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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
72/74

第70話 黒原虹華と一段飛ばし

実は残すところあと3話です。


 冬休みの終わりまであと二日と迫った。

 ぴんぽーん……というチャイムが鳴る。余人には単なる来客を告げる鐘だが、私にとっては死神の来訪を告げる鐘だ。

「何劇画タッチな顔してんの。あんたの友達でしょ、とっとと出てあげなさいよ」

「友達未満だっての……じゃ、行ってくる」

「んー、いってらー」

 母親と適当な会話を交わして、私は玄関へ向かう。

「おはようございます、虹華さん!」

「お、おはようございます」

 扉を開けた先で待ち構えていたのは、楽しみで仕方がないと頬を緩ませている、友達未満の青海椎。

 そして、どこか緊張気味の夕くんだった。

「ああ、この日が待ち遠しかったですわ!」

「私からしたらまぁまぁ来てほしくなかったけどね……それに、マジで夕くんまで来ちゃったんだ」

「ぼ、僕がいるのはお嫌でしたか……?」

 恐る恐ると言った様子で訊ねてくる夕くんに、いやいや、と手を振る。

「夕くんが嫌ってわけじゃなくてさー……その、色んな格好してんの見られるのが恥ずかしいってことよ……どんな格好させられるんだか、今から戦々恐々してるわ」

 ま、それもこれも椎への対価だから仕方がないっちゃないけども。

 立ち話もそこそこに、私たちは家の前に着けている、青海家のリムジンへと乗り込んだ。

 本日のメインイベントは、私こと黒原虹華の、コスプレ撮影会である。


 約一週間前に行われたコミックマーケット。そこへ出すための同人誌の製作に、ライバルサークルである『シャイニーリング』の代表、輪堂天音さんと、メンバーである青海椎が手伝ってくれた。今日の私の撮影会は、その時の椎の働きの対価としてセッティングされたものなのだ。

 とはいえ、私は一度経験済み。数十万で撮影スタジオを丸一日貸し切っていることもしっている。故に、そんなに驚くことはないだろう、むしろ夕くんの反応を楽しもうと思っていたのだけれど――更衣室に通されていきなり驚いた。

「んっ……? なんか前より多くない?」

 ずらりと並ぶ、ブティックと見紛う衣装の数々。その数が、明らかに倍増していた。

「これ全部って、今日一日じゃ済まないんじゃない……?」

「いえ、問題ありませんよ。半分は、小野木さん用の服ですから」

「あー、なるほどね、夕くん用の――夕くん用!?」

 どういうこと!? と私は夕くんを振り向く。

「えっと……実はこの間、青海さんと打ち合わせをしてたんですけど」

 えっ、なにそれ聞いてない。

「青海さんが、僕も一緒にやった方が虹華さんが可愛い表情を見せるはずだと……」

「ちょっと椎―っ! 純朴な夕くんを誑かしてなんてことを!」

「誑かすだなんて人聞きが悪いですよ。それに、これは小野木さんからの希望でもあるんですから」

「夕くんの?」

「せ、折角ですし、一緒に写真を撮れたらなぁとは思ってます」

 ……うぬぬ。可愛い笑顔で可愛いことを言ってくれる。でも、果たして巻き込んでしまっていいものか――

「ちなみにですが」

 椎は私の迷いを見透かしたように言う。

「小野木さんが着用する衣装の中には女性ものも数点――」

「仕方がないわね、やるわよ夕くん!」

「はっ、はい!」

 夕くんと一緒に写真を撮れる上に、夕くんの女装まで拝めるというのなら断る理由なんてない!

 こうして謎のテンションで、私と夕くんの撮影会は始まった。


「ああっ、いいですよ虹華さん! 目線をこちらへ! 今度は物憂げに天井を見上げてくださいな! そうそうそれです!」

 熟練のグラビアカメラマンもかくやというほどに、言葉とフラッシュを投げかけてくる。

 そのフレームに収まるのは、私と夕くん。今は執事とメイドの格好をしている。何もおかしいことはない。

 ……メイド服を着ているのが夕くんで、執事コス――男装をしているのが私という点を除いては。私に至っては髪をカチューシャでオールバックにさせられるという徹底ぶりだ。

「ふ、普通逆じゃない?」

「いえ、外見と中身の性別がひっくり返った逆転アベック――いい、これはとてもいいですよ! 素晴らしい、最高です!」

「に、虹華さん、お似合いですよ」

 上目遣いでメイドが何か言ってくる――普段なら「胸がないって意味か」的なひねくれた受け取り方をしていただろうけど、なんだかんだと私もこの場のテンションは少しおかしいのだ。

