表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キラーハウス狂騒曲  作者: 日暮晶
63/74

第61話 灰森ときわの未来切符

サブタイトルのとおり、今回はときわさん視点です。


「さて……」

 気は進まないけど、行くしかないよね。

 わたし――灰森ときわは、覚悟を決めてその列の並びに入る。

 ……ブースのこのあたりは、やたらめったら肌色が強い。

 ポスターやサンプルの同人誌の表紙を飾る女の子たちは、大体顔を赤らめてアヘ顔を晒しているか、誘うような表情をしているか、恥ずかしがる表情を見せている。

 さすがに、こういう場所にいるとちょっと落ち着かない。

 ……そう、虹ちゃんと別れた私が並んでいるのは、いわゆる18禁の同人誌を売っているサークルの列なのである。

 よりにもよって女の子にエロ同人頼むとか、何考えてるのかな~、ヘッドは。


 ――ヘッドがわたしたちに頼んできた、買ってきてほしいと言う同人誌のラインナップの中に18禁のタイトルを見つけた時は流石に頭を抱えた……ヘッドにこれ本気で言ってるのと訊きもしたけど、「恥を忍んで頼む……!」とかふざけた弁明をされた。

 恥を忍んで列に並んでるのはこっちの方だけどね?

 おつかいとはいえ、なんで自分が欲しくもない18禁作品のためにこっちが恥を忍ばなきゃなんないのさ。

 ……流石に高校生の虹ちゃんに18禁の同人誌を躱せるわけにもいかないので、こっちは私が担当することになった――幸い、ヘッドから頼まれた6冊の内、18禁は2冊。

 とっとと買って全年齢の列に並ぶとしよう……と思っていたのだけれど、少し驚いたことが一つ。

 ……ここの同人誌の作者さん、女性だったんだ……。

 頼まれた同人誌の表紙だけは見てきている――違うの買っても流石にアレだからね。

 で、表紙だけ見た感想だと、イラストのレベルは全体的に高い。わたしよりも上手だ。中でも、特におっぱいの描き方がキレイだった。透明感とエロさを兼ね備えた、思わずドキドキしちゃいそうな――男子の欲情を揺さぶるような、そんなイラスト。だったから、わたしはてっきり男の人が作者さんだと思っていたけど、普通に女の人だった。

 お客さんへ商品を手渡しながら握手に応じたり、差し入れの品にお礼を述べていたりして忙しそうにしているから、間違いないだろう。

 サークルのロゴが入ったTシャツにジーンズ。長めの髪は雑に一つに束ねただけ。眼鏡のふちで隠れているけど、目の下には大きなクマが出来ている。言っちゃなんだけど、割とどこにでもいそうな女の人――しいて言うなら、図書館の司書なんかをやってそうな、普通の人。

 ……逆に、こんな人でもこんなすごいの描いちゃうんだ……と、表紙のどろどろになってる女の子を見て思わないでもない。人間外見じゃないんだなぁ。

 ぼんやりしているうちに、わたしの番が回ってきた。頼まれていたタイトルの同人誌――例に漏れず、半裸の女子キャラが描かれた一冊を手に取り、作者さんと思しき女性に渡す。

 が、そこで一つ問題が起こった。彼女は渡された作品とわたしの顔を交互に見比べ、少し困ったような、しかしにこやかな顔で言う。

「ごめんね、この作品一応18禁だから……」

「…………あー、ソウナンデスネー」

 あっはっはっは、と女性と二人でひとしきり笑ってから、わたしは財布から免許証を取り出した。身長の低さゆえにほとんど運転しないし車も持ってないけど、あると身分証明の時に便利だから取っていたのだ。

