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キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
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第65話 黒原虹華と現実


 うちのブースへ向かう途中、さっきまでの話を思い返して、はてと私は首をひねる。

「……そういえば、話が脱線してません? 胡椒ミルさんがSNSにうちの同人誌の画像をアップした理由ですよ、聞きたかったのは」

「虹ちゃんが『足が届くのか』とか余計なこと言ったせいだよ~」

 隣を歩くときわさんは、涼しい顔で私に責任を押し付けてくる。……まあ確かに、口を滑らせた私のせいと言えなくもないけど……。

「そうそう、そもそもなんで胡椒さんがうちの同人誌を持ってるんですか?」

 私が聞いたのは、ときわさんが胡椒ミルさんの同人誌を買おうとして、年齢確認をされたところまで。訊きたいのはその先の話だ。

「あ~、それがね~……」

 ――ときわさん曰く、なんでも年齢を疑ったお詫びにわざわざ追いかけてきて、買った同人誌にサインをしてくれたらしい。

 その際、ときわさんは胡椒さんの絵の描き方――艶っぽい女の子の描き方について質問したとのこと。技術についてはこの場で教えるのは難しいため、連絡先の書かれている名刺をもらい、後日色々話をしてみることになったのだとか。

「……で、同人誌が出てくるのはここからなんだけどね。折角だし、お近づきの印にってことでわたしも胡椒さんに同人誌をあげたんだ~」

「あ、さっき一回うちのブース行って来たって言ってましたけど、そのためだったんですね」

「そしたら気を利かせてくれたのか分からないけど、さっきの画像がアップされてたってこと」

「なるほど」

 ことのあらましを大体理解した私は一つ頷く。

 頷きながら、驚いてもいた。

 それはつまり、胡椒ミル――この業界で結構な有名人と、パイプを持ったことに他ならないからだ。

 ……ん、ということは……?

「ときわさん、18禁方面に進むんですか?」

「いやいや、それは短絡的すぎるでしょ。胡椒さんに色々訊ねたいのはあくまで絵に艶っぽさが欲しいからであって、エロ方面に行きたいわけじゃないからね」

 ただまぁ、と彼女はつなげる。

「別に描かないとも言わないけどね。要望があった時になんでも描けた方が格好いいでしょ?」

「プロ意識、ってやつですか?」

「そんなとこ」

「…………格好いいですね」

「何その間」

「いえ、なんでも」

 ……メールとかならともかく、ときわさんと直接会ってエロ絵を頼むなんて度胸のある人がいるのだろうか。見た目子供のときわさんにそういうものを頼んだだけでぴーぽーぴーぽーされかねないと思う。

 言ったらまた命の危機になりそうなので流石に言わないけどね――と思いながら歩いているうちに、うちのブースの前に着く。

「…………」

「…………」

 なんとなく、二人とも無言になった。

「……ときわさん?」

「わたしは嘘なんてついてないけど~?」

「……いや、それにしては、その……」

 ものすごく言いにくいけど、私は言った。


 ――私たちのブースに積み上がりっぱなしの同人誌の山を見て。


「……特に売れたようには見えないんですが……」

「……お、おっかしぃな~……?」

 珍しく困惑した様子のときわさん。気温は低めにも関わらず、心なしか額には冷や汗が浮かんでいるようにも見える。

「と、とりあえず、中の人たちに話を聞いてみましょうか」

「そ、そうだね、そうしよう」

 二人ともなんとなく焦りながら、ブースの内側に座る二人に声をかける。

「あ、いらっしゃいま――あ、虹華さん」

「お疲れ様でーぶふっ!」

「に、虹華さん!?」

 机を挟んだ向こうから、夕くんの――メイド服で可愛くドレスアップされた夕くんの心配そうな声がした。……忘れてた……っ! 夕くんはいま、私を殺す衣装を纏っていることを……!

