第71話 黒原虹華と小野木夕
前回のあらすじ。
ウェディングドレスを着た撮影の最中、夕くんに求婚された。
「……待った、ちょっと待った」
いきなりのこと過ぎて状況に頭がついて行かない。
「……結婚してほしいって言った? 聞き間違いとかじゃなく?」
「く、繰り返さないでください……流石に恥ずかしいです」
さっきまできりっとした表情を保っていた夕くんだけれど、私の反応を見るや、みるみるうちに顔が赤くなっていく。ベール越しでも分かるほどなのだから相当赤くなってるなこれ。しかしまぁ、ということは、聞き間違いじゃないんだろう。
「いやあの……返事はともかくとして、まず訊かせてほしいんだけど、それは……マジで言ってんの?」
「ほ、本気です!」
お、おう。赤い顔のまま全力での返事に、私は慄くしかない。
「な、なんでまた?」
「……虹華さんのことは、サークルで初めて会った時から、男らしさの師匠として崇めていました。けど、あのサークルで一緒に作品を作っている内に、色々あって――思うようになってきたんです。虹華さんと、もっと一緒にいたいって」
色々……確かに色々あったねぇ。女装を迫ったり押し倒したり倒されたり……。……いかん、ロクな思い出がないな。
「……その結果が求婚?」
その思い出でよくもまぁそこまで思考がぶっ飛んだもんだと思わないでもないが、夕くんは赤い顔のまま、至極真面目な顔で頷く。
「手放したくないと……思ったので。もしも、もしもの話ですけど。どちらかがサークルを抜けたりしたら、縁が切れるかもしれないじゃないですか」
その気になればタップ一つで連絡が取れるようなこのご時世に大げさな――とは、思わない。
どれだけ通信機器が発達しようとも、距離の壁というものは想像以上に大きく、私たちの間に立ちはだかる。
少しずつ、少しずつ連絡を取らなくなっていき――それこそ自然消滅なんてことも、十二分にあり得るのだ。
「だから、そんな万が一が起こる前に、確実に言葉を伝えられる間に、誰より強い縁を繋いでおきたかったんです」
……うぬぬ。
そうまっすぐな瞳と共に言われると、逃げることも難しい……意識し出すと、こっちも恥ずかしくなってきた。
付き合いたいとは思っていたし、両想いだったのは嬉しいけど、実際その場面にくると中々戸惑うモノだねぇ……。
……というか。
「あうっ!?」
私は夕くんのおでこを指で弾いた。片手は握られっぱなしなので、当然ブーケを握っている方の手で。
「に、虹華さん……?」
「あのねぇ、夕くん」
にやけそうになる顔を引き締め、私は前屈みになって夕くんと目線を合わせる。
「いきなり結婚してくれはないでしょう」
「うっ……」
若気の至りで勢いに任せて結婚してくれと言ったに違いない夕くんは、多分照れではなく羞恥で顔を赤くし、そしてその続きを勝手に想像したのか、顔が徐々に青くなっていく。
「……いきなりそういうことを言うようになったあたり、男らしくはなってきたけどね」
彼が真っ青になる前に、私は微笑する。夕くんが、目を見開いて動きを止めた――もしかして、見入ってくれたのだろうか。そうだとしたら、ちょっと嬉しい。
「気持ちは十分伝わった。ありがと――でも、結婚は普通に早いから」
女の私は、そういえば法律上ではもう結婚ができるんだったか。
夕くんはもう二、三年待たなきゃだけど、年齢だけの話でもなく。周囲の目やら、お金やら。現実的に考えると足りないものが多すぎて、結婚なんて早すぎる。
だから私は、私にできる精一杯の悪戯っぽい笑顔を浮かべた。どう映ってるかは、知らない。
「私らの年なら、結婚よりも先に踏むべき段階ってものがあると思わない?」
「あ……」
その言葉にまた目を見開いた夕くんが、求婚してきたさっきよりも顔を赤くした。
「に、虹華さん、僕は――」
「ストップ、夕くん」
もどかしそうな顔をして言葉を呑み込む夕くんに、私は二人の間にある薄っぺらな布を指して言う。
「どうせなら、これ、上げてよ」
今、結婚する気はないけれど。
気分だけでも結婚式――である。
「は、はい」
私の手を離して、夕くんが両手でベールを上げていく。するするという音。
私たちを遮る、最後の幕がなくなって。
間近に、目の前に。
私が生まれて初めて好きになった、男の子の顔がある。この距離まで来ると、引き寄せ合う磁石のように、互いの視線を引き寄せ合う。よそ見なんてできやしない。
――親友の紹介で知ったサークルで出会った。可愛らしい顔立ちで、行動もいちいち可愛くて。その男子ながらも漂う女子っぽさに私が一目惚れしたと思ったら、男らしくなりたいとかいうクソ可愛い動機でなぜか私に弟子入りして。
