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転生した女公爵は婚約破棄された異母妹と暮らしたい。【第二部更新中】  作者: 佐倉海斗
第一話 女公爵の後悔と悪役令嬢の異母妹
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01.イザベラは後悔の中にさまよっている

 私には異母妹がいた。


 彼女は三年前に命を落としている。

 今では彼女のことをよく思う人はいない。


 それどころか世間では聖女をおとしめ、皇太子殿下をたぶらかそうとした悪女ということになっているのだから、本人が知れば大泣きをすることだろう。


 異母姉の私にとっては泣き虫な子どもだった。


 父と義母からの期待に応えることだけに必死に生きていた可哀想な人だった。

 異母姉から見殺しにされた可哀想な人だった。


 彼女の人生は幸せとは言えなかっただろう。


 その原因は私にある。私が彼女のことを見殺しにしなければ、今も、彼女は笑っていたのだろうか。少なくとも冷たい土の中に一人で眠るようなことはなかっただろう。


 彼女が命を落としてからの三年間は早いものだった。


 なにを食べても味を感じることはできず、なにを見ても色の認識が曖昧になる。それは日に日に酷くなっていくのだ。今では視界に入る人や物の色が失せてしまったかのように感じてしまう。灰色の人生とはまさにこのことだ。


 それは、公爵としての責務に追われていた日々の忙しさが原因となった精神的な疲労によるものだろうと医師は言っていた。そして、一番の原因は異母妹を見殺しにしたことによる後悔からきたものだろうと、小さな声でささやいた。


 それが一番の原因なのだろう。

 三年たっても未だに後悔の中にいるのだから。


 今日も異母妹が眠る墓の前に立つ。


 彼女がこの冷たい土の中で眠りについた日から続けている日課だ。

 悲惨な最期を遂げた彼女に安らぎの日々が訪れるようにと、死後、苦しむことのないようにと祈りを捧げることしかできない。


「アリア。屋敷を離れることになったよ」


 これは、偶然だろうか。


 異母妹が命を落とした忌々しいこの日に、私、イザベラ・スプリングフィールドは勝ち目のない戦争へ参戦する為に屋敷を発つことになったのだから。


「この花を届けることができるのも今日までだ」


 あの日のことは、三年という年月がたった今でも思い出す時がある。

 いや、思い出すというよりは忘れられないと言った方が正しいのかもしれない。私の二十一年間の人生の中でこれほどに後悔をし続けていることはない。


 スプリングフィールド公爵家が所有する屋敷の中でも、もっとも在住する日数の多いこの屋敷の中庭の片隅に作らせた小さな墓石に花を置く。


 生前、あの子がもっとも好きだと言っていた花だ。


 温暖な気候でなければ育たないアマリリスという花の見た目も香りも、その花言葉すらも好んでいた。


「そういえば、アマリリスの花言葉は、誇り、内気、すばらしく美しい、おしゃべりだったか。お前が何度も言うから覚えてしまったよ。……今なら、まさにお前の為にある花だと言ってやれただろう。この花が欲しいとねだるお前に溢れんばかりの花を渡してみたかった」


 この国、オーデン皇国では自然に咲くことはなく、栽培も不可能だと言われているその花が欲しいと駄々をこねられた時は煩わしく思ったものだ。


 それすらも懐かしく思うのだから三年という年月は私という人間を変えるのには、充分すぎる年月だったのだろう。


 もしも、再びその我が儘を耳にすることが許されるのならば、溢れんばかりのアマリリスの花をあの子に贈りたい。それから大好きな花に囲まれて嬉しそうに笑うあの子の顔を、もう一度、見たいものだ。


