第68話 白砂霧の初詣
「しかし、霧もよく付き合ってくれるよな」
「へっ……? な、何が?」
「いや、サークルの話だよ――昔から別段漫画とかアニメとか好きってわけでもないのに、よく付き合ってくれてるなぁと」
「あ……そ、そういうやつね」
コミケを越えて、お正月――あたしとライは、近所の神社へ初詣に向かっていた。
誘ったのは、もちろんあたしから。本当は虹華でも誘おうかと思ったけど、ライと二人きりで行動できる数少ないチャンス……虹華には悪いけど、今日は男を優先することにさせてもらったのだ。
あたしたち以外にも、家族連れや老夫婦がちらほらと、同じ方向へ向かって歩いている。年齢は様々ながらも、新年一発目から空が晴れているせいか、皆表情は一様に明るい。
「ま、まぁ、幼馴染の頼みだからね」
「それにしちゃずいぶん付き合い良い気がするけどな。うちの活動ある時なんて毎回来てくれてるだろ? 灰森だって紹介してくれたしよ。ぶっちゃけ絵を描くでもなく、アニメや漫画が好きでもなく、お前が『キラーハウス』にいてくれる理由が想像できなくてな」
「…………」
この鈍感め、と流石にそう思わざるを得なかった。
「まぁ、何かしら気に入ってくれてるんならありがたいけどな。あ、それともよ」
神社が近づいてきたところで、ライは笑いながら言う。
「霧、俺のことが好きだったりするか? ははっ、流石にんなわけね―か」
「…………」
思わず黙りこくってしまった――こっちの心臓が止まりそうになるようなことを、いきなり言わないでほしい。
そして何より、そんなことをさも冗談とばかりに口にされたことに、腹が立って仕方ない。
「……? 霧?」
流石に違和感を覚えたのか、ライがあたしの顔を見てくる。
「……あのさ」
――もしも、そうだよって言ったら。
ライのことが好きで、何かしらの繋がりが欲しかったからサークルに入ったんだよって言ったら。
この鈍感な幼馴染は、どんな反応を見せるだろう?
じぃっと、ライの目を見つめて、あたしは――
「――あ、いたいた。大井手―、こっち……げ」
……げ、はこっちのセリフなんですけど。
あたしたちに話しかけてきたのは、鳥居の下で振袖を纏った女子大生。
同人サークル『シャイニーリング』の代表、輪堂天音さんだった。
「……で、なんで輪堂さんがここに?」
「それはこっちのセリフよ」
とりあえず、お互いになんとなく気まずさを感じながら、お参りのための列に並んだ。カラコロとなる鈴の音、賽銭箱に小銭の投げ込まれるチャリンチャリンという音、そしてなにより周りの人々のワイワイとした賑やかさの中で、あたしと輪堂さんは互いにけん制し合う。
「あたしは普通に、ライを誘ったんですけど」
「私だってそうよ……ってことは、原因は」
二人そろって、目の前の大柄な背中の元凶を見る。
「ライ、輪堂さんと会うこと黙ってたの?」
「黙ってたって言うかなー。霧に誘われたあと、準備してる時に輪堂からも連絡が来たんだよ。初詣行かないかって。行く神社は同じだし、とりあえず現地で集合すればいいかと思ったわけだ。互いに知らねー仲でもねーしな」
「あいっかわらずデリカシーのない男ね……」
輪堂さんの呟きには全面的に同意だった。
「しかし、ずいぶん気合入ってんじゃねえか、その恰好」
「あ、ああ、これ?」
輪堂さんが、軽く袖を持ち上げる。目にも鮮やかな、赤を基調とした振袖だ。さすがのライも、話題にあげる程度には気になっていたらしい。むぅ、と普段着のあたしはちょっとだけジェラシー。
「椎が貸してくれたのよ。似合ってるでしょ?」
「馬子にも衣装ってやつか」
「大井手、それ褒め言葉じゃないからね?」
「分かってるけど?」
「ん? ……どういう意味よ!?」
食らいつく輪堂さんと、カラカラ笑うライ。その距離感は、あたしとライのそれよりも近く見える気がする。
だからだろう、あたしの中で、悪いあたしが顔を出した。
「……『シャイニーリング』のメンバーとは、初詣に行かないんですか?」
ぴん、と糸が張るような音が聞こえた――輪堂さんと一瞬交わした視線に、上等、という呟きが混じっていたような気がした。
「ええ、お正月ともなるとみんな忙しいみたいだから――そういえば、椎なんかはそっちの小野木くんと用事があるみたいなことを言ってたわね」
「? 小野木くんと……青海さんが?」
虹華を男らしさの師匠と崇める小野木くんと、虹華の死んだ魚の目を異常に好む青海さん。その組み合わせには少なからず驚いたけど……。
「ああ、そういえば、コミケが終わったら撮影会がどうのって言ってましたっけ」
「ええ、それの打ち合わせじゃない?」
……虹華も大変だなぁ……と思っていると、輪堂さんは少し困ったように笑う。
「どうかしました?」
輪堂さんは、少し声を小さく――多分、目の前のライに聞こえないように話す。
「てっきり、喧嘩を売られたと思ってたんだけど、思ったより普通に話をするもんだからさ」
「あ」
……ほんの一言二言話しただけで忘れちゃうなんて……あたしはニワトリか何かなの?
「向いてないんでしょ、そういう嫌味みたいなの。負けないって気持ちは伝わったけどね」
「う……」
よりにもよって喧嘩を吹っかけた相手にフォローされるとか、これはちょっと恥ずかしい。
「お互いわざわざ牽制しあってないで、あいつに想いを通すことから始めないとね」
「……ですね」
「ま、私も負けないけどね?」
互いに笑っていると、ライが振り向く。
「お前ら、そろそろだぞー。願い事は決まってんのか?」
「もちろんじゃない。私は――」
輪堂さんは、一瞬躊躇ってから、それを口にする。
「――好きな人に、想いが伝わるように、かな」
「へぇ、お前にも好きな奴とかいたのか」
「…………」
無言でぷるぷると震える輪堂さん。う、うわぁ……。
「霧は?」
「えっ。えーっと、その……」
なんと言おうか少し悩んだけど、輪堂さんが仕掛けたのだ。あたしだって!
「あ、あたしも同じ、かな……」
「ほー。みんな青春してるねぇ」
完全無欠に他人事と言った様子の感想を述べ、ライは前に向き直ってお賽銭を財布から取り出す。自分が好かれているとは微塵も思っていないらしい。この鈍感め……
あたしが少々顔を引くつかせていると、輪堂さんが提案してくる。
「――白砂さん、負けないと言った手前少し言いにくいけれど、一時休戦しない?」
「休戦……ですか?」
「ええ。神になんて頼ってられない――あのバカに、まずは私たちが女であると教えなければならないわ。はっきり言って私一人じゃ手に余るから、手伝って」
同感だった。確かに、ライの鈍感は面倒くさい。自分から彼の理性と固定観念をぶっ壊しに行くぐらいじゃないと進展はあるまい。
「……乗りました」
「そうこなくっちゃ。これからよろしくね」
がしっ、とあたしたちは握手を交わす。同時に、ライが盛大にくしゃみをしていたけど、まぁあたしたちのせいじゃないでしょ。多分ね。
――こうして、あたしは新年早々、恋のライバルと手を組むことになった。
この先がどうなるのかは、神のみぞ知る……ってところ、かな?
きっとこれから霧と天音はあの手この手でヘッドに迫ることでしょう。羨ましい奴め。
すったもんだのラブコメを経て、結果どちらを選ぶのかは、自分にも分かりません(逃)