 なので、思わず壁ドンしてしまったのも不可抗力という奴である。

「……あら夕くん、執事を誘惑するなんていけないメイドじゃない?」

「あっ……」

 おまけに顎を指で撫で上げ、顔を無理やり上げさせる――いわゆる顎クイまでかます始末。まんざらでもなさそうな表情がさらにそそる。ちょっとゾクゾクする。

「ッッッハァ――ッ!! いいです! 素晴らしいアドリブですよぉ! 死んだ目ながらも漂う男の色気! 嗜虐的に歪む口元! 最高です、虹華さん! そのままキスの一つでも行っちゃいますか!?」

「あんたのおかげでキスまでは行かずに済んだけどね」

 かなりギリギリまで迫ったけれど、バッシャバッシャ切られるシャッターと興奮した椎の変態的な声でやや正気を取り戻す。

「うふふ、では次に行きましょうか!」

 メイド(男)と執事(女)シチュには満足したらしい。

 結局、その後も四パターンぐらい――女物×女物や、男物×男物みたいな組み合わせもあった――撮影をして、一度休憩に入ることとなった。


 お昼はサンドイッチだった。しかしさすがは青海家から支給されたサンドイッチ、そこらへんのサンドイッチとは格が違った――何が違うかは正直分かんないけど、全然違う。作り方も具のレパートリーも決して変わった物ではないけど、それだけに、市販のそれとは比べ物にならないほど美味しいのは分かった。

パンはふわっふわだし、使われている具はいいものばっかり。マヨネーズ一つとっても、卵の味が濃い。地鶏の卵でも使ってるのかもしれない。

 椎も食べればいいのに、と思う――ちなみに彼女は別室にて、午前中に撮った写真の整理を行っている。

 ……ん?

「夕くん、あんま食べてないみたいだけど大丈夫?」

「えっ、あ、はい! だ、大丈夫です」

 サンドイッチを挟んで対面に座る夕くんの手が、あまり進んでいないようだった。こんなにおいしいのに。

「んー……? ちょっと顔赤いけど、風邪でも引いた?」

「いえ、健康そのものです! 今日のためにばっちり整えてきたので! ただ、ちょっと緊張していると言いますか……」

「? 緊張? 今更?」

 事ここに至って、緊張も何もないと思うんだけど……でも、確かに夕くんの可愛らしい表情に、固さのようなものが見受けられた。この後、何かあるのかな?

「あ……な、なんでもないです! それにしてもサンドイッチ、美味しいですね!」

「え、あ、うん、そうだね……?」

 結構露骨に話を逸らされたけど、実際サンドイッチが美味しくてすぐに違和感を忘れた。


「――さて、いよいよ本日最後の大一番ですよ!」

 午後に入っても何パターンもの衣装で写真を撮り、いよいよ大トリらしい。

「虹華さん、心の準備はよろしいですか?」

「心の準備も何も……チャイナ服から水着から、女騎士にバニーガールの格好までさせられた私に今更身構えるような衣装なんてないんだけど」

 ちなみに今着ているのは着物。ただし、賭博場で賽を振る蓮っ葉な姐さんのように、左肩に腕を通さず、胸はサラシで隠したスタイル。こんな格好までさせられるんだから、いい加減慣れた。どんな衣装でも持って来いっての。逆に、まだ着てない衣装なんて何かあったっけ? マイクロビキニぐらいじゃない?

「ふふっ、頼もしいお言葉ですわ――では、控室へどうぞ」

 促されるまま控室へ戻り、服を脱ぐ。ここには私の着替えを手伝ってくれる女性のスタッフさん(この人も多分椎の使用人)がいて、すさまじい手際で私を着せ替えてくれるのだ。

 ――が、なぜか控室に入った瞬間から、さっきまでと異質な空気に包まれているような気がした。

「黒原様、こちらへどうぞ」

「あ、はい」

 一応自分の服を着直してから、メイク用の椅子に座らされる。パキパキと聞こえたから何事かと思ったら、スタッフさん(女性)が指を鳴らしていた。なぜ。

「おっと、失礼しました――これからの黒原様の衣装のことを考えると、ついつい」

「……そういえば、椎は次にどんな衣装を着るか教えてくれなかったんですけど……私、次は何を着させられるんですか?」

「あら、ご存じなかったんですか? あちらですよ」

 スタッフさんが向けた掌の先には。

「……え、マジか」

 思わずそう呟いてしまう衣装が、用意されていた。

 確かにそれは着てなかったけど……それ、コスプレで着るものかぁ?


