第63話 輪堂天音の固定ファン
今回のお話は、輪堂天音視点になってます。
主人公行方不明中。
――灰森さんによるR18爆弾の余波も落ち着いてきた頃。
「はぁー……」
ブースの中で、私――輪堂天音はため息をつく。
視線の先には、積み上げられて、一向に減る気配のない同人誌。
私は、己惚れていたんだろうか。
「あら、天音さん。いかがいたしましたか? ため息なんてついて」
「理由なんて訊かなくても分かるでしょ……?」
私とは対照的に、にこにこと語りかけてきたのは、今日唯一のサークルメンバー、青海椎。
「そうですね。しかし、さっきも申し上げた通り、わたくしたちのような無名のサークルは後半が勝負だと思います。今から気落ちしていては持ちませんよ?」
「……さっきは、それで一応納得もしたんだけどね……」
会場直後から前半にかけては、お客さんは売り切れが危惧される人気サークルの同人誌を手に入れるために列に並ぶから、私らみたいな無名かつ初参加のサークルが後回しにされる――その理屈は分かってる。
だけど、目の前に積み上がった同人誌を見るたびに思ってしまうのだ。
単に、面白くなさそうだから売れないだけなんじゃないかと。
「少なくとも、自分では面白い出来だって思ってる……そこは疑ってない。だけどさ、お客さん……読者からすればそうでもないのかもしれないじゃない」
「目の前でサンプルを手に取ったお客さんが叩きつけるように戻していったわけでもないんですから。読んでもらえれば満足していただけますよ、きっと」
「……読んでもらえれば、ね」
仮にその通りだとしても、まず手に取ってもらうにはどうすればいいのか。私にはそれもよく分からない。
……耳目の引き方、か。
絵がうまければ、そういうものは自然と集まるものだと思っていた。
だけど、今の時代、うまい絵なんて腐るほどある。それが見たいだけならSNSでも眺めてればいいんだから。
それを越えてお客さんに「手に取りたい」と思わせるだけのものが必要になってくる。
「結局、世の中エログロなのかなぁ……」
「えっ、エログロ……ですか?」
若干引き気味に訊ねてきたのは、隣に座って売り子をしている、メイド姿の少女……ではなく少年、小野木夕くんだった。
「うん、エログロ。世にはびこる作品の中でも、結局エロいのグロいのってなんだかんだそこそこ売れてるじゃん。分かりやすく目を引けるからかな」
「あの、ものすごく生意気なことを言わせていただくと、面白い作品だから売れているのでは……あ、いえ、なんでもないです……」
思わず睨んでしまい、小野木くんが口を閉じてしまう。……しまった、と思った。
逃げ道を潰されたからって年下の子を睨みつけるなんて、大人げないにもほどがある。
「……ごめん、小野木くん」
「あ、いえ、こちらこそ……」
お互いに気まずい空気が流れるが――その空気をぶった切るように、椎が気軽に言う。
「小野木さん、気にしなくても大丈夫ですよ。同人誌の売れ行きが悪い時、天音さんはいつもこんな感じですから――もっとも、ここしばらくはコミックラフトで調子が良かったので、このモードも久しぶりですが」
「ちょ、ちょっと椎、やめなさいよ」
「面白そうな話してるじゃねえか。ちょっと聞かせろよ」
「げっ、大井手。あんたこんなときばっかり……!」
にやにやしながら割り込んできたのは、ライバルともいうべき仇敵……にして私の好きな男、『キラーハウス』の代表である大井手だ。
「調子が悪くなる度にエログロに走ろうとするんだって?」
「そ、その話はいいでしょ」
「ええ、それはもう。陰鬱なオーラを垂れ流して話しかけるのも拒まれるありさまで」
「ちょっと椎ー!」
羽交い絞めにして口を封じてやりたいところだが、ブースの中は狭くてあまり身動きが取れない。何より隣接しているサークルにも迷惑がかかるのでとびかかることもできない……っ!
「でもそんなこと言ってる割に、過度なエログロってあんまり描かないよな、お前」
「……だって、別にそういうのが好きなわけでもないし」
どれだけ悩んだところで結局、私はいつもそこに行き着く。
そういうのを描こうとしても、テンションが上がらない。筆が乗らない。書き上げてもクオリティに納得いかない。
否定まではしないけど、趣味じゃないのだ。過度なエログロは。
「エログロだって全く描かないってわけじゃないけどね。ただ、適度でいいと思ってる。過度なものが見たいなら18禁でいいじゃない、って」
「ははっ、違いない」
「だからっつって女子に18禁の同人誌のおつかい頼むとか頭どうかしてると思うけど」
「はっはっは」
じっとりとした視線を大井手に向けるも、野郎は涼しい顔である。ほんとになんでこんなの好きになっちゃったかな私……。
「まぁでも、心配ないんじゃねえの?」
「能天気ね……あんたのとこの同人誌だって売れてないんだけど?」
根拠のない言葉に若干イラっとしつつ返すと、大井手は笑って言った。
「腹立たしいことにお前の同人誌も面白いからな。噂にのぼりゃ一気に人が来るんじゃねえの?」
「…………」
……こ、この男は……!
なんでそういうことを臆面もなく言えるかな……!
