第6話 黒原虹華の臨死体験
霧と作戦会議をしたその日の夜に、ヘッドである大井手さんから招集がかかった。
何事だろうと思いながら、翌日、待ち合わせ場所である学校最寄りの梔子駅前で、中峯さんの運転する車に拾ってもらい、『キラーハウス』の集会所へとやってきた。
「おはようございまーす」
入ってきた私に気づいたヘッドが、片手を上げて応じる。
「おう、お疲れさん。隼太郎もご苦労だったな」
「これが仕事ですからね」
「あ、虹華。やっほー」
「や、虹ちゃん」
声の方向を見ると、霧と灰森さんがソファに座って何かを読んでいた。表紙を見るに同じ物のようだけど……なんだろ、あれ? 雑誌というには、少し薄めだけど……。
しかしそれが何かを確認をする前に、お盆を持った小野木くんが私の隣へやってきて。
「虹華さん、お疲れ様です! お茶をお持ちしました!」
「……てい」
「あうっ!?」
小野木くんのテンションが気に食わなかったので軽いチョップを繰り出すと、目を(> <)←こんなのにした小野木くんが頭を抑えた。可愛い。
「な、何するんですかぁ」
「誰が舎弟になれと言ったか。あ、お茶はもらうわ。ありがと」
お盆からコップを受け取って、くぴくぴといただく。
「えー、でもこの方が男らしいかと思って……」
唇を尖らせる小野木くん。むくれた姿は非常に可愛らしいのだが、ここは心を鬼にして言わなければならない。
「また形から入ってるわよ。この間言ったことをもう忘れたの? 小野木くん。男らしさっていうのは堂々とすることであって、男臭い行動とは別物なんだよ。そこをはき違えたまま男らしい行動を取っても滑稽なだけなんだから――」
「あうあう、わ、分かりました、すいませんでした……」
しゅん、とうなだれる小野木くん……くっ、可愛いな。なんか見てるだけでこう、顔が熱くなってくる。……むぅ、しょうがないなあ。今回はこの辺で勘弁して――
「あ、そうだ、虹華さん」
思い出したように顔を晴らした小野木くんが、私に予想外の逆襲をしてきた。
「その……僕だけ虹華さんと呼ぶのもアレだと思うので、虹華さんも僕のことは夕と呼んでいただけませんか?」
「 」
わはぁー、なにここすごーい。視界いっぱいのお花畑と、川の向こうには小さいころに死んじゃったひいばあちゃんが手招きしてる――
「え、えっ!? どうしたんですか、すごい顔してますよ虹華さん!?」
「……………………っ、はっ!? あ、あぁ、ごめん、ちょっときれいな三途の川を泳ぎかけてた
「死にかけてるじゃないですか!? 僕、そんなに悪いこと言いましたか!?」
「そ、そんなことないって! むしろいいこと過ぎて天国に逝きかけたよ!」
「どういうことですか!? い、いや、でもそんなに危険な目に遭うなら、今まで通り名字で――」
「 」
あら、何かしらこの場所は。さっきの綺麗なお花畑と違って、地面をびっしりと埋め尽くしているのは無数の頭蓋骨。目の前には綺麗さとは無縁の、血のように真っ赤な川。そして向こう岸では恰幅のいい何かが、にこやかな顔でおいでおいでと手招きしている。あれはまさか、噂の閻魔大なんとか――
「にっ、虹華さん、虹華さん!? 顔がさっきよりもさらに青白いですよ!?」
「……………………っ、はっ!? あ、ああ、ごめん、ちょっと閻魔様に中指立ててた」
「一体何に喧嘩を売っているんですか虹華さん!?」
私の臨死体験の中身を聞いた小野木くんは愕然としていた。
「そんなことしたら地獄に落ちてからひどい目に遭いますよ!」
「地獄に落ちる以上にひどい目もないと思うんだけど」
「あっ、でも虹華さんなら地獄に落ちることもないでしょうから安心ですね!」
「……ハハッ」
「何で目を逸らすんですか?」
自分の業の深さには自覚があるだけに小野木くんを直視できなかった。
「……で、何の話だっけ」
「えっと……さっきまでの虹華さんを見ているととても言い出しにくいんですけど、僕のことも下の名前で呼んでほしいと」
「あ、そうだったそうだった」
想定外のラッキーパンチだったため、魂があちこちへふらふらしてしまった。
ドキドキという胸の高鳴りを体全体で感じつつ、私はその名を口にした。
「……夕、くん」
そっと囁くような調子になってしまった。なんだか恥ずかしい……。
しかし彼は嬉しそうに応じてくれた。
「はいっ、虹華さん!」
「…………」
ええい、私がこんなに照れているというのに、憎たらしいほど可愛い、無邪気な笑顔を浮かべおって……。思わず両側から、彼の頬を人差し指でつっついた。
「な、なにするんですかぁ」
「ちょっとぐらい照れなさいよ……もう」
そんな私たちを見て、ヘッドがカラカラと笑う。
「いやー、あの二人は見ていて飽きないな。さすが霧の友人だ」
「あたしも、あんな化学反応を起こすとは思ってなかったけどねー」
「――さて、じゃあそこの『男らしく師弟』コンビ」
……おとこらしくしていぃ?
「それは私たちのことを言っているんですか?」
「この場にはお前ら以外に師弟なんていないっての」
「もう、適当な名前つけてくれちゃって……小野木くんも何か言って?」
「……夕、です」
「――――!」
今まで通りに名字で呼ばれた小野木くん――否、夕くんが、むっす~、と頬を膨らませている。可愛過ぎて心臓の鼓動が跳ねあがった。今ならバストサイズもカップ一つ分上がっているかもしれない。
「ふ、ふふふ……ごめんね……夕くん」
「はいっ!」
「……あー、じゃあそろそろいいか?」
やや呆れた様子のヘッドが、本題を切り出した。
「今回集まってもらったのは他でもない――来週末にある同人誌即売会のイベントについてだ」