「――お嬢様。黒原様の準備が整いました」

「うふふ、待ちくたびれました! ではお二人とも、控室の外へどうぞ!」

 椎に呼ばれたので、私は歩きにくいことこの上ない衣装を身に纏って、歩き出した。

 最後の最後で私の身を包んだのは、こともあろうに純白のウェディングドレスだった。

 シミ一つ、シワ一つないこんな綺麗なドレスに袖を通す機会なんて一生訪れないだろうぐらいに思っていただけに、妙な気分だ。しいて言うなら、目の前を覆うベールのおかげで、少々視界が悪い。ご丁寧にブーケまで用意されていたので、一応片手に持っている。

「ったく、とんでもない衣装用意してくれたわね、椎。結婚前にウェディングドレス来たら婚期が遅れるって迷信もあったはずだけど?」

「ふふっ……虹華さんに限っては心配ないのでは?」

 ……どういう意味で言ってんだかなー。そもそも婿の来手がないってか?

 しかし私がウェディングドレスに身を包む一方、椎もまた、なぜか正装していた。黒を基調としつつも、明るい色のボレロで華やいだ雰囲気を纏う、まるで大人の着こなしだった。結婚式に招待された、新郎新婦の友人のようだ。

「それにしても、あぁっ……眼福この上ありません! 虹華さん、よくお似合――っとっと」

 いつものテンションで私を褒めかけた椎が、なぜか途中で口をつぐんだ。なにか? 私ごときがこんな格好してんのがおかしいのか?

「いえ、すいません。これを最初に言うべきなのはわたくしではないかと思いまして」

「は? それってどういう意味――」

「――虹華、さん」

 私を呼ぶ、夕くんの声。振り向く。

 彼が身に纏っていたのは、私と対をなすような、白のタキシードだった。いつもの可愛さはナリを潜め、凛々しい雰囲気を漂わせる――そんな彼は、振り向いた私の姿を見て少しの間固まり、そして少し慌てたように感想を口にした。

「……きっ、綺麗です、虹華さん」

「えっ……そ、そう? ありがと。嬉しい。夕くんこそ、随分かっこいいじゃない」

「あ、ありがとうございます」

 互いに互いを褒め合って、なんとなく照れてしまう。その空気が苦手な私は、椎に質問をすることで先を促す。

「でも、私たちのこの格好――テーマは結婚式的な?」

「その通りです! 花嫁に虹華さんを、花婿に小野木さんをやっていただきます! そして最後のステージはもちろん、こうなってます!」

 スタジオに通じる扉を、椎が開く。

「うわっ……」

 思わず私は呟いた。

 目の前に広がっていたのは、いわゆるチャペルというやつだった。

 赤い絨毯の敷かれたバージンロード、行きつく先には階段と、十字架を背負った祭壇。そしてその祭壇を臨むように並べられた椅子。

 見事なガチの結婚式場だった。

「ねえ、こんなスタジオあったっけ?」

「ちょっとお金を積んで、カスタマイズさせていただきましたわ。ほほほ」

 ほほほじゃねえよ。

「どんだけこの企画にマジなのあんた……」

「いえ、色々と折角ですから。では、祭壇へ向かっていただけますか?」

「へいへい……じゃあ」

 行こうか、夕くん。そう言い切る前に、夕くんが手を差し出してきた。

「僕が、エスコートしますよ。虹華さん」

 その雰囲気は。

 まるで、本物の花婿のようで――思わず、ドキッとしてしまった。

 急にどうしたの、なんて軽口も、夕くんの表情を見ると引っ込んでしまった――私はブーケを胸元に、空いた方の手で夕くんが差し出した手を緩く握る。

 そして夕くんの歩みに合わせて、私も歩き出した――バージンロードを、進む。

 ……おかしいなぁ。男らしさなんて夕くんにはいらない、ぐらいに思ってたはずなのに。可愛い顔のままで格好いいなんて、ズルいじゃない。

 バシャバシャと連発されているシャッターの音も気にならないぐらい、私たちは、作り物の荘厳な雰囲気に呑まれていた。

 そして神父のいない祭壇に立ち、私たちは向かい合う。夕くんは、手を離さない。

「……さて、ここからどうしようか」

 少しおどけて訊ねてみるが、夕くんは真剣な表情を崩さない。

「……虹華さん。これから僕が言うことは、虹華さんの表情を引き出すための演技ではありません」

 ……? 何を――

「虹華さん」

 夕くんが、私の手を握る力を少しだけ強めた。


「僕と――僕と、結婚してもらえませんか」



ニマニマしながら書いてました。

ニマニマしながら読んでいただけたなら、本望です。

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