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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第66話 黒原虹華の感心


 ――コミックマーケットが終了し。

 撤収作業などを終えた私たちは、都内某所のレストランに来ていた。明らかにチェーン店よりもよさげなお店だけど、カッチリと気取っているわけでもない、メニューの値段をみていると、若者でもちょっと贅沢しようと思えば来られるような、そんなお店だ。

 目的は当然、打ち上げ――メンツは『キラーハウス』のメンバーはもちろん、ブースに入っていた『シャイニーリング』の二人、輪堂さんと青海椎も当然参加していた。

 なんでも、このお店は椎が気を利かせて予約してくれていたらしい。珍しく、椎に感謝してもいい気分になった。

 ……あの終わり方でさえなければ、だけれども。

 各々の頼んだドリンクが届いたところで、ヘッドが立ち上がった。

「んじゃー、まあ初参加のコミックマーケット、ブースのみんなはもちろん、買い出し組の黒原と灰森も。無事に終わったってことで、今日はお疲れさん! 乾杯!」

「「「かんぱーい……」」」

 ヘッドが片手で意気揚々とグラスを掲げるも、それに追随する声には張りがなかった。中峯さんもときわさんも夕くんも輪堂さんも、浮かない顔をしている。霧はどちらかと言えばこの店の空気にわくわくしてるみたいだけれど、みんながどんよりしているのではしゃぎづらい、みたいな感じだろうか。可愛いなこいつめ。あと椎はいつも通りニコニコしていた。いっそ不気味だった。

「おいおいお前ら、せっかく都会のシャレオツな店で打ち上げやりにきてんだぜ? もうちょいテンション上げてこうぜ!」

「あの散々な結果で、あんたよくそのテンションでいられるわね……」

 地球外生命体でも見るかのような目でヘッドを見たのは、輪堂さんだ。

 彼女の言う通り、今回持ち込んだ三百冊ずつの同人誌は、実にその九割近くが売れ残った。流石に私たちだけで持って帰るのは手間なので、今回に限っては椎の力を借りた――お嬢様のコール一本で呼び出された黒服さんたちが、売れ残りの詰まった段ボールを回収していってくれたおかげで、私たちは身軽なものである。……この店のことといい、椎に頼りすぎじゃなかろうか、私たち。

 ……まあ、身軽になったとはいえ、心まで軽くなるかと言われると、そうでもないけれど……輪堂さんは、普段の凛とした様子もどこへやら、ちびちびとドリンクを口にしながら言う。

「今私、割と心が折れる一歩手前なんだけど」

「おいおい、人生成功ばかりじゃないんだぜ? 最初っからうまくいく奴なんてそうそういねえだろ」

「正論だけに腹立つわー……」

「こういう時、うちのヘッドは切り替え早いですからね……」

 ヘッドと違って切り替えられてはいない様子なのは、うちのサークルの何でも屋。中峯さんが苦笑と共に同意する。

「一応訊きますけど、ヘッドって悔しくないんですか?」

 私の問いに、ヘッドは「はん」と鼻で笑って答えた。腹立つわ―……。

「アホか。作ったもん売れなかったんだから悔しいに決まってんだろ」

 ……これは、ちょっと意外だった。

「てっきり何も考えてないのかと……」

「……やっぱ黒原って思ったよりはっきりモノ言うよな。さすが腹黒虹華」

「だれが腹黒ですか」

 私の抗議も無視して、「ったくお前らは……」と言いつつ、ぐいっとグラスのソフトドリンクを煽る。

「ぶはーっ。あのなお前ら、悔しがったってモノ売れるわけじゃねーだろうが」

 身も蓋もないことを言いながら、彼はばりばりと頭を掻く。

「それと、残った物に意識を向けすぎだろ。確かに、ちょっと持ち込み過ぎちまったってのはある。次は流石に減らさねーとまずいな」

 それはそれとして、とさらに続ける。

「売れ残ったものがあるってことは、売れた方もあるってことだ。俺たちが今気にするべきなのは買ってってくれた人たちが楽しんでくれてるかどうかであって、売れ残りを見てがっかりすることじゃねえだろう」

