抱えろと無理を言ったことはあったが、このような抱え方ではなかった。執事長のロイにも師匠のルーシーにも秘密にするという約束を交わして肩車をしてもらったのだ。


「……お前はいつも私の我が儘を叶えてくれるな」


 昔と違って背があるからこの方が楽なのだろうか。

 他人に触れるのは好きではない。それでもセバスチャンならば安心感がある。


 楽しい思い出のない幼い頃を思い出してしまうのは、彼に対する安心感が原因だろうか。


 幼い頃は父に抱えられているアリアの真似をしてみたかったのだ。


 父が私に触れることはなかった。父に強請る方法もしらない。だから私の我が儘を笑って聞いてくれるセバスチャンに強請ったのだ。


 本当は父に肩車をしてもらいたかった。

 母と手を繋いで歩いてみたかった。


 それを強請ることは貴族の子女として相応しい振る舞いではない。

 親子の関係など貴族の間には不要なものだった。


 母は手を繋いでほしいと強請った私の手を叩き、平民のような恥ずかしいことを強請るなと怒らせてしまった。母に叩かれる度に慰めてくれたのもセバスチャンだった。当時は使用人見習いだったセバスチャンだけが幼い私の味方だった。


「面倒をかけて、悪いな。セバスチャン」


 せめて運びやすいようにセバスチャンの肩に腕を回そうではないか。今日は動く気力がないのだから許されるだろう。今日だけだ。


 これは幼い頃の記憶を思い出してしまったからだ。


 私の味方がセバスチャンだけだった頃の苦い思い出だ。

 母が生きていた頃の思い出だ。


「はぁ……、まったく、困ったお嬢様ですね」


 呆れたようなため息をされたが、気にしない。しかし、他人の体温というのは不思議だな。不安定な状態だというのにも関わらず眠くなる……。


「イザベラ様。少しは警戒心を持たれてはいかがですか?」


 私を落とさないように運んでくれているのだろう。

 眼を閉じているからセバスチャンがどのような表情をしているのか分からない。


「他人にこのような真似をさせないようにしていただきたいものですね」


 セバスチャンの言葉になにか言ってやろうとは思ったが、眠くてそれどころではなかった。明日、覚えていたらその返事をしてやろう。


 今は、暖かくて、ゆっくりと眠りたい。

 身体が疲れているのだ。たまには何もせずに眠りについても良いだろう。


 明日はアリアと一緒に過ごそう。


 他人の眼を気にすることもなく、公爵としてではなく、唯の姉妹として過ごしたい。どこにでもいるような姉妹になりたい。


 アリアはこんな私のことをどう思うだろうか。


 公爵ではなく化け物だと思うのかもしれない。

 もしかしたら、化け物に匿われている事を悲劇だと思っているのかもしれない。


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