「わたし、19歳なので問題ないですね~」

「……えっ」

 免許証を確認した途端、おろおろしだした作者さんは、顔を真っ赤にして免許証を返してくる。

「……し、失礼しました……」

「いえいえ」

 ほぼ同時に差し出された同人誌を代金ちょうどと交換して、わたしはその場を離れた。どうでもいいけど、わたしが免許証を差し出した瞬間、後ろに並んでいた人たちがどよめいた気がしたが、その反応もイラッとしたので無視した。

 さて次はどこ行かなきゃだったかな……とメモを見ようとしたところで。

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てた声が掛けられて振り向く。意外なことに、声の主はついさっき買った同人誌の作者さんだった。

「ぜっ、ぜひゅっ……うぇほっ、えほっ……」

 ……いや、あなたのサークルからそんなに距離ないよね? この短距離でどこまで咳き込んでいるのか、この人は。

「え~っと……落し物でもしましたか?」

 作者さんの息が整いだしたあたりで、そう訊ねる。それ以外に、特にわたしを訊ねてくる理由もないしね。

「いっ……いえ、そうじゃなくてね? ちょっとお詫びを……」

「お詫びって……ああ、さっきの年を間違えた件ですか~? 別にいいですよ、割とよくありますから~」

「い、いえ、ダメ! せっかく買いに来てくれたお客さんに、ファンに失礼したんだから! だって、免許証の年を見るに、大学生ぐらいでしょう? しかもその外見で、それでも自分の欲……性癖を満たすためにこんなところに来るなんて、相当な覚悟があったはず! 私だってそうだった!」

 ……別にファンではないし、この同人誌で性欲を満たされるのはうちのヘッドなんだけど、どうやらこの人は思い込みが激しい人みたい。さっきの今でこの思い込みはちょっと面白いので、訂正せずにあえて放置してみる。