「……! はい、そうですね!」

 しょんぼりしていた夕くんが、その言葉を受けてはっとしたように顔を上げる。他のみんなも似たり寄ったりで、うちのメンバーは軒並み表情が晴れたようだ。

 この人の、こういうところが『ヘッド』なんだろうなぁ、と思う。

 頭は決して良くないけど、こういう人が上にいると、ちょっと安心できるというか。

 輪堂さんの表情にも少し変化が見られたが、それは晴れたというより、不思議そうな表情だった。

「……大井手、次も出るつもりだったの?」

「は? 当たり前だろ。なんだお前出ないつもりだったのか?」

 心底以外といった風にヘッドは訊き返す。

「こんな中途半端な結末で終われるかよ。まず目標は百冊だ!」

「いや、あのー……ヘッド? 意気込みに水を差す用で悪いんですけど」

 中峯さんが申し訳なさそうに言う。

「売れ残りの分、ぶっちゃけ今回赤字で……サークルの運営費的なものがないんですけど。新しいの作るにしても、まず売れ残りを捌けないとキツイです」

「あー、そんなもん俺がバイトしてどうにかするっての。代表なめんな」

 ひらひらと手を振りながら、ものすごくさらっと大変そうなことを言う。

「元々俺の趣味みたいなもんだからな、このサークル。売れ残りは次のイベントからちょっとずつ消化していくにしても、赤字に関しちゃお前らが気にすることねえよ。作りたいもん作ろうぜ」

「おお~、良いこというね~」

 ちぱちぱと、ときわさんが小さい手で拍手を送るものだから、ヘッドがにやりと調子に乗る。

「だろ? 俺だってたまには年上らしいこと言うんだぜ――ああそうだ、輪堂。一つ提案があるんだが」

「な、なに?」

 突然話を向けられた輪堂さんが身構える。

「――今回の売り上げ勝負、なかったことにしないか?」

「……一応、理由を聞いておこうかしら」

「いや、今回、売り上げ勝負って言っても不完全燃焼感強いだろ? まだ詳しく数えたわけじゃないけど、この状態で勝った負けたっつってもなんかしょぼいじゃん。だから、今回のはナシにして、いずれまた仕切りなおさないかってことだ」

「……それもそうね」

 輪堂さんの表情が緩む。どこか、張り詰めていた気が緩んだようにも見えた。

「……どうせ今回、あんたたちのほうが売り上げは上だったんでしょうし。そっちからそう言ってくれるなら願ったりよ」

「お、珍しいな。なんかあっさり負け認めて」

「どう見てもあんたたちの同人誌のほうが売れてたからね。ま、直接宣伝されたのがそっちの表紙だけだったから仕方ないけど――すいませーん! 中ジョッキ一つ!」

 店員さんを呼んだ輪堂さんは、意外な注文をした。あらあら、と目をぱちくりさせたのは椎である。

「珍しい。天音さんがお酒を飲むなんて」

「ヤケ酒よ。こんな時ぐらいいいでしょ。潰れたら帰りよろしく、椎」

「はい、承りました」

「なんだよ、お前が飲むなら俺だって飲むぜ? すんません、大ジョッキも一つお願いしまーす!」

 ビールが届いたかと思うと、ヘッドと輪堂さんはごっごっごっ、と凄まじい勢いでジョッキを傾けていく。

「「――っぷはぁっ! おかわり!」」

「はっや! どんな速度で飲んでんですか!」

「これは早々に潰れるね~」

「へっへっへ、やるじゃねーか輪堂。ジョッキの大きさが違うとはいえイッキとはな」

「ふふん、このぐらい軽いもんよ。あんたこそ良い飲みっぷりじゃない」

 ガン、と互いに空になったジョッキをぶつける。その様子を、ちょっぴり羨ましそうに眺める乙女が一人。

「……さすがにお酒に突き合うにはちょっと早いから、仕方ないね? 霧」

「ん……そうだね」

「ほらほら、こっちはこっちで乾杯してよ?」

「ん、そうね」

 私と霧も互いにカツン、と控えめにグラスをぶつけ合っておいた。

 それから間もなく、料理も届いて、本格的に打ち上げが始まった。

 そこには、この店に来た時の陰鬱さは微塵もなく――朗らかで和やかな、若者らしい活気に満ち溢れていた。

「見てなさいよーっ! 次は絶対完売させてやるんだからーっ!」

「おう、言ったれ言ったれーっ! だっはっはっは!」

「ちょぉっと静かにしようかお二人さん!? 他のお客さんもいるからね!?」

 ……悪い意味でも若者らしくなってしまったみたいだけれど、それはまぁ、ご愛嬌と言うことで。

 私たちの初のコミックマーケットは、苦い結果に終わったけれど。

 この打ち上げのおかげで、私たちは次への活力を得られたようだった。



楽しいばかりじゃないけれど、苦い思い出も糧にしよう。というわけで、コミケ編・完。

残り数話で完結するため、次からはエピローグっぽいお話になります。

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