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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第67話 黒原虹華の静かな正月


 冬のコミックマーケットは、年末の三日間にかけて行われる。

 それを終えると、当然待っているのは新年である。

「虹華―、あんた正月だからっていつまで寝てんの。そろそろ起きたら?」

「うぇーい……」

 部屋の外からの母親の声に、渋々と起き上がってみた。

 自室の空気は冷たく、ぬくぬくとした布団から抜け出すのも一苦労だ。

 時計を見る。時計はすでに午前十時を回っていた――まあ、午前一時ぐらいに寝たことを考えればこんなもの……と言おうと思ったけど、普通に寝すぎか。

「はーっ……さむさむ」

 寝間着を身に付けたままリビングへ向かう。お父さんとお母さんが、既に外出の準備を済ませていた。

「……一応訊くけど」

「んー?」

「虹華、あんた初詣ついてこないわね?」

「え、うん、そうだけど……何急に?」

 我が家は……というか両親は、毎年元日に初詣に行く。当然私も昔はついて行っていたのだけれど、酷い人混みが嫌になってここ数年は一緒に行ってない。私が行くとすれば三、四日経ってからだ。

 だから今日も、毎年のようにだらけていたのだけれど――

「いや、あんた年末にコミックマーケット? に行ってたじゃない。あんな人混み行ったんだから、ちょっとは耐性でもついたのかと思って」

「あー……なるほど。でも何、一緒に行きたいの?」

「いや別に? 念のため訊いただけ。行かないならいいけど――泣き喚かれても困るしね」

「それいつの話してんの」

 かつてチビだったころの私は、人だらけの場所に行くとそれはそれは泣いて嫌がっていたらしい。遊園地でも泣いて帰りたがったとかで、人の多い場所に行こうとする度に母親からはこうからかわれる。

 私の人混み嫌いは筋金入りだったらしい。

 少し考えたけど、結局結論はいつも通りだった。

「今日はパス。今から準備してたら遅くなるでしょ?」

「それもそっか。じゃあ私ら初詣と買い物行ってくるから」

「んー、いってらっしゃー」

 両親を見送って机の上に目を向ける。ベーコンエッグが乗った皿にラップがされていた。一杯水を飲んでから、ベーコンエッグを少々レンジでチンして温める。その間に炊飯ジャーからご飯をよそい、少々物寂しいので引き出しから即席みそ汁を引っ張り出し、電気ケトルでお湯を沸かす。ご飯とベーコンエッグを先に机に運んで、キッチンへ戻る。お椀に即席みそ汁のもとをぶちまけて、湧いたお湯を注ぎ込む。

 それを机に持って行って、座って――がっかりする。

「箸忘れたぁ……」

 言いようのない虚脱感に襲われながらも、犬のように食べるわけにもいかないので再び取りに行った。何たる間抜け。年が明けてボケてるのだろうか。

 もそもそと、年が変わったとは思えないいつも通りの味のご飯を食べる。ベーコンエッグは醤油と唐辛子をかけて食べる派。ベーコンの脂と唐辛子ってなんでこんなに合うんだろ、といつも思いながら舌鼓を打つ。

「……静かだな……」

 そう思ったことにやや違和感を覚えながら、テレビをつける。どこもここもお正月特番みたいな感じだった――副男だったり百貨店の福袋争奪戦だったり初日の出だったり。

 ぼうっと眺めながら、さっきの違和感の正体に思い当たる。

「……一人ぼっちなのは、久しぶりなのか」

 なんだかんだ言って、ここ数か月は毎日、ほとんど周りに人がいた。『キラーハウス』に入る前は、一人ぼっちが普通だったのに。

 友達が少なかったから、休日は家で一人、ラノベを読み漁って終えることも少なくなかった。沈黙がまるっきり苦ではなかった。なんなら沈黙は友達だった。

 だけど今は、沈黙がなんとなく気まずい。その中でぼうっとしているのが落ち着かない。

 あのサークルが私に与えた変化は、思った以上に大きいのかもしれない。

「……腑抜けちゃったもんだなぁ、黒原虹華も」

 若干百合気味で、孤独で、ひねくれ者で。面倒くさい女のスタンダードを地で行っていた私が、今では沈黙に嫌われる程度に友人が増え、挙句の果てに恋までしている。

 こんなのまるで、普通の女の子だ。

「……いや、百合気味でひねくれ者で面倒くさいあたりは変わってないか……」

 朝食の洗い物を済ませて、いったん自室へ。唯一の暖房器具であるヒーターを付けてから、歯磨き・洗顔という最低限のルーティンワークを済ませて、温まった部屋へ戻る。私が抜けたことですっかり冷めた布団に体を投げ出し、ふぅ、と一息つく。

「……初詣ねぇ……」

 もしも行くとすれば。

 夕くんか、あるいは霧――いや、たぶんサークルのメンバーからなら、誘われれば行くだろう、とは思う。彼ら彼女らとの付き合いは、思っていたより全然楽しいから。

 どれほど人混みを嫌っていても、メンバーの誰かと一緒ならそんなに苦ではないはずだ。

 でなければ、コミックマーケットであんなに活動できるわけがないのだ。あの時だってほとんど一人だったけど、会場のどこかで、みんなが頑張ってる。そう思えば、人混みを掻き分ける程度の元気も出たから。

 一人ではないことは、とてもとても、心強いと思っている。

 私がそんなことを考えるなんて、一年前は夢にも見なかったけど。

 人生、分かんないもんだなぁ。

 ……さて、どうしようか。思ったより暇になってしまった。

「……よしっ」

 一念発起し、前々から計画していたことを実行に移す。体を持ち上げ、机に向かう。

 そしてほぼ手つかずの冬休みの課題を押し退け、机の上にまっさらなルーズリーフを広げた。ペンを持つ。

 ガリガリガリ、と驚くような勢いで手が動き始めた。

 あのコミックマーケットを経験して以降、私はなんとなく、気がついたら物語を考えるようになっていた。これもサークルが私にもたらした大きな変化だろう。

 サークルのは二次創作ではあったけど、今度は私のオリジナル。

まだ取り留めもなく、溢れるアイディアを書き連ねているだけだけれど、もしもこれが形になってきたら、サークル用としてみんなに見てもらってもいいし、賞に応募したっていい。

とはいえ、ときわさんのように親に啖呵を切る覚悟はないし、無暗にことを荒立てるつもりもない。

 だから私は親に知られず、こっそりと小説家を目指すことを決めた。大学に行って、普通に就職して。リスクを最小限に抑えたその傍らで、賞に投稿したり、今の時代なら無料サイトで公開するって手もある。そして何らかの形でデビューできた時に、初めて親に話すのだ。

 ――私にも、かつて未来は無限に広がっていた。私でさえ、きっとなんにでもなれる時代が確かにあった。

 しかしそれが過去になった今だからこそ、こうも思う。私たちは何にでもなれる可能性と引き換えに、覚悟さえあれば、行きたい場所へ行く権利を得たのだと。

 そして、行きたい場所へ行く方法は、今の時代いくらでも転がっている。

 ましてや、今から始めるのなら、きっと決して遅くはないから。

「……なんだろうな、この感じ」

 やりたいことが定まった。そして、物語を考えることが楽しくて仕方ない。

 沸々と、胸の内側から湧き上がるものに笑いがこみあげてくる。

「よーし、やってやんぞーっ!」

 根拠もないけど、なんとなくうまくいく気しかしなくて、私はらしくもなく叫んでみた。

『キラーハウス』での騒がしい日々が、私に与えてくれたものを噛みしめながら。



とてもおしまいっぽいですが、もうちょっと続きますよ。

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