「ふ、ふん。……相変わらず根拠のないことを……」
「なにぃ? 俺の目が信じられないってか」
質問には答えず、ぷい、と少し熱くなった顔を背ける。視界の端で椎がにやついていたのが見えたけど、見なかったことにした。
と――その時である。
「――あっ! 見つけた、『シャイニーリング』!」
お客さんの波の中からそんな声がしたかと思うと、3人ほどの男性――お客さんが、私たちのブースの前にやってくる。
彼らの顔にはおぼろげに見覚えがあった。地元の同人誌即売会、『コミックラフト』――そこで出展したときに、いつも同人誌を買いに来てくれる、いわばうちのお得意様、常連さんたちだ。もしかして、たまたまコミケにも来ていたのだろうか。
とにかく、私は彼らに声を掛ける。
「いらっしゃいませ。こんなところで奇遇ですね」
「いやいや、奇遇じゃないですよ。狙ってここへ来たんですから」
「えっ」
彼らの代表格である男性の言葉に、思わず驚きの声を漏らしてしまう。
狙って来たってことは、わざわざ私たちの同人誌を買いに来るためにコミケに来たってこと、では?
「だって、ファンとしては嬉しいじゃないですか! 普段は僕らも距離とか時間的にコミケには来ないんですけど、かの『シャイニーリング』がとうとうコミケに出展すると思うと、居てもたってもいられなくて!」
後ろの二人もこくこくと頷いて同意を示す。
「そ、そう……ですか」
「本当はいの一番に来ようと思ったんですけど、場所がよく分からないのと人が多すぎてなかなかここへ来られなくて……! 遅れちゃって申し訳ないです!」
「い、いえ、そんな。むしろ、わざわざありがとうございます……あ、これ今回の同人誌です。サンプル見ますか?」
「いえ、読み出しちゃうと止まらなくなるので、家に帰ってからゆっくり楽しませていただきます。一人三冊ずつ頂いてもいいですか?」
「そ、そんなに? いいんですか?」
「布教用です!」
ものすごい笑顔で即答されたので、三冊ずつ、三つに分けて、代金と引き換える。
「ありがとうございます! あ、これちょっとしたお菓子ですけど、差し入れです! どうぞ!」
「あ、こ、こちらこそありがとうございます」
「では、僕ら折角なので他のところも回ってみるので、失礼しますね!」
「は、はい。ありがとうございました!」
再び人の波へと身を躍らせる三人を、私は頭を下げて見送った。
「……っ」
「あら、どうされましたか? 天音さん。なんだか今にも泣きそうな顔をしてますけど」
「う、うるさい」
――私たちの同人誌を手に入れるためだけに、この戦場に踏み込んだファンがいる。
同人誌が売れずに凹んでいた私の心に、その事実は少し感動が過ぎるのだ。
「ほらな? 心配ないっつったろ?」
ドヤァと聞こえそうな憎たらしいことこの上ない顔で、大井手が言ってくる。
「どんなことやったって、お前に価値を見出してくれる奴はいるんだからよ。あんまり自分に自信がないみたいなこと言ってると、ああいう奴らを悲しませちまうぞ」
「……その通りではあるけど、あんたに言われるとなんか腹立つわね。っていうか、随分余裕じゃない。今ので私たち、だいぶリードしたんだけど?」
「ほんの数冊の差じゃねーか。まだ勝負は全然わからな――っと、らっしゃーせー」
話している間に、私たちのブースの前に新しいお客さんがやってきた。『キラーハウス』のサンプルを読んで、納得したように一冊の購入を申し出た。
――その時点では。
正直、別に違和感はなかった――新しく来たお客さんが、同人誌を一冊買っていった。それだけだ。
だけど、そこから時間を追うごとに、少しずつ、その異常に気付いた。
……なんか、人、集まってきてない?
最初は、気のせいかと思った。だけど確実に、この周辺に少しずつ、人が集まりだしている……。そして、それに合わせて、私たちも対応に追われることとなった。一斉に来られては手が間に合わないため、椎や白砂さんが列を整理し、私と小野木くんは順番にお客さんの対応。大井手と中峯くんは袋詰めや、減り始めた同人誌を補充するために後ろの段ボールから新しいものを取り出して――と、さっきまでは欠片もなかった慌ただしさに、バタバタし始めた。
私からすれば腹立たしいことに、『キラーハウス』の同人誌がよく売れている印象だ。けど、サンプルを見て私たちの同人誌を一緒に買って言ってくれる人も少なくない。どっちが何冊売れたかを数える余裕は、もはやなかった。
いきなり列ができるほどに忙しくなるなんて……一体何があったの? と疑問に思ったけれど、対応に追われつつ、私は一つ、彼ら彼女らの共通点に気づいた。
みな、一様にスマホを片手に持っているのだ。
一体、何を見ている……?
「あっ!?」
ブースの後ろの方から声。『キラーハウス』の中峯くんが、スマホの画面を見て驚愕の表情を浮かべていた。
「――こ、これのせいか……!」
隙をついて中峯さんが私と交代してくれる。ついでにスマホを受け取った。
「――えっ」
そこに写っていたのは、この界隈では有名な漫画家――さっき灰森さんが置いていった18禁同人誌の作者さんである、胡椒ミルさんのSNS。
そして、その内容とは――