そんな不思議な繋がり方をした彼との縁が、今この瞬間、絶対のものに成ろうとしていた。
ひねくれ者の私は、絶対なんてものがこの世にないことは百も承知だ。
けれど、だけども、そうだとしても、この絆だけは絶対であると信じたい。
「虹華さん、好きです。僕と、付き合っていただけませんか?」
「ん、ありがと。喜んで」
ここに至るまで、一直線だったような、すごく遠回りしたような。
そんな変な充足感と共に、私たちは笑いあって。
――そして、すさまじい勢いで切られるシャッターの音で現実に帰った。
「虹華さん、小野木くん、おめでとうございます! あぁっ、もう二人とも素晴らしい表情でした! 最高の撮影が出来ましたよ!」
「…………」
「…………」
なんというか、やってしまった感が強い。
椎のことをうっかり忘れて、二人だけの世界に入ってしまっていた――あまつさえ、告白シーンを一部始終見られてるなんて、なんというか。
「「あぁ〰〰っ……!!」」
私と夕くんは、二人そろって顔を両手で覆った。いやまぁ告白シーンを見られたこともそうなんだけど、なんだろうこのやらかした感。椎のことを忘れるほど互いに没入するとか、私らどんだけ互いのこと好きなの? そう思うと、告白なんて目じゃないぐらいに羞恥心が刺激される。
言っちゃあなんだが、言わせてもらおう。
一生の恥である。
「お二人の幸せそうな表情、虹華さんの死んだ魚の目、小野木くんの凛々しいお顔! 全て余さず撮影させていただきました! これはアルバムが潤います!」
「うっ、潤うのはいいけど! 椎、あんたこの間みたいにそのアルバム、サークルの集会所に送るんじゃないわよ!」
「ええ、存じております」
「本当に分かってんでしょうね!? 絶対だからね、絶対!」
以前の撮影会ののち、集会所にコイツ謹製のアルバムが送られたことは今でも抹消したい思い出の一つである。あの時でさえ恥ずかしさで死にかけたのに、この件をアルバム化したものをみんなに見られたら、死にたくなるを通り越して椎を殺しかねない。
そんなグダグダな雰囲気で、私たちの撮影会は終わりを告げたのだった。
「――で、一応訊くけど、あれってどこまで画策してたわけ?」
帰りのリムジンの中。
私は夕くんと椎にそう訊ねた――あれが夕くんの独断ということはないだろう。わざわざ私がウェディングドレスを着ている時にプロポーズなんかするなんて。
「告白の件でしたら、もちろん一から十までです」
椎がつやっつやでほっくほくの笑みを浮かべながら答えた。
「というか……実はそのために打ち合わせをしていたと言っても過言ではないんですよ」
未だに恥ずかしいのか、私の隣で夕くんがはにかみながら言う。
「コミケが終わったら告白しよう、とは思っていたので……折角だし、虹華さんを驚かせたいと思ったんですよ」
「椎の前で告白するなんて、なかなか大胆なことしてくれたね……」
「こちらも驚きました。まさか小野木くんの方からそんな相談を持ち掛けられるとは思わなかったので。折角ですから派手にやっていただこうと、ウェディングドレスはこちらから提案させてもらったものなんです」
「しかし、結婚云々はともかくとして、これで私が断ってたら夕くん、黒歴史なんてレベルじゃないトラウマになってたんじゃない?」
「か、かもしれないですね。あはは……」
そんな場面を想像したのか、冷や汗をかく夕くんを安心させるために、私は言った。
「ま、普通に結婚は早すぎるよ。そういうのは、色々安定して、落ち着いたら――またいつか、ね」
「……っ、は、はい!」
夕くんが可愛らしく返事をすると、椎が私たちにグラスを手渡してきた。中には、私が以前絶賛した高級青りんごジュース。
受け取ると、椎も同じものを手に持ち、グラスを掲げた。
「うふふ、では、お二人が結ばれたこの素晴らしい日を祝って」
「……ありがと」
やや照れくさいが、青りんごジュースを無下にするわけにもいかない。
乾杯、という三人分の声と共に、グラスが澄んだ音を立てた。
――後日。
「で、虹華。これは一体どういうことか、説明してもらおうじゃない」
両親を対面に回して、私は椅子に座っていた――机には、開かれた一冊のアルバム。
椎謹製の私アルバム第二弾、『RAINBOW BOUQUET』(後半の英語はブーケらしい)である。中には当然、私と夕くんがおかしなテンションでポーズを決めた写真や、当然、結婚式と見紛う例のシーンの写真も収められている。
こともあろうに椎の奴、今度は我が家に送って来やがったのだ。それを見た両親から呼び出されて、只今絶賛家族会議中なのである。次に会ったら覚えてろよあの野郎……!