 人は叶わないと知っているからこそ焦がれるのだろう。


 屋敷に滞在している間は一日も欠かすことがなかった墓参りも今日で終わりだ。


「お前はあちらで笑っているのだろうな。私が後悔している姿は無様なものだろう。それでも生き長らえている姿を見て笑っているのだろう」


 そうであってもいいから笑っていてほしい。

 人は叶わないものほど求める生き物だと聞いたことがある。


 それは譬えではなく本当のことなのかもしれない。

 私もこうして異母妹の面影を追いかける日々を過ごすことになるとは、思ってもいなかった。


 あの日、私は彼女のことを疎ましく思い、その手を払い除けたのだ。


 スプリングフィールド公爵家の当主としての浅はかな判断を彼女に言い放った。そして、絶望の中に叩き落とされたあの子を見て、ざまあみろと心の底から笑ってしまったのだ。それは一時的な気の迷いと釈明することも許されない。


「お前を死なせた事実は変わらない。だから、許しを乞うつもりはないよ」


 あれは確かに私の意思であった。

 そうすることが正しいのだと狂った感情を抱いていた。


 スプリングフィールド公爵家には相応しくない人間だと言い放ち、その身分を剝奪した。


 その行為があの子を追い詰めることになるとは知らず、世間の噂が消えた頃にでも修道院に送ってやろうと思っていた。それまでに犯した罪の数々を償う心が芽生えたのならば、密かに手に入れた隠れ家で養ってもいいと、あの子に相応しい相手を見繕い、人並みの幸せを享受させてやることくらいはできるだろうと思っていた。


 それは、身分を剝奪した私が願うのはおかしいものだと分かっている。

 ざまあみろと彼女の境遇を笑ったのならば、そのような願いを抱くのは間違いだろう。


「三年の月日は退屈なものだった。お前がいない世界というのは色のないものだったのだと、失ってから気が付いたよ」


 忘れていたことがある。


 様々な感情すらも彼女が私に教えてくれたのだ。

 誰かを大切に思う心も彼女が教えてくれたのだ。


 それは、父も母も教えてはくれなかったことだった。


 公爵家を継ぐ私には不要なものだと、感情を切り捨てるよう教えてきた両親とは違って、彼女はその大切なものを教えてくれた。


 それを忘れていた。


 結局、それを教えてくれた彼女さえも、異母姉の私を見ようとしなくなった。

 だからこそ、私も彼女との日々を忘れてしまうようにした。


 思い出せば、戻れない日々に縋る弱い自分になってしまう気がして、心の奥底に隠したのだ。


「家族に対する愛情は無価値なものだと、公爵には必要がないものだという母の教えに縋るようにしていても、世界には色があった。それは、お前が生きていたからなのだろう。お前を失ってみて分かったことだ」


 それは彼女を冷たい土の中に眠らせた日だった。


 私は、彼女に生きていてほしかったのだと誰にも言うことができない本音を零した日にようやく思い出した。私の代わりに空が泣いてくれたのだと思えば、少しだけ楽になった。


 そうやって言い訳をして生きていく日々に対して何も感じなくなるのは仕方がないことだったのかもしれない。


 それでも、私はあの子に幸せになってほしかった。

 生きていてほしかった。


 市民階級に落とされた女相手に対し、刑罰はないだろう。

 あったとしても、身分剝奪という罰が下っているのだから、それ以上のことは避けることができるだろう。

 

 そうすれば異母妹の命は守られる。

 そう考えていた。


 結局、彼女の犯した罪は許されることもなく、死刑が執行されたのだ。


「愚かな願望に執着する私を見ていれば、お前は笑ってくれるか? 叶う筈のない夢物語を願わずにはいられないのだ。なんて情けない話だろう」


 全ては、私の計画性のない甘い考えが悪かったのだ。


 念入りに計画を立てるべきだった。そうすれば、もしかしたら異母妹は私のことを恨んではいても生きていてくれたかもしれない。夢を抱くことは叶わなくても、生きていたかもしれない。その可能性を潰したのは私である。


 そんな私にはあの子の死を嘆く権利はない。

 後悔をする権利もないだろう。


 それでも、何度も何度も思ってしまうのだ。


 あの頃に戻れたのならば、今度こそ異母妹を守ってみせようと、今度こそ異母妹を幸せにしてみせようと、ありもしない願望を抱くことでしか正気を保てない。なんて情けない話だろう。


