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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第7話 黒原虹華の命乞い


 ――同人誌即売会。サークルに入ったからにはいずれ関わることになるのだろうとは思っていたものの、こんなに早く来るとは想定外だった。

「コミックラフトって名前のイベントでな。まぁ地方だし規模は小さい。しかも盆が近いからコミケとも時期が被るしで、決して派手なイベントにゃぁならないが、それだけに俺たちみたいな駆け出しサークルにはうってつけなんだよ。抽選になるコミケと違って、参加登録すれば絶対出られるしな」

 ヘッドはつらつらとそんな説明を述べた。つまり……

「……コミケに行くほどの実力と元気がない人が集まるイベントってことですか?」

「お前それ絶対に会場で言うなよ黒原」

 その通りっちゃその通りだけども、とヘッドはぼやく……と同時に、なぜか顔を強張らせた。

 次の瞬間、不意に首がきゅっと絞められ……っ!?

「――あっはは~、虹ちゃん言ってくれるね~」

 背後から、耳元で優しく囁く声は……これは……灰森さん!?

「遠回しにわたしたちにも実力がないって言ってくれちゃって~」

 首を絞める力は強くないけど、ゆる~い声音とやっていることのギャップが激しすぎて怖い。何これいまどういう状況なの。私の首を絞めているのは……指じゃない? 紐みたいなもの? 絞首刑寸前ってこと!?

「あ、あ、あ、あの、灰森さん……?」

「あ、灰森ってあんまり可愛くないからときわでいいよ~」

「この状況で名前で呼べと言われても非常に呼びづらいですよ!?」

「呼ばなきゃ締めるよ?」

「ごめんなさいときわさん!」

「……ときわ、その辺にしておきなって」

 意外なことに、ときわさんを諭し始めたのは、ヘッドではなく中峯さんの方だった。

「気持ちはわかるけど、黒原さんだって悪気があったわけじゃないんだからさ」

「……は~い」

 しゅるっ、と首から紐のようなものが外れる。死神の鎌が外れた気分になり、私は深く息を吐く。

 振り向くと、ほっとしたような顔の中峯さんと、なぜかあやとりをしているときわさんが。……あの紐で首絞められてたのかな……。

 私が戦慄していると、夕くんが耳打ちしてくれる。

「に、虹華さん、その……ときわさんは、自分の実力に結構自信を持ってますから……」

 夕くんが言葉を紡ぐたびに耳に触れる吐息がくすぐったい。

「不用意に刺激するとさっきみたいなことになるってわけね……」

 さっきみたいっていうか殺気みたいだけど。

「あっはっは、虹華ってばたまに一言余計だもんね」

「友人が死にかけてたのに笑ってんじゃないわよ霧」

「だってさっきのは虹華が悪いじゃん。ブラックときわちゃんを止めるなんて自殺行為、あたししたくないもん」

「えっ、じゃあ中峯さん自殺志願者なの?」

「勝手に人を自殺志願者にしないでくれないか……?」

「……ねぇ霧ちゃん? どういう意味なのかなぁ……?」

「あっ、やばっ」

 中峯さんが頭を押さえて、笑顔のときわさんが意味深にあやとりをくいくい繰り始め、霧は中腰になっていつでも逃げられる体勢に、夕くんはおろおろし始める。

 ……あれっ、もしかしてこのサークル結構ヤバい場所だった? と今更ながらに感じた。

「――よしお前ら、その辺にしとけよ」

 パンパン、と手を叩き、場の注目を一手に引き受けたのは、ヘッドだった。

 おおっ、なんかちょっとまとめ役っぽい。

「じゃあ隼太郎、あとは任せた」

 気のせいだった。

まさか丸投げするとは……。隼太郎さんはまた頭を抱えている。

「……あー、じゃあとりあえず黒原さん、はいこれ」

 一つため息をついてから、隼太郎さんが渡してきたのは一冊の本だった。さっき霧とときわさんが読んでいたのと同じ物。これは――

「あ、もしかしてここの同人誌ですか?」

「そう。今回はもう刷り終わってるから、黒原さんの意見は取り入れられないんだけど、まあこんな感じのを作ってるってことで目を通しておいてほしい」

「ああ、なるほど。了解です」

 表紙を飾るのは見たことのある女子キャラクター。『ブラッディ・フール』っていう、吸血鬼にまつわるライトノベルのサブヒロインだ。普段はお淑やかだが戦場でははっちゃける二面性のあるキャラで、普段のお淑やかモードでは主人公である少年にロクに話しかけられず、距離を詰められないことで悩んでいる巨乳キャラクター。この娘が表紙を飾っているということは、十中八九内容はこの子と主人公の絡みがメインだろう。

「……へえ……」

 同人誌を開き、読み進めると、素直にそんな感嘆の声が漏れた。言い方が悪いのとまた首を絞められたくないのでこれは言わないが、思ったよりしっかりしていた。キャラの描き方、キャラクターの捉え方、そして主人公とのいちゃいちゃしてる感じ。

 意外と可愛らしいイラストとほのぼのした雰囲気はマッチしている。

 悪くはない。

 が、しかし……?

「あ、そうだ大井手先輩。これ一応確認しておいてもらっていいですか?」

「ん? ああ、今度の衣装な」

「……衣装?」

「ああ、一応女子陣には基本売り子をやってもらうんだが、せっかくだしそれっぽいコスプレでもしてやった方が目を引くかなと思ってよ」

 ヘッドの言葉に、嫌な予感が私の頭をよぎる。

「……それ、まさか私もやるんですか?」

「頼むぜー」

「……えっと……」

 気軽に言ってくれるが、ちょっと待て。

 このサークルの女子。ナイスバディの霧と、お人形さんレベルの可愛いときわさん。

 ……こいつらと並べられるとか、冗談じゃない!

「わ、私はやめておいたほうがいいと思いますよ! 売り上げ落ちますよ!」

「大丈夫大丈夫、男どもは女子が脚出してりゃ寄ってくるから」

「何一つ大丈夫じゃない!」

 脚出る衣装が確定してるとか何考えてんのよ!?

「きっ、霧! 霧からも何か言ってやってよ!」

「旅は道連れ、世は情け。虹華の衣装を楽しみにしてるよ」

「なんでそんなに乗り気なの!? と、ときわさんからも何か――」

「えぇ~? やらないのぉ~?」

「やります」

 あやとり紐をきゅっと構えたときわさんに聞いたのが間違いだった。

 言外に、「わたしだって別にやりたくないけど仕方ないじゃない?」という言葉が聞こえた気がした――かくして。

 人生初の同人誌即売会参加と同時に、人生初のコスプレも決定したのだった。



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