やがて、母が重い口を開く。
「正直に話しなさい。こんな年下の男の子をかどわかして一体何をしたの」
「疑われてるのはそっちかー……」
信用ねーな私。
「別にかどわかしてないから。一応……付き合ってるし」
「……この子、若い身空で人生捨てちゃったの?」
「お母さん、流石に怒るよ?」
「いやだって……あんたと付き合うって、だいぶ血迷った判断に思えるけど」
「……お父さん、よくこんなのと結婚しようと思ったね?」
「なぜ俺にとばっちりが来る。いや……でも、そうか。お前もそういう歳なんだな……正直、驚いてるよ」
「あら。てっきり『お前に結婚なんてまだ早い!』とか言い出すのかと思ったのに」
母の言葉に、父は「俺そういうキャラじゃねーわ」とぼやきながら頭を掻く。
「いや、虹華は結婚以前に、誰かと付き合うかどうかすら怪しかったからな……正直、旦那候補を連れてくることすら期待してなかったから」
「なに、私そんなに外見酷いの?」
「外見はそれなりだろ。中身の話だ。大元になってる俺らが言うのもなんだが、お前めんどくせー性格してるからな」
だからこそ、と父は続ける。
「ま、いいんじゃねーの? これが案外最初で最後のチャンスかもしれねーし、ヤることヤって繋ぎとめちまえ」
「お父さん……オヤジ化が加速してきてるね……」
高校生の娘に言うことかそれが。
「まぁでも、そのうち一回連れてきなさいよ。こんなのを好き好んで引き取る変わり者と、お礼がてらちょっと話してみたいし」
「変わり者の原因の半分がよく言うよ……っと、電話だ。ちょっと出てくる」
「はいはい」
席を立ち、震えるスマホをポケットから取り出す。夕くんからだった。なんだろ?
「もしもし? どうしたの?」
『あーえっとその……』
電話の向こうの彼氏は、ものすごく困った声音をしていた。どうしたんだろう。
『実はですね……青海さんからアルバムが届きまして……』
「……まさか、『RAINBOW BOUQUET』?」
『ま、まさか虹華さんのところにも!?』
椎の奴、小野木宅にもアレ送ってたのか。
『そ、それでですね。アルバムの中身を見てしまった両親が、一度虹華さんと会わせてほしいと言って聞かなくて……』
「あぁー……そっちもかぁー……」
『えっ、そっち「も」?』
あっちでもこっちでも。恋人の両親と顔合わせするなんてイベント、この歳で経験してる奴ってどのぐらいいるんだろう。
これから先の事態を想定して、思わずため息がこぼれるが、リア充でもそうそうないイベントが待ち構えていると思うと、それはそれで、悪くはないかな――なんて思ってしまうあたり、私もまぁまぁ、今の人生を楽しんでいるのかもしれなかった。
自分の中では、珍しくオチがうまく行ったお話じゃないかな、と思ってたりします。
ともあれ、無事主人公組が付きあうことになったようでほっとしてます。これ書いたの一年以上前だと思いますが。改めて読み返してもほっとしますね。
というわけで、次回、最終回です。