「イザベラ様。そろそろ、お時間でございます」


「……嗚呼、もう時間か。早いものだな」


 あの子の墓を見つめていた私の後ろにずっと居た執事長、ロイは何を考えているのか分からない表情をしている。祖父の代から公爵家に仕えている執事長が終始付き添っているのは、珍しい話だが、これから向かわねばならない仕事を思えば仕方がないことだろう。


「そうだ。戦場から戻った時にはその墓が埋もれるくらいにアマリリスの花を用意させよう。皇国の勝利を、私とお前だけで盛大に祝おうではないか。――では、行ってくるよ、アリア」


 数日後には皇国が歴史に名を刻むだろう大戦に身を投じることになる。


 魔法に長けているとはいえ、女公爵である私も参戦をすることになったのはあの子、アリアの一件での皇国への謀反の疑いを晴らす為である。皇国への忠義を示し、オーデン皇国の為に敵を血で染め上げる。


 それが私、イザベラ・スプリングフィールド公爵が為すべきことである。


「ロイ。私が戻る頃には屋敷に溢れんばかりのアマリリスの花を用意しておいてくれ」


「かしこまりました。全てはお嬢様の望まれるままに」


「お嬢様はよしてくれよ、私の柄ではないだろう。それに今はスプリングフィールド公爵だ。戦場は私がもっとも輝く場所だ。だから、そんな泣きそうな顔をして見送らないでくれよ。ロイ。私の代わりにあの子の墓守を頼めなくなるだろう?」


 あの子の墓の手前、皇国の勝利を盛大に祝おうなどと戯言を口にしたが、それは叶うことはないだろう。今回の戦はどう考えても負け戦だ。亜人や魔族の少ない皇国では、魔力や腕力が桁違いにある亜人や魔族たちの王国、レイハイム帝国に勝てない。


 何より、知能のない野生動物である魔物たちを狩って暮らしている者たちが多いといわれているレイハイム帝国に対し、皇国の騎士団は滅多なことでは魔物を狩ることはしない。


 危険を伴う魔物討伐は全て冒険者組合に丸投げしており、騎士団の主な仕事は鍛錬と事務仕事と皇族の護衛である。中には魔物討伐を任される部隊もあると聞いているが、それでも、とてもレイハイム帝国に勝つ戦力には足りない。


 だから、どう考えても今回の戦は勝ち目がないのだ。負け戦だ。


 それにもかかわらず、帝国の王である魔王討伐を掲げ、それが世界を平和にすると戯言を神様からのお言葉のように口にしているのだ。一体、皇帝陛下の御身になにが起きたのか分からない。希代の聖女として教会が認めたエイダ嬢の力を発揮させ、彼女こそが皇妃に相応しいと世界中を納得させる為なのかもしれない。


 そこまで考えれば、なんておかしいのだろうと心の底で笑ったものだ。


 もしかしたら、皇太子殿下には忠誠を誓う価値はないのかもしれない。


 それでも私は皇太子殿下の御身を守る為、参戦することに決めたのだ。ロイもこの戦に勝ち目がないことを分かっているからこそ、この時ばかりは私に付いて回っているのだろう。


「この老いぼれがお嬢様の代わりに戦場に行くことができますれば……」


「バカなことを言わないでくれよ。ロイがいなくては祖父様と祖母様が困るだろう? それから、皆、笑顔で見送ってくれなくてはいけないよ。これはスプリングフィールド公爵家の名誉となるのだから。悲しむのは間違っているんだ。わかってくれるだろう?」


「はい、お嬢様。分かっております」


 嗚呼、今にも泣きそうな顔をしているのは見ないことにしよう。


 ロイは多忙な祖父に代わり、祖父のような存在だった。


 私に関心のない父や嫌がらせをするしか能がない義母よりも、私を愛してくれた人だった。だからこそ、領地暮らしをしていた祖父母を任せられるのだから。


 ロイとたわいのない会話を交わした後、私は荷物の積まれている馬車に乗り込む。

 屋敷の前には使用人たちが並び、皆、私の言いつけ通りに笑顔を浮かべてくれていた。


 その眼には涙が浮かんでいるのを見て見ぬふりをして、私は、屋敷から目を逸らしたのだった。


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