「だ、大丈夫ですか!?」

「だいじょ、大丈夫……! 夕くん、めっちゃ似合ってる……!」

「息も絶え絶えに言われても反応に困るんですが!?」

「……ずいぶん賑やかしいことね……」

 慌てた夕くんの声とは対照的に、沈んだ声。発したのは夕くんの隣で店の番をする『シャイニーリング』の代表、輪堂天音さんだった。

「私はもう恥ずかしくって仕方ないわ……」

 消え入るような声で顔を覆う。……あの強気な輪堂さんがこんなになるとは……。

「……一体何があったんです?」

「何もなかったんだよ」

 私の疑問に答えたのは夕くんでも輪堂さんでもなく、ブースの後ろからやってきた中峯さんだ。その表情は苦笑――どちらかと言えば、苦の割合が強いように見えた。どことなくやってしまった感を漂わせながら、彼は言う。

「見たか? SNS」

「ええ、もちろん――あれがあったから、多少は忙しくなったかなと思ったんですけど」

「なったよ。ほんとに一瞬だけだったけど」

 ――曰く、設営時にテーブルへ積み上げた同人誌の山、それが捌ける程度には、お客さんは来たらしい。一時期は行列もできたのだとか。人気作家のSNSの影響はなかなか凄まじいものがあったが、しかし、それまでだった。

 行列が捌けたあとは、全てが元通り。減った本も段ボールから補充されて、山が再び積みなおされて――そして、再び補充をする必要はなかったようだ。

「……俺としたことが、リサーチ不足もいいとこだったな……失敗した……」

「実際、どのぐらい売れたんですか?」

「さあ……3,40ぐらいじゃないかな……? 詳しくは数えてないや」

「こちらもそのぐらいですかね」

 頬に手を当てながら言うのは、コスプレした椎だ。こちらも珍しく、困ったような顔をしていた。

「後半に入ればもう少し忙しくなると思っていましたけれど、気づけば残りも30分ほどですからね」

「……調べてみたらさ、中堅サークルでも刷るのは500部ぐらいで、半分ぐらいは委託に回すんだってさ。そもそも、俺たちが張り切って刷りすぎたってことだな」

「……確か、『コミックラフト』では45部ぐらい売れたって言ってませんでしたっけ」

 ということは、あれはめっちゃ売れてた方だったのか。

 そして今回の売り上げはその約半分か、それ以下か。地元ではそれなりに売れていた『キラーハウス』も、そして『シャイニーリング』も、初参加のコミケではこの程度。

「……いや、フォローするつもりじゃないけど、コミケで40とか売れてたら十分だ、って話もあるみたいなんだ。ネット見てたらさ」

「……何のフォローにもならないわね……売れ残ったこれ、どうしようかな……」

 輪堂さんがガチ凹みしていた。

 初参加サークルの、これが現実。それを目の当たりにして、私は――

「――おう、黒原と灰森。来てたのか」

「あ、虹華……お疲れ」

「ヘッド。それに霧も。姿が見えないと思ったけど、どこか行ってたの?」

「霧のトイレの付き添い」

 あけすけなことを口にしたヘッドが霧に軽くどつかれた。

「ヘッドは……これ、どう思います?」

「ん? ああ、これな」

 積み上がった――売れ残った同人誌を見て、ヘッドは悔し気な顔もせずに笑う。


「ま、今回はしゃあねえやな! 次頑張ろうぜ!」


「軽っ!」

 あまりに軽い感想でびっくりした。この人自分が代表だって自覚はあるのかな……?

 ――結局、その後も波乱は起こらないまま。

 三十分が過ぎたころ、コミックマーケット閉会のアナウンスと、参加者たちの拍手がビッグサイトの中に反響した。

『コミックラフト』の時のような充足感はどこにもなく。

 私たちのようなサークルにとっては、非常に苦い音がした。



実は最初は売り切るつもりでしたが、あれこれ調べてるうちに「コミケ初参加」「三百部完売」「なのにメンバーの誰かが特に有名というわけでもない」という文字の並びがちょっと洒落になってないことに気づく。

結果、「あ、これ無理だな」と思ったのでこうなりました。現実は苦い。

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