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10-2.届くことはないまま消えた「想い」の行く末

 それならば、養子として迎え入れたいと考える貴族は少なくないはずだ。

 エイダ嬢がなにもしなければの話ではあるが。


「これは公爵としてではなく、お前の異母姉として言わせてもらう」


 今後、ローレンス様が一介の貴族として社交界や茶会に顔を見せられるがあったとしても、アリアには近寄らせない。ローレンス様が養子となるだろう貴族とは我が家は疎遠になるだろう。


 それは貴族社会ではよくあることだ。

 彼が生きることを選ぶのならば二度と会うことはない。


 だからこそ、アリアがローレンス様を想い続けることに意味はないのだ。


「お前が涙を流そうとも、あの方の心には響くことはない。お前が慈悲を乞おうとも、あの方の心には響くことはない。アリア、お前はね、あの方に婚約破棄を突きつけられたのだ。それはエイダ嬢がいたからではない。ローレンス様の御心の中にお前の居場所がないからだ。だから、お前があの方のことを好いていても、それは報われることはないんだよ」


 恋を諦めるという選択は、自分自身でするものだ。


 叶わない恋など早々に忘れてしまえれば、なにも悩むことはないだろう。

 アリアがそれをできないと知っていながらも、私には残酷な言葉を言うことしかできない。


 身分が変わるのだ。


 格下の貴族階級に身を落とされるローレンス様は、元皇族であっても公爵家には相応しくない。アリアには不要な人物になる。


「アリア。私もあの方を慕っていたよ。その思いはお前とは異なるものではあったが、お前だって、知っているだろう? 私は学院では皇太子殿下の親衛隊副隊長を任せられていた。あの方の傍に居続け、守り抜くことは私の役目だと思って生きてきた」


 公爵として物事を判断しなくてはならないと分かっていた。


 だからこそ、皇帝陛下の指示を仰ぎ、先々代である祖父の知恵を借りた。その結果、ローレンス様を廃嫡させたと言われても仕方がないだろう。


「これは元親衛隊副隊長を務めた者としての最後の仕事だった。あの方に私の言葉は届くことはなかった。それならば、友としてではなく公爵として物申すしかなかったのだ。すまないね、アリア。私はお前のようにはなれないのだよ」


 私はローレンス様には考え直してほしかった。

 アリアが婚約破棄をされる以前の賢明なローレンス様に戻ってほしかった。


 皇帝陛下のお望みになっている道を再び歩めるように願っていた。私がそうであったように、ローレンス様もまだやり直せると根拠もないことを信じていた。


 それでも、アリアのようにローレンス様を思い続けることはできず、皇国の為にならないと皇帝陛下が判断を下されたのならば、それが正しいことだったのだと受け入れてしまえる。


 友だった。

 苦楽を共にした仲だった。


 それなのにもかかわらず手の平を返すように私は彼を見捨てることを選んだのだ。


 この身を懸けてでも、あの方に付いていこうという気持ちは、いつの間にかなくなってしまっていた。


 その気持ちがなくなったのは前世の記憶を取り戻したからなのか、二度もアリアを婚約破棄する姿を見てしまったからなのか。それとも、要らないと簡単に切り捨て、私にすら剣を向けられた姿に絶望したのかもしれない。


 あの方はエイダ嬢と出会う前のように戻ることはない。


 それは覚悟をしていたことだった。

 それなのに悔しく思ってしまった。


 その感情を表に出すことはできず、私は皇太子殿下としてのローレンス様を見限ることになってしまった。


「……酷いお話ですわ、お姉様。お姉様は、学院ではローレンス様を守る騎士だったではないですか。ご友人ではなかったのですか。それなのに公爵になった途端に背を向けたのですか? お姉様は、ローレンス様をお見捨てになったのですわ。わたくしは、お姉様はローレンス様を御守りするものだと思っておりましたのに。公爵になられてからのお姉様は変わってしまわれましたわ」


 アリアの言葉に何も言い返す事はしなかった。


 否定することはできない。

 公爵としても異母姉としても否定できないことを指摘されたのだ。


 だが、それは噓を吐いてまで否定する必要もないことだった。


「お姉様の言いたいことは分かっていますわ。わたくしがローレンス様をお慕いしても意味がないということは、わたくしが誰よりも分かっておりますわ」


 それでも、アリアはローレンス様を守ろうとしたのだろう。


 その思いが届くことはないと知っていると口にしながらも、諦めることはできなかったのだろう。もしも、私にもそれほどに強い気持ちがあれば、ローレンス様の御心を変えることができただろうか。


「それでも、わたくしはローレンス様を愛しておりました。愛する方の為になるのならば、わたくしの命を捧げることに喜びを感じたことでしょう。……お姉様、このことに関してはお恨み申し上げますわ」


「そうか」


「はい。ですが、わたくしも公爵令嬢ですわ。皇帝陛下のお言葉に従うのが貴族として正しい姿ならば、そのようになれるように努力いたします」


「わかった。では、先ほどの言葉は聞かなかったことにしよう」


「感謝いたしますわ、お姉様。……ですから、少し、ほんの少しだけ、動揺してしまっただけですわ。これからは、わたくしもお姉様のように心を入れ替えられるように努力いたしますわ」


 涙を拭いながらアリアは無理に笑って見せた。


 心配はいらないと自分自身に言い聞かせるかのようなその痛々しい姿から目を逸らす。納得したわけではないだろう。内心ではローレンス様を救う方法がないものかと考えていることだろう。


 それでも私の言葉に従うような姿を見せるのは、我が儘を言ってもなにも変わらないと理解したからだろう。


 諦めたのだ。

 私を説得することができなければ、公爵令嬢であるアリアにはローレンス様を救う術はないのだから。


「今後、スプリングフィールド公爵家は新たに皇太子殿下に選ばれたブラッド様を支えることになる。アリアもそのつもりでいるように」


「はい、そのようにいたしますわ。お姉様」


 アリアは仕事の邪魔をするつもりはなかったと言いながら、私に背を向けた。

 必要以上に執務室には近寄らないようにと言い聞かせて来たからだろう。もしかしたら、父上も同じように言っていたのかもしれない。


 執務室から出て行くアリアの後ろ姿を見て思う。


 なぜかは知らないが、執拗にアリアの命を狙い続けていたエイダ嬢はどうなったのだろうか。


 廃嫡されたローレンス様の自称婚約者という扱いを受けることは間違いないだろう。


 皇帝陛下が二人の婚約を認めていなかった事を考えれば、なんらかの処罰が下されていてもおかしくはない。聖女とはいえ、市民階級の少女が王城に入り浸っていたのだ。


 なにもないまま解き放たれることはないだろう。


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