「ファンにそんな仕打ちをしておいて、謝って済ませるなんて私が許せない! というわけで、悪いけど、あなたが買ったさっきの本、ちょっと貸してもらえる?」

「え? は、はい」

 背中のリュックから取り出して手渡すと、彼女はポケットから取り出したペンを、表紙の真後ろ――見開き一ページ目にささっと走らせる。

「――はいっ、お待たせ! 売ってる間は基本的に暇がないから断ってるんだけど、サインを書いておいたから!」

 ……これはちょっと想定外。さすがにここまで来ると悪いかな~と思ったので、彼女の思い込みの修正を試みる。

「え~っと、ごめんなさい、実はファンというわけではなくて……」

「えっ……ち、違うの?」

 一瞬絶望の表情を見せたのち、はっとした彼女はまた顔を赤くする。

「ご、ごめんなさいごめんなさい! 自分の作品を買いに来てくれたからってみんなファンだと思っちゃって! やだもう恥ずかしい! 私思い上がってた! ごめんね!」

 ……面白い人だな~。感情のふり幅が大きすぎて扱いには困るけど。

「ど、ど、どうしよう!? ファンじゃないなら私のサインなんてお詫びにもならないよね!? と、取り換えましょうか!?」

「いえ、せっかくなのでこれはこのままでいいですよ~」

「はっ……まあかあなた、転売屋じゃないでしょうね!? そのサイン本をこの場に来られなかったファンに高額で売るつもり!?」

「売りませんよ……売るならもっといっぱい冊数買ってます。多分」

「あああそうだよねごめんなさいごめんなさい! ど、ど、どうしよう! 重ねて失礼してほんとにごめんね! 私、どうしたらいい!?」

 別に何もしなくても……と思いはするけど、言っても事態が悪化する以外の未来が見えない。

 とはいえ、あまり長いことここで捕まっていても、他の同人誌を買いそびれるかもしれない。

だったらここは一つ、彼女が「お詫びになった」と思えることをしてもらうべきだろう。

「――あの、だったら一つ、いいですか~?」

「な! なに!? 何でも言って!」

 エロ同人作家がそのセリフを言うのはどうなんだろう、と思いつつも、相談事を切り出した。彼女が描いた同人誌の表紙を指しながら。

「わたしもイラストを描いてるんですけど、こんな……艶めかしさみたいなのが出しにくくって……先生は、どういう風に描いてるんですか~?」

 ――わたしは可愛いイラストみたいなのはまあまあ描けるけど、艶っぽさはどちらかと言えば苦手とする部類だ。

 これだけのものを描ける人に、ちょっとコツを訊いてみたいとは思っていたのだ。

「…………」

 顔を赤くして黙ってしまった。なぜ。

「えっと、その……非常に言いにくいんだけどね……耳貸して?」

「はい」

 彼女はもじもじとしながら、口に手を添えてわたしに囁く。

「……こ、好みのえっちな本を読み漁ったりして……」

「…………」

 訊くんじゃなかったかなぁ、と少し後悔した。その後悔が伝わったのか、先生は少し慌てた様子で弁明に入る。

「で、でも、あれよ! コツとかっていう話なら、好きだからこそ力が入るっていうのかな……自分の技術を最大限に深めるのは、愛だと思うの!」

「あ、あいですか……」

「そう、愛! 私、女の子のおっぱいとか肌とかすっごい好きだし! むしろ服とか邪魔だから!」

「レズなんですか?」

「そ、そういうわけじゃないけど! ただ、少なくとも私は理想のそれを描きたいと常に思いながら描いてるの! あなたが私の絵を優れていると思ってくれたのなら、きっとその愛があなたにも届いたからだと思うわ!」

 もはや周りの目や耳も気にせず力説する彼女の言葉に、周りのサークルの売り子さんや並んでいるお客さんたちが興味深そうに頷いていた。一方で、わたしは少し冷めた生返事。

 だって――

「――でも、愛とかなんとか、そう言うのはあまり好きじゃない、って顔してるわね」

「……っ?」

 内心をずばり言い当てられて、さすがに少々驚いた。くすりと笑った彼女は、だったら、と一枚の名刺を差し出す。

「あなたが欲しいのは技術的なコツ、ってことでしょ。本当は直接会って話したいところなんだけど、住んでる場所も全然違うかもしれないからね。色々落ち着いたら、ここへ連絡ちょうだい? できれば、渾身の一枚絵も添付してくれると嬉しいな」

「……な、なんだかすいません」

「ううん、いいのよ! 私、同業者で同性のお友達とかあんまりいないから、今ちょっと嬉しいの! 私から教えてあげられることなら色々教えてあげるから、絶対連絡ちょうだいね! そうだ、あなたの名前は?」

「灰森。灰森ときわです」

「ときわちゃんね。私は同人誌にも書いてあるけど、礼儀としてね! 私は胡椒ミル! 一応言っておくけどペンネームだから! よろしくね!」

そして握手を交わして、彼女――胡椒ミルさんは自分のサークルのブースへ戻っていった。彼女の姿が人込みに紛れてから、わたしは自分の手元に残った二つを見る。頼まれた同人誌(サイン入り)と、作者である胡椒さんの連絡先が記された名刺。その名刺は、イラストレーターとしてのわたしが行ったことのない領域へ導く切符だ。

Rがなんであれ、あの人はイラストレーターとして、わたしの遥か及びもつかない場所にいる。その人の薫陶を受けるためのその切符を、間違ってもなくさないように、わたしは大事に切符をリュックにしまった。

その切符が導く先で待つ何かにわくわくしたものを感じながら、私は次の同人誌を買うための列へ並びに行った。


――わたしにとって、胡椒さんと出会ったこの日が、大きな一つの転換点になったことは間違いない。

 そしてこの先、胡椒さんと話すうちに、肌色の奥深さに魅了されたわたしは、たまにR18のイラストを描くようになるのだけれど。

 それはまだ、もう少し先の話だ。



女の子に18禁同人誌のお使いを頼むとかもしかしてプチ羞恥プレイじゃないですかこれ(錯乱)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